みんなちがって、みんないい

Janicaさんという方は全く存じ上げないのですが、彼女のブログをコグレさんがシェアされていて読ませていただきました。

私自身は生粋の日本人ですが、カナダに移住してそろそろ20年。カナダで住んだ年数のほうが日本で育った年数をそろそろ越えようとしています。

私の二人の息子は、父親がカナダ人の、いわゆる「ハーフ」です。「ハーフ」という言葉はあまり好きではありませんが、日本に行くと必ずそう呼ばれます。

Janicaさんのブログでは、彼女のお子さん達が見た目は白人だけど、産まれも育ちも日本で、見かけ以外は日本人の子供と変わらないそう。それでも、見かけが金髪で青い目の外国人だから、いじめにあうことが時々あるとのこと。。。

子供って大人のようなフィルターがなく,思ったことをなんでもすぐに口にしてしまいますよね。そして子供は時にとても残酷です。

だからこそ、その悪気のない言葉で他の人達を無意味に傷つけてしまう前に、家庭でお話してみて下さい、という内容でした。

これを読むと、こういった差別が起こるのは一見日本だけだと思われるかもしれませんが、そうではありません。

私の次男はもうすぐ9歳です。私達はカナダ西海岸の自然が多く比較的リベラルな街に住んでいます。田舎ですが、息子が「ハーフ」だからといっていじめられたことは一度もありません。

ですが、逆に、ここはとても白人の多い街です。

次男はカナダで産まれカナダで育ち、日本には赤ちゃんの時に一度行っただけなので、自分が「半分日本人」という意識がありません。大学生の長男は、日本に遊びに行った記憶などもあるので、彼の中では日本人というアイデンティティは次男に比べて強いようですが、次男のほうはほぼ100%カナダ人として生活しています。私も彼とは99%英語で話しています。

彼には自分がマイノリティだという意識がないので、下手をすると白人のような振る舞いをしてしまうのではないか、というのはかねてから私も気をつけていたことでした。

先日は「マミー、忍者って韓国でしょ?」と言われ、日本人の親としての教育がなっていないと自分を戒めたところでしたが。。。

(「侍も忍者も日本よ!忘れないように!」)

私は仕事でホームステイの斡旋をしていますが、普段のお客様は日本の生徒さんばかりです。ですが先日、中国系カナダ人の友人から相談されて、7歳と9歳の中国人の男の子二人のホームステイを探してくれないか、という話が来ました。彼等がビクトリアに到着した日、同年代だしせっかくだから紹介しよう、と次男も出迎えに連れて行きました。

中国人の男の子達はまったく英語はできず、もちろんうちの次男も中国語はできません。でも、近くの公園に連れていくと言葉が通じなくてもすぐに打ち解けて一緒に遊んでいました。

ホストファミリーに男の子達を託したあと、次男に車の中で「何して遊んだの?」と聞くと「Hide & Seek!(かくれんぼ)」と言います。「Did they know what “Hide & Seek” was?」と聞くと,ハイドアンドシークという言葉自体は知らなかったけど、ジェスチャーで説明したらどういう遊びなのか分かったそう。考えてみると、呼び名こそ言語によって様々かと思いますが、恐らく世界共通の遊びですよね。

言葉の通じない中国からのお友達ですが、「マインクラフト」というと顔がパッと明るくなるのがすごい。さすが世界のマインクラフト。うちに招待して、一緒にゲームも楽しみました。

カナダで英語しか知らずに(次男はフレンチイマージョンに通っているのでフランス語も勉強していますが、普段の会話はほぼ100%英語です)白人が大多数の街で育ってきている次男に、「世の中には自分と全く違う世界で生活している人がいるのだ」ということを少しでも理解してもらえたようで、良い経験になったと思います。

そして先日のこと。

私は離婚して親権を前夫とシェアしているので、次男は1週間おきに私の家とお父さんの家を行ったり来たりするのですが(長男は大学生なので好きな時に遊びに来ます)お父さんの家で1週間を過ごした次男が戻ってきて、何をしたのか話してくれました。前夫は私同様再婚しているので、次男にはステップマザー(もう一人のお母さん)がいるのですが、そちらのおじいさんと一緒にカナダの先住民、ファーストネーションズの方が多く住んでいるエリアに行ってきた、ととても興奮して話してくれました。

カナダには600以上のファーストネーションズの部族がありますが、各部族の長は「チーフ」と呼ばれています。次男のステップ・グランパが、先住民の方々と関わる仕事をしているらしく、ファーストネーションズの知り合いの人達に沢山会ってきたそう。「マミー、僕、チーフにも会ったんだよ!」と興奮気味に話す息子。私も個人的に知り合いのチーフなどはいませんので、すごいねと褒めてあげました。次男はとても得意そうですw

カナダでは、アメリカの黒人差別同様、いやそれよりもひどいかもしれませんが、ファーストネーションズに対する過去そして現在の差別が社会問題になっています。

私と夫は、肌の色、どの国、文化で育ったか、性的嗜好などで差別をすることはあり得ないという価値観が一致しているので、次男にも常にニュースなどを見るたび話をしています。

少し前までは、女装をする男性などを見るとくすくす笑っていた次男でしたが、先月のプライドのイベントなどにも参加して、「誰がどんな恰好をしてもその人が幸せなら私達が関与することではない」と教えています。

先のJanicaさんのブログにも書かれていましたが、子供は、見慣れていないから差別を(本人には差別という意識がなくても)してしまうのではと思います。外国人が日本の浴衣を着たり日本文化の習い事をするのは変だ、というのは親に教えられてそう言っているのではなく、実際にそういう人が周りにいないからだと思うのです。

とはいっても、世の中には様々は「普通と違う」人達がいますので、全部を説明するのは難しいですね。「専業主夫のお父さん」「外で仕事をしているお母さん」「日本語しか話せない白人」「本当は男の子なのに女の子の恰好をする子」「お母さんが二人いる家庭」「みかけは日本人なのに英語しか話せない子」「学校に行かない子」などなど。。。

だから普段から子供達には「違っているのは変」ではなく、「違っているのは素敵、面白い」と教えてあげるのはどうでしょうか。

息子が「この子達、英語全然しゃべれない」と言ってきたら「彼らは中国語を話すのよ、すごいね」

「ファーストネーションズのチーフに会ってきた」「すごい名誉じゃない。彼等はすごく物知りなのよ」

「○○ちゃんのお姉ちゃん、本当は男の子なんだって」「そうなの。自分らしく生きている子なのね。」

ベタかもしれませんが、みんなちがって、みんないい、を普段から家庭で実践していって、様々な価値観を尊重できる子になってくれたらというのは私の親としての願いです。

想像上の恐怖

数ヶ月に一度やってくるこのFace Downモーメント。鬱とは違い、理由ははっきりしていることがほとんどです。仕事が上手くいかないとき、誰かとコミュニケーションが上手くいかず気まずくなってしまった時、プロジェクトが失敗しそうになったとき。。。

気分がどよーんと落ち込み、何もする気が出ないくせに、心臓はバクバク言っています。まさに、ストレスアウトしている状態。何かしなくちゃと分かっているのに、体が固まってしまい、何もできないのです。

この”Face Down Moment”に関しては過去に何度も書いています。メンタルヘルス的にはさいわい特に問題のない私でもこの「どん底」状態には何度も陥っていることから、これはもう、「生きている限り避けられない、時々やってくる状態」なのだな、とすこーしづつ、本当に少しづつ、学んできました。生きている限り、一生何も起こらずに平和に生活していけたら、なんと素敵なことか。でも、きっとすごく退屈な気もします。

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離婚、または人生を変えることについて

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私は20年近く前にカナダに来ました。きっかけは、当時つきあっていたカナダ人と結婚したからです。日本で結婚して、日本で長男を産み、長男が1歳になる前にカナダに引っ越しました。ずっと海外に住んでみたいと思っていたし、夫も日本での仕事に限界を感じていたためです。

その後次男も産まれましたが、最終的に結婚して14年目に別居を始め、2012年に正式に離婚しました。

私はとてもラッキーだったと思います。離婚の原因はDVやアルコールなどではありませんでしたし、離婚の話し合いもスムーズに行きました。二人の子供の親権は私と彼両方にありますし、友達からのサポートもありました。私には自分のビジネスもあります。

それでも、離婚は私の今までの人生の中で最もストレスフルな出来事でした。「人生に失敗した」という大きなラベルを貼られたような気がして、周りの人達にどうやってこの「失敗」について説明すればいいのか、常に不安でした。子供達にちゃんとした家庭を与えてあげられない罪悪感とともに、これからどうやって生きていけばいいのか、途方に暮れていました。

結論から先に書いてしまうと、今では私はとても幸せに暮らしています。素晴らしい人と巡り会うことができて、今では再婚していますし、子供達も元気です。元夫とは週に一度、子供の引き渡しの時に会い、学校のことなどの必要事項を連絡しあいます。

繰り返しますが、私はとてもラッキーだったと思います。

この数ヶ月の間に、ここカナダで離婚することになった日本人女性に会う機会が何度かありました。一人は小さな赤ちゃんを抱えた女性で、夫がひきこもってしまい全く日常的なコミュニケーションが取れないとのこと。できれば離婚して日本に戻りたいが、夫が離婚に同意してくれないとのことでした。もう一人の女性はもう少し大きなお子さんが二人いますが、財産関係、親権関係でもめて、裁判に持ち込むことになったそうです。

私が住んでいるBC州では、日本のように紙切れ一枚では離婚できず、離婚する前に最低でも1年は別居しなければいけません。(この法律は今では1年ですが、私が離婚した時は別居期間は2年でした。浮気などの理由の場合はこれにならいません)別居するとなると、住む場所を探し、生活費をいかに確保するか、などが深刻な問題になってきます。大抵の場合、妻に収入が無い場合は養育費や配偶者サポートが夫からもらえます。もちろん、これは夫が払うべき、とされているだけで、実際に払ってもらえるかどうかは別問題です。支払いを拒否する夫もざらにいます。

上記の裁判でもめている女性は、日本では良い仕事に就いていたのに夫の仕事の都合で英語もできないのにカナダに来ていて、日本での仕事の資格がカナダで通用しないので(英語もできないので)日本食レストランでバイトをされています。子育てと仕事で今はもういっぱいいっぱい、と言っていました。

仕事がないと家を借りることも出来ないし、クレジットカードも作れません。「とりあえず実家に帰る」という選択肢がないんですね。勝手に子供を連れて日本に帰るのもハーグ条約に接して違法です。「これからどうやって生きていけばいいんだろうってずーっと考えちゃう」と彼女。

また別の友人でシングルマザーの人が居ますが、幸い彼女は手に職をもっていたので自分でビジネスを興しがんばっていましたが、それでも一人で仕事をしていると収入に上限があるため、ビジネススクールに入り、経理の資格を取って今は会社で仕事をされています。

海外に限ったことではないですが、離婚したりシングルマザーになる女性はたくましくないとやっていけません。

私も、別居して借りた家で、子供がいる時はバタバタして寂しくなる余裕はないのですが、子供が父親の家に行っている週は全く一人なので心細かったですね。しばらくつきあったボーイフレンドも居ましたが、うまくいきませんでした。(余談ですが離婚後最初につきあう人とは80%の確率で上手くいかないとカウンセラーに言われました。今振り返ってみると、まともに誰かとおつきあいできる精神状態じゃなかった気がします)ある夜、デートの帰りにすごく傷ついて帰宅して、悲しいのと寂しいのとで電気もつけない真っ暗なリビングで一人で泣いたこともありました。

食べて、祈って、恋をして (Eat, Pray, Love)」というエリザベス・ギルバートの本があります。人生に満足していなかった著者が、イタリア、インドネシア、インドを1年かけて旅するという話ですが、私もなんどもブログに書くくらい(ジュリア・ロバーツの映画版はともかく)この本には影響を受けました。ギルバート自身も面白くて、リアルな女性で大好きです。

今朝Facebookを見ていたら、ギルバートの投稿が載っていました。「食べて、祈って、恋をして」発行10周年(!)を記念して、読者が書いたエッセイ集が発売されるそうです。

Dear Ones -So this book came out last week, in honor of the 10th anniversary of EAT PRAY LOVE, and I can’t think of a…

Posted by Elizabeth Gilbert on Monday, April 11, 2016

長いので要約すると、この本は「食べて、祈って〜」を読んで影響を受けた人達のエッセイで、実際に自分探しの旅にでた(実際の旅も、比喩的な旅も含め)人達のお話だそう。タイトルは「Eat, Pray, Love made me do it」ギルバートは「いろんな人から『どのお話が好き?』って聞かれることが多いの。でも選ぶのは簡単じゃないわ。この本に載っている全てのストーリーは神聖なものだと思うし。でもあえて選ぶなら、このストーリーの一部ばかり引用していることがあるの」として、Tracie Cornellさんのエッセイを挙げています。GETTING BACK TO MEと題したこのエッセイでは、トレイシーさんは家族に決められた結婚のなかでゆっくりと死んでいくような生活を送っていたこと、そしてついに勇気を出して真実を認め、離婚することにした話が書かれています。ギルバートによるとこれらのエッセイの中でも不幸せな結婚から始まるものがとても多いとのこと。読んだ人はご存じかも知れませんが「食べて、祈って、恋をして」もギルバート自身の離婚から始まります。(以下、ギルバートの投稿の拙訳です)

 でも似ている所はそれだけです。私は離婚のあと1年かけて世界を旅することが出来ましたが、トレイシーには面倒を見なければいけない小さな子供が二人いて、フルタイムの仕事もありました。少なくとも当時の彼女には、グローバルな冒険というものは選択肢には無かったのです。でもだからといって彼女が彼女の人生を取り戻し、変えて、癒やされることが出来ないというわけではありません。

彼女はこう書いています;

「女性って—特に小さな子供がいる母親は—自分のことをあきらめてしまうことが多いんです。赤ちゃんが家で待っていると思うと、自分の人生を変えて自分を幸せにすることなんてできないと思ってしまうんです。。。私は自分自身の声を見つけるのだと心に決めました。『この状況に留まって、勝手に解決するのを待つ』という考え方から『私の人生を変えるために何かをやる』という考えにシフトするようにしたんです。だって人生は一度しかないんですから、生きなければいけないんです。」

ここからが私が心から愛する部分です。トレイシーは続けます:

「1年間旅にでることはありませんでした、当時では不可能でしたから。。。でもできる限りのことをして自分のケアをすることにしたんです。ジムが私にとってのイタリアで、女友達と一緒に過ごした週末は私のインドネシアで、静かに読書をしたりただコーヒーショップに行くことでさえ、私にとってのインドになりました。私はこの15年間の中で初めて一人になるという時期に差し掛かっていて、これらは自分自身への最もも素晴らしい贈り物になったんです。」

これって素晴らしいですよね。離婚に関わらず、人生で大きな変化を経験する女性、そして変化を求める女性全てに読んで欲しいなと思いました。(私はこの本買います。)海外に出て行くことはもちろん素晴らしい経験になると思いますが、それが出来ないからあなたの人生を変えることができないというのは大きな間違いだと思います。出来ることからはじめて、あるものを使って、少しでも自分のケアをすること、とても大切だと思います。

もしあなたが今、離婚もしくは何らかの形で自分の人生を変えたい、でもその最初の一歩を踏み出すことが不安と感じているなら、私が約束します。先は長くて辛い道かもしれないけど、自分自身の人生を歩んで後悔することはありません。覚えておく事は、トレイシーさんのように、自分でできる限りで自分に優しくし、自分のケアをすること。私は嘘をつきたくないのでハッキリ言いますが、先は長くて辛い道です。でも、セルフケアと、自分の人生は自分で生きるという目標があれば、きっと乗り越えられます。そして、その乗り越えた先には傷だらけかも知れないけど、たくましくなったあなたの姿があるはずです。

メール、コメントいつでも歓迎です。

ハピネス・ジャー(幸せの瓶)の習慣、始めませんか?

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明けましておめでとうございます。2016年もどうぞよろしくお願いいたします。

大晦日の昼間は全く大晦日らしくない普通の木曜日として過ごしました。(仕事もあったので)
大晦日(ニューイヤーズイブ)は北米では元旦よりも重要視されていて、着飾ってニューイヤーズイブパーティに行く人も多く、日付が変わる時期に誰と過ごすか、など、少しバレンタインデーのような要素も含んでいます。
私たちはパーティには行かず、大晦日の夜は簡単な年越しそばを食べてから夜9時半の回のスター・ウォーズ「フォースの覚醒」を観てきました。
帰宅したのは日付が変わってからでしたので、毎年恒例になっていハピネス・ジャーを開けることができなかったため、元旦の今日、まだ家族が寝ている時間に一人で静かに去年を振り返りました。

ここで、ハピネス・ジャーって何?という方のために説明。考えてみたら、ブログには書いたことが無かったようです。
ハピネス・ジャー(幸せの瓶)とは、エリザベス・ギルバートのFacebookページで数年前に紹介されていたものです。ちょっと長いですが、ちょうど彼女が今日、Facebookでこの瓶についておさらいポストを投稿していましたので引用します。

HAPPY NEW YEAR…and Happiness Jars!Dear Ones -Those of you who’ve followed this page for years know that I have…

Posted by Elizabeth Gilbert on Friday, January 1, 2016

私も数年前最、ギルバートのFacebookを見てこのRitual(日常的に行う儀式、というと大げさですが、「毎日やること」程度の軽い解釈で良いでしょう)を始めました。彼女のやり方は、毎日、どんなに些細なことでも良いので、幸せを感じたことを紙に書いて(レシートの裏でもなんでも良い)、瓶に入れるというものです。1日1分もかかりません。

多くの彼女のファンや読者が同じようにハピネス・ジャーをやりだして(私もその一人です)、自分の瓶の写真を彼女のFacebookページに投稿するということも増えています。

もちろん、これは実行することが大切なのであって、メモを入れるのは瓶でも箱でもなんでもよく、彼女のFacebookページを見ていると、様々なクリエイティブなバージョンが見れて楽しいものです。

私自身は、大きなガラスの花瓶をデスクの前に置いておいて、何か良いこと、嬉しいことがあったときにメモを書いて、入れています。映画や芝居を見に行った時にはそのパンフレットやチケットを入れたり、友人から届いたカードなどを入れることもあります。ガラスなので、何が入っているのか見えますし、仕事の途中で花瓶に目をやって、思わず癒やされることも多くあります。

そして、1年間溜めたメモを年の終わりに見返すと、その年がなんと素晴らしい年であったか、感謝の気持ちでいっぱいになります。

ギルバートは、この行為を「辛い時に自分を守るためにやっているのでも、辛いことが起こることを否定しているわけでもない」と言っています。どんなにあがいても、辛いことや哀しいことというのは起こるもの。そんなときに、このメモのような日常的な小さな幸せを記録しておくことは、まるで絶望の底にいるような時にでも頑固に、自分の人生には感謝するべきことが沢山あると証明するようなものだと言っています。

私の2015年のハピネス/ジャーには、カードやチケットの半券などとともに、春頃、スランプだった際に励ましてくれた友人達の言葉を書き写したものが入っていました。こういうことって、以外に「喉元過ぎれば」で忘れてしまうことが多いと思うのですが、こうして書き留めておくとやはり感謝の気持ちがわいてきます。

2015年は、あまり沢山のメモを瓶に入れられていませんでしたのでその点は反省です。今年は、できるだけ毎日、何かを瓶に入れられるような年にしたいと思います。

2015年レビューと2016年の3つの言葉

あっという間に年の瀬ですね。あと数日で2015年も終わりです。
毎年、なんらかの形で、その年のレビューと、翌年のキーワードを決めていますが、今年もその記事を書く時期がやってきました。

2015年は、過去数年に比べれば良い年でした。何かと本当に大変だった2013年と2014年。2015年はなんとか、少し上向きの年にすることができて感謝です。

今年は40になりました。長男も高校卒業して今は大学で演劇を学んでいます。沢山の面白いプロジェクトに関わることができました。新しい体験も沢山経験しました。とても良い年だったと思います。

今年学んだ4つのこと:

1)「アート」は人生に必要不可欠なものである
今年は、ビクトリアの劇団、Intrepid Theatreの理事に就任し、沢山のお芝居やショウを観ることができました。どれも素晴らしかったし、感涙したものも沢山。そこで学んだのは、自分にしかできないこと、そしてやらずにはいられないことに全力を尽くして、人の前で発表することの大切さ。またものすごい才能に溢れる人達にも沢山出会えて、本当に感謝、感動です。

2)目に見えるものが必ずしも真実ではない
この夏、尊敬していた人が全くの嘘つきだということが判明して、すごくショックだったし。残念でした。私は直接関わっていなかったし、私が割り込んで行って解決できるたぐいのことではありませんでしたが、そういう生き方しかできない本人がかわいそうだったし、もちろん、影響を受けた周りの人にもとても気の毒な事件でした。

3)コミュニティの大切さ
40になったことをきっかけに、ジムに登録しました。うちから歩いて5分の場所なので、なんとか最低でも週に一回は通い続けることができ、平均週2回で通えました。もちろん週2回の運動だけでは痩せることはないけど、筋力とかスタミナはついてきたと実感しています。このジムは小さな個人経営のジムなのですが、コミュニティの結束がすごく、新入りの私もすぐに歓迎してくれました。単純だけど、行けば歓迎してくれるところには、人は行きたいと思うものなんだなーと実感。このおかげで何とか通い続けることができました。

4)意志あるところに道あり
実はこれは昔からあまりピンとこなかった格言ですが、今年はいくつか「もー絶対無理!」というようなことが、何故か不思議と達成できました。ネルソン・マンデラが言ったという言葉に「何事も、達成するまでは不可能に思えるものだ」があり、私も大好きな言葉ですが、今年はまさにこの言葉を実感した年でした。

毎年、その年フォーカスしたいことに関する言葉をいくつか選んでいます。
2015年の言葉はCREATEでした。今年はそのおかげかビデオポッドキャストもローンチできたし(英語版はまだだけど)、ブログも書いたし、絵も描いたし、編み物もしました。2015年はCOOKINGとCOMPASSIONもキーワードだったのですが、どちらもなんとか実践できたと思います。特に料理は、ニューヨークタイムスの料理サイトのアーリーテスターにもなり、いろんなレシピに挑戦しました。
先日書評を書いたBIG MAGICでも創造することの大切さを実感したので、クリエイティブなことは、これからもひきつづけやっていこうと思っています。

今年一番感銘を受けた本は、やはりブレネー・ブラウンの「Rising Strong」でした。この本を読んで、「心からの生き方」を(ただ語るだけでなく)実践し、沢山の人達とシェアする、ということを自分のライフワークにしようと決めました。(興味のある方は、Facebookのグループへどうぞ)

さてそれでは、2016年の言葉を発表します。
2016年の私のキーワードは、CURIOSITY, COURGE, BELIEVEです。

CURIOSITY-好奇心:少し前にエリザベス・ギルバートの「ハチドリの飛行」というビデオを観て、私はいろんなものに興味があるハチドリ派なんだ、と知りました。(このビデオに関しては「人生でやるべきことが見つからない人へ」というポストをご覧下さい)彼女の本、BIG MAGICにも、様々なことに興味を持つことがクリエイティブな生き方のもとであると書かれています。

COURAGE−勇気:勇気って、いろんな場面で口にされる言葉だと思うのですが、なかなか実践できている人が少ないと思うのです。何も生と死を分けるようなドラマチックな場面でなくても、ちょっとした勇気を試される場面って、日常生活の中に沢山あるんですよね。哀しそうな顔をしている友達に「どうしたの?」って声をかけること。荷物が重そうな人を助けてあげること。このようなほんの一瞬の決断を、勇気がないために無視してしまうことが私もこれまでにあったので、2016年はそんな些細なことでも無視せずに、勇気を出して触れ合って行きたいと思っています。

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ブレネー・ブラウンのRising Strongの中で特に好きだった一節が
“Integrity is choosing courage over comfort; choosing what is right over what is fun, fast or easy; and choosing to practice our values rather than simply professing them.” 

誠実さ(インテグリティ)とは快適さより勇気を選ぶこと;楽しく早く簡単なものより正しいことを選ぶこと;価値観を語るのではなく実際に行動で示すこと

とあります。何もしないでいるほうが遙かに快適で、楽なのですが、2016年はあえて行動で示す勇気を持ちたいと思います。

BELIEVE−信じること:先に書いたネルソン・マンデラの言葉のように、今年は不可能だと思っていたことを実現することができました。そして、今まで実現できなかったのは、おそらく私が本気で信じていなかったからでは、と気がつきました。信じ方が足りなかったのかも。2016年は達成したいことを強く信じてがんばりたいと思います。

みなさんはどうですか?もしキーワードを選ぶことがあったら、ぜひコメント欄で教えて下さいね。

今年も読んで下さってありがとうございます。来年もよろしくお願いいたします。良いお年を。

人生でやるべきことが見つからない人へ

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オプラ・ウィンフリーと言えば世界で最も有名な黒人女性でテレビ司会者ですが、「オプラ・ウィンフリー・ショウ」が終了してからは、専ら自分の局「オプラ・ウィンフリー・ネットワーク(OWN)」で活躍しています。女性にとても人気があるオプラですが、私はあまり彼女の番組を見ないのでファンではないのですが、彼女がプロデュースしているSuper Soul Session というTEDのような講演シリーズでは私が大好きなブレネー・ブラウンが登壇したりしています。

今日はそのSuper Soul Sessionsで講演したエリザベス・ギルバートのビデオをご紹介します。

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エリザベス・ギルバートといえば「食べて、祈って、恋をして」で有名なベストセラー作家ですが、Facebook、インスタグラムをはじめ、ソーシャルメディア上でも読者と幅広く交流していることで人気があります。

この日の彼女のトークは、「ハチドリの飛行」というものです。

登場するなり「今日は、絶対に自分がするとは思わなかったことを話します。『情熱』に対する反対論です。」と切り出します。

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プライドで教えられたこと

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先日、久しぶりに会う友人と一緒に散歩に行きました。あまりにも話に熱中していたため、写真も撮らなかったのですが、うちの近所にあるガバメントハウスという庭園内を散歩しながらいろんな話をしました。

いつしか話は先日彼女がFacebookに載せたある投稿の話に。彼女は最近、別離、死、病気など自分の友人の周りで悲しいニュースが多く、心を痛めている、と書きました。でも、彼女自身はとても充実して幸せな生活を送っているそうなのです。そして、彼女は自分が幸せであることに一瞬罪悪感を感じてしまった、と書いていました。周りにはこんなに沢山つらい思いをしている人がいるのに、何故私だけが幸せなのか?

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短い人生を、いかに幸せに生きる?

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様々なニュースで取り上げられているのでご存じの方も多いと思いますが、FacebookのCOOのシェリル・サンドバーグ氏の夫のデイビッド・ゴールドバーグ氏が47歳の若さでバケーション中に突然亡くなりました。

ゴールドバーグ氏がCEOを勤めていたSurveyMonkeyは使ったことがある、という程度ですし、サンドバーグ氏においても著書「Lean In」を途中まで読みかけたままの状態で数ヶ月たっており、とても彼女の「ファン」とまではいきませんが、彼女のTEDトークは大好きですし、尊敬するビジネスウーマンの一人であることには変わりありません。

昨日、彼女がFacebookに投稿したこちらの声明に、涙した人も多いはず。特に、「結婚式の日に、誰かが彼とは11年しか一緒に居られないと教えてくれたとしても、それでも私は彼と結婚していました。」という部分に、胸を打たれました。

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頭のなかの自分

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この数日間、ちょっと落ち込んでいました。

自分が常に人に言っていることが、思いっきりブーメランで自分に返ってくることがあります。
「他人の言っていること、やっていることは気にするな。自分のことだけに集中しろ」と。
良い意味でわがままになれと。

でもこの数ヶ月、ちょっとしたスランプ状態だった私は、仕事で大成功している友人や、素晴らしい大舞台に立っている友人を見て「私はとてもじゃないけどあんなにはなれない」と感じていました。何故自分はあんなに活躍できてないのか、と自己嫌悪に陥ってしまったり。

これが自分の心にグサっと突き刺さるときと、かすり傷程度で済むときがあります。

この数日は、かすり傷ではすまない方でした。

「何故私は他の人のように普通の仕事ができないのか」「いい年していつまでも何をやっているのか」

などという、「頭の中の自分」に叱責されたことがあるのは、私だけではないと思います。

そうして思わずFacebookで弱音を吐いてしまったのですが、沢山の友人や、尊敬している先輩に暖かい励ましをいただいて、思わず涙ぐんでしまいました。

中でも特にはっとしたのが「停滞は飛躍の前の準備期間」「ジャンプをする前にいったんかがむようなもの」というコメント。自分でも知らず知らずのうちに焦って、空回りをしていたんですね。

私が敬愛するブレネー・ブラウンがよく書いている「欠乏感」というものと同じです。

朝起きて最初に思うことは「睡眠が足りない」そして「時間がない」そしてそれが「お金が足りない」「運が足りない」「幸せが足りない」となり、きりがありません。

私も、そのような欠乏感と焦りにとらわれ、それがさらにいらだち、自己不信などに繋がっていっていたようです。

このような場合の一番の対処法について、ブレネーは「Give Gratitude」つまり感謝の気持ちを持つことが大事であると説いています。私も、自分はなんと素晴らしい友人や先輩に恵まれているのだ、と気づき、思わず目頭が熱くなったのでした。

この日、ほんとうに偶然なのですが、エリザベス・ギルバートのFacebookページにて、Rayya Eliasという作家(二人は親友らしいのですが、Rayaaの名前は私も今回初めて知りました)と共にシドニーのオペラハウスでやった対談のビデオを見ました。ギルバートは「食べて、祈って、恋をして 」の世界的ベストセラー作家ですが、その後も不完全ながらも人間らしく生きよう、と読者やファンに語りかけ続け、圧倒的な人気を未だに誇っていて、私も大ファンです。私は彼女が創造性について語ったTEDトークが大好きで、今でもよく見返しています。

Rayyaは実はドラッグ中毒者という過去があるそうで、その当時のことを書いたメモワールを出版し、今は作家として成功している人だそうですが、ビデオの始めの方で、彼女が書いたエッセイを朗読しています。ビデオ自体一時間近くあるので、全部見る時間がないという人はせめて彼女のエッセイを聞いてみて下さい。(4分10秒あたり)

Dear Head、で始まるエッセイは、Rayyaが自分の頭に対して語りかけるという手紙形式を取っています。「あんたの頭の中に居るのは、どんな危険なエリアを夜一人で歩くよりも最悪だった。特に私が一人の時は。」「なぜならあんたの頭の中にいるということは、どんな事をしてでも、自分はこの皮膚の中に存在する価値がないくだらない負け犬だと自分を説得することを意味したから」どこに居たって、他の人たちは常に自分より頭が良く、教育もあり、才能のあるアーティストやミュージシャンで、自分だけが誰よりも劣っている、と感じていたというRayaa。

ドラッグにはまり公園のベンチで寝泊まりしていた時にお姉さんが助けに来てくれ、ホテルに泊まったそうなのですが、彼女の「頭」が「自分は助けられる価値のない人間だ」と自分を説得したため、お姉さんが寝ている間にホテルを抜け出したというエピソードを正直に語っています。

その後ドラッグをやめ、音楽や芝居をプロデュースし、本も出し、一見すると平和で幸せな人生のようですが、Rayaaはそれでも「頭」のネガティブな語りは続くと言います。シドニーのオペラハウスでトークのイベントの招待が来たときも「私はこんなイベントに招待されるにふさわしい人間なのか」「尊敬する友人とステージに立つなんてできるのか」と不安がよぎったと言います。
他の人のことはわかんないけど、こういうことは私にはしょっちゅうあるの」というRayaa(私も!)。

頭の中のネガティブな語りというのは誰にでもあるものだと思います。このRayyaのエッセイでとても良かったのは、最後の締めが「今となってはあんた(Headのこと)からの挑戦を受ける準備はできているわ。Remember, Head, I &%$king own you.」 となっているところ。ネガティブな語りは簡単に止めることはできないと思いますが、少なくとも、それに反抗する勇気があれば充分だと思うのです。ネガティブな考えが頭をもたげてきたら「そうかしら?あなたが正しいとどうして言えるの?」と問いかけましょう。それが最初の一歩。そして、愛する友人や家族の励ましの言葉を思い出して下さい。こんなに沢山友人がいる人が、「生きる価値のないくだらない人間」であるはずがないでしょう?

このあとのトークも「恥の文化」や「創造性」についてとても興味深い、正直な話が続きます。人は誰でも、クリエイティブであると私は信じています。創り出すものはなんでも良いのです – 音楽、アート、文章、写真、社会活動など。 If you’re not creating something, you are destroying something. Usually yourself. (「何も創造していないということは、同時に何かを破壊しているということ。たいていの場合自分自身。」)というくだりもとても印象に残りました(34:00ごろ)

自己不信に陥ったり、頭の中の自分に叱責されたりするのは、誰にでもあることです。
そういうときは、信頼できる友人や家族に正直に悩みを打ち明けるのも良いと思います。でも、「自分の弱い部分や、胸の内をさらけだすなんて、とてもできない」と思う人もとても多いと思います。
でも、愛する友人や家族が何かに対して恥じていたり、自信をなくしている時、人と比較してしまっているとき、決して彼らに同意するということはないと思います。きっと「何を言ってるの、あなたはこんなに素晴らしい人なのに!」と褒めるでしょう?
でも、それが自分の問題となると、とたんに自分に厳しくなりますね。
これをブレネー・ブラウンは「心のもろさ(Vulnerability)のパラドックス」と呼んでいます。
もろさとは、他人の中に最初に探すものであるが、自分の中では絶対に見つけて欲しくないもの
ブレネーは、そんなときこそ、「Be seen」、つまり勇気を出して自分をさらけ出して本当の自分を見せてみようと言っています。私も何回か挑戦して、少しづつ上手になってきました。上に書いたFacebookでの弱音も、意図したものではありませんでしたが、最終的には Be seenされた結果と言えると思います。

少しづつ、一緒に練習してみませんか。









2014年レビューと2015年の言葉

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この数年、毎年年末にその年を振り返り、翌年の抱負をブログに書く、ということを英語ブログのほうでは続けているのですが、こちらの日本語ブログには書いていなかったので、これを機に始めたいと思います。

毎年、その年の抱負(Resolution)を決める人は多いと思いますが、10日も過ぎると忘れてしまったり、ゴールがはっきりしないために(ダイエットする、など)結果がわかりにくいものもあり、特に私の周りでは「もう、抱負は決めない」とする人も多いです。

私も、その年に達成したいことや、変えるべき生活スタイルなどを挙げ出すととても長いリストになってしまうのですが、単にリストを作っても、達成できないと何の意味もないということで、この数年は1−3つのキーワードを設定して、フォーカスするようにしています。これはブログには書かずに自分の手帳に書いていたのですが、2014年の言葉はStyleでした。スタイルとは、ファッションだけでなく、その人の生き様などにもつかう言葉ですが、自分のスタイルとはどういうものなのか、いろいろ自分なりに考えた1年でした。

2015年の言葉を紹介する前に、世界征服サミット(WDS)の主催者、クリス・ギレボーがやっている年間レビューを私も今年から始めることにしました。WDS同志の堀さんが詳しい説明をブログに書かれていますが、その年にうまくいったこと、いかなかったことを書き出して、翌年へ続ける、というものです。早速ですが、私も書き出してみました。

2014年、うまくいったことは?

うまくいったこと:いろんな場所へ旅していろんな人に出会うことができた

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3月には全日空のバンクーバーー羽田便就のプレスとして東京へ。3日間だけのトンボ帰りの旅でしたが、たくさんの人にランチ会に集まっていただいてとても嬉しかったです。

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4月には夫とワシントン州へロードトリップ、7月には世界征服サミットでオレゴンのポートランドへ行きました。この世界征服サミットで同志の塚越悦子さん、堀正武さん他多くの日本人の友人に再会できたのも今年のハイライトでした。

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撮影:@Mehori

8月にはGeekbeat TVのジョンとカリに会うために初のダラスへ。テクノロジーを使って世界中の人たちとつながっている二人にいろいろ学んできました。

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9月にはバンクーバーにて日系カナダ人団体の年次総会に出席してきました。カナダで生まれ育った日系カナダ人の方々の話を聞き、彼らの抑圧された歴史を学ぶことは、100%日本人、かつカナダへの移民として生活している私にも大きなインパクトを与えました。国籍にこだわらず、日本人を祖先に持つカナダ在住者みんなで協力していくことが大切だと学びました。

うまくいったこと:たくさんの良いご縁にめぐまれたこと

2013年に引き続き、今年もたくさんの良い出会い、または以前から知っている人でもさらにつながりが強くなった方もいて、本当にありがたいです。もともと友人には恵まれている方なのですが、これに甘んじず、謙虚に関係を育んで行きたいと思います。

うまくいったこと:ほとんど病気をしなかった

2014年は殆ど病気で寝込むということがなく、ありがたかったです。ただ寝込むほどではないものの、肌あれや、アレルギー?というような症状があり、健康管理は大事だなと実感。

うまくいったこと:精神面での成長

私は特定の宗教を信仰しているわけではありませんが、毎朝お祈りをするようにして、感謝の気持ちを忘れないようにするという習慣を2013年半ばから始めたおかげでストレスがぐっと減りました。この習慣は2014年は毎朝365日欠かさず続けることができ、悪いことや心配事ばかり考えて夜眠れない、ということも以前はありましたが、今年は殆どそういったことを経験せずにすみ、本当にありがたいと思っています。

それでは第2の問いへ。

2014年、うまくいかなかったことは何か?

うまくいかなかったこと:全体的な仕事の見直し

2014年は自分のビジネスや書き物、パートタイムでの仕事など2,3の仕事を掛け持ちしてましたが、「自分は何をする人なのか」という軽いアイデンティティクライシスに陥り、なかなかフォーカスできませんでした。やりたいこととやらなければいけないことのバランスがとれず、経済的にも苦労しました。幸い2014年後半に軌道修正をして来年以降どのような活動をしていくのかということはわかってきましたが、同じトラップにはまらないよう気をつけたいと思います。

うまくいかなかったこと:人間関係の見直し

幸いにも人数は多くありませんが、今年は数名の友人との関係がぎくしゃくし、距離を置くことになりました。誰にでもあることだとは思いますが、やはりその最中はショックだったり悲しかったりするのです。しかし時間が経つと、実はこれでよかったのだ、と思えるのが不思議です。心の傷は癒えましたが、とても勉強になった出来事でした。

うまくいかなかったこと:行動に起こせなかったこと

やりたいことはたくさんあるのに、実際に行動に起こせなかったことが今年もたくさんありました。本を書く、というのもその一つです。大きなプロジェクトを任されていたにも関わらず、この時期になっても終わらせることができず、とても心残りになっていることもあります。来年は本当にやりたいことだけに集中できるようがんばりたいと思います。

2015年のワード・オブ・ザ・イヤー

2015年の言葉は、数週間前シャワー中に降ってきましたw (私はお風呂に入っている時によくアイデアが浮かんだりするのです。2014年はSTYLEでしたが、2015年はCREATE。

本も書きたいし、ブログももっと書きたい。新しく始めたいと思っているショウもあるので、「もう計画は充分。あとは行動あるのみ」という意味を込めて、ふさわしい言葉だと思います。

実は2015年には二つのおまけワードもあり、それはCOMPASSIONCOOKING。

この二つはメインのCREATEほど重大ではないですが、思いやりと料理はいくらあっても足りないものではないと思うので、この二つもたくさんクリエイトしていけたらと思います。

2014年も本当にお世話になりました。このブログを読んで下さっているみなさんに、すばらしい2015年が訪れますように。