Living Brave

IMG_7375 ブレネー・ブラウンのオンラインコース、Living Brave Semesterを今日終了しました。 1月からこの5ヶ月間、世界中の何千人もの人達と一緒に「心からの生き方」とはどんなものか、どうすれば心から生きることができるのか、学んできました。 毎週月曜日に新しいレッスンがオープンになり、それぞれのペースでワークブックを進めていき、週に一度はブレネーからの生のビデオメッセージや数週間に一度はライブQ&Aなどがあり、本当に楽しい5ヶ月間でした。コースはブレネーの二冊の本、Daring Greatly (本当の勇気は「弱さ」を認めること)とRising Strong (翻訳本不明)からの内容をもとにしています。 今まで申し込んだどのコースよりも素晴らしいコースでした。 学んだことは多すぎて全てここには書けませんが、心に残ったことを少し書き出してみたいと思います。

1)コミュニティとキーワード

毎週新しいレッスンが開かれ、ブレネーによるビデオ講習、そしてライブQ&A、また他の生徒さんと交流できる掲示板などがあったため、コミュニティの一員であると深く実感することができました。また、私にとってもう一つのコミュニティは日本人同士で作っているFacebookのグループで、ここでもお互いの悩みなどをジャッジメントなしで受け入れられる場所としてありがたかったです。特にうれしかったのが、「アリーナ」という、ブレネーの本に出てくるキーワードが自然にみんなのなかで使われるようになったこと。これは、セオドア・ルーズベルトが「アリーナに立つ人」というスピーチで使った言葉ですが、ブレネーの本にも、何かに挑戦しようとしている人はみんな「アリーナに立つ人」であるという認識で、とあるメンバーの息子さんが受験をしたことも彼にとってのアリーナ。また、お仕事でイベントなどで沢山の人の前にでていく機会が増えた友人も、それは彼女のアリーナだね、とみんなで応援しあえたのが本当にうれしかったです。 CW_ArenaQuote (1)

2)価値観

さまざまなレッスンのなかで、心に残ったものの一つが、最初のほうにやったエクササイズで、自分にとって大切な価値観を見極めたあと、それをランタンの火にたとえるというものがありました。私にとって大切な価値は「優しさ」と「勇気」だったのですが、そういった大切な価値(ランタンの中の火)を守ってくれる物が、家族や友人、という例えはとても勉強になりました。人生の中で、自分にとって大切な価値が何かわかっていないと、ランタンを持っていないのと同じで、暗闇の中で迷ってしまいます。そして、ランタンを持っていたとしても、時々、持ち歩くことを忘れて、どこかに置いたまま価値からはなれてた行動を取ってしまうことも(私の場合、イラついて意地悪なことを言ったり、何かが怖くて前に進めなかったり)あるのです。だから自分のランタンの中の炎を大切にしよう、というレッスンで、これは視覚に訴えるためとても参考になりました。

3)人は常に最善を尽くしているということ

これは、ブレネーの最新作、Rising Strongに書かれてることで、こちらの投稿に少し書きましたが、これが、私にとってこのコースで一番の勉強になりました。本の日本語訳がまだでていないので読んでいない方に説明をするのが難しいのですが、ひとつ質問させて下さい。 「あなたは、一般的に言って、世の中の人達はできる限りの最善を尽くしていると思いますか?」 私は先日41になりましたが、Rising Strongを読むまで、この質問の答えはノーだと思っていました。みんなが最善を尽くしているわけない。サボったりズルしている人ばかりじゃないか、と。この本のこの章を読んだ時、涙が止まりませんでした。 ブレネーもそうだったと書いていますが、この質問にノーと答える人のほとんどが、完璧主義に陥っていると言います。そして、「心からの生き方」を出来ている人は、みんなこの質問に「イエス」と答えていたそうです。 ブレネーのご主人のスティーブさんにこの質問をしたとき、彼は長いこと考えたあとこういったそうです。「本当かどうかわからないけど、僕は世の中の人達はできるかぎりのことをしていると信じたいよ。そして、そう思う方が僕も幸せになれると思う。」これはブログに書くだけでは足りない、もっとディープな会話が必要なトピックだと思います。でもこのことを学べて良かった。

4)常に練習であるということ

これは宗教などにも通じてくるのかも知れませんが、これだけ5ヶ月がんばって様々なことを学んでも、所詮は人です。完璧ではないのだから、時には学んだことを忘れて価値と離れた行動を取ってしまうことがあります。このコースで嬉しかったのは、ブレネーが「時々道を外すのは当たり前」と言ってくれたこと。毎週のレッスンにも関わらず、間違いを犯してしまった場合、ブレネーは「間違いに気がつけたことを祝いなさい」と言ってくれました。気がついただけでも進歩だと。「心からの生き方」って、コースを取ったからといってすぐにそういう生き方が出来るわけじゃないんですよね。もうこれは一生かけて学んでいくということです。 コースが終わってしまって、まるで卒業式のような、少し寂しい気分になってしまいましたが、寂しくなる暇もなく、短めのコースが2つ発表されました。

Self-Compassion with Kristin Neff & Brené Brown

Selfcompassion_800x800_thumnail4 ひとつめは、Self-Compassion、自分に対していかに愛情をもって接するかを学ぶワークショップです。ブレネーは常に「愛する人や家族に話しかけるように、自分に話しかけなさい」と説いていますが、これのいかに難しいことか。(このことについてはnoteでこちらに書いています。)特に日本人は謙遜が美徳とされているので、つい自分を卑下してしまうことも多いと思います。自分に優しくなるセルフコンパッションの専門家、Kristin Neffさんとブレネーの共同コースです。 4つのコースで形成されていて、2016年5月16日開始。自分のペースで進めます。費用は40ドル。

The Gifts of Imperfect Parenting 

paper_straws-2500x1667-350dpi こちらは「心からの子育て」を学ぶコース。子供達が、自分の価値を充分理解して育ってくれるにはどうすればいいか、を学ぶコースです。完璧主義でなく、「私は不完全でもろくて、時には怖いこともあるけれど、それでも私は愛と信頼を得るだけの価値がある人間なんだ」と信じることができる子供を育てられるとしたら?子供の年齢は4歳でも14歳でも44歳でも関係ありません、子育てって一生もののコミットメントですから。 6つのコースで形成されていて2016年9月26日開始。費用は75ドル。 5月31日までに申し込めば、30%オフになるコードをもらったので、申し込む方はぜひご連絡下さいね。

離婚、または人生を変えることについて

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私は20年近く前にカナダに来ました。きっかけは、当時つきあっていたカナダ人と結婚したからです。日本で結婚して、日本で長男を産み、長男が1歳になる前にカナダに引っ越しました。ずっと海外に住んでみたいと思っていたし、夫も日本での仕事に限界を感じていたためです。

その後次男も産まれましたが、最終的に結婚して14年目に別居を始め、2012年に正式に離婚しました。

私は、とてもラッキーだったと思います。離婚の原因はDVやアルコールなどではありませんでしたし、離婚の話し合いもスムーズに行きました。二人の子供の親権は私と彼両方にありますし、友達からのサポートもありました。私には自分のビジネスもあります。

それでも、離婚は私の今までの人生の中で最もストレスフルな出来事でした。「人生に失敗した」という大きなラベルを貼られたような気がして、周りの人達にどうやってこの「失敗」について説明すればいいのか、常に不安でした。子供達にちゃんとした家庭を与えてあげられない罪悪感と、これからどうやって生きていけばいいのか、途方に暮れていました。

結論から先に書いてしまうと、今では私はとても幸せに暮らしています。素晴らしい人と巡り会うことができて、今では再婚していますし、子供達も元気です。元夫とは週に一度、子供の引き渡しの時に会い、学校のことなどの必要事項を連絡しあいます。

繰り返しますが、私はとてもラッキーだったと思います。

この数ヶ月の間に、ここカナダで離婚することになった日本人女性に会う機会が何度かありました。一人は小さな赤ちゃんを抱えた女性で、夫がひきこもってしまい全く日常的なコミュニケーションが取れないとのこと。できれば離婚して日本に戻りたいが、夫が離婚に同意してくれないとのことでした。もう一人の女性はもう少し大きなお子さんが二人いますが、財産関係、親権関係でもめて、裁判に持ち込むことになったそうです。

私が住んでいるBC州では、日本のように紙切れ一枚では離婚できず、離婚する前に最低でも1年は別居しなければいけません。(この法律は今では1年ですが、私が離婚した時は別居期間は2年でした。浮気などの理由の場合はこれにならいません)別居するとなると、住む場所を探し、生活費をいかに確保するか、などが深刻な問題になってきます。大抵の場合、妻に収入が無い場合は養育費や配偶者サポートが夫からもらえます。もちろん、これは夫が払うべき、とされているだけで、実際に払ってもらえるかどうかは別問題です。支払いを拒否する夫もざらにいます。

上記の裁判でもめている女性は、日本では良い仕事に就いていたのに夫の仕事の都合で英語もできないのにカナダに来ていて、日本での仕事の資格がカナダで通用しないので(言葉もできないので)日本食レストランでバイトをされています。子育てと仕事で今はもういっぱいいっぱい、と言っていました。

仕事がないと家を借りることも出来ないし、クレジットカードも作れません。「とりあえず実家に帰る」という選択肢がないんですね。勝手に子供を連れて日本に帰るのもハーグ条約に接して違法です。「これからどうやって生きていけばいいんだろうってずーっと考えちゃう」と彼女。

また別の友人でシングルマザーの人が居ますが、幸い彼女は手に職をもっていたので自分でビジネスを興しがんばっていましたが、それでも一人で仕事をしていると収入に上限があるため、ビジネススクールに入り、経理の資格を取って今は会社で仕事をされています。

海外に限ったことではないですが、離婚したりシングルマザーになる女性はたくましくないとやっていけません。

私も、別居して借りた家で、子供がいる時はバタバタして寂しくなる余裕はないのですが、子供が父親の家に行っている週は全く一人なので心細かったですね。しばらくつきあったボーイフレンドも居ましたが、うまくいきませんでした。(余談ですが離婚後最初につきあう人とは80%の確率で上手くいかないとカウンセラーに言われました。今振り返ってみると、まともに誰かとおつきあいできる精神状態じゃなかった気がします)ある夜、デートの帰りにすごく傷ついて帰宅して、悲しいのと寂しいのとで電気もつけない真っ暗なリビングで一人で泣いたこともありました。

食べて、祈って、恋をして (Eat, Pray, Love)」というエリザベス・ギルバートの本があります。人生に満足していなかった著者が、イタリア、インドネシア、インドを1年かけて旅するという話ですが、私もなんどもブログに書くくらい(ジュリア・ロバーツの映画版はともかく)この本には影響を受けました。ギルバート自身も面白くて、リアルな女性で大好きです。

今朝Facebookを見ていたら、ギルバートの投稿が載っていました。「食べて、祈って、恋をして」発行10周年(!)を記念して、読者が書いたエッセイ集が発売されるそうです。

Dear Ones -So this book came out last week, in honor of the 10th anniversary of EAT PRAY LOVE, and I can’t think of a…

Posted by Elizabeth Gilbert on Monday, April 11, 2016

長いので要約すると、この本は「食べて、祈って〜」を読んで影響を受けた人達のエッセイで、実際に自分探しの旅にでた(実際の旅も、比喩的な旅も含め)人達のお話だそう。タイトルは「Eat, Pray, Love made me do it」ギルバートは「いろんな人から『どのお話が好き?』って聞かれることが多いの。でも選ぶのは簡単じゃないわ。この本に載っている全てのストーリーは神聖なものだと思うし。でもあえて選ぶなら、このストーリーの一部ばかり引用していることがあるの」として、Tracie Cornellさんのエッセイを挙げています。GETTING BACK TO MEと題したこのエッセイでは、トレイシーさんは家族に決められた結婚のなかでゆっくりと死んでいくような生活を送っていたこと、そしてついに勇気を出して真実を認め、離婚することにした話が書かれています。ギルバートによるとこれらのエッセイの中でも不幸せな結婚から始まるものがとても多いとのこと。読んだ人はご存じかも知れませんが「食べて、祈って、恋をして」もギルバート自身の離婚から始まります。(以下、ギルバートの投稿の拙訳です)

 でも似ている所はそれだけです。私は離婚のあと1年かけて世界を旅することが出来ましたが、トレイシーには面倒を見なければいけない小さな子供が二人いて、フルタイムの仕事もありました。少なくとも当時の彼女には、グローバルな冒険というものは選択肢には無かったのです。でもだからといって彼女が彼女の人生を取り戻し、変えて、癒やされることが出来ないというわけではありません。

彼女はこう書いています;

「女性ってー特に小さな子供がいる母親はー自分のことをあきらめてしまうことが多いんです。赤ちゃんが家で待っていると思うと、自分の人生を変えて自分を幸せにすることなんてできないと思ってしまうんです。。。私は自分自身の声を見つけるのだと心に決めました。『この状況に留まって、勝手に解決するのを待つ』という考え方から『私の人生を変えるためになにかをやる』という考えにシフトするようにしたんです。だって人生は一度しかないんですから、生きなければいけないんです。」

ここからが私が心から愛する部分です。トレイシーは続けます:

「1年間旅にでることはありませんでした、当時では不可能でしたから。。。でもできる限りのことをして自分のケアをすることにしたんです。ジムが私にとってのイタリアで、女友達と一緒に過ごした週末は私のインドネシアで、静かに読書をしたりただコーヒーショップに行くことでさえ、私にとってのインドになりました。私はこの15年間の中で初めて一人になるという時期に差し掛かっていて、これらは自分自身への最もも素晴らしい贈り物になったんです。」

これって素晴らしいですよね。離婚に関わらず、人生で大きな変化を経験する女性、そして変化を求める女性全てに読んで欲しいなと思いました。(私はこの本買います。)海外に出て行くことはもちろん素晴らしい経験になると思いますが、それが出来ないからあなたの人生を変えることができないというのは大きな間違いだと思います。出来ることから、はじめて、あるものを使って、少しでも自分のケアをすること、とても大切だと思います。

もしあなたが今、離婚もしくは何らかの形で自分の人生を変えたい、でもその最初の一歩を踏み出すことが不安と感じているなら、私が約束します。先は長くて辛い道かもしれないけど、自分自身の人生を歩んで後悔することはありません。覚えておくべき事は、トレイシーさんのように、自分でできる限りで自分に優しくし、自分のケアをすること。私は嘘をつきたくないのでハッキリ言いますが、先は長くて辛い道です。でも、セルフケアと、自分の人生は自分で生きるという目標があれば、きっと乗り越えられます。そして、その乗り越えた先には傷だらけかも知れないけど、たくましくなったあなたの姿があるはずです。

メール、コメントいつでも歓迎です。

信頼とは、ビー玉のようなもの

Photo credit: Steven Depolo

前回のブログではVulnerabilityとは単に「弱さ」のことなのか?について説明しました。これらは「ヴァルネラビリティに関する誤解」としてブレネー・ブラウンの著書 Daring Greatly(邦題「本当の勇気は「弱さ」を認めること」)そして彼女のブログなどでも詳しく説明されていることです。

今日はさらに、ヴァルネラビリティに関する別の誤解について書いてみたいと思います。

誤解:「ヴァルネラビリティとは全てを洗いざらいさらけ出すことだ」

英語にOvershareという単語があります。シェアしすぎること、プライベートな内容を他人に暴露することを指します。例えば、パーティで会ったばかりなのに自分と夫の結婚生活が上手くいっていないと漏らす人や、SNS上で自分のかかえる悩みや苦悩などを常に投稿し続ける人など。そこまで親しくないのに、個人的なことをいろいろ話されても、受け取る側としてはどう対応していいのかわからないことがありますよね。

ブレネーは、このようなOvershareやなんでもすべてさらけ出すことがヴァルネラビリティではない、と言っています。

なぜなら、ヴァルネラビリティは、信頼とBoundary(境界)なしには成り立たないからです。

ヴァルネラビリティとは、自分の信用を勝ち得た人にだけに自分の感情や経験を打ち明けることです。出会ったばかりの人に「私の一番暗い秘密、聞いて下さい」などと歩み寄るのは、「心を開いている」のではなく、ヴァルネラビリティを利用して単にかまってもらいたいだけであり、ワイドショーの見出しのようなものですよね。

この誤解について話すと、必ず出てくる質問があるとブレネーは言います。

「じゃあ、どうやれば誰を信用すれば良いとわかるんですか」

「打ち明けても笑われないという確証がないと、心を開けません」

「どうやって信頼を築くのですか」

この質問の難しい点は、「ニワトリと卵」のように、どちらが先なのか見極めがつかないことです。これをやれば絶対に確実というテストやスコアもありません。しかし、私がブレネーの紹介してくれた逸話のなかでも最も好きな「ビー玉のびん」のお話が良い例になります。

ブレネーの娘のエレンが3年生の時、こんなことがありました。

エレンはある日、自分に起こった、ちょっと恥ずかしいけど、面白い出来事を、何人かの友達に内緒で話しました。しかし昼休みにはその話はクラス中に広まっていて、みんながエレンのことを笑っていたというのです。クラスの騒ぎようがひどく、女の子達はいつまでも笑っていたので、ついには先生が「ビー玉のびん」からビー玉をいくつか取り出してしまったそうです。

このクラスには子供達がビー玉のびん、と呼んでいたガラスの容器が置いてあり、その横にはビー玉の入った袋がありました。学年が始まったときに、先生は、クラスのみんなが良いことをした時、態度が良かったときにビー玉をいくつかびんの中に入れると決め、騒いでいたり、仲良く出来なかった時には、ビー玉をびんから取り出すというルールを紹介しました。びんがビー玉でいっぱいになったら、クラスでパーティをするという約束になっていました。

エレンが、数人の仲の良い友達に打ち明けたはずの秘密が、クラス中に広まっていて、みんながエレンをからかっていたため、先生はビー玉をいくつか取り出さなくてはなりませんでした。

エレンは帰宅すると泣きながらこの話をブレネーにしました。ブレネーの最初のリアクションは「なんてひどい。もう誰にも秘密を打ち明けちゃダメよ」と言いたかった、と書いていますが(親ならきっとみんなそう思いますよね)、思い直して、どうやって信頼について話せるかを考えたそうです。

ブレネーは、友情は「ビー玉のびん」のようなものだとエレンに話しました。誰かが自分のことをかばってくれたり、優しくしてくれた時、自分の心の中のびんにビー玉を入れるようなものだと言います。逆に、誰かが意地悪なとき、仲間に入れてくれなかった時、秘密を他人に漏らしてしまったとき、ビー玉をびんから取り出すことになります。

エレンに意味がわかるかと尋ねると、「私にもビー玉のびんの友達いるよ!」とエレンは嬉しそうに言いました。原文ではMarble Jar Friendsと言っています。良い言葉ですよね。エレンにとってのMarble Jar friendsは、「秘密を他人に漏らさないで、自分にも秘密をうちあけてくれる」友達のことだと言います。

ブレネーとエレンは「Marble Jar friendsはどんな時にビー玉をゲットするのか」についても話します。人によって答えは違うと思うのですが、エレンの場合は「秘密を守る人」「秘密を打ち明けてくれる人」「誕生日を覚えていてくれる人」「おじいちゃんとおばあちゃんのことを知っている人」「楽しいことに誘ってくれる人」「悲しくしていたら理由を聞いてくれる人」「病気で学校を休んだらお母さんを通じて電話してくれる人」なのだそうです。ブレネーも、ほぼ同じだと言います。

信頼というものは、ビー玉ひとつひとつの積み重ねでできていくのですね。

先ほどの「ニワトリと卵」の問題は、人との関係を築いていく際に出てきます。エレンの先生は「あなたたちが良いクラスになるかどうかわからないから、びんは買わないわ」とは言いませんでした。クラスの最初の日にびんはそこにあったのです。生徒達も「先生がほんとうにビー玉をいれてくれるかわからないから、仲良くなんてしたくない」とは言わなかったのですね。みんなで協力して、先生がビー玉を入れてくれるよう、良いクラスになるようにがんばったのです。

カップル心理学で有名なジョン・ゴットマンも似たようなことを言っています。グウィネス・パルトロウ出演の「スライディング・ドア」という映画にちなんで、彼はこれを「スライディング・ドア・モーメント」と呼んでいますが、例えば自分がやっと辿り着いた結末を読むことを楽しみにしていたミステリー小説を持って寝室に向かうとき、悲しそうな顔で髪をとく妻の姿が目に入りました。あなたならどうしますか?

「本の結末が知りたいし、妻の話を聞いていたら長くなるから、気がつかないフリをしよう」と思うか、それとも本を置いて「どうしてそんな悲しい顔をしているんだい?」と妻に声をかけるか。信頼とはこのような細かい決断の積み重ねで、どちらを取ることが多いかによって、人間関係の信頼が築かれたり、逆に崩壊したりするのですね。

ブレネーは、時には、ビー玉のびんを投げつけて全部ばらまいてやりたい、と思うほどの裏切りを経験することもあるだろうと指摘しています。浮気、不倫、嘘などが、信頼をなくす原因と言えますが、ブレネーは、それよりもっと重大で危険なのが、ゴットマン氏が指摘するようなちいさな信頼の積み重ねがない状態、つまり、関わることさえ拒否している状態だと言います。

パートナーに「最近あまり興味がないのね」などと言うと、「毎日仕事に行って、子供達を野球の練習に連れて行って、寝かしつけまでやってるのに、これ以上何が必要なんだよ?」などという答えが帰ってくる場合がそうです。仕事に関して言えば、良く出来ているのか、間違っているのか、フィードバックさえもらえない状況。子育てに関しては、その日どんなことをして誰と遊んだか、楽しかったことは何か、逆に怖かったこと、嫌だったことについて積極的に質問することによって、子供達が「お父さんとお母さんは自分には興味ないんだ」と思ってしまうことを防げるといいます。関わろうとしない状況が続いた結果、先に述べたような嘘や浮気などの裏切りにつながっていくケースが多いとのことです。

これまでの研究の結果、ブレネーがたどりついた答えは:

信頼とは、心を開くことで形成され、時間、手間、そして充分な関わりが必要なものである。信頼とは大がかりなものではなく、ビー玉をひとつづつ集めていくようなものである。

ということです。

ブレネー・ブラウンの教えに興味がある方はFacebookのグループも覗いてみて下さい。参加されたら自己紹介をお願いします。

ヴァルネラビリティとは「弱さ」?

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ブレネー・ブラウンの本、そして彼女の活動はすべてVulnerabiity(ヴァルネラビリティ)がテーマです。

ヴァルネラビリティは、これまで日本語ではコンピュータや情報セキュリティの世界で「脆弱性」といった意味で使われていました。

脆弱性とは、コンピュータやネットワークのセキュリティが第三者によるシステムへの侵入や乗っ取りといった不正行為が行われる危険のあるシステムの欠陥や問題点のことで、「攻撃されやすいこと」という意味です。

これを、私達人間の心というコンテクストで見ていくと、ヴァルネラビリティはどう訳されるでしょうか。直訳すると「脆さ、弱み」となると思います。それではヴァルネラビリティとは、弱さのこと?

ブレネーの二冊目の本、Daring Greatly (日本語版は「本当の勇気は「弱さ」を認めること」−サンマーク出版)では、ブレネーはヴァルネラビリティを以下のように定義づけています。

「不確実性、リスク、生身をさらすこと」

もう少し詳しく説明しましょう。(Daring Greatlyから意訳しています。)

たとえば、愛。自分を愛してくれるという確証もなく、その安全も保証できない誰かを愛すること。死ぬまで誠実でいてくれるのか、または明日突然自分を裏切るかもわからない人を愛することーそれはまさにヴァルネラビリティです。愛というのは不確かで、恐ろしく危険なものです。自分がいつ傷つくかも全くわかりません。でも、愛のない人生なんて考えられないですよね。

受け入れてもらえるか、感謝してもらえるかもわからないままに自分の創ったアート、書いたもの、撮った写真、アイデアを世間に公表することーこれもヴァルネラビリティです。

一瞬のことだとわかっていても喜びに浸ること、それこそヴァルネラビリティのひとつのかたちです。

こうやって見ていくと、ヴァルネラビリティは本当に「弱さ」といえるでしょうか。

上の例を見ていくと、ヴァルネラビリティは「感じること」とも言えるかも知れません。哀しみや、心の傷、しいては大きな愛や喜びもヴァルネラビリティといえると思いませんか。それでは、感情をしっかり感じることは、「弱さ」なのでしょうか?

ブレネーは、ヴァルネラビリティを弱さだと決めつけてしまうのは、私達が感情をしっかり感じることを、失敗である、そしてマイナス要因であると勘違いしているからだと言います。

ここで、ブレネーが「あなたにとってヴァルネラビリティとはなんですか?」と聞いた際の答えを紹介します。

—助けを求めること

—ノーということ

—自分のビジネスを立ち上げること

—夫や妻をセックスに誘うとき

—ガンにおかされた妻と遺言状の準備をすること

—子供を亡くした友人に電話をすること

—離婚後初めてのデート

—仕事をクビになること

—恋に落ちること

—彼氏を初めて親に紹介するとき

—怖がっていると認めること

—人のうわさ話をしている人をとめること

—許しを乞うとき

—新しいことを始めるとき

−3回の流産のあと また妊娠すること

—公共の場でエクササイズするとき

ー自分の商品を世間にむけて発表して、何も反応がないとき

ーCEOに来月の社員の給料が払えないと告げる時

ー息子がオーケストラに選ばれたがっているのに、恐らく落ちるだろうとわかっているとき

ー信仰すること

ー責任をもつこと

上の例を読んでみて、これらが「弱さ」だと思いますか?辛い思いをしている人を慰めようとすることが弱さでしょうか?責任をもつことが弱いことだと思いますか?

答えはノーです。

ヴァルネラビリティは真実の響きがあり、勇気を感じさせます。

ヴァルネラビリティを経験しているとき、私達は先が一体どうなるかわからずに不安で、傷つく可能性があるということです。でもこのようなリスクを冒してでも自分達の心を開いて真の自分をさらすとき、唯一確実なのは、それは弱さではないということ。

この、ヴァルネラビリティ=「弱さ」ではないということが、ブレネーが説く「ヴァルネラビリティに関する誤解」の一つです。それでは次回は、二つめの誤解についてお話したいと思います。

本当の勇気は「弱さ」を認めること

日本人のカナダでの歴史を書いたGateway to Promise翻訳プロジェクト

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カナダにおける日本人、そして日系人に関してはこのサイトでも過去に何度か触れています。私自身は1998年に移民してきたいわゆる「新移住者」ですが、私がここカナダで差別されることなく安定した仕事ができるのは、日本から1880年代に移住してきた日本人のみなさんが基礎を作って下さったからだと思っています。

カナダにおける日本人、そして日系人の歴史というものは、あまり日本では知られていないようです。学校で学んだ記憶もありませんし、戦時中に「敵国人である」と見なされ強制的に収容(Internment)された日系カナダ人のことは、恥ずかしながらつい数年前に知ったという次第です。

カナダに最初に移住した日本人は、長崎県口之津(私も長崎出身ですがこれは知りませんでした)出身の永野萬蔵氏、ということに長いことなっていたのですが、ビクトリア在住の歴史家で著者でもあるゴードンとアン・リー夫妻は独自のリサーチやインタビューを重ね、2013年にGateway to Promite : Canada’s First Japanese Communityという本を出版されました。ゴードンとアン・リーとは私もこの数年来ビクトリア日系協会を通じて様々なお話を聞かせてもらっていたのですが、この本には、ビクトリアの日系コミュニティがどのようにして創られていったか、当時の人々の生活の様子、ビクトリアで客死した新渡戸稲造氏についてなどが380ページにわたり詳細に記録されています。

この本によると、記録に残っている限り、BC州に足を踏み入れた最初の日本人は1834年に遭難した船の乗組員ということになっています。ただこれはFort Langleyの記録で、ビクトリアではありません。それではビクトリアに最初にやってきたのは一体誰なのでしょう?1885年には、Government Streetにある日本雑貨店(この店舗は今でも残っています)で日本人を雇っていたCharles Gabrielのビクトリアでの裁判の記録が残っており、この時点でビクトリアにはすでに日系人のコミュニティがあったことの証拠になっています。

Gateway To Promise 日本語翻訳チーム
撮影:Tom Saunders氏

そして今回、作家の宮松サンダース敬子さんのお声がけで、この本を日本語に訳すというプロジェクトが発足し、ビクトリアはもちろん、バンクーバー、デンマン島、トロント、日本そしてフィリピンから14名の翻訳者が集まりました。そして先日初めての顔合わせ会が行われました。

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宮松邸にて簡単な挨拶、ランチのあと、Ross  Bay Cemetary内の日本人墓地にゴードンとアン・リー夫妻に案内していただきました。ここはビクトリア日系協会で毎年お盆をやっているところでもあります。この墓地の話もGateway to Promiseに登場します。

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墓地ツアーのあとは集まった翻訳者で振り分け作業。約400ページの本を14人で分けるということになりました。様々なバックグラウンドの翻訳者が集まり、みなさんお仕事や子育てでお忙しい中、この本を日本語に翻訳することは歴史的にも大切なことだと信じている方ばかりだと思っています。また今回のチームの中にはプロの翻訳者の方もいらっしゃいますのでとても頼もしく、色々勉強させていただける貴重な機会になりそうです。

このGateway to Promise日本語翻訳プロジェクトはビクトリア日系協会からの補助金を受けており、その大部分は各翻訳者が使用する原本の購入、ミーティングへの交通費などに使われています。現在、印刷代その他かかってくる経費をカバーするためにさらなる補助金または寄付を募っております。ご興味のある方、(発行は来年以降になると思いますが)翻訳本をプレオーダーしたい方などいらっしゃいましたらぜひご連絡下さい。私個人にご送金いただいてもかまいません。責任を持って宮松さんにお渡しします。

翻訳された本はカナダ国内の日本人、日系人はもちろん、日本でも広めたいと思っております。どうぞご協力をお願いいたします。

下流の宴 [1000冊紹介する #6]

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私は林真理子氏のエッセイが大好きで、 「ananを後ろから読む女」とはまさに私のこと。彼女のエッセイ集「美女入門」シリーズはほぼ全巻持っているし、週刊文春のほうのエッセイ「夜更けのなわとび」他、単行本になると必ず買っています。

小説のほうは、エッセイほどマメに読んでいるわけではなくて、時々見つけては読み、という程度です。今回はビクトリアの図書館で「下流の宴」を見つけたので読んでみました。

「下流社会」なんて本も昔ありましたが(読んでません)この「下流の宴」はなんとかして「上流」に行こうともがく人々を描いています。主人公の由美子は医者の娘で、国立大を卒業したもののメーカー勤務の夫と結婚した2児の母で、プライドが高い。「下流」の人達を「あっちの人達」などと呼んで、自分とは別のクラスの人間だと信じている。長女の可奈は見栄っ張りで、名門女子大に入ってからはなんとかして金持ちの男と結婚しようと目を光らせている。
次男の翔は母や姉とは違って野心もなく、高校を中退して漫画喫茶でアルバイトをすることになり、母の由美子をやきもきさせます。

ストーリーは由美子、可奈、翔の「福原家」と、翔がゲームを通じて知り合い同棲するようになった沖縄出身の珠緒の「宮城家」の話が章ごとに交代に語られるのですが、「下流」に対する偏見がひどくて(もちろん著者は意図しての事だと思うが)あまり良い気分になる本では無かったかな。。。
特に沖縄出身で両親が離婚して母親が飲み屋をやっているということでの由美子の偏見がひどい。自分の息子を絶対に「あんな女」とは結婚させないと息巻く由美子の様子がこっけいでもあり不気味でもあり。

「ここまで世間体や体裁を気にする見栄っ張りな人、いるの?」と思わず疑ってしまいましたが、やっぱり、居るんだと思います。幸い、私の周りにはいませんが。

格差社会の実情を描いて風刺しているのだろうけど、今ひとつピンと来なかったというのが本音です。

下流の宴

エンパシーとシンパシーの違いとは

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ブレネー・ブラウンと学ぶLiving Brave Semester、3週目が終わりました。

ここで1週間のお休みがあるので、少しゆっくりめにビデオを観たり、課題に取りかかったりしています。この1週間で、遅れを取り戻そうとしている人も多いと思います。

日本からの参加者で集まっているFacebookのグループでも、なかなか意義のある深い話し合いができていて、とても嬉しく思っています。コースに参加していなくても、ブレネー・ブラウンの提唱する「心からの生き方」に共感する人なら誰でも参加できますので、お気軽に参加表明して下さい。参加されたらひとこと自己紹介をして頂けると嬉しいです。

3週目のテーマは「Empathy」、また誰にvulnerableな心の内を打ち明けるのが良いのか、そして自己に対する思いやりの重要さについても学びました。

何か悲しいこと、辛いことがあったときに勇気を出して打ち明けたときに、相手の反応が「ふーん、そんなのたいしたこと無いじゃん、私の方がもっと大変なんだから!」と言われたら、誰だって、もうvulnerableになって打ち明け話なんて二度とするものか、と思ってしまいますよね。または「えー、それ超かわいそう。なんか惨めじゃない?」なんて反応をされたらただでさえ辛い思いをしているのに、さらにshame(恥)のスパイラルに陥ってしまいますよね。

3週目のレッスンでは、そういうことが起こらないように、どうやって打ち明ける相手を見極めるか、そして、自分が打ち明けられた立場の時にいかにエンパシーを持って接するかについて学びました。

エンパシーとは、共感する力。英語でエンパシー、シンパシーとよく言いますが、この二つの単語は同じ意味なのか?というテーマでブレネーが説明してくれたのですが、こちらの可愛らしいアニメーションのビデオがブレネー自身の声で、とてもよくわかる説明になっているのでご紹介します。

The Power of Empathy from Gobblynne on Vimeo.

このビデオによると、エンパシー(共感)とは、実際に、打ち明けている人がいる暗い場所まで降りていって、「それは辛いね。私もそれがどういう気持ちなのかよくわかるよ」と言うこと。シンパシー(同情)は、その人と同じレベルに降りていかず、上から目線で「えー、可哀相」と、あくまで自分には関係ないというスタンスを取っていることを指します。

このビデオのクマのように、自分がいる暗い場所まで降りてきてくれる人こそ、自分の辛い感情を打ち明けるのに適した人であると思いますし、自分も、愛する家族や友人にはこのように接しなければいけないな、ととても良いリマインダになりました。

 

 

空白を満たしなさい[1000冊紹介する#005]

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読んだ本1000冊紹介するシリーズ、5冊目にして日本語の本を初めて紹介します。

実はこの本の著者の平野啓一郎氏、私は全く知らなくて、毎日新聞での連載小説「マチネの終わりに」をnoteでも掲載していたのを読んで初めて知りました。海外に住んでいると誰の本が売れているか、等ということにとんと疎くなってきますね。

自分の好きな作家の本、又は電子書籍がでている作品ばかり読むようになってしまう上、週刊誌やテレビからの情報というのがまず入ってこないので、好みがだいぶ偏ってきます。

私はSFなどよりも、人の何気ない日常の美しさ、儚さなどを描いた作品が好きで、そういう意味では「マチネの終わりに」はとても好きな作品でした。話がそれますが、先日リース・ウィザースプーン主演で映画化されたシェリル・ストレイドの「Wild」(邦題は「わたしに会うまでの1600キロ」)という作品も、母が亡くなったことで心に傷を負って一人でバックパックを背負ってひたすらアメリカの国立公園を歩く女性の心の旅を描いたものでしたが、私はとても感動して素晴らしい作品と思ったのに、友人は「Nothing Happens!」と憤っていました。こういうのは好みの問題なのでどうしようもないですが。「マチネの終わりに」はいわゆる「ボタンの掛け違い」のような、ほんの一瞬で行き違ってしまった男女の運命のお話で、とても美しく描かれていたと思いました。

なので、ちょうど「マチネ〜」を読み終わったあと、とある友人が「空白を満たしなさい」を薦めていたのをみて、すぐに電子版を購入して読み始めました。

一度死んだのに何故か生き返った「復生者」、徹生の物語。

電子版では上・下に別れていますが、上巻は物語のペースが早く、ちょっとミステリーっぽいので、先が気になりあっという間に読み終えてしまいました。ネタバレはしませんが、下巻では徹生が生き返って、周りの生活に馴染んでいく様子、そして他の「復生者」と知り合ったり、人間の他者との関係を深く考えたりする様子が描かれています。著者の平野氏は「私とは何か」というノンフィクションを出されていることもあり、「分人」のコンセプトについても「空白を満たしなさい」の中でも詳しく説明されています。

結論からいうと、上巻で煽られた期待が下巻で実を結ばずがっかり。「これはこういうストーリーだろう」と勝手に思っていたものが、読み進めるうちに「あれ?」となり、「もうページ数ないよ?どうやって結論つける?」という焦りに変わり、最後は「。。。」となってしまいました。もちろん、薦めてくれた友人は絶賛していたので、この作品が好きな人は沢山いると思うのですが、私には予想と違った結末で、ちょっと残念でした。もちろんこれは私がミステリーという勝手な憶測で読み進めたからであって、「空白〜」はつまらない作品という訳ではないと思います。個人的に、私も「死」について考えることは良くあるので、じっくり考えてみたい人にはお勧めです。そして、タイトルが秀逸で素敵。

当たり前の事ですが、自分が好きな作家の作品の中でも気に入った作品とそうでない作品があるのですから、これに懲りずに、平野氏の他の作品も読んでみたいと思いました。

空白を満たしなさい
私とは何か 「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

ロサンゼルス観光ガイド

日本からの直行便が多いこともあり、日本人に人気の海外旅行先のロサンゼルス。見どころはたくさんありますが、絶対に外せないオススメスポットをいくつかご紹介します。

ディズニーランド&カリフォルニア・アドベンチャー

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ロサンゼルスといえばディズニーランド、というくらい日本人には人気のあるテーマパークですが、お隣に2001年にオープンしたカリフォルニア・アドベンチャーもお勧めです。両方のパークに入場できるパークホッパーチケットもあるので是非。

ロサンゼルスには他にもユニバーサル・スタジオ、スヌーピーのテーマパーク、ナッツベリーファームシックス・フラッグス・マジックマウンテンなどのテーマパークが沢山あります。テーマパーク巡りするのも面白いかも。ロサンゼルスのホテル情報もあわせてどうぞ。

ゲティ美術館

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石油王のJ・ポール・ゲティの美術品コレクションが集められた巨大美術館、ゲティ・センターはUCLA近くの丘の上にあります。入場料は無料ですが、駐車料金がかかります。車が無い方には美術館へのシャトルもでています。敷地が広く、コレクションも壮大なため、全て見るには丸1日かかりますので、時間の無い方は計画的に観られることをお勧めします。コレクションは主に20世紀のヨーロッパの絵画、書物、彫刻、装飾芸術や19世紀から20世紀までのアメリカやアジアの写真などが多く収められています。コレクションだけでなく美術館の建物自体がアートになっており、美しい庭や丘の上から見る壮大な景色も同時に楽しめます。

もう一つのゲティの施設、ゲティ・ヴィラには主にローマやギリシャの彫刻がメインで、こちらは入場に予約が必要です。

サンタモニカ

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「ベイウォッチ」などテレビや映画の撮影にも使われているサンタモニカビーチ

ビーチはとても綺麗で砂浜を歩くだけでもリラックスできますが、ビーチバレーボールをしたり、魚釣りをしたり、もちろん泳いだり、サーフィンも可能。子供向けのプレイグラウンドや砂遊び場、メリーゴーラウンドもあります。また壮大な夕日には感動すること間違いなし。サンタモニカ・ピアーにはショッピング、映画館、レストラン、大道芸人や水族館から有名な観覧車がある遊園地、パシフィック・パークまで家族みんなで楽しめるアトラクションが沢山。

ビーチから少し離れたエリアにはサンタモニカプレースという大型ショッピングモールやブティック街もあります。

パサデナ

Photo: Graham
Photo: Graham

ロサンゼルスから15キロほど離れたところにある小さな街パサデナは、ロサンゼルスでも4番目に古い歴史のある高級住宅街です。ロサンゼルスほどの派手さはないものの、趣と歴史のある建物が目を引きます。文化と芸術の街で、ノートン・サイモン美術館では東南アジアやヨーロッパの芸術品が鑑賞できます。またピカソやロダンの彫刻なども収められています。

情緒ある建物がならぶオールドタウンはナイトライフの中心地。パブやコメディクラブなどがあり、夜になると多くのカップルや若者であふれます。パサデナのホテルも来年オープンします。

他にも、「ロサンゼルスのここがおすすめ」というスポットや宿泊情報などがあったらぜひコメント下さい。

この記事はMarriott Internationalのスポンサー記事です。

デール・カーネギー「人を動かす」を実践したらどうなるか。必聴のラジオ番組This American Life

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アメリカでは知らない人がいないくらい有名なラジオ番組にThis American Lifeというものがあります。1995年から続いている週刊の1時間番組で、WBEZというシカゴの放送局で制作されていますが最近では数え切れないほどのアメリカ、カナダの公共ラジオ局、そしてポッドキャストでもこの番組を聴くことができます。私は外を歩いているときや車の運転中にポッドキャストを聞くのですが、このThis American Lifeは一番のお気に入り番組です。ホストのアイラ・グラスは聴いていると眠くなるような落ち着いた声の持ち主で、この番組のクリエイターです。

毎週、テーマに沿ったストーリーが Act1、Act2,のように分けていくつか紹介されるのですが、社会問題を追及したルポ作品になっていたり、感動的な話をまとめていたり、朗読があったり、エッセイをそのまま紹介していたり、様々な才能あるライターやレポーター達が集めてきた話を紹介していて毎回とても質の良い番組になっています。

たまたま今日聴いたエピソードが、デール・カーネギーの「人を動かす(原題:How to win friends and influence people)」に載っているコツを実行したらどうなるだろう?というテーマで、とても面白かったので紹介します。全部紹介すると長くなるので、面白いところだけまとめますね。

番組のサイトではActごとに分けて聴けるようになっていますので便利です。

プロローグ:

プロローグは、この「人を動かす」の本を読んで感銘を受けた父親から、この本を薦められたミシガン郊外の11歳の少年が、学校でこのコツを実践したらどうなったか、というのを面白く紹介しています。

Act1: To Make a Friend, be a friend:

私も大ファンのデイビッド・セダリス(彼は以前この番組のライターでしたが今でも時折登場します)の作品の朗読。彼の話にはいつも父親がいかに失礼な人間かを自虐的に書いていますが、毎回最後はちょっとしんみりさせるのがやはりうまい。この人の作品は毎回ものすごく面白い。才能。学校で人気のある友達と自分との差をなんとかして埋めようとするデイビッドの回顧録。

Act2: Stay In Touch:

外交というものは、相手の国に自分の国を好きになってもらい、そして他の国を動かして自分の国のために有益なことをしてもらうものですが、911のあと、国同士の連立を求めて他国に働きかける様子をコメディライターで脚本家(30 Rockや最近では エイミー・シューマーのInside Amy Schumerのライターもやっている)のTami Sagherが、「アメリカが中国やイランやパキスタンに電話したらどうなるか」を演じていて面白いです。パキスタンに「カシミアって言ったらあなたしかいないじゃない!」とか、中国に電話して「あの漁船の件、大変だったわね。。。あ、あれ日本?ごめん!見分けがつかないわけじゃないのよ!」とか。笑った。

Act 3: People Like You If You Put A Lot Of Time Into Your Appearance

シアトル郊外在住のマークさんは、スーパーマンの衣装を身につけて時々街に繰り出します。たいていの行き先では歓迎され、道行く車からはクラクションを鳴らされたりしますが、なぜ彼はスーパーマンの恰好をするようになったのでしょうか。それには、ちょっと切ない理由がありました。ライターのまとめ方が上手い。

Act 4: Just Be Yourself

ジョナサン・ゴールドスタインもデイビッド・セダリス同様、非常に才能あるライターです。Act4では、スーパーマンと別れたロイス・レーンとデートすることになった男も話を彼独特の語り口で描きます。すごく良い。

いかがでしたか?iTunesでもこの番組登録できますので是非聴いてみて下さい。英語の勉強にも良いですね。