【1000冊紹介する018] Tomboy Survival Guide – Day 77

Ivan Coyote(アイヴァン・カヨーテ)はカナダのストーリーテラー、スポークンワードアーティストそしてライター。ユーコン準州で生まれ育ったトランスジェンダーだが、カナダ特にBC州では人気がある。

私は2年前にビクトリアでTomboy Survival Guideのショウをみて以来アイヴァンの大ファンだ。今年もつい最近、アイヴァンと、パートナーのサラ・マクドゥーガルが二人でやるTrader Timeというショウも観たばかりで、それもとても良かった。この、本バージョンのTomboy Survival Guideはその時に購入してサインしてもらったもの。

本当に感動した本の書評を書くのは苦手だ。ボキャブラリーはほとんど「良かった」「素晴らしかった」「感動した」で終わってしまうから。この本も同じで、どのストーリーも素晴らしかった。

アイヴァンのショウを観たことがある人なら、アイヴァンがどのくらい才能あるストーリーテラーか、ご存じと思うが、この本も例外なく、素敵なストーリーに満ちている。

ユーコン準州で育った子供時代の話、きょうだいやいとことトラブルに巻き込まれた話、家族の話から、男ばかりの電気工学校時代の話、バンクーバーで映画のセットで働いていた時の話、トランスジェンダーとしての辛さや悩み、クイアとして悩む人へ充てた手紙、などなど、どれも、涙が出るほど笑えるか、感動するか、またはぶつけようの無い怒りでいっぱいになったりする。

そして、ストレートでトイレや更衣室を毎回なんの問題もなく使えてきた私にとって、トランスジェンダーのトイレ問題は(このことに関してはポッドキャストでも以前話しているが)本当に深刻だと実感させられたし、これからジェンダー問題と共に積極的にサポートしていこうと思った。

アイヴァンの文章はユーモアと愛に満ちていて、いつもやさしい。そして、はっと感心させられるような表現に溢れている。

アイリッシュカソリックの家族に育てられたアイヴァンだが、敬虔なカソリックだったおばあちゃんの「神様は間違いをおかしたりはしないんだよ。あんたは神様の思し召し通りの人間ってことを忘れちゃいけない」という言葉が胸に響いた。

アイヴァン・カヨーテはカナダの国宝だと思う。

【1000冊紹介する017】The Return of a Shadow – Day 56

今日読み終えた本は、山岸邦夫さんによるThe Return of a Shadowという本。山岸氏はバンクーバー島に在住の方で、何度かお目にかかったことがある。日本人の方が英語で書かれた小説ということで、ちょっと珍しい本といえるかもしれない。

読む前に知っていたことは、第二次世界大戦中のカナダでの日系人の強制収容に関して書かれているということくらいで、それ以外は殆ど何も知らずに読んだ。

日本人のオサダ・エイゾウは日本に妻と三人の息子を残して、単身カナダに出稼ぎに出る。最初はバンクーバー島で伐採業に就くがそのうち戦争が始まり、真珠湾攻撃後、日本人そして日系カナダ人は敵国の外国人として強制的に収容されてしまう。エイゾウは収容所で辛い日々を送り、妻子とも連絡が取れなくなってしまうのだが、ようやく終戦を迎えたあとは敗戦した日本に戻るより、カナダに残って仕事を続けた方が妻子の生活の助けになるだろうとカナダに留まる。そしていつのまにか40年ほどが過ぎ、ようやくエイゾウは日本に帰ることになる、というストーリー。

最初予想していたよりも読み進めやすい展開だったが、戦時中の日本人男性のエイゾウの考え方に、読んでいてときにイライラしてしまうこともあった。エイゾウは日本の家族に手紙を書き続けるが、そのうち日本からの返信が途絶えてしまう。一体、何が起こったのか?

エイゾウはカナダで定年を迎え、ついに日本に帰国し、彼がカナダにいた間に日本で何が起こったのかを知ることになる。謎が少しづつ明らかになっていく。

全体的なトーンはシリアスで暗い。でも戦時中、インターネットも安い国際電話もない時代を知らない私には、エイゾウの行動を一方的にとがめることはできない。この本の中で語られる一連の不幸な出来事は、その当時ならではの問題だったのではと思う。

本のトーンは全体的に暗いのだが、最後の方で思いがけない展開になり、びっくりした。最終的にはやはり哀しい話といえると思うが、それは必ずしもネガティブな意味ではなく、興味深い本だと思った。日系人の強制収容について何も知らない人は一読すべき重要な本だと思う。

【1000冊紹介する 016】1 Hour Photo – Day 48

テツロウ・シゲマツとの友情は2015年まで遡る。彼の1人芝居Empire of the Sonのチケットを偶然サイレントオークションでゲットしたのが事の始まりだ。当時はテツロウのことは知らなかったし、この芝居のことも全く知らなかった。ポスターをみて、何かのバンド?と思ったくらいだ。

私の予想は全く間違っていて、オットと一緒に2015年の秋にEmpire of the Son を観に行って私は打ちのめされた。Empireは、テツロウと彼の父親のストーリーで、日本人の父と息子の話、そして同時に後悔と哀しみの話でもある。私は芝居の大部分で泣いてばかりだった。

テツロウは素晴らしいライターで、名前をつけることができない感情を書き表すことに素晴らしく才能のある人。翌年に再演された時には、もう一度観に行ったくらいだ。今でも、私の中でナンバーワンの芝居である。

私は素晴らしいパフォーマーが大好きで、テツロウのように心のなかに特別な場所があるアーティストが何人かいる。Ivan Coyote やAlexandra Tatarsky もその中に入る。もっと簡単な言い方をすると、私は才能のあるアーティストの大ファンということ。

今ではテツロウを友人と呼べることに感謝している。よくテキストメッセージで会話するし、執筆について、暗記の仕方について、そして彼の制作中の次の芝居について、家族について、よく話をする。

去年、テツロウの最新作、1 Hour Photoを観に行った。今回の芝居は、マス・ヤマモトの人生が語られる。マスの娘、ドナ・ヤマモトは女優で、この芝居をプロデュースしたVACT(Vancouver Asian Canadian Theatre)のアーティスティック・ディレクターだ。

先日、テツロウが親切にも1Hour Photoの書籍版を送ってくれた。芝居でみたものを読み返して再度ストーリーを追体験できたのはとても良かった。

1 Hour Photoでは現在でもバンクーバーで健在なマス・ヤマモトの数奇な人生が語られる。マスの人生は第2次世界大戦中に日本人が強制的に収容所に送られたことで、一時停止させられてしまう。マスと彼の家族はレモン・クリーク収容所に送られ、父を早くに亡くしたマスは、家計を支えるためにりんご農園での仕事をしなければならず。他の友達のように大学に通うことができなかった。

しかしマスが普通の人と違うところは、その回復力だ。収容所から開放されたあと、マスは北極での仕事を取る、その後3つの大学の学位を7年かけて取得し、政府の研究員になる。そしてその後はJapan Cameraという北米の大きな写真屋チェーンで1 Hour Photoのフランチャイズを始めるのだ。

先日この本がテツロウから届いた日のブログにも書いたが、この本の巻頭にある写真家の引用が、まさにマスにぴったりだった。

“Character, like a photograph, develops in darkness” 

性格は、写真と同じように、暗闇の中でつくられる。

彼の青年時代は日系カナダ人にとって非常に暗いものだったが、それが彼の回復力の強さを育てたのだろう。この本を読んでいて、芝居を見た時と同じことを思わずにいられなかった。それは、私はこの人生をめいいっぱい生きているだろうか?そして、どうすればマスのような並外れた人生を送ることができるのだろうか?ということ。

その答えはわからない。たぶん私はまだ人生の1章の途中なのだろう。

【1000冊紹介する 015- Dare to Lead 】- Day 38

ブレネー・ブラウンのDare to Lead 読了。いつもなら一冊の本については1回のブログポストに収めるのだけど、この本はすでに読んでいる途中での感想を2回に分けて書いているので、(「自分にとって大切な価値観は?」「価値観を知ることがその人を知ること」)よろしければそちらもどうぞ。

ブレネー・ブラウンの本はThe Gifts of Imperfection,から Daring Greatly(「本当の勇気は「弱さ」を認めることRising Strong (「立て直す力−感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ 」)、 Braving the Wildernessと取りあえず全て読んできてどれも好きだが、個人的に一番好きなのはBraving the Wildernessだと思う。それまでは、Daring Greatlyだったけど。

今回の本は、タイトルからもわかるように、リーダーシップに関する本だ。

正直に言ってしまうと、これまでのブレネーの本を読んでいる人なら、この本はスキップしてしまってもいいかと思う。なぜならこの本には何も新しいことは書かれていないから。この本は、ヴァルネラビリティを受け止めて、それでもあえて挑戦するDaring Leaderになりたいと思う人への、まとめ本のような感じになっている。

私がブレネー・ブラウンという人が好きな理由は、彼女がストーリーテラーだからだ。これまでに読んだ彼女の本のなかで、今でも心に残っている話はたくさんある。「ビー玉のともだち」(信頼に関する話)や、喜びを受け止めることを恐れて最悪の状況ばかりを想定していた人の話、そして「自分で勝手に造り上げているストーリー」に関する、湖で泳いだ時の話など。他にもたくさんある。彼女はほんとうに、生まれながらのストーリーテラーだなあと毎回感心させられる。

この本に特に真新しいことが書かれていなかったことは少し残念だが、そのかわり、とても良いストーリーをいくつかシェアしてくれている。ひとつは、ブレネーがずっと楽しみにしていた、娘の高校最後のフィールドホッケーの試合を見に行けなくなった時の話(エンパシーに関するレッスン)、そして、これも「自分で勝手に造り上げたストーリー」に関する、ブレネーの夫のスティーブさんとの「Ham Fold-Over Debacle (ハムサンド事件)」は、思わず笑ってしまった傑作。いったいどういうストーリーなのかは読んでのお楽しみだが、どうしても気になる人には、実際会った時にお話することにする。それにしても毎回思うけど、スティーブさん、良い夫すぎる。

ブレネー・ブラウンのこれまでの研究結果のまとめとして1冊で読みたい人にはおすすめかも。私自身にも、良いおさらいになった。おさらいしたことを忘れずに、「恐れながらも、同時に勇気を出す」冒険に出たいと思わせてくれた一冊。

【1000冊紹介する – 014 トゥインクル・ボーイ】 - Day 27

お友達から借りた乃南アサの「トウィンクル・ボーイ」読了。

すべて、子供を題材にした短編集。

実は、乃南アサさんの本を読むのはこれが初めてだったのだけど、この本自体かなり古い。1992年とある。

一見無邪気で天使のような子どもでも、ふとすると恐ろしいことをやってのけることもある。背表紙に「現代の『おそるべき子どもたち』ともいうべき7編」と書かれている通り、ちょっとギョッとするような話がつまっている。ただこの手の短編集だと、テーマが決まっているので、だいたい結末が予測できてしまうのが少し残念。。。星新一の本を読んでいるような気分になった。

私はこの本に出てくるような、子どもにぞっとする経験というのは幸いないけれど、思い出したこと。

昔、まだカムループスという内陸の街に住んでいたころ、当時保育園にいれていた長男を迎えに行ったときに見た光景。ある男の子が、砂場で、落ちていたカラスの羽根を拾って、口に入れていた。ギョッとしていたら、先生もそれを見つけて、「口に入れるのやめようね」とすぐに取り上げていたけど、特に潔癖症でもない私でも、あれはさすがにぞっとした。20年近く経った今でも時々思い出しては気持ち悪くなる。

これまでに紹介した【1000冊紹介する】シリーズはこちらからどうぞ









2018年良かった本その3 : Starlight【1000冊紹介する-013】Day 4

2018年読んで良かった本の3冊目は、Richard WagameseのStarlightです。ワガミセはカナダではおそらく最も有名な先住民の作家ですが、カナダで育っていない私には、ほぼ全く知らない作家でした。ですが、とある尊敬する方が薦めていたことと、表紙の美しさに惹かれて手にとってみました。

日本語でもそうですが、洋書だと、詩的で美しい文体でも英語が母国語でない私には時々理解しにくいことがあります。すらすらと読める、または意味は理解できても読み進めるのに時間がかかる文体というものがやはりあるのですが、幸いワガミセの文章は前者なので、無理なく読み進めることができました。

ストーリーは、BC州の小さな街に住んでいる先住民の男、フランク・スターライトと、虐待する男から逃げ、隠れながらなんとか生き延びようとする若い母親、エミーとその娘ウィニーの話です。

スターライトは父親同然と呼べる男から譲り受けたファームで慎ましく暮らす、静かな男でしたが、ある日街で生活に困り食べ物を盗もうとしたエミーとウィニーに出会います。

元々心優しい男のスターライトは、二人を家に招待し、住まわせる代わりに食事や掃除などの仕事をまかせることに。スターライトは友人でファームの手伝いをするロスとも同居しているので、一気に4人暮らしに。

これまで暴力や嘘ばかりの人生を送ってきて、男性を信用することがなかったエミーと、ファームで静かに自然と共に生きてきたスターライトのふれあいが静かに、ドラマなく書かれ、読んでいて二人に共感し、好感を持たずにいられません。スターライトの親友ともいえるロスも幼いウィニーの世話をしてくれ、微笑ましい。ですが楽しいことばかりではなく、エミーが後に置いてきた男が復讐を目指してエミーとウィニーを探し追ってくる様子も各章で描かれ、そのあたりもハラハラさせられます。

自然と共に生き、昔からの先住民の教えを体感しながら生きるスターライト。そしてその生き方を少しづつ学んでいくエミー。

本当に、文章は静かで穏やかなのですが、読んでいて涙があふれてくるシーンも多くあり、リチャード・ワガミセの作家としての才能に関心しきりでした。

ワガミセは残念ながらこの本を完成させる前に亡くなってしまいました。ですが出版社は未完のままこの本を出版しています。途中で終わっている章のあとに、結末に関するメモと、出版社からのメモが載っており、ワガミセの過去の作品やメモをもとに、恐らくこういった結末になっていたであろうということと、出版社が未完のまま出版するにあたり参考にしたワガミセが残した言葉が添えられています。

“I once saw a ceramic heart, fractured but made beautiful again by an artist filling its cracks with gold. The artist offering a celebration of imperfection, of the flawed rendered magnificent by its reclamation. I loved that symbol until I came to understand that it’s not about the filling so much as it’s about being brave enough to enter the cracks in my life so that my gold becomes revealed. I am my celebration then. See, it’s not in our imagined wholeness that we became art;. it’s in the celebration of our cracks…”

それによると、(意訳ですが)、ワガミセは、欠けてしまったものを金で継ぐアートを見たことに触れ(日本の金繕いでしょうか)、それは単に壊れているものを金で美しくすることではなく、欠けているもの、壊れているもの、完全でないものを祝福することである、そしてやがてそれは金で欠けている部分を埋めるのではなく、欠けている部分を見せる勇気をの大切さに気がついたと書いてあり、思わず涙がこぼれました。

とても美しいお話なので、ぜひ読んでみて下さい。私は次に、彼の有名な作品、Indian Horseを読みたいと思っています。

2018年良かった本その2 : Forgiveness【1000冊紹介する-012】Day 3

今年読んで良かった本の2冊目は、マーク・サカモト氏によるForgivenessという本です。

この本は2018年のCanada Readsというおすすめ本コンペティションの優勝作品となり、前年に出版された本にも関わらずベストセラーになりました。日系カナダ人の書いた本ということで日系コミュニティでも話題になり、多くの人が手に取ったようです。私も含め。

私は本を読む時にはある程度本の内容を知っておきたいと思うタイプです。この本は、日系カナダ人が書いた本で、第二次世界大戦中に起こった日系人の強制収容のことに触れているということまでは知っていましたが、それ以外は何も知らずに読み始めました。

本はマークのおじいさん、ラルフの生い立ちから始まり、やがて父方の祖母、ミツエの生い立ちにも触れます。最初は、「これって単に彼のファミリーヒストリーを辿るメモワールなのかな」と思っていたのですが。(それならそれで特に問題も無いのですが)

戦時中の話では、香港にカナダ軍として出征し、そのうち日本を敵に戦うことになったラルフの話と、ブリティッシュコロンビア州で日系カナダ人として産まれたミツエが、「日系」であるというだけで、敵国の国民とされ、強制的にアルバータ州に移動させられたなどが交互に語られ、読むのも辛い部分でした。

その後、話はマークの母親の話になります。最初は、「あ、こんなこと書いちゃっていいのかな」というかなりプライベートな話がでてくるのですが、読み進めていくうちに、この本のテーマがなんであるか、理解できました。タイトルそのまま、「Forgiveness」がテーマなんです。

最後は辛いシーンもありますが、はっとするほど美しくまとまっており、感動しつつ読み終えました。

9月に全カナダ日系人協会のAGMでウィニペグに行った際、マークさん本人に会うことができて光栄でした。彼はパブリックスピーカーとしても非常に才能ある方だと思いました。

日系カナダ人の歴史は、メインストリームの文化ではあまり触れられないので、このCanada Readsという賞を取ったことで、多くの方に手にとって欲しい本だと思いました。とても良い本で英語もそこまで難しくないので、ぜひ読んでみて下さい。

2018年良かった本その1【1000冊紹介する-011】Day 2

2018年は、書くことも少なかったですが読んだ本も少なかった。。。ですが、数は少なかったものの数冊の良い本にも巡り会うことができました。今日はそのうちの一冊を紹介したいと思います。

I’ll Be Gone in The Dark by Michelle McNamara

北米ではいまTrue Crime(犯罪もの)というジャンルが本、ドキュメンタリー映画、ポッドキャストなどでものすごく流行っているのですが、私も去年あたりからMy Favorite Murderというポッドキャストにハマり、今年はライブショウにも行ったほどの大ファンです。ですが、True Crimeの最初の媒体ともいえる本に関してはほとんど読んでおらず、この本の著者のミシェル・マクナマラも全く知らなかったのですが、ポッドキャストで話題になっていたため、手にとることになりました。

アメリカ・カリフォルニアのサクラメント近郊で1974年から1986年までに起こった数々の強盗、レイプ、殺人事件は最初は空き巣事件として始まり、犯人にはVisalya Ransacker(Ransackとは漁り散らかすという意味)という異名がつきますが、徐々にその犯罪は、レイプ、そして殺人にまでエスカレートしていきます。この犯人は70年代から80年代にかけて少なくとも13の殺人、50人の女性をレイプそして100以上の強盗を働いたといわれ、サクラメントではイーストエリアレイピスト(EAR)、もしくはオリジナルナイトストーカー(ONS)とも呼ばれていました。2001年にDNA鑑定でEARとONSが同一人物ということが判明し、捜査官達はEAR/ONSという呼び方をしていました。しかしその後30年近く事件に進展はなく、コールドケース(未解決事件)になりかけていました。

この本の著者のミシェルはTrue Crimeファンで、True Crime Diaryというサイトの運営もしていました。ミシェルはこの犯人をカリフォルニア州の別名にちなんでゴールデンステートキラー(GSK)と命名し、独自のリサーチで捜査をすすめ、執筆にはげんでいました。この本のサブタイトルは ”One Woman’s Obsessive Search for the Golden State Killer“となっていますが、まさにミシェルが信じられない執念で30年以上前の事件の記録、証拠、当時の捜査員のコメントなどの膨大な資料をもとに、彼女自身の捜査をし、まとめたのがこの本です。非常に残念なことに、ミシェルは本の完成前に突然睡眠中に亡くなってしまうのですが、彼女の夫でコメディアンのパットン・オズワルド、ジャーナリストのビル・ジェンセン等の助けにより本は完成し、2018年2月に出版されました。

そしてさらに驚くべきことに、この本が出版された数ヶ月後に、ゴールデンステートキラーがサクラメントで逮捕されました。犯人は元警察官で73歳のジョセフ・ジェームス・ディアンジェロで、DNAの100%適合で犯人として逮捕され、現在裁判を待ってるところです。

GSKの捜査担当のポール・ホールズ氏は、生前からミシェルをまるで捜査の相棒のように信頼していて、お互いに情報交換をよくしていたと語っており、この本に書かれている捜査内容も、実際に警察でも参考にしていたとのこと。

この事件の捜査に個人でこれだけ時間を費やしたミシェルの執念もすごいですが、彼女は同時に非常に優れた書き手でもあり、読み物としてもとても満足できるものになっています。犯人に対する執念と同時に、犠牲者の人々への心配りも随所に表されていて、まさになんと惜しい死かと無念でなりません。

GSKに興味のある方は。ホールズ氏によるこの事件に関するオーディオブックEvil Has a Nameもありますので聴いてみてください。

自分自身でいることが、荒野に立ち向かうこと。[1000冊紹介する-010]

ブレネー・ブラウンの最新刊、彼女の4冊目の本、Braving the Wildernessが今月発売され、さっそく購入して読みました。今回の本はそこまで厚くないので、結構さらっと読めます。

Braving the Wildernessとは、どういう意味でしょうか。Wildernessとは荒野や野生という意味ですが、Braveを動詞として使ってあるので「荒野に立ち向かう」などと言った意味になります。

一体どういう内容なのか、ほとんど予習をせずに購入し読み始めたのですが、とりあえずこれまでのおさらいをすると、ブレネーのこれまでの本のテーマは、以下のようになっています。カッコ内は邦題です。

The Gifts of Imperfection (「ネガティブな感情」の魔法)- Be You. 自分自身であれ。

Daring Greatly本当の勇気は「弱さ」を認めること)- Be all in. 全力でやろう。

Rising Strong (立て直す力)- Fall. Get up. Try Again. 倒れたら起き上がってまた挑戦しよう。

というメッセージでした。

それでは今回の4冊目の本は、どんな本なんでしょうか?

ひとことで言うと、Belongingに関する本です。

Belong、とは、何かに属すること。何かの一部になることですよね。クラブの会員になったり、会社の一員になったり。

著者のブレネーは、「何かの一部になっていると感じることは人間にとって不可欠なもの」であると過去の著書にも書いています。学校や部活で仲間にいれてもらえなかったりして辛い思いをした人も少なくないのではと思います。

何かに属しているという感覚は欠くことのできないもの、と信じていたブレネーは、マヤ・アンジェロウのインタビューを見て、ショックを受けます。

マヤ・アンジェロウは有名なアメリカの活動家、詩人、作家、女優ですが、1973年のTVインタビューでこんなことを言っていたそうです。

You are only free when you realize you belong no place – you belong every place – no place at all. The price is high. The reward is great.

自分がどこにも属さないと分かって初めて人は自由になるものです。—全ての場所に属して—どこにも属さない。その代償は高いわ。でも大きな報いがある。

これを初めて聞いた時、ブレネーは「それは違う」「どこにも属さない世界なんて」「彼女は属することのパワーを知らない」と思ったそう。そしてこのあと20年近く、この言葉が引用される度に怒りを覚えるようになったのだとか。

怒りの理由は二つ、一つは、ブレネーが尊敬するマヤ・アンジェロウが自分と正反対の意見を持っていることが許せなかったこと、そして、ブレネー自身にとって、「どこにも属さない」ことが辛い経験であったことです。

子供時代何度も引っ越しをしたため、ただでさえどこか一つの学校、クラブ、コミュニティに属することが難しかったというブレネーですが、高校生の時にベアカデッツ(話を簡単にするために、チアリーディングのようなものと考えて下さい)にどうしても入りたかった彼女の辛い体験談が書かれています。両親の仲が悪化している時で、キラキラした衣装に身を包んで、沢山の友達とダンスをすることが、一種の救いのように感じていたブレネーは、これまで何かをこんなに求めたことはないというくらいベアカデッツに入りたかった、と書いています。ベアカデッツの女の子達はなんでも一緒にやり、行動するのでベアカデッツは、まさに「所属感を擬人化したようなものだった」と。

ダンスは得意だったので、転校したばかりの学校で、一人で(まだ一緒に行くほど親しい友達が居なかったため)オーディションに参加したブレネーは、学校について唖然とします。

オーディションに参加した子達は全てメイクをばっちりして、派手な衣装に身を包んでいました。ブレネーと言えば、すっぴんで、黒いレオタードにグレーの短パンをはいていたそう。オーディションには思いっ切りドレスアップして挑むものだと、誰も教えてくれなかったのです。

それでも何とか気を取り直してオーディションを終え、夕方、結果発表のため、祖父母の家に行く途中で家族全員が乗った車で学校に行ったブレネー。

ドキドキしながら結果表を見ると、、、、彼女の番号は載っていませんでした。合格して喜びの声をあげる友人達をあとに、絶望して車に戻りました。両親は、彼女には全く一言もかけてくれなかったそうです。沈黙がナイフのように心に刺さったというブレネー。彼女の両親はどちらも若い頃は人気者で、父親はフットボールのキャプテン、母親もチアリーダーだったとか。両親は自分のことを恥じている、と感じたブレネーは、自分はどこにも属さない、そして、ついに、自分の家庭にも居場所がない、と感じたのだそうです。

今振り返って見ると、ブレネーはこれはもしかすると自分で創り出したストーリーだったかもしれない、と書いていますが、もしこのとき、彼女の両親が、オーディションに受からなかったことを慰めてくれて、挑戦しただけでも偉いと言ってくれたら、または(本当はこれが彼女が希望していたことですが)彼女を合格させなかったチームはひどい、あなたは合格する資質がある、と言ってくれていたら—この話は彼女ののちの人生の軌跡を定めるような話になってはいなかっただろう、と書いています。でも、実際にはそうなってしまった。

他人事なのに、読んでいて胸が痛くなる話です。

この話を本に書くことは思った以上に辛かったというブレネー。当時の練習曲をiTunesで聞いて思わず涙してしまったそうですが、それは、チームに入れなかった悔しさというよりも、当時、何が起こっていたのか分からなかった若い自分を慰めてくれる人が居なかったことへの涙だと言います。彼女の両親は当時は娘の痛み、そしてヴァルネラビリティに対応するためのツールもスキルも持ち合わせていませんでした。両親はその後離婚してしまいましたが、幸い、家族で勇気、ヴァルネラビリティ、そして真に何かに属するとはどういうことかを学ぶことができたので、この事件は彼女たちの未来に悪影響を及ぼすことはなかったと言います。

家族の中に居場所がないと感じることは最も危険な痛みで、これは3つの結果につながるとのこと:

1.ずっと傷つきつづけ、その心の痛みを麻痺させるか、または他人にその痛みを負わせてしまう

2.痛みを否定し、否定することで周りの人や子供達に引き継いでしまう

3.痛みを自分のものとして認める勇気を見つけ、自分や他人に対する思いやりを育て、世間で起こっている痛みをユニークな目でみつけることができる

2013年にブレネーはオプラ・ウィンフリーのSuper Soul Sundayという番組に出演することになります。そして同じスタジオに、長年尊敬してきたマヤ・アンジェロウが居る、会ってみたいか、とオプラに聞かれるのです。

この出会いのシーンはとても感動的なので、ネタバレしないでおきますので、本を読んでみるまでのお楽しみ。

そしてさらにそれから数ヶ月後、講演活動をしていく中で様々な出来事があり、やはり「自分はどこにも属していない、居場所がないのだ」とがっかりするブレネーは、ようやくアンジェロウの言葉の本当に意味に気が付くのです。

それでは真に属する(true belonging)とはどういうことでしょうか?

英語でfit inという表現がありますが、これは日本語でいう「迎合」に近いと思います。思春期にブレネーのような経験をした人は沢山いると思うのですが(私も含め)、どこか、何かに属したいがために自分を曲げたり取り繕ったりして迎合してしまう人も多いでしょう。でも、ブレネーは迎合することは属することの全く正反対だと言います。

自分に属する、ということは、誰がなんと言おうと自分の考えに忠実であること。それができてこそ、本当に自由になれるし、どこにも属さない。まるで一種の逆説のようで、最初読んだ時は私も「??」という感じでしたが、何度も読み返してみると、確かにその通りだと思いました。

自分の意見に忠実であれば、世間から非難されたり、後ろ指をさされることもあるかも知れません。ブレネーの夫のスティーブは小児科医で、抗生物質を処方しないことで親から非難を受けたりすることもあるそうですが、彼自身は「それはこの子供に必要ないものなので、誰に非難されても自分の意見を突き通す」というたとえ話をしています。

詩や文学、音楽の世界で、野生というものは広く恐ろしく危険な環境としてよく使われるメタファーです。ブレネーはこの野生/荒野/大自然というメタファーは、自分の考えに忠実であることと同じであると言います。それは孤独で、感情的で、スピリチュアルで、広大なものだからです。完全に自分に属しているということは荒野に一人で立ち向かうことと同じなのです。恐ろしく、危険な場所で、結果をコントロールできない環境ですが、この野生の場所こそが、もっとも勇敢で、神聖な場所と言えるでしょう。

真に属するとは自分を変えることではなく、自分自身でいること。 

この本では、それでは勇敢に荒野に向かっていくために、何か必要なのかを一つづつ説明していきます。2016年の大統領選以来、波乱を極めるアメリカと世界の社会の中をいかにして進んでいくか。3章以降でその方法が詳しく説明されています。

私自身は、これまで彼女の本を読んできた経験から、自分自身をさらけだすこと(ヴァルネラブルである)こと、勇気を出して挑戦することには少しは慣れてきたと思っていましたが、この本では、自分1人に属するには、他人とも繋がらなければいけない、と説かれていて、これにはもう少し練習が必要なようです。

アメリカの大統領選以来、私達は自分と似た意見の人達とばかり固まるようになってしまいました。研究によると、そのように自分達を分けてしまうと寂しさが増えてしまう傾向にあるそうです。また、自分の味方でないならそれはすなわち敵である、というような偽の二極論を展開してしまいがちです。

ブレネーは、そのような二極論を止め、自分と意見の違う人の話をしっかり聞き、同意できない場合でも礼儀正しく接することの大切さを説いています。

この本の後半で、特に感動的なのが、私達は実は他人と密接に繋がっているのだ、そしてその繋がりを強めることによって、荒野に立ち向かうことができるのだと説かれている部分です。

私自身も、1人で公共の場にいる際、ついスマホだけをのぞいてしまい、タクシーの運転手さんと話をしなかったりすることがあります。昨今では、マンションのご近所同士でも殆ど話をしないことなどが普通になってしまっていますよね。

ブレネーは「人は近づくと嫌いになりにくいもの。もっと人に近づこう。」と言っています。どの政党を支持するかによって「共和党支持者はバカばっかり」などと言ってしまうこともありますが、1人1人をしっかり見ていくと、言うまでもないことですがみんなが悪人やバカな訳はありません。1人1人に近づき,その人を理解することが大切です。また、知らない人と手を繋ごう。という章では、スポーツや教会などでみんなが一体になることのパワーを説明し、ハリー・ポッターの映画を見て感動した人達が劇場で示したジェスチャーや、チャレンジャー爆発事故の際、ハイウェイで車を停めた人達など、集合体として、感動や哀しみを分かち合った時の様子がかかれています。

「自分に属すること」が荒野に立ち向かっていくことというのは、最初はなかなか理解しがたいコンセプトかも知れませんが、非常に大切なことだと思いました。

日本語訳はおそらく来年あたりに出版されるかと思いますが、それまで、この本について語ってみたいと言う方は、ぜひFacebookのグループへもどうぞ。









トラウマからいかにして立ち直るか—Option B [1000冊紹介する:009]

Facebook COOのシェリル・サンドバーグは女性がもっと積極的に仕事に進出することを薦めて書いた 『Lean In 』で有名ですが、2015年に夫のデイビッド・ゴールドバーグ氏を突然亡くしたことでも大きなニュースになりました。今日紹介する本『Option B』にはその夫の死後、彼女がいかにして強さを—いえ、それは「強さ」ではないかもしれませんが—いかにして最愛の伴侶の死という大きなトラウマから立ち直っていったかが書かれています。

タイトルの意味はシェリルのFacebookポストに書かれていました。デイビッドが亡くなったあと、父親が参加するイベントに、友人が代わりに参加してくれるよう予定を立てていたのですが、ふと” But I want Dave. I want Option A” と泣く彼女に“Option A is not available. So let’s just kick the shit out of option B.” と彼が言ったことからつけたタイトルだそう。

この本は彼女の親しい友人で心理学者のアダム・グラント(著書に”Give and Take”など)との共著です。私のお気に入りのポッドキャストにOn Beingという番組がありますが、この番組にシェリルとアダムがゲストで呼ばれたエピソードもここにシェアしますね。シェリルとアダムはアダムがデイビッドが当時CEOだった会社、サーベイモンキーで講演をして以来の友人だそうですが、デイビッドが亡くなった際、すぐに飛行機で駆けつけたのもアダムだったそう。

死や病気などの辛い出来事があった場合、 ”It’s going to be OK(きっと大丈夫)”といったあいまいな慰め方をしてくる人が多い中、「若い時に親を亡くした子供達でも立ち直って幸せな大人になっているという例は沢山ある」と、データや研究に基づいた意見をアダムから聞くことにどれだけ救われたか、シェリルはOn Beingでのインタビューでも語っていました。

シェリルは夫の死後30日を過ぎた時に投稿したFacebookポストにも触れています。シェリルは彼女の宗教であるユダヤ教では配偶者の裳に服す期間は30日なのに、30日経っても全く哀しみが癒えないことに絶望してこのFacebookポストを書き、「こんなの、絶対に投稿できない」と決めて最初はそのまま寝てしまったらしいのですが、翌日「これ以上状況が悪くなるわけもない」と思い直して投稿し、多くの人々の共感を呼び、これは4千万回以上もシェアされました。

誰かが大切な人を亡くしたとき、癌などの深刻な病気になったとき。人は間違ったことを言ってしまうのではないかということを恐れて、結局なにも言わないことが多いと思います。シェリルも、夫が亡くなった後、誰もデイブのことを口にしなくなったことを”Elephant in the room(見て見ぬふりをされている問題”)と言っています。かといって、 “How are you?” と普通に聞かれても、「私の夫は死んでしまったのよ。元気なわけないじゃない!」と叫びたくなったというシェリル。でも、皆が間違ったことを言うことや、傷つけることを恐れて大切なことを口にしなくなった時、問題の当事者はさらに傷つくのだとシェリルは言います。病気で息子を亡くした作家のMitch Carmody は“Our child dies a second time when no one speaks their name人が私達の子供の名前を口にしなくなった時、彼等はもう一度死ぬことになる” (P33) と言っています。愛する人を亡くした人達は、彼等のことをいつまでも覚えていたいのですよね。

そして実際にトラウマを経験した人には代わりのあいさつとしてHow are you today? と聞くのはどうだろうか、そして今では、辛いことが起こった人には、何も言わないのではなく、”I know you are suffering, I am here.”と言うようになったと話していて、実際の生活でとても役に立つエピソードだと思いました。

また心理学者のマーティン・セリグマンによると、愛する人の死やレイプなど、大きなトラウマを経験した際、3つのPが立ち直りを防いでしまうのだそうです。その3つのPとは:

(1) Personalization—トラウマの元となった出来事は自分のせいだという考え

(2) Pervasiveness—その出来事が自分の人生の全ての面に影響するという考え

(3) Permanence—出来事の影響は永遠に続くという考え

だそうで、これをいかにして取り除くかがカギとなっているそうで、これもとても役に立つ情報でした。

アダムは心理学者なので、シェリルが「最愛の人が亡くなってしまって、もうこれから一生幸せなんて感じることはない」と打ち明けた際も、アダムは「それはPermanence という罠だよ。それにデイビッドが死んだのは自分のせいだと思うのもPesronarization という罠。罠を避けて、君が回復しないと、君の子供達も絶対に回復しない」と言われ、子供達が立ち直るためなら何だってする、と積極的に立ち直りへの道を歩むようになったのだとか。またこのような研究に基づく証拠を示してくれたことでとても心強かった、と話しています。

また、トラウマから立ち直る際役に立ったことが、意外にも「最悪の状況を想定する」ことだそうで、シェリルは「愛する夫を亡くして、これ以上ひどいことなんてあり得ない」と思っていたものの、アダムに「それよりひどいことはあり得る。例えばデイブが発作を起こした時、二人の子供を乗せて車を運転していたらどうなっていた?」と聞かれ、瞬時に「私にはまだ子供達がいる。私はなんてラッキーなんだ」というGratitude(感謝の気持ち)が湧いてきたといいます。最悪の状況を想定することは、一見逆効果のように見えますが、実はこれが、立ち直りに必要な感謝の気持ちを産むものなんですね。

それにしても、この本のテーマが「いかにしてトラウマから立ち直るか」なので当たり前といえば当たり前なのですが、この本には辛い経験をした人達が沢山でてきます。レイプの犠牲者、息子を亡くした親、二人の子供を乳母に殺された親。。。それぞれの状況を読む度に胸が痛みますが、みな、辛い経験を糧にして立ち直った人ばかりで、希望をもらえます。

トラウマを経験した人にどう接するか、の他にも、トラウマを経験したあとそこから学んで成長することは可能なのか?というトピックにも触れられています。英語ではPost-Traumatic Growthとなっていますが、このセクションでも、多くの辛い経験を経てさらに成長した人達の話に、きっとインスパイアされるでことでしょう。

とても感動的だったのが、家族でいつも遊んでいたボードゲームを思い切って子供達とプレイすることにした話や、デイブが好きだったGame of ThronesのTV番組を見るようになった、というくだり。デイブが好きだったものをいつまでも避けているのではなくWe take it backと宣言して、彼が好きだったものをもう一度楽しむ姿に感動しました。そして、喜びを感じることに罪悪感をもたないこと。サバイバーズギルトというのはよく知られている心理学用語ですが、デイブの死後、嬉しいこと、楽しいことを感じる許可を自分に与え、喜びを感じることに罪悪感を持たないこと、そして、その日あった嬉しいことや感謝することを寝る前にメモするようになったとも書かれていました。

最後に、おそらくこの本の中で私が個人的にもっともインスパイアされた部分は、老いていくことは生きている私達だけにもたらされた特権であるということ。

シェリルは今まで、誕生日が来る度に、年取るのは嫌だな、とか、誕生日なんてたいしたことじゃない、と特に何もせずに過ごしてきたらしいのですが、デイブが50歳を目前にして亡くなった今、年を取るということがなんと恵まれたことなのか実感したとシェリルは言います。We either grow old or we don’t. 私も、1日でも長く生きれることに感謝したいと思いました。

この本に出てくる多くの人がトラウマから立ち直る姿に、きっと勇気をもらえるはずです。