アリーナに立つ人

先日、このようなnoteを読んで、とても共感したのでシェアします。

創作に携わる、すべての人にこれくらいのメンタリティでいてほしい

遠山怜さんのこのnoteは、私がこれまでにブログやnoteでシェアしてきた、私の尊敬する人達の知恵と重なることが多く、またポッドキャスト「はみだし系ライフの歩き方」では常に「俺最高」のマインドセットを持とう、と言っていること、そしてさらに前回のポッドキャスト18回では「発信しないROM専日本人」について話したので、あまりのタイミングのよさに「そう、そうだよ!」と激しく頷いてしまいました。

ブレネー・ブラウンの様々な教えはこのブログでもなんども紹介していますが(「ヴァルネラビリティとは弱さ?」 「恥について」)、彼女の2冊目の本、Daring Greatly(邦訳:「本当の勇気は、『弱さ』を認めること」)に出てくる、セオドア・ルーズベルトのスピーチにでてくる「アリーナに立つ人(The man in the arena)」をご存じですか。

以下はTechCrunchの記事を参考にして、少し訳に手を入れました。

重要なのは批評家ではない。ものごとを成し遂げるのに人がどこで躓いたか、どうすればもっとうまくできたか、そういう粗探しはどうでもよい。名誉はすべて、実際にアリーナに立つ人のものだ。その顔は汗と埃、血にまみれている。勇敢に戦い、失敗し、何度も何度もあと一歩で届かないことの繰り返しだ。そんな人の手に名誉はある。なぜなら失敗と弱点のないところに努力はないからだ。常に完璧を目指して現場で戦う人、偉大な熱狂を知る人、偉大な献身を知る人、価値ある志のためなら自分の身を粉にして厭わない人…結局最後に勝利の高みを極めるのは彼らなのだ。最悪、失敗に終わったとしても、少なくとも全力で挑戦しながらの敗北である。彼らの魂が眠る場所は、勝利も敗北も知らない冷たく臆病な魂と決して同じにはならない。

「他人のことにとやかく言う」人が多い日本では、行動を起こす、自分の意見を言う、何かを創作して発表することに、とても勇気が要りますし、それは同時にリスクを伴うことでもあります。

先日ポッドキャスト18回で紹介したNewsweekの記事で日本人は「ROM専」の人が海外諸国に比べて多いということが指摘されていましたが、「プロでもないのに」「何様のつもり?」などというグレムリンの声、(往々にしてこれらの声は実際に誰かから発せられたものより、自分の頭の中で反芻していることも多いのですが)、また炎上を恐れるあまり発言しない人も多いのでは、と感じました。

ルーズベルトのスピーチによると、重要なのは、そのような「何様のつもり?」と批評してくる人達ではなく、実際に顔を泥や埃や血だらけにしても、実際にアリーナに立っている人・・・・・・・・・・・・・・です。

ブレネー・ブラウンは、この「アリーナ(競技場)」の例をもとにして、「批評」してくる人達はcheap seatsに座っている人達、実際に競技場に立つ勇気のない人達で、勇気を振り絞って実際にアリーナに立っている人に比べたら、気にする価値もない人達だと言っています。リスクをおかす勇気がなく、競技場のシート上から批判だけをしてくる人達には、実際にアリーナに出ていく勇気のある人に文句を付ける権利はないのです。

だから私は常にアリーナに立つ人を心から応援します。ここでいう「アリーナ」とは、スポーツに関連したことだけではありません。

志望校を受験すること。

オーディションに挑むこと。

ブログを書いて発表すること。

SNSに投稿すること。

自分自身の意見を発表すること。

人前でパフォーマンスすること。

誰かに告白/プロポーズすること

辞表を出すこと。

新しい仕事に応募すること。

アリーナに出ていくと、とっても脆く感じます。誰に何と言われるかわからないし、笑われるかもしれない。このような感情を、ヴァルネラビリティと言います。日本語に訳すのが難しい言葉ですが、「脆く感じること」と言えるでしょうか。

ヴァルネラビリティに関しては過去に詳しく書いているので参考にしていただきたいのですが、ヴァルネラビリティの定義は簡単にいうと、「不確実性、リスク、生身の自分をさらすこと」。

どうなるか先が見えない不確実性、笑われたり非難されたりするかもしれないリスク、そして生身の自分をさらすこと。

ヴァルネラビリティを感じる行動をそれでもあえて行うこと=アリーナに出て行くことなのです。

ヴァルネラビリティは、一般に「他人の中に最初に探すものの、自分の中では最後まで誰にも見つけて欲しくないもの」と言われます。

他人の弱さを見つけても何とも思わないし、逆にエンパシーを感じたり、勇気のある人と思うことはあっても、自分の中にあるヴァルネラビリティは絶対に誰にも見つけて欲しくない、というのがヴァルネラビリティのパラドックスです。

アリーナに出ていく人達は、そんなヴァルネラビリティにもかかわらず、砂と埃にまみれた広場に足を踏み出します。

覚えておいてください。外野から野次を飛ばしてくる批評家に耳を傾けてはいけません。批評家は、アリーナにでる勇気も無いちっぽけな人達です。私は、「俺最高」のメンタリティで、アリーナに出ていく人を、ずっと応援しつづけます。

【おすすめポッドキャスト002】カナダの先住民に関する負の遺産 Missing & Murdered

前回ではThis American Lifeをご紹介しましたが、今回おすすめするポッドキャストは、かなりシリアスな内容です。カナダの公共放送であるCBCでは様々なテレビ、ラジオ番組を英語とフランス語で提供していますが、今日ご紹介するのはCBCラジオのオリジナルポッドキャスト 、Missing & Murderdです。Missing とは行方不明になっていること。Murderedは殺された、という意味ですが、一体どんなポッドキャストだと思いますか。

カナダの負の遺産

アメリカと同じく、カナダも元は先住民の人々の土地でした。先住民は、アメリカでいうネイティブ・インディアンですが、昨今は「インディジネスIndiginous (その土地の土着の、という意味)」と呼ぶことが多いです。(先住民の方達を「インディアン」と呼ぶことは最近では失礼ということになっていますので気をつけましょう。)

カナダの先住民は大きく3つに分けられ、それらはおもに「ファースト・ネイションズ」「Métis メティス」そして「イヌイット」の人々です。

カナダには634以上の先住民民族がいると言われています。北米の先住民は千年以上の歴史がありますが、15世紀の終わりに白人の入植者達がやってきて以来、差別され、虐げられてきました。

カナダやアメリカでは19世紀の初めから先住民の子供達は同化教育のため、親から引き離され、政府の管理のもの教会が運営するインディアン寄宿学校レジデンシャル・スクール)に送られました。

1831年に最初のレジデンシャルスクールが出来て以来、レジデンシャルスクールに送られた子供達の数は合計150000人。

レジデンシャルスクールでは子供達は英語を話すことを強いられ、番号のついた制服を着せられ、長髪の男の子は髪を切られ、先住民の母国語を使うと罰せられました。”Kill the Indian in the child (子供の中のインディアンを殺す)” こと、まさに、文化的ジェノサイドを目的としたもので、強制収容所と同じでした。授業と言われるものは半日のみで、残りの半日は女の子は掃除や洗濯、男の子達は畑仕事などの労働にこきつかわれました。身体的、精神的、そして性的虐待も日常茶飯事で、脱走し、途中で捕まえられた子もいれば(そういった場合は子供達は拷問を受けました)、親のもとに辿り着く前に寒さや飢えで死んでしまった子もいました。死亡した子供達の数は最低でも3200人と言われていますが、おそらく6000人を超えると言われています。

カナダでは「Heritage Minutes」と名の付いた、カナダの遺産を紹介する短いコマーシャルがよくTVで流れますが、近年制作されたものはレジデンシャルスクールに関するもので、涙なくしては見れないものになっています。負の遺産です。

信じ難いことですが、最後のレジデンシャルスクールが閉校したのは1996年のことです。学校から解放されても、レジデンシャルスクールの経験者は大きなトラウマを抱え、数世代に渡って精神的問題やまたそこから不随してアルコール中毒などの問題を抱える人も多くいます。レジデンシャルスクールは、カナダの歴史の最も大きな汚点と言えるでしょう。

2008年に、真実と和解委員会が設立され、このレジデンシャルスクールをはじめ、カナダ国家が先住民の人々に与えた精神的、身体的苦痛とトラウマを記録し、和解と癒やしに向かうために作られました。

Missing & Murdered: Finding Cleo

CBCのジャーナリスト、コニー・ウォーカークリ−系カナダ人でこのポッドキャストのホストでもあります。

カナダやアメリカでは、先住民の女性が殺されたり行方不明になることが多く、カナダの国難、社会問題になっています。Wikipediaによると、1970年代から殺されたり行方不明になったインディジネスの女性の正確な人数は不明ですが、恐らく1000人から4000人と言われています。このMissing & Murdered ポッドキャストのシーズン1では、行方不明になった若い先住民の女性、アルバータ・ウィリアムズの事件を追っています。

今回ご紹介するのはシーズン2の「Finding Cleo」です。

サスカチュワンのクリ−系の女性、クリスティーンからの手紙でポッドキャストは始まります。クリスティーンは6人兄弟の末っ子。

子供の頃に、クリスティーンと他の兄姉はみな母親のリリアンから引き離され、それぞれ別のフォスター・ホーム(里子)にだされ、やがてカナダやアメリカの白人家庭に養子に出されました。これは、いわゆるSixties Scoopと呼ばれるもので、先住民の子供達を親から引き離し(多くの場合、親や部族の許可なしにです)、児童福祉制度に入れ、里子や養子に出していました。これは60年代の前から行われていましたが、60年代に最も頻繁に行われたため、そして生まれたばかりの子供を母親からScoop(すくう)したため、こう呼ばれました。当時カナダ政府は白人社会向けに「先住民の子供を養子に取ろう」という政策を打ち出しており、TVコマーシャルまで流していたそうです。

Sixties Scoopに関する絵で、ポッドキャスト中でもでてくるのかカナダのクリ−系アーティストのケント・モンクマン(素晴らしいアーティストなのでぜひサイトをチェックしてみて下さい)による絵のThe Screamです。RCMP(Royal Canadian Mountain Police – 王立カナダ騎馬警察)、司祭そして修道女が、先住民の子供達を連れて行こうとしています。泣き叫ぶ子供達と、母親。観ることがつらい1枚です。

The Scream by Kent Monkman 2016

クリスティーンは兄ジョニーや姉クリオ達と6人兄姉でサスカチュワンで育ちましたが、子供の頃に、ソーシャルワーカーがやってきて母親を残して連れ去られました。その後グループホーム(いわゆる児童養護施設のようなもの)に入れられたあとそれぞれ別の家庭に里子に、そしていずれは養子に取られました。

クリスティーンはネットなどを利用して散り散りになった兄姉を探し出し、今では連絡を取り合っていますが、唯一行方が分からないのが長女のクリオ(クレオパトラ)だそうで、CBCのコニーに「私の姉を探して欲しい」と連絡を取りったのがこのポッドキャストの始まりです。

長男のジョニーはアメリカの家庭で養子に取られ、カナダに戻ることはありませんでした。ジョニーは今ではペンシルバニアに住んでいます。ジョニーはソーシャルワーカーに「クリオは養子に行く先が決まったので、さよならを言うように」と言われたのが彼女の姿を見た最後だと言います。当時ジョニーは13歳、クリオは8歳か9歳くらいでした。

それ以外にクリスティーンやジョニーが知っているのはクリオが11歳の時に亡くなったということのみ。どういう経緯で亡くなったのか、一体クリオに何が起こったのか、クリスティーン達は答えを探しています。

クリスティーン、ジョニー、そしてその他の姉妹、過去の里親、時には政府組織に連絡を取りながら、コニーはクリオの行方を探します。

クリオは一体どこに行ったのか?どうして亡くなったのか?クリオは何故母親から引き離されたのか?最初は分からないことばかりですが、少しづつ謎が解けていきます。ネタバレはしませんが、このシーズンはシーズン1と違ってドラマティックな結末があります。かなりショッキングな結末ですが、カナダのSixties Scoopが先住民の子供達にどんな影響を与えたのか、私達にはこのポッドキャストを聴いて、彼らのストーリーを知る義務があると思うのです。

この数年、北米ではTrue Crimeという犯罪もの、殺人ものジャンルがとても人気で、このおすすめポッドキャストシリーズでもTrue Crimeのポッドキャストを紹介していこうと思っていますが、このMissing & Murderedは単なる調査報道ものではなく、カナダの暗い歴史という社会問題にスポットをあてているという点で注目されるべきポッドキャストだと思います。カナダだけでなく、世界中で現在話題になっています。ぜひ聴いてみてください。

【おすすめポッドキャスト#001】This American Life

本の紹介も少しづつ、ゆっくりやっていますが、これから、おすすめのポッドキャストも紹介していこうと思っています。ポッドキャストは大好きで、絵を描いている時、キッチンに立っている時、運転中、散歩中、常に何か聴いています。

最初に紹介するポッドキャストはこれ。

アメリカでは知らない人はいないというほど有名なポッドキャスト、This American Life. 私の中でも恐らく好きなポッドキャストTop5にはいります。

1995年から20年以上続いているシカゴ公共ラジオの番組ですが、ポッドキャストとしても世界中で親しまれています。ホストはユダヤ系アメリカ人のIra Glass。ラジオ業界では神(それは大げさか)のような人ですが、うちの夫いわく「聞いているとリラックスして下手すると眠くなる」ような独特の声で知られています。ラジオに興味がある私にとっては、一生のうちに一度会ってみたい人物の一人です。

毎週テーマにそってエピソードを作成。時には政治的な問題(難民問題、米国憲法修正第一項、左右極端に分かれるアメリカ国民など)に全エピソードを捧げることもありますが、通常は2から4つのセグメント(お芝居の様にAct1, Act2と呼ばれています)に分かれ、取材を元にしたストーリーや、時には詩やエッセイの朗読もあります。

私はポッドキャストとしてiPhoneで聴いていますが、毎週日曜日の夕方6時に新エピソードがリリースされるので、それを聞きながら夕食の準備をするのが私の習慣になっています。

一番最近の、先週のエピソード646のタイトルは「Secret of my Death」で、すでに亡くなった人たちにまつわるストーリー。

第1幕、Act 1はドラッグで姉を亡くした女性がディーラーにむけて書いた手紙、”Dear Dealer” です。”Did you even call her by her name? Or was it “lady” ? Or maybe you had a nickname for her, like “purple” the color of her car, the one she was found in” 「彼女を名前で呼ぶことなんてあったのかしら?それとも単に”lady”?もしかしたらニックネームを使ってたかもね、彼女が死んでるところが見つかった車の色にちなんで、「パープル」とか」ドラッグ問題を抱えていた姉は、車の中でオーバードーズして死んでいるところが見つかりました。亡くなった姉の携帯には、様々な人達から、ドラッグのディールに関するテキストメッセージが残されていました。姉を薬物中毒で亡くした妹の、誰にも向けることができない怒りに、胸が痛みます。

第2幕は、「メメント・モリ」ならぬ「コメント・モリ」。ある日突然昏睡状態になった男性。目を覚まさない日々が続き、家族はついに生命維持装置を切ることを決めます。その日の夜、生命維持装置を切るということがFacebookにて家族や友達に知らされると、何百という友人達からコメントが寄せられました。ところが、2週間後に。。。ネタバレになるのでここでやめておきますね。続きが知りたい方はぜひエピソードを聴いてみてください。

http://mickey11042.blog.fc2.com/blog-entry-118.html

毎週、面白い話、怖い話、感動的な話と様々なストーリーを聴かせてくれるThis American Life、お気に入りのエピソードは数多くありますが、日本人としてもっとも心に残ったエピソードはエピソード597 “One Last Thing Before I Go” というエピソード内のAct1, “Really Long Distance” です。岩手県大槌町にある、東日本大震災で亡くなった、もしくは行方の知れない家族にメッセージを送れる公衆電話「風の電話」に関するエピソードですが、 NHKの番組で紹介されていたとのことですので、日本で観た方もいるかもしれません。この番組のプロデューサーの一人、Miki Meekは日本に家族がいるとのことで、NHKの許可を得て風の電話のストーリーをシェアしてくれました。私自身はこのポッドキャストで初めて知ったので、聴いたときは思わず涙してしまいましたが、何度聴いても、涙が止まりません。日本語で話されている部分がそのまま放送されていますので、ぜひ一度聴いてみてください。

これからもどんどんおすすめポッドキャストをご紹介していきますのでお楽しみに。

 

クリエイティブなことを続ける

前回のブログからすっかり時間が経ってしまいました。あっという間に5月、2018年もあと一月で半分ですね。

この5ヶ月の間何をしていたかというと、今年の3つのキーワードを念頭に置き、様々なクリエイティブなことに挑戦していました。

1.水彩画

2017年から本格的に始めた水彩画。もともと絵を描くことは好きでしたが、大人になって絵の具を買ったきっかけは、2016年にオンラインで取っていたブレネー・ブラウンのコースでした。そのコースでもクリエイティブなこと、アーティスティックな表現は大切とされていて、コースの一部で絵の具を使って描くエクササイズがあったのがきっかけです。

コース終了後も暇をみつけては絵を描き、インスタグラムに投稿していましたが、去年の春に#the100dayprojectというプロジェクトをインスタグラムで発見しました。絵に限らず、何かしらクリエイティブなことを100日続けてインスタグラムに投稿するというものですが、100日はおろか、30日ブログチャレンジなども過去に失敗している私は、あまり期待はせず、とりあえずやるだけやってみようと思い、始めました。

子供や夫が起き出す前の静かな時間に一人早起きしてコーヒー片手に絵を描く、これが日課になるまでそんなに長くはかかりませんでした。自分自身のストレス解消にもなるし、とにかく絵を描くのは楽しい。そして信じられないことですが100日無事に終えることができました。

その後、水彩のオンラインショップ「水彩屋」をEtsyにオープンし、絵を買って頂いたり、特別オーダーなどもいただくようになりました。

今年は、私にとって2回目の #The100dayprojectに再度参加し、現在38日目です。


また、先週は、生まれて初めて、自分の絵の個展(!)というものを開かせていただきました。友人が経営しているコミックブックショップの奥にある小さな小部屋でのアートショウですが、オープニングの日には沢山の方に来て頂きました。ビクトリア在住の方は、今月一杯は展示されているので、ぜひ観に行ってみてください。

2.ラジオ

私は数年前にYouTubeでのビデオ番組もやっていたことがありますが、最近はポッドキャストをよく聴くようになり(ほぼ毎日、1日中聴いています)、ラジオ番組への関心が高まってきました。ビクトリア大学には、CFUVというコミュニティラジオ局があり、そこでは大学の生徒はもちろん、一般市民でもボランティアをすると無料でトレーニングが受けられるので、去年の秋から早速ボランティアをしています。まだまだ自分1人で番組を持つレベルではありませんが、番組のホストとして出演したり、またラジオ劇番組で始めて声優の経験もすることができました。私はどちらかというと音楽番組よりもストーリーテリングのできるポッドキャストや報道プログラムに興味があるので、引き続きボランティアを続けて行きたいと思っています。

3.ポッドキャスト

ラジオ局で放送のためのトレーニングを受けつつ、個人ではネットで簡単に配信できるポッドキャストも始めました。私が普段聴いているポッドキャストは99%英語なので、日本語で、自分が興味ある分野(フェミニズム、レイシズム、カルチャー、アート)などについて語るポッドキャストがあれば、、、と思っていたのですが、見つからなかったので自分で作ることにしました。福岡在住で、いつも仲良くしてもらっているライターの須藤美香さんをパートナーにお迎えして「はみだし系ライフの歩き方」というポッドキャストを始めました。

Facebookページを基本のハブにしていますので、ページを「いいね」してくださるととても喜びます。

週に1回の更新ですが、今のところネタが切れることもなく、現在の時点で6話リリースしています。noteの方で詳しい解説も載せています。

また、こちらは最近配信が滞っていますが、夫と一緒に英語でのポッドキャストも始めました。こちらもよかったら聴いてみてください。

4.映画のエキストラ

これもひょんなところから飛んできた案件なのですが、去年2日ほど某映画の背景のエキストラとして仕事をしました。セリフなし、本当に背景でちょろちょろしているだけの仕事で、ほぼ1日拘束されますが、とても楽しかったので今年も同じ映画の続編がビクトリアで撮影されると聞き、応募してみました。

なんと今回の映画ではただの背景ではなく、映画の一部として結構重要な「脇役」を仰せつかり、特殊メイクあり、衣装あり、カツラありのすごい事に。セリフはないのであくまでエキストラの1人ですが(セリフがあると時給もぐっとあがり、「キャスト」に格上げされるらしい)、1週間ほど毎日12時間以上労働で(映画の撮影なので待ち時間がものすごく長い)したが、他のエキストラの皆さんとも仲良くなり、映画制作に関しても勉強になることばかりで、とても良い経験になりました。ビクトリアはバンクーバーほど映画の撮影が多くないので(これでも増えてきているほうですが)、フルタイムでエキストラをやっていくのは大変そうですが、これからも機会と時間があれば続けたいと思っています。

とりあえず今のところこれだけですが、まだ正式に発表はできないものの、舞台関係の次のプロジェクトの案件もまわってきています。

「はみだし系ライフの歩きかた」でも少し話しましたが、私は「見切り発車」型です。水彩の個展でも、まだまだ初心者なのに個展のオファーに「YES」と言ったのは「Brave(勇気がある)」だと沢山の人に言われました。特に日本人は謙遜の文化なので、「私なんてとても〜」と遠慮してしまいがちですが、私はあえて「もちろん何十万ドルで作品が売れるプロのアートのレベルでないことは分かっているけど、自分の作品を世に送り出すことが大事」だと思っています。

今年の3つのキーワードの一つは”Move”ですが、やはり、このようにして様々な場所で創造活動を続け、人に会っていくと、自然にフラグが立ち、新しい道が開けたり、オファーが来たりするものです。

こちらもポッドキャストで紹介した(ブログでも紹介しました)エリザベス・ギルバートのBig Magicのように、人は創造するために生きているのだと私は思うのです。これからも、創造し続けていきたいと思っています。

2017年まとめと2018年の3つの言葉

明けましておめでとうございます。 

もう年が明けてしまいましたが、2017年の振り返りと、毎年決めているその年の3つのキーワードをここに記しておきます。英語版ブログはなんとか大晦日にアップできていますので、オリジナルはそちらをご覧下さい。

2017年は色々大変なこともありましたが、全体的にはいい年だったと思います。オリンピック選手とお仕事をさせてもらったり、通訳で裁判所に通ったり、オタワでカンフェレンスに出席したりと、様々な方との出会いがありました。その一方で仕事の厄年?のような年でもありました。でも全て、学びと思えば納得できます。

大晦日には毎年やっている「ハピネス・ジャー(幸せの瓶)」を開けました。ハピネスジャーに関してはインスタグラムに投稿したら反響があったので、ここに去年書いたブログを貼っておきますね。

ハピネス・ジャー(幸せの瓶)の習慣、はじめませんか

今年も、すっかり忘れていた嬉しいこと(誰かに言われた嬉しい一言)や面白かったこと(息子の面白語録)などがよみがえってきて、なんと素晴らしい1年だったのか、と感謝の気持ちでいっぱいになりました。

ハピネスジャーを開けたあと、これらのメモはどうするのかというと、私はここ10年近く使っているほぼ日手帳に貼り付けています。

左が2017年のほぼ日手帳、右が2018年のもの。2017年のものにはハピネスジャーのメモを始め、映画やお芝居の半券、頂いたカードなどを貼り付けているので分厚くなっています。ちなみに2018年の手帳はほぼ日手帳の英語版、Planner(シュタイフ版)です。

2017年も学びが多い年でしたが、特に大きかったのは以下の3つです。

1) クリエイティブなことを続ける

2017年の最も大きな変化は、水彩画を始めたことです。過去の水彩の経験は、学校での美術の時間程度だった私ですが、ふとしたことで絵の具を手に入れ描き出すと、俄然面白くなり、今ではキッチンの片隅に小さな「スタジオ」をもうけるまでになりました。そんな時に偶然インスタグラムで”#The100dayproject”(クリエイティブなことを100日続ける)というものを知り、とりあえずやってみることに。

今まで日記でもブログでも運動でも、三日坊主が殆どで、まず続いたためしのないこの私が、なぜか100日間毎日水彩画を描き続けるができたのは、SNSでのみなさんのコメントや反応が大きかったと思います。そして同時に、水彩というアートが自分にとって好きなこと、面白いことだったから、続けることができたのかなと思っています。

水彩に関する興味は一時的なもので、100日が終わったら熱が冷めるのでは、と実は心配していたのですが、幸い今でも続いており、クリスマスの時期には今年は手描きカードを送りました。来年は、早めに取りかかって、販売できたらと思っています。2018年には、オンラインまたは通える場所で水彩のクラスを取り、スキルを上達できたらと思っています。

2) 人生は短い

これはどこでも言われているありきたりの事かも知れませんが、2017年には多くの知り合いが亡くなりました。直接知らない人でも、友人達も多くの友達や家族を亡くしており、胸が痛みます。20代の始めに、年を取ると言うことはそれだけ他人の死に多く接することだと実感して以来、毎年、この数は増えてきています。また病気をしている人も知り合いに増えてきました。

人生は短い。それだけに、もうネガティブな人や意地悪な人とつきあう時間はありません。その代わり、本当の友達を大切にし、長年会っていない人とはどんどん会うようにする、社交辞令じゃなくて、マジです。

3) 自分にしかできないことをする

今年の半ば頃、やってくる仕事やボランティアを全て受け入れ、あっぷあっぷしていた時期に、友達に言われた一言ではっとしました。「でもそれって、誰にでもできる仕事だよね」

上の 2)にも繋がりますが、それ以降、何かを頼まれて迷ったら、「これは自分にしかできない仕事か?」ということを自問するようになりました。他の人にできる仕事だったら、あえて自分がする必要ないですよね。

2017年の振り返りは以上ですが、2018年の3つのキーワードは以下です。

この数年、友人のChris Broganの例にならい、私も毎年フォーカスする言葉を3つ考えています。

2015年は Create, Cooking, Compassion

2016年はCuriosity, Courage, Believe

2017年は Faith, Create, Joy

2018年の言葉は、MOVE, STORY, そして COMMUNICATEです。

MOVE

2017年はオタワやバンクーバーに出向いて様々な方と出会うことができました。やはり自分が動かないと新しい出会いも、面白いプロジェクトもないということで、MOVEを選びました。これにはもちろん運動しろという意味も込められていますw とりあえず、2018年最初のプロジェクトは、日本でのビデオ撮影旅行なのでキーワードに沿っています。

STORY

2017年半ばからポッドキャストやラジオを聴くことが断然増え、そのうちそれぞれのラジオプロデューサーに興味を持ち始め、年末には地元のラジオ局でもボランティアも始めました。なぜ自分がそんなにラジオに惹かれるのか?と考えていたのですが、それは私の好きな様々な番組がストーリーを聴かせてくれるからです。ストーリーテリングも大好きですし、もちろん本でも映画でも、ストーリー性のあるものに惹かれます。2018年は、いかにして人を惹きつける、意味のあるストーリーを語るか、が鍵になっています。

COMMUNICATE

3つめのキーワードが一番考えつくのが難しいと自分では思っているのですが、これは残りの様々な、私がやりたいことー「書く」ことや「聞く」ことーをまとめたキーワードになっています。書くこと、アウトプットすること、人の話をしっかり聞いて、インプットすることーこれらは全てコミュニケートという言葉で総括できると思います。一昔前にはエンゲージメントという言葉がバズワードでしたが、バスワードで終わらないよう、しっかりとみなさんと対話していけたらと思っています。

長くなりましたが、今年最初のブログでした。

本年もどうぞよろしくおねがいいたします。

人と比較してしまうとき。

(初出:note 2016年3月3日)

最近、まわりで「人と自分を比べてしまって落ち込んだ。。。」という話を何度か目にしました。就活とか、子育てとか、仕事/夢とか、がんばって成功している人をみると「ああ、なんで私は、、、」って思う人、沢山いるみたいですね。

私も今でも時々そういう負のスパイラルに陥ることがありますが、それでもだいぶ以前に比べたら減ったかな。

ブレネー・ブラウンの言葉で、いつも思い出しては自分に言い聞かせる言葉があります。

“Stay in your own lane. Comparison kills creativity & joy. “

彼女は水泳を日常的にやっている人なのですが、泳いでいる時に隣のレーンの人を気にしだすと、つい速く泳ごうとしてしまったりすると。

自分と他人を比較して、楽しい気分になったことがありますか?他人と自分を比較すると、創造性や喜びまで台無しにしてしまうのですね。

自分のレーンに集中して、自分のレーンで起こっていることに感謝すること。使い古された言葉だけど、自分は自分、他人は他人。

SNSのおかげで友達の成功やリア充の様子などが嫌でも目に入るかも知れませんが、1)SNS上の投稿は100%真実とは限らないですし、(むしろ逆の事が多い)2)私達はこのような友達が努力したり、失敗したり、落ち込んだり悩んだりしている舞台裏を見ていませんよね。私達が見ているのはハイライトの部分だけだということを忘れないで下さい。

あなたは今、あなたのレーンで何をやっていますか?もしかしたら、レーンで立ち止まって、周りを見ることに忙しくて前に一歩も進めていない人もいるかもしれませんね。

まずはその手を伸ばし、水をひとかきして、キックスタートしてみて下さい。あなたのレーンで一番の泳ぎをすることの方が、周りを見ることよりずっと大切だと思いますよ。

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Facebookグループ:Wholehearted Living (ブレネー・ブラウンの本について語ろう):https://www.facebook.com/groups/1661035537501946/

↑自己紹介して下さいね。

会社:ルシッドコミュニケーション http://www.lucidcommunication.ca/ (ビクトリア情報はこちらで)

自分自身でいることが、荒野に立ち向かうこと。[1000冊紹介する-010]

ブレネー・ブラウンの最新刊、彼女の4冊目の本、Braving the Wildernessが今月発売され、さっそく購入して読みました。今回の本はそこまで厚くないので、結構さらっと読めます。

Braving the Wildernessとは、どういう意味でしょうか。Wildernessとは荒野や野生という意味ですが、Braveを動詞として使ってあるので「荒野に立ち向かう」などと言った意味になります。

一体どういう内容なのか、ほとんど予習をせずに購入し読み始めたのですが、とりあえずこれまでのおさらいをすると、ブレネーのこれまでの本のテーマは、以下のようになっています。カッコ内は邦題です。

The Gifts of Imperfection (「ネガティブな感情」の魔法)- Be You. 自分自身であれ。

Daring Greatly本当の勇気は「弱さ」を認めること)- Be all in. 全力でやろう。

Rising Strong (立て直す力)- Fall. Get up. Try Again. 倒れたら起き上がってまた挑戦しよう。

というメッセージでした。

それでは今回の4冊目の本は、どんな本なんでしょうか?

ひとことで言うと、Belongingに関する本です。

Belong、とは、何かに属すること。何かの一部になることですよね。クラブの会員になったり、会社の一員になったり。

著者のブレネーは、「何かの一部になっていると感じることは人間にとって不可欠なもの」であると過去の著書にも書いています。学校や部活で仲間にいれてもらえなかったりして辛い思いをした人も少なくないのではと思います。

何かに属しているという感覚は欠くことのできないもの、と信じていたブレネーは、マヤ・アンジェロウのインタビューを見て、ショックを受けます。

マヤ・アンジェロウは有名なアメリカの活動家、詩人、作家、女優ですが、1973年のTVインタビューでこんなことを言っていたそうです。

You are only free when you realize you belong no place – you belong every place – no place at all. The price is high. The reward is great.

自分がどこにも属さないと分かって初めて人は自由になるものです。ー全ての場所に属してーどこにも属さない。代償は高いわ。でも大きな報いがある。

これを初めて聞いた時、ブレネーは「それは違う」「どこにも属さない世界なんて」「彼女は属することのパワーを知らない」と思ったそう。そしてこのあと20年近く、この言葉が引用される度に怒りを覚えるようになったのだとか。

怒りの理由は二つ、一つは、ブレネーが尊敬するマヤ・アンジェロウが自分と正反対の意見を持っていることが許せなかったこと、そして、ブレネー自身にとって、「どこにも属さない」ことが辛い経験であったことです。

子供時代引っ越しを多くしたため、ただでさえどこか一つの学校、クラブ、コミュニティに属することが難しかったというブレネーですが、高校生の時にベアカデッツ(話を簡単にするために、チアリーディングのようなものと考えて下さい)にどうしても入りたかった彼女の辛い体験談が書かれています。両親の仲が悪化している時で、キラキラした衣装に身を包んで、沢山の友達とダンスをすることが、一種の救いのように感じていたブレネーは、これまで何かをこんなに求めたことはないというくらいベアカデッツに入りたかった、と書いています。ベアカデッツの女の子達はなんでも一緒にやり、行動するのでベアカデッツは、まさに「所属感を擬人化したようなものだった」と。

ダンスは得意だったので、転校したばかりの学校で、一人で(まだ一緒に行くほど親しい友達が居なかったため)オーディションに参加したブレネーは、学校について唖然とします。

オーディションに参加した子達は全てメイクをばっちりして、派手な衣装に身を包んでいました。ブレネーと言えば、すっぴんで、黒いレオタードにグレーの短パンをはいていたそう。オーディションには思いっ切りドレスアップして挑むものだと、誰も教えてくれなかったのです。

それでも何とか気を取り直してオーディションを終え、夕方、結果発表のため、祖父母の家に行く途中で家族全員が乗った車で学校に行ったブレネー。

ドキドキしながら結果表を見ると、、、、彼女の番号は乗っていませんでした。合格して喜びの声をあげる友人達をあとに、絶望して車に戻りました。両親は、彼女はに全く一言もかけてくれなかったそうです。沈黙がナイフのように心に刺さったというブレネー。彼女の両親はどちらも若い頃は人気者で、父親はフットボールのキャプテン、母親もチアリーダーだったとか。両親は自分のことを恥じている、と感じたブレネーは、自分はどこにも属さない、そして、ついに、自分の家庭にも居場所がない、と感じたのだそうです。

今振り返って見ると、ブレネーはこれはもしかすると自分で創り出したストーリーだったかもしれない、と書いていますが、もしこのとき、彼女の両親が、オーディションに受からなかったことを慰めてくれて、挑戦しただけでも偉いと言ってくれたら、または(本当はこれが彼女が希望していたことですが)彼女を合格させなかったチームはひどい、あなたは合格する資質がある、と言ってくれていたらーこの話は彼女ののちの人生の軌跡を定めるような話になってはいなかっただろう、と書いています。でも、実際にはそうなってしまった。

他人事なのに、読んでいて胸が痛くなる話ですね。

この話を本に書くことは思った以上に辛かったというブレネー。当時の練習曲をiTunesで聞いて思わず涙してしまったそうですが、それは、チームに入れなかった悔しさというよりも、当時、何が起こっていたのか分からなかった若い自分を慰めてくれる人が居なかったことへの涙だと言います。彼女の両親は当時は娘の痛み、そしてヴァルネラビリティに対応するためのツールもスキルも持ち合わせていませんでした。両親はその後離婚してしまいましたが、幸い、家族で勇気、ヴァルネラビリティ、そして真に何かに属するとはどういうことかを学ぶことができたので、この事件は彼女たちの未来に悪影響を及ぼすことはなかったと言います。

家族の中に居場所がないと感じることは最も危険な痛みで、これは3つの結果につながるとのこと:

1.ずっと傷つきつづけ、その心の痛みを麻痺させるか、または他人にその痛みを負わせてしまう

2.痛みを否定し、否定することで周りの人や子供達に引き継いでしまう

3.痛みを自分のものとして認める勇気を見つけ、自分や他人に対する思いやりを育て、世間で起こっている痛みをユニークな目でみつけることができる

2013年にブレネーはオプラ・ウィンフリーのSuer Soul Sundayという番組に出演することになります。そして同じスタジオに、長年尊敬してきたマヤ・アンジェロウが居る、会ってみたいか、とオプラに聞かれるのです。

この出会いのシーンはとても感動的なので、ネタバレしないでおきますので、本を読んでみるまでのお楽しみ。

そしてさらにそれから数ヶ月後、講演活動をしていく中で様々な出来事があり、やはり「自分はどこにも属していない、居場所がないのだ」とがっかりするブレネーは、ようやくアンジェロウの言葉の本当に意味に気が付くのです。

それでは真に属する(true belonging)とはどういうことでしょうか?

英語でfit inという表現がありますが、これは日本語でいう「迎合」に近いと思います。思春期にブレネーのような経験をした人は沢山いると思うのですが(私も含め)、どこか、何かに属したいがために自分を曲げたり取り繕ったりして迎合してしまう人も多いでしょう。でも、ブレネーは迎合することは属することの全く正反対だと言います。

自分に属する、ということは、誰がなんと言おうと自分の考えに忠実であること。それができてこそ、本当に自由になれるし、どこにも属さない。まるで一種の逆説のようで、最初読んだ時は私も「??」という感じでしたが、何度も読み返してみると、確かにその通りだと思いました。

自分の意見に忠実であれば、世間から非難されたり、後ろ指をさされることもあるかも知れません。ブレネーの夫のスティーブは小児科医で、抗生物質を処方しないことで親から非難を受けたりすることもあるそうですが、彼自身は「それはこの子供に必要ないものなので、誰に非難されても自分の意見を突き通す」というたとえ話をしています。

詩や文学、音楽の世界で、野生というものは広く恐ろしく危険な環境としてよく使われるメタファーです。ブレネーはこの野生/荒野/大自然というメタファーは、自分の考えに忠実であることと同じであると言います。それは孤独で、感情的で、スピリチュアルで、広大なものだからです。完全に自分に属しているということは荒野に一人で立ち向かうことと同じなのです。恐ろしく、危険な場所で、結果をコントロールできない環境ですが、この野生の場所こそが、もっとも勇敢で、神聖な場所と言えるでしょう。

真に属するとは自分を変えることではなく、自分自身でいること。 

この本では、それでは勇敢に荒野に向かっていくために、何か必要なのかを一つづつ説明していきます。2016年の大統領選以来、波乱を極めるアメリカと世界の社会の中をいかにして進んでいくか。3章以降でその方法が詳しく説明されています。

私自身は、これまで彼女の本を読んできた経験から、自分自身をさらけだすこと(ヴァルネラブルである)こと、勇気を出して挑戦することには少しは慣れてきたと思っていましたが、この本では、自分1人に属するには、他人とも繋がらなければいけない、と説かれていて、これにはもう少し練習が必要なようです。

アメリカの大統領選以来、私達は自分と似た意見の人達とばかり固まるようになってしまいました。研究によると、そのように自分達を分けてしまうと寂しさが増えてしまう傾向にあるそうです。また、自分の味方でないならそれはすなわち敵である、というような偽の二極論を展開してしまいがちです。

ブレネーは、そのような二極論を止め、自分と意見の違う人の話をしっかり聞き、同意できない場合でも礼儀正しく接することの大切さを説いています。

この本の後半で、特に感動的なのが、私達は実は他人と密接に繋がっているのだ、そしてその繋がりを強めることによって、荒野に立ち向かうことができるのだと説かれている部分です。

私自身も、1人で公共の場にいる際、ついスマホだけをのぞいてしまい、タクシーの運転手さんと話をしなかったりすることがあります。昨今では、マンションのご近所同士でも殆ど話をしないことなどが普通になってしまっていますよね。

ブレネーは「人は近づくと嫌いになりにくいもの。もっと人に近づこう。」と言っています。どの政党を支持するかによって「共和党支持者はバカばっかり」などと言ってしまうこともありますが、1人1人をしっかり見ていくと、言うまでもないことですがみんなが悪人やバカな訳はありません。1人1人に近づき,その人を理解することが大切です。また、知らない人と手を繋ごう。という章では、スポーツや教会などでみんなが一体になることのパワーを説明し、ハリー・ポッターの映画を見て感動した人達が劇場で示したジェスチャーや、チャレンジャー爆発事故の際、ハイウェイで車を停めた人達など、集合体として、感動や哀しみを分かち合った時の様子がかかれています。

「自分に属すること」が荒野に立ち向かっていくことというのは、最初はなかなか理解しがたいコンセプトかも知れませんが、非常に大切なことだと思いました。

日本語訳はおそらく来年あたりに出版されるかと思いますが、それまで、この本について語ってみたいと言う方は、ぜひFacebookのグループへもどうぞ。

カナダに住む日本人移住者へのサービス

私が住んでいるビクトリアにはビクトリア日系文化協会(Victoria Nikkei Cultural Society-VNCS)という団体があり、私はそこで理事の1人としてボランティアしていますが、先週末、VNCSがメンバーとして加入している国レベルの団体、日系カナダ人協会(National Association of Japanese Canadians-NAJC)のAGMとカンファレンスにビクトリア代表として出席するため、オタワまで行ってきました。 2015年にはこのイベントをビクトリアで開催し、その時のことはこちらのブログに詳しく書いています

2011年の統計によれば、カナダに住んでいる日系人(日本人、日系カナダ人を含め、バックグラウンドが日本だと言う人)は10万人程度いるのだそうで、そのうち移民は2万5千人、子供が3万人で、日本からやってきたいわゆる「新移住者」は5万5千人、全体の半分以上を占めていますが、NAJCの名前を聞いたことがある人は少ないかも知れません。NAJCはこれまでは主に「日系カナダ人」をサポートする団体として知られています。

カナダには19世紀の終わりごろから日本からの移民が増え、「一世」と呼ばれていますが、これらの人々の多くは、カナダで出稼ぎをして日本に帰るのではなく、カナダ人としてカナダに骨を埋めるためやって来た人達です。第二次世界大戦中、真珠湾攻撃の前後から、日本人は敵国の人種と見なされ、1942年、ブリティッシュ・コロンビア州西海岸に住んでいた日系人は、家を退去するよう命令され、BC州内部の小さなコミュニティに強制的に移動させられました。家や車、漁船などの資産はそのまま置いていくように指示され、殆どが没収され、強制収容そのものの資金を作るために所有者の許可なく売り払われました。

このあたりの歴史は日本の学校でも学ばないので私もカナダに来るまで殆ど知らなかったことです。(詳しい内容は日系博物館のサイトをどうぞ。)

1998年にカナダに移住してきて以来、日本人の友達は少しづつ増えて行き、ビクトリアにあるVNCSで日本の文化を伝える活動をしていることを知り、会員になり、数年前からは理事として参加しています。日系文化協会(VNCS)の会員の殆どは日系カナダ人またはカナダ人で、私のような日本人移民は三割程度でしょうか。会員になるには日本人や日系人でなければいけないという決まりもないので、日本の文化に興味のある人なら誰でも参加できます。

NAJCでは、日系カナダ人の高齢化が進み、その人口も減ってくると共にそれに反比例する形で日本からの移住者が増えてくることを鑑みて、移住者へのサービスを積極的に行うことを現在思索中です。

オタワでのカンファレンスでは、新移住者をテーマにしたパネルディスカッションがあり、カールトン大学助教授の朝倉健太さんと主婦のニワノマリコさんからそれぞれお話を伺いました。朝倉さんからは、LGBTQの若者が日本の移住者の家庭でどのように感じているかなど非常に興味深いお話を伺うことができました。ニワノさんは、お子さんの居る主婦という立場から、カナダに来たばかりの頃、日本語でなかなか情報が得られなかったこと、今後の子供達の日本語力に関してなどご自身の体験をお話いただきました。

その後、日本語・英語両方にて、「NAJCが移住者に関して何ができるのか?」というテーマでのディスカッションも行われました。私は英語のグループにたまたま入りましたが、日本人移住者と日系カナダ人の間に溝を感じる人が多いことや、移住者の立場から、あったら嬉しいサービスなどについて様々なディスカッションが繰り広げられました。

私自身は移住者ですがNAJCやVNCSのような日系団体に積極的に関わっていますが、日本人移住者は日本語が通じる日本人のグループ(お母さんのグループや、趣味のグループなど)で集まり、特に日系人と交わる必要性を感じない方も多いと思います。全体的な感情としては、日系カナダ人のみなさんやNAJCの様な団体は、日本人移住者のみなさんと交流したい、サービスを提供したいと思っている人が大半です。

あくまで私個人の意見ですが、私はこのディスカッションでは「日本人移住者は日系人と交流する必要性を感じていないので、移住者にサービスを提供したり交流したければ、移住者がそうすることのメリットまたはバリュー(価値)を提供しなければいけない」と伝えました。

移住者のパネルディスカッションでお話下さったマリコさんは、「来たばっかりのころは英語ができなかったので、日本語での生活サポートがあると嬉しい」と仰っていました。

ただ、英語ができない人への日本語でのサポートは、オンラインはもちろん、オフラインでも、大きな都市ではすでに提供されています。バンクーバーには隣組という日本人のサポート団体がありますし、トロントにはジャパニーズ・ソーシャル・サービスがあり、カウンセリングや情報提供を行っています。

ビクトリアにはソーシャルサービスの団体はありませんが、クチコミなどで様々な情報を得ることができます。VNCSでもメールを頂ければできる限りのお手伝いはしています。

日本人移住者が必要とするサービスとしては、主に以下のものが挙げられました。

ー子供に日本語を教えるサービス(日本語学校など:都市によっては学校がある)

ー困った時の相談先、またはリスト(日本語の話せるドクターや弁護士など)

ー日本語でのカウンセリング。メンタルヘルス・LGBTQ・家庭法関連(私もこれは仕事でよく問い合わせが来ますが、近年日本人移住者の離婚が増えてきています。また日本人移住者の家庭内暴力(DV)の件数も増えているそうです。)

ー高齢者のケア (バンクーバーやトロントには日本語でケアできるシニアホームがありますが、ビクトリアのような小さなコミュニティにはありません。日本人の介護士さんも少ないです。)

また、移住者がカナダに来てどのくらいなのか、自分達や家族がどのくらいの年齢なのかによってこれらの問題は移り変わってきますね。私個人の場合は、子供達は大きいので、プレイグループのようなものは必要ありませんが、コミュニティの日系のお年寄りのケアができたらな、、、と思っています。もちろん、自分がさらに高齢になったら自分自身もケアが必要になってくるでしょう。

NAJCでは、これらの情報を元に、新移住者のための委員会を設立することになり、私もメンバーとして参加する予定です。「こんなサービスが欲しい」などというご意見があれば、ぜひメールでお知らせ下さい。

みんなちがって、みんないい

Janicaさんという方は全く存じ上げないのですが、彼女のブログをコグレさんがシェアされていて読ませていただきました。

私自身は生粋の日本人ですが、カナダに移住してそろそろ20年。カナダで住んだ年数のほうが日本で育った年数をそろそろ越えようとしています。

私の二人の息子は、父親がカナダ人の、いわゆる「ハーフ」です。「ハーフ」という言葉はあまり好きではありませんが、日本に行くと必ずそう呼ばれます。

Janicaさんのブログでは、彼女のお子さん達が見た目は白人だけど、産まれも育ちも日本で、見かけ以外は日本人の子供と変わらないそう。それでも、見かけが金髪で青い目の外国人だから、いじめにあうことが時々あるとのこと。。。

子供って大人のようなフィルターがなく,思ったことをなんでもすぐに口にしてしまいますよね。そして子供は時にとても残酷です。

だからこそ、その悪気のない言葉で他の人達を無意味に傷つけてしまう前に、家庭でお話してみて下さい、という内容でした。

これを読むと、こういった差別が起こるのは一見日本だけだと思われるかもしれませんが、そうではありません。

私の次男はもうすぐ9歳です。私達はカナダ西海岸の自然が多く比較的リベラルな街に住んでいます。田舎ですが、息子が「ハーフ」だからといっていじめられたことは一度もありません。

ですが、逆に、ここはとても白人の多い街です。

次男はカナダで産まれカナダで育ち、日本には赤ちゃんの時に一度行っただけなので、自分が「半分日本人」という意識がありません。大学生の長男は、日本に遊びに行った記憶などもあるので、彼の中では日本人というアイデンティティは次男に比べて強いようですが、次男のほうはほぼ100%カナダ人として生活しています。私も彼とは99%英語で話しています。

彼には自分がマイノリティだという意識がないので、下手をすると白人のような振る舞いをしてしまうのではないか、というのはかねてから私も気をつけていたことでした。

先日は「マミー、忍者って韓国でしょ?」と言われ、日本人の親としての教育がなっていないと自分を戒めたところでしたが。。。

(「侍も忍者も日本よ!忘れないように!」)

私は仕事でホームステイの斡旋をしていますが、普段のお客様は日本の生徒さんばかりです。ですが先日、中国系カナダ人の友人から相談されて、7歳と9歳の中国人の男の子二人のホームステイを探してくれないか、という話が来ました。彼等がビクトリアに到着した日、同年代だしせっかくだから紹介しよう、と次男も出迎えに連れて行きました。

中国人の男の子達はまったく英語はできず、もちろんうちの次男も中国語はできません。でも、近くの公園に連れていくと言葉が通じなくてもすぐに打ち解けて一緒に遊んでいました。

ホストファミリーに男の子達を託したあと、次男に車の中で「何して遊んだの?」と聞くと「Hide & Seek!(かくれんぼ)」と言います。「Did they know what “Hide & Seek” was?」と聞くと,ハイドアンドシークという言葉自体は知らなかったけど、ジェスチャーで説明したらどういう遊びなのか分かったそう。考えてみると、呼び名こそ言語によって様々かと思いますが、恐らく世界共通の遊びですよね。

言葉の通じない中国からのお友達ですが、「マインクラフト」というと顔がパッと明るくなるのがすごい。さすが世界のマインクラフト。うちに招待して、一緒にゲームも楽しみました。

カナダで英語しか知らずに(次男はフレンチイマージョンに通っているのでフランス語も勉強していますが、普段の会話はほぼ100%英語です)白人が大多数の街で育ってきている次男に、「世の中には自分と全く違う世界で生活している人がいるのだ」ということを少しでも理解してもらえたようで、良い経験になったと思います。

そして先日のこと。

私は離婚して親権を前夫とシェアしているので、次男は1週間おきに私の家とお父さんの家を行ったり来たりするのですが(長男は大学生なので好きな時に遊びに来ます)お父さんの家で1週間を過ごした次男が戻ってきて、何をしたのか話してくれました。前夫は私同様再婚しているので、次男にはステップマザー(もう一人のお母さん)がいるのですが、そちらのおじいさんと一緒にカナダの先住民、ファーストネーションズの方が多く住んでいるエリアに行ってきた、ととても興奮して話してくれました。

カナダには600以上のファーストネーションズの部族がありますが、各部族の長は「チーフ」と呼ばれています。次男のステップ・グランパが、先住民の方々と関わる仕事をしているらしく、ファーストネーションズの知り合いの人達に沢山会ってきたそう。「マミー、僕、チーフにも会ったんだよ!」と興奮気味に話す息子。私も個人的に知り合いのチーフなどはいませんので、すごいねと褒めてあげました。次男はとても得意そうですw

カナダでは、アメリカの黒人差別同様、いやそれよりもひどいかもしれませんが、ファーストネーションズに対する過去そして現在の差別が社会問題になっています。

私と夫は、肌の色、どの国、文化で育ったか、性的嗜好などで差別をすることはあり得ないという価値観が一致しているので、次男にも常にニュースなどを見るたび話をしています。

少し前までは、女装をする男性などを見るとくすくす笑っていた次男でしたが、先月のプライドのイベントなどにも参加して、「誰がどんな恰好をしてもその人が幸せなら私達が関与することではない」と教えています。

先のJanicaさんのブログにも書かれていましたが、子供は、見慣れていないから差別を(本人には差別という意識がなくても)してしまうのではと思います。外国人が日本の浴衣を着たり日本文化の習い事をするのは変だ、というのは親に教えられてそう言っているのではなく、実際にそういう人が周りにいないからだと思うのです。

とはいっても、世の中には様々は「普通と違う」人達がいますので、全部を説明するのは難しいですね。「専業主夫のお父さん」「外で仕事をしているお母さん」「日本語しか話せない白人」「本当は男の子なのに女の子の恰好をする子」「お母さんが二人いる家庭」「みかけは日本人なのに英語しか話せない子」「学校に行かない子」などなど。。。

だから普段から子供達には「違っているのは変」ではなく、「違っているのは素敵、面白い」と教えてあげるのはどうでしょうか。

息子が「この子達、英語全然しゃべれない」と言ってきたら「彼らは中国語を話すのよ、すごいね」

「ファーストネーションズのチーフに会ってきた」「すごい名誉じゃない。彼等はすごく物知りなのよ」

「○○ちゃんのお姉ちゃん、本当は男の子なんだって」「そうなの。自分らしく生きている子なのね。」

ベタかもしれませんが、みんなちがって、みんないい、を普段から家庭で実践していって、様々な価値観を尊重できる子になってくれたらというのは私の親としての願いです。

トラウマからいかにして立ち直るか—Option B [1000冊紹介する:009]

Facebook COOのシェリル・サンドバーグは女性がもっと積極的に仕事に進出することを薦めて書いた 『Lean In 』で有名ですが、2015年に夫のデイビッド・ゴールドバーグ氏を突然亡くしたことでも大きなニュースになりました。今日紹介する本『Option B』にはその夫の死後、彼女がいかにして強さを—いえ、それは「強さ」ではないかもしれませんが—いかにして最愛の伴侶の死という大きなトラウマから立ち直っていったかが書かれています。

タイトルの意味はシェリルのFacebookポストに書かれていました。デイビッドが亡くなったあと、父親が参加するイベントに、友人が代わりに参加してくれるよう予定を立てていたのですが、ふと” But I want Dave. I want Option A” と泣く彼女に“Option A is not available. So let’s just kick the shit out of option B.” と彼が言ったことからつけたタイトルだそう。

この本は彼女の親しい友人で心理学者のアダム・グラント(著書に”Give and Take”など)との共著です。私のお気に入りのポッドキャストにOn Beingという番組がありますが、この番組にシェリルとアダムがゲストで呼ばれたエピソードもここにシェアしますね。シェリルとアダムはアダムがデイビッドが当時CEOだった会社、サーベイモンキーで講演をして以来の友人だそうですが、デイビッドが亡くなった際、すぐに飛行機で駆けつけたのもアダムだったそう。

死や病気などの辛い出来事があった場合、 ”It’s going to be OK(きっと大丈夫)”といったあいまいな慰め方をしてくる人が多い中、「若い時に親を亡くした子供達でも立ち直って幸せな大人になっているという例は沢山ある」と、データや研究に基づいた意見をアダムから聞くことにどれだけ救われたか、シェリルはOn Beingでのインタビューでも語っていました。

シェリルは夫の死後30日を過ぎた時に投稿したFacebookポストにも触れています。シェリルは彼女の宗教であるユダヤ教では配偶者の裳に服す期間は30日なのに、30日経っても全く哀しみが癒えないことに絶望してこのFacebookポストを書き、「こんなの、絶対に投稿できない」と決めて最初はそのまま寝てしまったらしいのですが、翌日「これ以上状況が悪くなるわけもない」と思い直して投稿し、多くの人々の共感を呼び、これは4千万回以上もシェアされました。

誰かが大切な人を亡くしたとき、癌などの深刻な病気になったとき。人は間違ったことを言ってしまうのではないかということを恐れて、結局なにも言わないことが多いと思います。シェリルも、夫が亡くなった後、誰もデイブのことを口にしなくなったことを”Elephant in the room(見て見ぬふりをされている問題”)と言っています。かといって、 “How are you?” と普通に聞かれても、「私の夫は死んでしまったのよ。元気なわけないじゃない!」と叫びたくなったというシェリル。でも、皆が間違ったことを言うことや、傷つけることを恐れて大切なことを口にしなくなった時、問題の当事者はさらに傷つくのだとシェリルは言います。病気で息子を亡くした作家のMitch Carmody は“Our child dies a second time when no one speaks their name人が私達の子供の名前を口にしなくなった時、彼等はもう一度死ぬことになる” (P33) と言っています。愛する人を亡くした人達は、彼等のことをいつまでも覚えていたいのですよね。

そして実際にトラウマを経験した人には代わりのあいさつとしてHow are you today? と聞くのはどうだろうか、そして今では、辛いことが起こった人には、何も言わないのではなく、”I know you are suffering, I am here.”と言うようになったと話していて、実際の生活でとても役に立つエピソードだと思いました。

また心理学者のマーティン・セリグマンによると、愛する人の死やレイプなど、大きなトラウマを経験した際、3つのPが立ち直りを防いでしまうのだそうです。その3つのPとは:

(1) Personalization—トラウマの元となった出来事は自分のせいだという考え

(2) Pervasiveness—その出来事が自分の人生の全ての面に影響するという考え

(3) Permanence—出来事の影響は永遠に続くという考え

だそうで、これをいかにして取り除くかがカギとなっているそうで、これもとても役に立つ情報でした。

アダムは心理学者なので、シェリルが「最愛の人が亡くなってしまって、もうこれから一生幸せなんて感じることはない」と打ち明けた際も、アダムは「それはPermanence という罠だよ。それにデイビッドが死んだのは自分のせいだと思うのもPesronarization という罠。罠を避けて、君が回復しないと、君の子供達も絶対に回復しない」と言われ、子供達が立ち直るためなら何だってする、と積極的に立ち直りへの道を歩むようになったのだとか。またこのような研究に基づく証拠を示してくれたことでとても心強かった、と話しています。

また、トラウマから立ち直る際役に立ったことが、意外にも「最悪の状況を想定する」ことだそうで、シェリルは「愛する夫を亡くして、これ以上ひどいことなんてあり得ない」と思っていたものの、アダムに「それよりひどいことはあり得る。例えばデイブが発作を起こした時、二人の子供を乗せて車を運転していたらどうなっていた?」と聞かれ、瞬時に「私にはまだ子供達がいる。私はなんてラッキーなんだ」というGratitude(感謝の気持ち)が湧いてきたといいます。最悪の状況を想定することは、一見逆効果のように見えますが、実はこれが、立ち直りに必要な感謝の気持ちを産むものなんですね。

それにしても、この本のテーマが「いかにしてトラウマから立ち直るか」なので当たり前といえば当たり前なのですが、この本には辛い経験をした人達が沢山でてきます。レイプの犠牲者、息子を亡くした親、二人の子供を乳母に殺された親。。。それぞれの状況を読む度に胸が痛みますが、みな、辛い経験を糧にして立ち直った人ばかりで、希望をもらえます。

トラウマを経験した人にどう接するか、の他にも、トラウマを経験したあとそこから学んで成長することは可能なのか?というトピックにも触れられています。英語ではPost-Traumatic Growthとなっていますが、このセクションでも、多くの辛い経験を経てさらに成長した人達の話に、きっとインスパイアされるでことでしょう。

とても感動的だったのが、家族でいつも遊んでいたボードゲームを思い切って子供達とプレイすることにした話や、デイブが好きだったGame of ThronesのTV番組を見るようになった、というくだり。デイブが好きだったものをいつまでも避けているのではなくWe take it backと宣言して、彼が好きだったものをもう一度楽しむ姿に感動しました。そして、喜びを感じることに罪悪感をもたないこと。サバイバーズギルトというのはよく知られている心理学用語ですが、デイブの死後、嬉しいこと、楽しいことを感じる許可を自分に与え、喜びを感じることに罪悪感を持たないこと、そして、その日あった嬉しいことや感謝することを寝る前にメモするようになったとも書かれていました。

最後に、おそらくこの本の中で私が個人的にもっともインスパイアされた部分は、老いていくことは生きている私達だけにもたらされた特権であるということ。

シェリルは今まで、誕生日が来る度に、年取るのは嫌だな、とか、誕生日なんてたいしたことじゃない、と特に何もせずに過ごしてきたらしいのですが、デイブが50歳を目前にして亡くなった今、年を取るということがなんと恵まれたことなのか実感したとシェリルは言います。We either grow old or we don’t. 私も、1日でも長く生きれることに感謝したいと思いました。

この本に出てくる多くの人がトラウマから立ち直る姿に、きっと勇気をもらえるはずです。