2020年の3つの言葉

元旦のダラスロードビーチ

*このポストは当サイトが落ちていたため、noteに載せた物を再掲しています。

毎年、年末にその年のまとめを書いているのだが、2019年は書けなかった。なぜなら、サイトが落ちているから。
クリスマスの数日後に気が付き、夫は「ドメインの有効期限が切れたんじゃないの?」というが、ドメインの更新は毎回数ヶ月前からお知らせメールが来る。何の知らせもなしにプッツリ落とされるはずがないと思って色々調べ、一応ドメインのレジストラに連絡は入れてあるのだが、クリスマス・年末年始のホリデーシーズンのため全く返事がない。
夫は、誰かが私のドメイン(私のフルネーム)を登録して、あとで高値で売りつけようとしているのではと言う。そういうビジネスをする輩がいるそうだ。私はもちろんそんな交渉には乗るつもりはない。夫は「心配しなくても1年後くらいにはまたそのドメイン取れるようになるよ」と言う。私は単にレジストラの問題だと思うのだけど(←危機感のないヒト)、最悪の場合だとサイトを失ったことになる。しかしコントロールできないことにパニクっても仕方がないので、取りあえずnoteで書いていくことにする。

ちなみに、英語版はMediumに書いていく。

どちらにしても2019年はあっという間の1年だった。良いことも悪いこともあったけど、大体仕事ばかりしていたという感想しかない。留学エージェントの仕事をし、フリーランスとして翻訳や通訳や映画のセンティメント解析の仕事をし、パートタイムのバイトでチョコレート屋でも働いた。
慌ただしく過ぎて行ってしまった1年だったので、いまさらいろいろまとめを書く気力もない。

年の初めには、毎年「3つの言葉」を考えるようにしている。その年フォーカスしたい言葉だ。友達のChris Broganが始めたもので、記録を遡ると2015年くらいからやっている。これまでの言葉は:

2015年: Create, Cooking, Compassion
2016年: Curiosity, Courage, Believe
2017年: Faith, Create, Joy
2018年: Move, Story, Communicate
2019年: Listen, Ask, Do

となっている。ブログが落ちていなければ各年の投稿にリンクするのだが仕方がない。
今年、2020年の3つの言葉は
Continue, Commit, Clear
にした。

今年の3つの言葉を考えているとき、でてきた言葉はすでに過去に使ったものが多かった。つまり、既に目標としたことにもう一度フォーカスしたい、またはもっと続けたい、という気持ちが強かった。もっと本を読みたいし、文章も書きたい。人に優しくしたいし、ちゃんと話を聞くようにもしたい。創作も続けたいし、いろんな場所に行きたい。

なので、ひとつめの言葉は”Continue”にした。
ポッドキャストの年末のエピソードでも話したけど、人生ってある程度の年になると、学んだことをずっと続けて練習していくことが大事だと思うようになった。ヨガと同じで、ひたすらプラクティスあるのみ。今年は、これまでの学びを続けていく、ということがひとつ。

二つ目の言葉は”Commit”
この数年間、色々と大変だった。もちろん良いことも沢山あったが、夢や人生のゴールという面で考えると、まだまだ自分は準備ができていない気がしていた。もしくは自分がまだそのレベルに達していないというか。もう子供ではないので、物事を達成するのは一朝一夕ではできないと言うのは分かっているし、ある程度の積み重ねが必要ということもわかってきている。

今までは「準備ができていない」「まだ未熟」というのを言い訳にしてきたところもあると思う。今年は、その「準備できてない感」を脱ぎ捨てて、責任を取ることが大切という気がしている。

なので今年は怖いけれど、コミットすることにする。全然「準備できてる感」はないけれど、人生、準備万端になるのを待っていたら何も達成できない。

そして3つめの言葉は”Clear”
今年はさらに、自分に必要なくなったものを片付けることが大事だと感じている。やりたくないけどお金の為だけにやっていた仕事、もうつながりの薄くなった友人関係などをクリアにして、新しいものを創る、迎えるスペースを作る必要がある。

この数年のモヤモヤとした霧が晴れて、今年はやるべきことが明確になった気がする。あとはそのためのスペースを作り、これまでに学んだことを練習しつつ、やるべきことにコミットして、一つ一つ片付けていくのみだ。

「3つの言葉」を決めている人、いますか?もしいたら、あなたの3つの言葉もぜひシェアして下さい。

消えたタカタガーデン

タカタガーデン

カナダに住むようになって初めて知ったことの一つに、戦時中の日系カナダ人の強制収容(Internment) があります。

第二次世界大戦時、ビクトリアにはすでに多くの日系人が住んでいました。ロスベイ墓地にも152の日系パイオニアのお墓が残っています。

これらの日系人は二世以降の人達はカナダで産まれ、英語を母国語とし、「日系」ではあるものの、「カナダ人」として生活していました。

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疎外感を感じている人へ

ここ最近、カナダで疎外感を感じている、という人に何度か出会った。慣れない外国に来て、母国語でない言語を話して生活していく大変さは私にもよくわかる。カナダに来たばかりの頃は、大人数での会話に入った時、英語の聞き取りができず「電池切れ」状態になったこともよくあった。

ある人は、カナダで語学学校に通っているけど友達ができない、と言っていた。詳しい話をそれ以上聞かなかったので具体的にどうして友達ができないのかわからなかったけど、日本に帰りたい、と言っていた。

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そしてこれで終わり – Day100

#The100dayproject 4日目

今日でこの毎日ブログを書くのも100日目になった。正直言って、英語と日本語でそれぞれ書いていたのでかなり大変だった。。。。また、ただでさえ時間のない日々、疲れ果ててもう書けない、辞めたいと思ったこともある。

どうせ誰も読んでないし、1日くらいスキップしたって誰も気にしないとも思った。そしてそれは真実だと思う。

でも、自分が気にする。

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私のスーパーパワー -Day 99

#The100dayproject 3日目

私にはスーパーパワーがあって、それは1日に何度も昼寝できることだ。

私は朝型人間なので、大体朝5時か時にはそれより早く起きることもある。家族がまだ寝静まっている早朝は、自分の好きなことができる貴重な時間だ。そしてだいたいこの時間に絵も描いている。

仕事はできるだけ頭が冴えている朝のうちに片付けようと思うのだが、大体10時前後に疲れてくる。そこで昼寝をする。

ベッドに入るか、またはカウチにブランケットを持って横になり、iPhoneのアラームをセットし、通知をオフにする。そして目を閉じる。

実際に眠っている—無意識になっている—時間はきっと15から20分程度だと思う。目が覚めると、大抵の場合、眠りに落ちていたのは一瞬だけのような気がするが、いつもリフレッシュした気分になれる。

今日は2回昼寝をした。息子のラグビーの練習が朝8時からあったので、いつもより早く起きて早く家を出なければならず、9時半にはすでに疲れていた。なので 9:45-10:15まで昼寝。

その後、11時にオットと一緒にワークショップに参加してきた。帰宅したのが12時半で、その後1時から私はビデオカンファレンスがあった。ビデオが終わったあと、また疲れていたが、息子の学校のお迎えのため2時半には家を出ないといけない。そこで1:45から2:20pmまで2回目の昼寝をした。

いちど、この100日書くプロジェクトの途中のある日、ものすごく疲れていて何も書けない、というような日があった。すでにその時点で真夜中近かったのだが、何も書いていなかった。結局、20分ほど昼寝をし、その日のブログを書いて、そのあとぐっすり寝た。

私にとって睡眠とはとても重要なものだ。眠いと、何もできなくなるので、そういうときはすぐに寝るようにしている。

オットもそんな私に慣れて、日中私が昼寝しているときはそっとしておいてくれる。眠いときにすぐに、何度でも昼寝ができる体質で本当に良かったと思う。昼寝は、私にとってコーヒーより効き目がある。

ミスター・ロジャース -Day 98

#The100DayProject 2日目

昨夜、アメリカの子供番組 ”Mister Rogers’ Neighborhood”のホストとして北米では知らない人のいない、フレッド・ロジャースに関するドキュメンタリー、”Won’t You Be My Neighbor?”を見た。 私は宗教を信じないけれど、ミスター・ロジャースは信仰するかのように尊敬している。もう故人だけど、彼ほど「人に親切にしなさい、そしてありのままの自分を愛しなさい」というメッセージを体現した人はいないと思う。

番組を一度も見たことが無い人でも(日本では放送されなかったようだし、このドキュメンタリーも日本語版は出ていないよう)ビデオを見るとすぐにミスター・ロジャースの柔らかい語り口と、どんな子供にも真剣に耳を傾ける様子に、胸を打たれる人が多いのではと思う。彼は本当に特別な人だったのだ。

ドキュメンタリーを見ると、彼は本当に番組に出てくるそのままの人柄で、裏表のない人物だったようだ。黒人差別がまだ酷かった60年代に、黒人の郵便配達人と一緒に子供用プールで足を水につけ涼むシーンなどは、人種差別に対するフレッド・ロジャースの暗黙の声明だったという。愛が全ての根底にあると信じたミスター・ロジャースの人生には、教えられることばかりだ。

詳細はここには書けないが、今日、ある子供が、学校で大人にどんな気持ちにさせられたかを話す場に立ち会った。

ミスター・ロジャースは

“Children have very deep feeling, just the way everybody does(子供だって、大人と同じように深い感情を持っているんです” と言っていた。

私は神学者でも幼児教育の専門家でもないが、フレッド・ロジャースの100分の1でも彼に近づけるよう、みんなに親切に、そして思いやりを持って—

特に子供には—接するように少なくとも努力している。

もしそれが出来ない人は、そして逆に子供に恥をかかせるような人は、教育に関わるべきではないと思う。

母である以前に、私 – Day 97

#The100dayprojectの1日目の絵

これは今までに何度も色々な場所で言ってきたことだけど、私は自分は母である前に女であると思っている。

最近、友情についてよく考える。私の知っている女性は世代に関わらず、みんな忙しい。学校、仕事、恋愛、育児、家族、両親。。。みんな忙しい。

特に私の世代、30代後半から40代後半になると、女友達と遊びに行くような時間はほとんどない。しかもみんな疲れているので、余った時間は全て睡眠や休息にまわしたいというのが本音だろう。

もしそれを聞いて終わってる、と思うあなたはきっと30代以下の方だろう。

私にとって友情とは2ウェイストリート—一方通行でなく、相互に行き来できるものだ。お互いがその友情が長続きするよう努力しないといけない。

世の中には、二つのタイプの女性がいるように思える。ひとつは、自分の時間をすべて家族と過ごしたい女性と、そうでない女性。私は後者だ。

誤解されないように言っておくが、私も自分の家族は愛している。でも時々は自分のためだけのことをしたい。もしくは、友達と過ごしたい。だから私はポッドキャストをしたりものを書いたり絵を描いたりする。これらのものが、私を私にしているものなんだな。

Workin’ MomsというTV番組がどんなに好きかについては以前も書いたが、それはきっと主人公のケイト(演じているのはこの番組のクリエイターでもあるCatherine Reitman)が彼女も母親である以前にケイトだからだと思う。私は彼女にとても共感する。この番組は世の中の私達「ケイト」が感じるジレンマ—良い母親で良い妻でもありたいけれどそれ以前に自分であることをあきらめられない女—というのを上手く表現できているからだと思う。それをあきらめると、自分が自分でなくなってしまうのだ。

これは、家族とずっと時間を過ごしたいと思う女性たちへの当てつけではない(こういう但し書きを書かないといけないのも悲しいが、これまでの経験で学んでいるので)。私はただ、自分が幸せでいるためには自分を大事にしないといけないと言っているだけで、そのことに関しては謝る気もない。ただ、私達の友情が失われていくことがすこし悲しいだけだ。

退屈する暇 -Day 96

これは昨日書いたことに関連しているけど、今日は4月1日ということと、春休み明けの最初の日ということもあり、バタバタした1日だった。今日は早く寝るという人も多いのでは。私もその1人。

明日から、今年で3回目となるThe 100 Day Projectに参加して、100日毎日絵を描くことになる。今やっている100日毎日ブログを書くというプロジェクトと、公式のThe 100 Day Project (100日何かクリエイティブなことをするというプロジェクト)は重ならないと思っていたのだが、どうやら私のミスだったようで、公式の#The100DayProjectは明日から始まる。この100日書くプロジェクトは思いついた日に自分で始めたものだが、公式のThe 100 Day Projectは開始日が決まっているので、みんなと一緒に始めようと思う。書いた絵はInstagramに投稿していく予定。というわけでこれからの5日間は英語と日本語でブログを毎日書き、かつ水彩も毎日描くことになる。 楽しそうだ。

そして明日は日本のラジオ番組に生主演することになっている。

退屈する暇がないとはまさにこのこと。









時代の終わり – Day 95

今朝、シンクで食器を洗っていたら足下に水たまりができていた。どうやらパイプから水漏れしていたのだ。そして、ガラスのキャセロール皿も粉々に割った。この二つの出来事は30分の間に起こった。

結局、水漏れはすぐに直せたし、ガラスの破片もすべて綺麗に掃除することができたのだけど、先日のウォルマート事件のこともあり、これはきっともっと注意をしなさいというメッセージなのだろうなと思った。このところ忙しくで注意散漫になっていたから。

以前、友人が、お皿が割れたりする時はそれが自分の身代わりになってくれているのだと言っていた。具体的にどういうことなのか今ひとつ私にもわからないが、自分に起こっていなくて良かった。

日本では4月から年度が変わるため、移り変わりと新しいスタートの時期だ。SNSでも沢山の友人たちが新しい職場や学校のことを投稿している。

今日はまた新しい年号—令和—が発表された日でもあった。平成は4月30日で終わり、5月1日から新しい時代が始まる。まさに今、ひとつの時代が終わろうとしている。

カナダの4月1日は明日だけど、次男の3学期が始まり、また長男も大学最後の週だ。 カナダの新学期は秋だけど、春もやはり移り変わりの時期である。だから私も注意散漫になっていたのかもしれない。

私もこの春にはすこし変化を予定しているので、気を引き締めてがんばろうと思う。