Trader Time – Day 43

今日は息子とオットとでIvan Coyoteの Trader Timeを観に行ってきた。昨日と同じく OUTStagesというクイアシアターフェスティバルの一環だ。Ivanはユーコン出身のカナダを代表するスポークンワードアーティストで、私は数年前にIvanの Tomboy Survival Guide を観て打ちのめされて以来のファンだ。なので新しいショウでツアーをしていると聞いた時には、必ず観に行かなくてはと思った。

Ivanがでてきて最初の言葉を発した瞬間に、いかにIvanが好きかを忘れていたことに気が付いた。この人はいつもいたずらっぽくニコニコしていて全然威圧感というものはないのに、言葉を発すると信じられないようなオーラがでてくる。そしてこちらはそれを黙って聴くしかできないのだ。

タイトルのTrader Timeとはユーコンで今でも放送されているラジオ番組で、地元の人が電話してきて物を売ったりトレードしたりする番組らしい。そしてこのショウはIvanが生まれ育ったユーコンとそこに住む人々の話で溢れている。 Ivanはストーリーテリングの天才なので、多くの話は笑い転げるくらい可笑しいが、その他の話は心温まり、涙を誘う。特に女の子として生まれたけど男の子として育ててくれた愛する母に捧げた賛歌では涙が止まらなかった。 そして全てのストーリーがSarah McDougallの美しい音楽と可愛らしいアニメーションで綴られている。

プロのスポークンワードアーティスト兼ライターを自分を比べてどうするんだと思うけど、どうやったらIvanのような素晴らしい文章がかけるのかと思う。同じような文章を書きたいわけではなく、ただ、いい文章を書きたいだけだけど。最近、自分はこの行き先の分からない旅に出ているような気になるけど、ゴールよりはまだまだずっとスタートに近いことに焦りを感じる。答えは、きっと書き続けることにしかないと分かっているのだけど。

ひとりだけ – Day 42

もう10年来仲良くしている友達がいる。いつも助けてくれる友達。英語で “give you the shirt off his back”という表現は、「着ているシャツを脱いで困っている人にあげるくらい良い人」という表現だが、彼はまさにそういう人だ。私を助けていない時は、誰か他の人を助けている、そんな人。過去10年の間に2回引っ越ししたが、どちらも彼が手伝ってくれた。

今日は夫と、今ビクトリアでやっているクイアシアターフェスティバルのショウを観に行くことになっていたのだが、前もって予定していたベビーシッターがキャンセルになってしまった。次男は10歳なので赤ちゃんではないが、かといって一人で家に置いていくわけにもいかない(カナダの法律では一人で留守番させられるのは11歳から。日本とは大違いだ)ので、微妙な年頃である。ギリギリになっても決まらないので焦ってFacebookに投稿したら、彼からテキストが来て、どうせ仕事しないといけないから君のうちでやらせてもらうよ、との連絡。彼は市の反対側に住んでいるし、今日は寒波でかなり寒いのでわざわざ来てもらうのも悪いと思っていると、本当に気にしないで、と言う。なのでショウに行っているあいだ家に来てもらった。彼が仕事をしている間次男はゲームをしていたそう。

おかげで素晴らしいクイアインディジェネスシアターを観ることができた。帰宅して、「本当にありがとう、今度ランチおごるね」と言うと、「いいよ、That’s what a friend is for!」といつものように明るく帰っていった。

彼のような素晴らしい友達を得るとは私は前世でどんな良い行いをしたのだろうかと思う。いつも彼にお世話になりっぱなしで、私にはもったいない友人だ。

スコットありがとう。あなたのような友達はこの広い世の中にもひとりだけです。

村上氏のアドバイス - Day 41

今日も例によって何を書いたら良いのか途方にくれる日だった。

FacebookやTwitterやnoteやMastodonをうろうろしてネタを探すも何も見つからず。

そんなときにふと、昔どこかで村上春樹氏のエッセイで読んだことを思い出した。

私は13歳の時に初めて「ノルウェイの森」を読んだ。感動した、という記憶はないが、きっと気に入ったのだろう、なぜならそれ以来かれこれ30年、彼の本は殆ど読んでいるから。今思い返してみると「ノルウェイの森」の内容は13歳には向いてない気もするが。

「ノルウェイの森」は今でも好きで、もう何回読み返したかわからない。でも一番好きなのは「ダンス・ダンス・ダンス」と「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」かな。最近出た「騎士団長殺し」も好き。

カナダに引っ越してきた時に彼の本はいくつか処分したけど、それでも今でも沢山彼の本を持っている。英訳されていない昔のエッセイとか。

そういったエッセイの中でー残念ながらどのエッセイか全く覚えていないのだけどーものを書く時にどうするかというような話があったと記憶している。全くのうろ覚えなので、間違っていたら申し訳ないけれど、村上春樹氏は、ものを書く時はとにかく机に座っていつでも書ける準備をしなさいと言っていた気がする。30分ほどしても全く何もインスピレーションが湧かない場合は仕方がないけど、とにかく毎日机に向かうことが大事なのだと書かれていたと思う。

今日はそんな日だった。全くアイデアが浮かばないままパソコンに向かって、今これを書いている。明日は明日の風が吹くので、明日何か良いものが書けるといいけど。

村上春樹氏といえば、大昔、まだネットやメールがまだそこまで普及していなかった頃に、編集者さんを通じてファンレターのようなものを出せた時代があった。私の長男の日本語名は村上春樹氏から取ったのだけど、いちどそれをご本人にメールで伝えたことがあった。当時はまだメールを出してくる人も今ほど多くなかったのだろう、彼から「ご出産おめでとうございます。きっと健康で、忘れっぽい男の子になるでしょう。」という返信が来た。

受け取り方の違い -Day 40

40日目。ゴールの100日までもうすぐ半分。

やっぱり、英語と日本語で書くのは大変だけど(英語版はここで読めます)、短いものにとどめているので、なんとかここまで続けられている。

ここ数日考えていること。

といってもアイデア自体は昔からある考えで、真新しいものではない。

同じことを聞いても、全く違うとらえ方をする人がいるし、何度同じ事を言っても、その一部分しか聞かない人がいる。

話の都合の良い部分だけ聞いて、あとは全く頭にはいっていない人もいるだろうし、逆もあるだろう。人それぞれの「どういう話の聞き方をするか」というものは、いったいどのように形成されていくのか、気になる。

みんなが同じ話の聞きかたをしないから、コミュニケーションは難しい。人それぞれなので、仕方がないと分かってはいても、同じ話を聞いてもしょっちゅう自分と正反対の答えに辿り着く人といるのは、それはそれでかなり疲れる。

これって、何か解決法はあるのだろうか。

暗闇のなかで – Day 39

今日配信されたThis American Life のエピソード。テーマはDIYラジオということで、まだまだ新人ポッドキャストプロデューサーとしては興味深いトピックだった。紹介されていた二つのストーリーは、どちらもとても違っていたけど、印象に残るものだった。

特に最初のストーリーは、元ドラッグユーザーの友達デイブとクリスがハワード・スターンが好きで似たようなポッドキャスト番組を作りたいと、過去のドラッグ使用に関して語るというコメディポッドキャスト、Dopeyを作った話。

二人は最初は「リカバリーポッドキャスト」つまり、ドラッグから立ち直ることに関して語るポッドキャストにはしたくなかったので、コメディポッドキャストとして始めたらしいのだが、過去にやったバカな事などを語っていても最終的には以下にsober(ドラッグを使用していない、素面の状態)で居続けるかなどに話が行くため、いつのまにかリカバリーポッドキャストになっていたそう。そのうちファンも増え、コミュニティができた。

その後、二人のポッドキャストに何が起こったのかは、実際にエピソードを聴いてみて欲しいが、胸が痛くなる話だった。聞き終わって、心に残ったのは、「信頼」という言葉だった。私達は、どれだけ親しい人を信頼できるのか?

私はドラッグに興味もないし経験もないが、それがいかに暗い場所かということは理解できる。だからデイブとクリスが、ハイになっていた時にやったバカなことなどについて、ジャッジメントなしで語るスペースが欲しかったというのも、よく分かる。

その暗い場所に行ったことがない人には、「ドラッグの話のポッドキャストなんて」と眉をひそめることはできないと思う。

昨日、友人のテツロウ・シゲマツが書いた芝居「1 Hour Photo」を読んでいたら、巻頭に載っていた引用に、強く心を打たれた。

“Character, like a photograph, develops in darkness” 

性格は、写真と同じように、暗闇のなかでつくられる。

写真家のユーサフ・カーシュの言葉だそうだが、あまりにも感動したので、思わずテツロウにテキストメッセージを送ってしまったほどだ。だって、本当にその通りだと思ったから。

Character, like a photograph, develops in darkness.

今日のTALのエピソードを聴いて、この引用をまた思い出した。

【1000冊紹介する 015- Dare to Lead 】- Day 38

ブレネー・ブラウンのDare to Lead 読了。いつもなら一冊の本については1回のブログポストに収めるのだけど、この本はすでに読んでいる途中での感想を2回に分けて書いているので、(「自分にとって大切な価値観は?」「価値観を知ることがその人を知ること」)よろしければそちらもどうぞ。

ブレネー・ブラウンの本はThe Gifts of Imperfection,から Daring Greatly(「本当の勇気は「弱さ」を認めることRising Strong (「立て直す力−感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ 」)、 Braving the Wildernessと取りあえず全て読んできてどれも好きだが、個人的に一番好きなのはBraving the Wildernessだと思う。それまでは、Daring Greatlyだったけど。

今回の本は、タイトルからもわかるように、リーダーシップに関する本だ。

正直に言ってしまうと、これまでのブレネーの本を読んでいる人なら、この本はスキップしてしまってもいいかと思う。なぜならこの本には何も新しいことは書かれていないから。この本は、ヴァルネラビリティを受け止めて、それでもあえて挑戦するDaring Leaderになりたいと思う人への、まとめ本のような感じになっている。

私がブレネー・ブラウンという人が好きな理由は、彼女がストーリーテラーだからだ。これまでに読んだ彼女の本のなかで、今でも心に残っている話はたくさんある。「ビー玉のともだち」(信頼に関する話)や、喜びを受け止めることを恐れて最悪の状況ばかりを想定していた人の話、そして「自分で勝手に造り上げているストーリー」に関する、湖で泳いだ時の話など。他にもたくさんある。彼女はほんとうに、生まれながらのストーリーテラーだなあと毎回感心させられる。

この本に特に真新しいことが書かれていなかったことは少し残念だが、そのかわり、とても良いストーリーをいくつかシェアしてくれている。ひとつは、ブレネーがずっと楽しみにしていた、娘の高校最後のフィールドホッケーの試合を見に行けなくなった時の話(エンパシーに関するレッスン)、そして、これも「自分で勝手に造り上げたストーリー」に関する、ブレネーの夫のスティーブさんとの「Ham Fold-Over Debacle (ハムサンド事件)」は、思わず笑ってしまった傑作。いったいどういうストーリーなのかは読んでのお楽しみだが、どうしても気になる人には、実際会った時にお話することにする。それにしても毎回思うけど、スティーブさん、良い夫すぎる。

ブレネー・ブラウンのこれまでの研究結果のまとめとして1冊で読みたい人にはおすすめかも。私自身にも、良いおさらいになった。おさらいしたことを忘れずに、「恐れながらも、同時に勇気を出す」冒険に出たいと思わせてくれた一冊。

学校みたい -Day 37

今日は一日エキストラの仕事。今夜7時だけどまだまだ終わりそうにないので、モバイルで書いている。
映画の仕事は、いろんな人が集まるので、高校みたいで面白い。うるさい人達がいて、人気のある人達がいて、そして隅で本を読んでいる人たちがいる。
すぐにグループを作って仲良くする人たちもいれば、誰とも話さずずっとひとりの人もいる。


映画のセットと言うのは階級があって、監督や、スターが一番上で、エキストラというのは1番下。ご飯を食べるのも最後だ。
カナダではアジア人ということでそこまであからさまな差別を受けたことはない私だが、こういう状況で階級の1番下になると、階級が上の人達の態度とか、いろいろ思うことが出てくる。
撮影時間が長くなればなるほど、もちろん疲れてくるが、その分全体の団結力も強まる気がするのも、なんか学校みたい。
どこでも言えることだけど、やっぱり、人に優しい人が慕われる。今日みたいに寒くて雨降ってる日は特に。

あと数時間、頑張ります。

サイレントマジョリティ – Day 36

今週は、いろいろなものを制作した。オットのリクエストで、人気ゲームSubnautica(今すごく人気のあるゲーム)のキャラクター、peeperを描いたり、青海波をアレンジした絵を描いたり、草間彌生にインスパイアされた模様画も描いたし、古いカレンダーを使って封筒を作ったりもした。

でも誰からも反応はない。

というのは言い過ぎで、何人からかはありがたいコメントを頂いた。

それに、褒められるために制作しているわけではないので、それは気にならない。

それでもクリエイティブな生き方というのはえてして孤独なものだ。

同時に、何も言わないで私のすることや制作したものをみている人達もいる。

数週間前とあるイベントで、知り合いだけどそこまで親しくない年配の女性から、いきなり、「あなた絵描くんでしょ。あれ、私が描いたの」と壁にかかっている作品を指さして言われた。

数日前には、これもそこまで親しくない人から、とある絵を私が描いた物なのか、と聞かれた。作者を探しているそうなのだが、面白いことに絵の隅に書かれている作者の名字は、私のもののようにみえる。

英語でPut yourself out thereという表現がある。日本語での訳がなかなか難しいが、私がいつも書いているブレネー・ブラウンの言葉を使うと、「アリーナに出ていく」と同義になる。要するに、自分を、または自分が作った作品を世に出す、という意味。

クリエイティブな人生のススメというブログで以紹介したエリザベス・ギルバートの「Big Magic」でも、クリエイターは、作品ができたらそれを世に出して、その後のことは全く気にしてはいけないことになっている。世間が自分の作品にどんな反応をするかは、私の知ったことではないのだ。

SNS上で普段全く反応のない人から、実際会った時に、作品についてコメントされると、なんだか気持ち悪い。

このソーシャルメディア時代、みんな何も考えずにスクロールして適当に「いいね」ボタンを押しているのだろう。本人からすると、いいねを押す=見た、というシグナルなのかもしれない。

この、何も反応しない人達というのは日本人に多い気がする。いわゆるサイレントマジョリティというやつ。他の人にコメントを見られるのが嫌なのか、それとも各投稿にコメントする時間もないほど忙しいのか。かといって、見ていないわけではない。これまでの経験から、実際に会った時に「こないだ○○に行ってたでしょう」とか「○○さんに会ったのね」などと言われて、「見てたんですか!」とびっくりすることはざらにある。

こういった、見るだけで反応しない人達を、英語ではLurkerという。Lurkとは見つからないよう潜伏する、といったような意味だ。反応しないので、そこに居るのかどうか分からない。

自分では、できるだけそうしないようにしている。ただの写真投稿などなら気軽に「いいね」ボタンをクリックするだけだが、感情を動かされた場合(哀しい・嬉しい・怒りなど)はできるだけコメントするようにしている。コメントすることで、相手を受け止めているという意思表示になればと思っている。クリエイターとして、作品なり投稿なりを世に出したあとの反応は私の知ったことではないが、それでも反応してくれる人がいると嬉しいというのは人の性というものだろう。

自分のレーン – Day 35

明日で1月が終わるが、ここでいったんチェックイン。

今年の3つの言葉Listen, Ask, Doだが、完璧ではないにしろ(そもそも完璧を求めてはいないけど)今のところなんとか忘れずにできている。来月の終わりにも、またチェックインしたい。

今日はお友達のポッドキャストに出演させていただいた。ネットで知りあった方で、実際にお話するのは今日が初めてだったが、二人とも似ているタイプのようで気があい、話も弾んだ。最近はネットのおかげで、世界中で素晴らしい仕事をしている日本人女性を知る機会が増えて嬉しい限り。

女性のエンパワメントに二人とも興味があるので、勇気や自信について話をした。勇気や自信は、ヨガなどと同じで、毎日のちいさな積み重ねで身についていく。いきなり痴漢の手をつかんで通報することができる人はそうそういないかもしれないが、最初は、相応しくない呼び方をされたら訂正する、あたりから初めて、次は誰かが他人の手柄を横取りしていたら声をあげる、など、少しづつレベルをあげていくことが可能だと思う。私自身も、普段は黙らない女、強い女でいるつもりだが時々ひょんなことで自信がゆらいだり、他人と自分を比べてしまったりすることがある。そういう時は、大好きなブレネー・ブラウンの言葉 Stay in your laneを思い出す。詳しくは過去のブログにも書いている。他人は他人のレーンで泳いでいる。私のゴールは私のレーンにあるので、他人が自分より速く泳いでいても、関係ない。

私のレーンとは:私のビジネス、私のポッドキャスト、フェミニズム

私の物でないレーン:フォロワー数やいいねの数など無意味な人気度

死のドクター – Day 34

今日は何を書けば良いのか分からない日なので、今日聴いたポッドキャストの話を。(あえて「おすすめポッドキャスト」に入れるほど好きではないけど)

Dr. Death

テキサス州ダラスの脳神経外科のDr. ダンチは若い頃は優秀な医大生だったが、彼が脳神経外科として手術をした患者の30名以上が手術後に耐えられない程の痛みに苦しみ、半身不随になってしまった人、さらには死亡した患者も二人いる。

Wonderyというポッドキャストプロデュース会社はDirty John(これもすごい話なのでおすすめ)や20日目に紹介した Gladiator など、ここのところとても優れたポッドキャスト を発表している。

私の好きなポッドキャストMy Favorite Murder (これについてはいつか紹介する) のカレンも言っていたけど、こういった報道ポッドキャストは新聞の新しいカムバックになるのではと思う。とても話題になったオーストラリアの未解決事件を扱った The Teacher’s Pet もオーストラリアの新聞 The Australian が制作したポッドキャストだった。

Dr. Deathはかつでは優秀な医学生だったクリストファー・ダンチ医師の話。手術をした患者の殆どが痛みを訴え、多くの人は半身不随になった。もちろんすべて実話だ。

何故こんなことが起こったのか?

何故、誰も止めなかったのか?

そして、何故彼は手術をし続けたのか?

答えはポッドキャストを聴いてみないとわからない。

でも全ての答えは解決されないので、モヤモヤする人もいるかも知れない。

こういうポッドキャストを聴くと、ドクター選びには慎重にならなければ、と思ってしまった。

幸いに私のドクターは長年お世話になっている、とても信頼できる人なので、とてもラッキーだと思うけど。

興味のある方は、聴いてみて欲しい。私は一気に10話のエピソードを1日で聴き終えてしまった。