2018年良かった本その3 : Starlight【1000冊紹介する-013】Day 4

2018年読んで良かった本の3冊目は、Richard WagameseのStarlightです。ワガミセはカナダではおそらく最も有名な先住民の作家ですが、カナダで育っていない私には、ほぼ全く知らない作家でした。ですが、とある尊敬する方が薦めていたことと、表紙の美しさに惹かれて手にとってみました。

日本語でもそうですが、洋書だと、詩的で美しい文体でも英語が母国語でない私には時々理解しにくいことがあります。すらすらと読める、または意味は理解できても読み進めるのに時間がかかる文体というものがやはりあるのですが、幸いワガミセの文章は前者なので、無理なく読み進めることができました。

ストーリーは、BC州の小さな街に住んでいる先住民の男、フランク・スターライトと、虐待する男から逃げ、隠れながらなんとか生き延びようとする若い母親、エミーとその娘ウィニーの話です。

スターライトは父親同然と呼べる男から譲り受けたファームで慎ましく暮らす、静かな男でしたが、ある日街で生活に困り食べ物を盗もうとしたエミーとウィニーに出会います。

元々心優しい男のスターライトは、二人を家に招待し、住まわせる代わりに食事や掃除などの仕事をまかせることに。スターライトは友人でファームの手伝いをするロスとも同居しているので、一気に4人暮らしに。

これまで暴力や嘘ばかりの人生を送ってきて、男性を信用することがなかったエミーと、ファームで静かに自然と共に生きてきたスターライトのふれあいが静かに、ドラマなく書かれ、読んでいて二人に共感し、好感を持たずにいられません。スターライトの親友ともいえるロスも幼いウィニーの世話をしてくれ、微笑ましい。ですが楽しいことばかりではなく、エミーが後に置いてきた男が復讐を目指してエミーとウィニーを探し追ってくる様子も各章で描かれ、そのあたりもハラハラさせられます。

自然と共に生き、昔からの先住民の教えを体感しながら生きるスターライト。そしてその生き方を少しづつ学んでいくエミー。

本当に、文章は静かで穏やかなのですが、読んでいて涙があふれてくるシーンも多くあり、リチャード・ワガミセの作家としての才能に関心しきりでした。

ワガミセは残念ながらこの本を完成させる前に亡くなってしまいました。ですが出版社は未完のままこの本を出版しています。途中で終わっている章のあとに、結末に関するメモと、出版社からのメモが載っており、ワガミセの過去の作品やメモをもとに、恐らくこういった結末になっていたであろうということと、出版社が未完のまま出版するにあたり参考にしたワガミセが残した言葉が添えられています。

“I once saw a ceramic heart, fractured but made beautiful again by an artist filling its cracks with gold. The artist offering a celebration of imperfection, of the flawed rendered magnificent by its reclamation. I loved that symbol until I came to understand that it’s not about the filling so much as it’s about being brave enough to enter the cracks in my life so that my gold becomes revealed. I am my celebration then. See, it’s not in our imagined wholeness that we became art;. it’s in the celebration of our cracks…”

それによると、(意訳ですが)、ワガミセは、欠けてしまったものを金で継ぐアートを見たことに触れ(日本の金繕いでしょうか)、それは単に壊れているものを金で美しくすることではなく、欠けているもの、壊れているもの、完全でないものを祝福することである、そしてやがてそれは金で欠けている部分を埋めるのではなく、欠けている部分を見せる勇気をの大切さに気がついたと書いてあり、思わず涙がこぼれました。

とても美しいお話なので、ぜひ読んでみて下さい。私は次に、彼の有名な作品、Indian Horseを読みたいと思っています。

2018年良かった本その2 : Forgiveness【1000冊紹介する-012】Day 3

今年読んで良かった本の2冊目は、マーク・サカモト氏によるForgivenessという本です。

この本は2018年のCanada Readsというおすすめ本コンペティションの優勝作品となり、前年に出版された本にも関わらずベストセラーになりました。日系カナダ人の書いた本ということで日系コミュニティでも話題になり、多くの人が手に取ったようです。私も含め。

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2018年良かった本その1 I’ll Be Gone In The Dark【1000冊紹介する-011】Day 2

2018年は、書くことも少なかったですが読んだ本も少なかった。。。ですが、数は少なかったものの数冊の良い本にも巡り会うことができました。今日はそのうちの一冊を紹介したいと思います。

I’ll Be Gone in The Dark by Michelle McNamara

北米ではいまTrue Crime(犯罪もの)というジャンルが本、ドキュメンタリー映画、ポッドキャストなどでものすごく流行っているのですが、私も去年あたりからMy Favorite Murderというポッドキャストにハマり、今年はライブショウにも行ったほどの大ファンです。ですが、True Crimeの最初の媒体ともいえる本に関してはほとんど読んでおらず、この本の著者のミシェル・マクナマラも全く知らなかったのですが、ポッドキャストで話題になっていたため、手にとることになりました。

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再挑戦 Day 1

Photo by rawpixel on Unsplash

2018年ももう終わりですね。今年も色々と大変なことはあったものの、良いことも沢山ありました。毎年、年の瀬にはその年のまとめと翌年のキーワードにする3つの言葉を書くのが恒例になっていますが、今日はその前に、新しいことをはじめることになった経緯を書きたいと思います。

先日ポッドキャスト番組「はみだし系ライフの歩き方」の忘年会と称して、4人でzoomでお話しました。その時、参加者の一人でお友達の塚越悦子さんが、私が春頃からやっていたThe 100 day projectで100日続けて水彩画を描いてインスタグラムに投稿するというプロジェクトに影響を受けて、100日毎日ブログを書いた、というお話をされていて、私は以前30日毎日ブログを書くというチャレンジで挫折していることを思い出しました。ただでさえ三日坊主的な性格の私が水彩画で100日続けられたのは奇跡のようなものですが、絵がまだ初心者のため、上手くいかなかった日でも、「初心者なんだからこんなもんでしょ」と開き直ることができたのが、意外と続いた理由なのかもしれません。

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カナダ在住日本人移民の横のつながり

ウィニペグにあるCanadian Museum of Human Rights

全カナダ日系人協会については、2017年のオタワでのカンファレンス、そして2015年のビクトリアでのカンファレンスについて、それぞれ書いていますが、今年2018年のAGMとカンファレンスはウィニペグで行われました。

日系カナダ人が第2次世界大戦時に敵国の市民として強制的に収容、移動させられたことについてはこれまでにも何度か書いていますが、今年はその収容等に関する謝罪と補償(リドレス)が政府から認められてから30周年ということ、そしてウィニペグのCanadian Museum of Human Rightsがカンファレンスとガラ会場ということもあり、今年は人権にフォーカスが置かれたカンファレンスでした。

リドレス書類に署名するブライアン・マローニー首相の写真。隣に写っているのがアート・ミキ氏

ウィニペグのアート・ミキ氏は、1988年に当時カナダの首相だったブライアン・マローニーと共に、戦時中の強制退去によりトラウマを負った日系カナダ人への謝罪と補償(リドレス)の実現に貢献した日系カナダ人のリーダーとしてカナダ全国に名前の知られた人ですが、今回マニトバ日本人協会からLifetime Achievement Awardを与えられました。

本文と関係ありませんが、日系カナダ人作家のマーク・サカモト氏に会うことができたのも今回のカンフェレンスで嬉しかったことのひとつです。

金曜日から始まったAGMとカンファレンスですが、今年のセッションは「癒やしとしてみるリドレス」「リドレス30年後の今、リドレスは何を意味するのか」「他コミュニティに聞く、人権問題の対処法」など、先に述べたように人権問題に強くフォーカスしたセッションが多くありました。

各コミュニティに聞く、人権問題への対処法

特に、中国系カナダ人(Head taxという、移民1人あたりの不公平な税金をかけられた)、ウクライナコミュニティ(第1次世界大戦時に日本人と同じように強制収容された)、先住民/インディジネスコミュニティ(インディアン寄宿学校・行方不明または殺害されたインディジネスの女性達)の代表に集まって話してもらった各コミュニティの人権に関する取り組みのセッションは非常に勉強になりました。特に心を打たれたのが、インディジネスの大学講師として人権問題に取り組み、アクティビストとしても活動されているNiigaan Jim Sinclair氏の「先住民でいるということは、自分の家に勝手に知らない人が入ってきて、トイレに押し込まれること」というたとえ話でした。カナダやアメリカに白人がやってきて以来、先住民の人達はリザーブと呼ばれる居住地に追いやられてしまいました。このあたりの話はポッドキャストで詳しく話しているのでぜひ聞いてみてください。

カナダ中から集まった日系カナダ人。世代を超えたトークが印象的だった

他にも、人権団体として、今起こっている人権問題(アメリカを初めとする移民排除感情や、性差別、LGBTQ差別などなど)にどう取り組みべきか、などグループでのディスカッションもありました。ポッドキャストでもよく話していることですが、まずは、「知らんふりをしない」、何か不正義(Injustice)が行われているのを目撃したら声をあげる、ということは何人もの人から意見が寄せられました。もちろん、言うは易し、ですが、少しづつ日々の生活の中で練習していくことが大切だと思います。

最後のセッションは、次の世代の日系カナダ人との会話というグループセッションで下は20代から上は90代まで、セッション参加者で輪になって様々な意見を交換するというもので、これも、腹を割った意見交換ができて、とても良かったと思います。

日系カナダ人ではない、一日本人移民として思ったことは、今年のカンファレンスには移民に関するトピックが全くなく、寂しいなあということでした。去年は、移民の参加者で集まって、NAJCがカナダに住む日本人移民のために何ができるかについて色々を話をしたのですが。。。

戦時中に強制収容された世代はどんどん年代が上がってきており、次の世代を担っていくのは日系4世、5世の若者達です。彼らは日本語が話せることがあまりなく、日本の文化からも離れてきてしまっていますが、必ずしもそれは本意ではなく、もっと日本の文化について学びたいという人も多いようです。実際、今回のカンファレンスで知りあった20代の若者の中には、つまみ工芸を学んでヘアアクセサリーを作っている人や、日本の「感謝」というコンセプトでビクトリアでお芝居をプロデュースしている人も居ます。

NAJCは日系カナダ人の団体なので、私達のような日本人移民には関係ない、と思う方も多いかもしれませんが、私はそうは思いません。実際、今年のカンフェレンスでも、ウィニペグ、オタワ、エドモントン、ホワイトホースに住む日本人移民の方々とお友達になれました。

カナダに住む日本人移民同士のつながりを強めたい。

トロントやバンクーバーのような都会では、日本人移民向けサービスが充実しており、メディカルサービスやシニアケアなどが日本語で受けられたりしますが、ビクトリアのような小さいコミュニティではまだまだそのようなサービスはありません。例えば、ビクトリア近辺には日本語の話せる精神科医という方がいません。(以前はいらっしゃったのですが、最近リタイアされたとか)そのような時に、日本語でカウンセリングのできる精神科医のような方にアクセスできると、心強いなあと思います。

今回ウィニペグでお会いしたみなさんには、カナダ在住の日本人移民の横の繋がりを強めましょうね、とお話しました。

今年から、トロント在住の日本人の方がNAJCの理事に入られましたので、これからますます、NAJCによる日本人へのサービスが拡大されていくことを期待します。









アリーナに立つ人

先日、このようなnoteを読んで、とても共感したのでシェアします。

創作に携わる、すべての人にこれくらいのメンタリティでいてほしい

遠山怜さんのこのnoteは、私がこれまでにブログやnoteでシェアしてきた、私の尊敬する人達の知恵と重なることが多く、またポッドキャスト「はみだし系ライフの歩き方」では常に「俺最高」のマインドセットを持とう、と言っていること、そしてさらに前回のポッドキャスト18回では「発信しないROM専日本人」について話したので、あまりのタイミングのよさに「そう、そうだよ!」と激しく頷いてしまいました。

ブレネー・ブラウンの様々な教えはこのブログでもなんども紹介していますが(「ヴァルネラビリティとは弱さ?」 「恥について」)、彼女の2冊目の本、Daring Greatly(邦訳:「本当の勇気は、『弱さ』を認めること」)に出てくる、セオドア・ルーズベルトのスピーチにでてくる「アリーナに立つ人(The man in the arena)」をご存じですか。

以下はTechCrunchの記事を参考にして、少し訳に手を入れました。

重要なのは批評家ではない。ものごとを成し遂げるのに人がどこでつまずいたか、どうすればもっとうまくできたか、そういう粗探しはどうでもよい。名誉はすべて、実際にアリーナに立つ人のものだ。その顔は汗と埃、血にまみれている。勇敢に戦い、失敗し、何度も何度もあと一歩で届かないことの繰り返しだ。そんな人の手に名誉はある。なぜなら失敗と弱点のないところに努力はないからだ。常に完璧を目指して現場で戦う人、偉大な熱狂を知る人、偉大な献身を知る人、価値ある志のためなら自分の身を粉にして厭わない人…結局最後に勝利の高みを極めるのは彼らなのだ。最悪、失敗に終わったとしても、少なくとも全力で挑戦しながらの敗北である。彼らの魂が眠る場所は、勝利も敗北も知らない冷たく臆病な魂と決して同じにはならない。

「他人のことにとやかく言う」人が多い日本では、行動を起こす、自分の意見を言う、何かを創作して発表することに、とても勇気が要りますし、それは同時にリスクを伴うことでもあります。

先日ポッドキャスト18回で紹介したNewsweekの記事で日本人は「ROM専」の人が海外諸国に比べて多いということが指摘されていましたが、「プロでもないのに」「何様のつもり?」などというグレムリンの声、(往々にしてこれらの声は実際に誰かから発せられたものより、自分の頭の中で反芻していることも多いのですが)、また炎上を恐れるあまり発言しない人も多いのでは、と感じました。

ルーズベルトのスピーチによると、重要なのは、そのような「何様のつもり?」と批評してくる人達ではなく、実際に顔を泥や埃や血だらけにしても、実際にアリーナに立っている人・・・・・・・・・・・・・・です。

ブレネー・ブラウンは、この「アリーナ(競技場)」の例をもとにして、「批評」してくる人達はcheap seatsに座っている人達、実際に競技場に立つ勇気のない人達で、勇気を振り絞って実際にアリーナに立っている人に比べたら、気にする価値もない人達だと言っています。リスクをおかす勇気がなく、競技場のシート上から批判だけをしてくる人達には、実際にアリーナに出ていく勇気のある人に文句を付ける権利はないのです。

だから私は常にアリーナに立つ人を心から応援します。ここでいう「アリーナ」とは、スポーツに関連したことだけではありません。

志望校を受験すること。

オーディションに挑むこと。

ブログを書いて発表すること。

SNSに投稿すること。

自分自身の意見を発表すること。

人前でパフォーマンスすること。

誰かに告白/プロポーズすること

辞表を出すこと。

新しい仕事に応募すること。

アリーナに出ていくと、とっても脆く感じます。誰に何と言われるかわからないし、笑われるかもしれない。このような感情を、ヴァルネラビリティと言います。日本語に訳すのが難しい言葉ですが、「脆く感じること」と言えるでしょうか。

ヴァルネラビリティに関しては過去に詳しく書いているので参考にしていただきたいのですが、ヴァルネラビリティの定義は簡単にいうと、「不確実性、リスク、生身の自分をさらすこと」。

どうなるか先が見えない不確実性、笑われたり非難されたりするかもしれないリスク、そして生身の自分をさらすこと。

ヴァルネラビリティを感じる行動をそれでもあえて行うこと=アリーナに出て行くことなのです。

ヴァルネラビリティは、一般に「他人の中に最初に探すものの、自分の中では最後まで誰にも見つけて欲しくないもの」と言われます。

他人の弱さを見つけても何とも思わないし、逆にエンパシーを感じたり、勇気のある人と思うことはあっても、自分の中にあるヴァルネラビリティは絶対に誰にも見つけて欲しくない、というのがヴァルネラビリティのパラドックスです。

アリーナに出ていく人達は、そんなヴァルネラビリティにもかかわらず、砂と埃にまみれた広場に足を踏み出します。

覚えておいてください。外野から野次を飛ばしてくる批評家に耳を傾けてはいけません。批評家は、アリーナにでる勇気も無いちっぽけな人達です。私は、「俺最高」のメンタリティで、アリーナに出ていく人を、ずっと応援しつづけます。









【おすすめポッドキャスト002】カナダの先住民に関する負の遺産 Missing & Murdered

前回ではThis American Lifeをご紹介しましたが、今回おすすめするポッドキャストは、かなりシリアスな内容です。カナダの公共放送であるCBCでは様々なテレビ、ラジオ番組を英語とフランス語で提供していますが、今日ご紹介するのはCBCラジオのオリジナルポッドキャスト 、Missing & Murderdです。Missing とは行方不明になっていること。Murderedは殺された、という意味ですが、一体どんなポッドキャストだと思いますか。

カナダの負の遺産

アメリカと同じく、カナダも元は先住民の人々の土地でした。先住民は、アメリカでいうネイティブ・インディアンですが、昨今は「インディジネスIndiginous (その土地の土着の、という意味)」と呼ぶことが多いです。(先住民の方達を「インディアン」と呼ぶことは最近では失礼ということになっていますので気をつけましょう。)

カナダの先住民は大きく3つに分けられ、それらはおもに「ファースト・ネイションズ」「Métis メティス」そして「イヌイット」の人々です。

カナダには634以上の先住民民族がいると言われています。北米の先住民は千年以上の歴史がありますが、15世紀の終わりに白人の入植者達がやってきて以来、差別され、虐げられてきました。

カナダやアメリカでは19世紀の初めから先住民の子供達は同化教育のため、親から引き離され、政府の管理のもの教会が運営するインディアン寄宿学校レジデンシャル・スクール)に送られました。

1831年に最初のレジデンシャルスクールが出来て以来、レジデンシャルスクールに送られた子供達の数は合計150000人。

レジデンシャルスクールでは子供達は英語を話すことを強いられ、番号のついた制服を着せられ、長髪の男の子は髪を切られ、先住民の母国語を使うと罰せられました。”Kill the Indian in the child (子供の中のインディアンを殺す)” こと、まさに、文化的ジェノサイドを目的としたもので、強制収容所と同じでした。授業と言われるものは半日のみで、残りの半日は女の子は掃除や洗濯、男の子達は畑仕事などの労働にこきつかわれました。身体的、精神的、そして性的虐待も日常茶飯事で、脱走し、途中で捕まえられた子もいれば(そういった場合は子供達は拷問を受けました)、親のもとに辿り着く前に寒さや飢えで死んでしまった子もいました。死亡した子供達の数は最低でも3200人と言われていますが、おそらく6000人を超えると言われています。

カナダでは「Heritage Minutes」と名の付いた、カナダの遺産を紹介する短いコマーシャルがよくTVで流れますが、近年制作されたものはレジデンシャルスクールに関するもので、涙なくしては見れないものになっています。負の遺産です。

信じ難いことですが、最後のレジデンシャルスクールが閉校したのは1996年のことです。学校から解放されても、レジデンシャルスクールの経験者は大きなトラウマを抱え、数世代に渡って精神的問題やまたそこから不随してアルコール中毒などの問題を抱える人も多くいます。レジデンシャルスクールは、カナダの歴史の最も大きな汚点と言えるでしょう。

2008年に、真実と和解委員会が設立され、このレジデンシャルスクールをはじめ、カナダ国家が先住民の人々に与えた精神的、身体的苦痛とトラウマを記録し、和解と癒やしに向かうために作られました。

Missing & Murdered: Finding Cleo

CBCのジャーナリスト、コニー・ウォーカークリ−系カナダ人でこのポッドキャストのホストでもあります。

カナダやアメリカでは、先住民の女性が殺されたり行方不明になることが多く、カナダの国難、社会問題になっています。Wikipediaによると、1970年代から殺されたり行方不明になったインディジネスの女性の正確な人数は不明ですが、恐らく1000人から4000人と言われています。このMissing & Murdered ポッドキャストのシーズン1では、行方不明になった若い先住民の女性、アルバータ・ウィリアムズの事件を追っています。

今回ご紹介するのはシーズン2の「Finding Cleo」です。

サスカチュワンのクリ−系の女性、クリスティーンからの手紙でポッドキャストは始まります。クリスティーンは6人兄弟の末っ子。

子供の頃に、クリスティーンと他の兄姉はみな母親のリリアンから引き離され、それぞれ別のフォスター・ホーム(里子)にだされ、やがてカナダやアメリカの白人家庭に養子に出されました。これは、いわゆるSixties Scoopと呼ばれるもので、先住民の子供達を親から引き離し(多くの場合、親や部族の許可なしにです)、児童福祉制度に入れ、里子や養子に出していました。これは60年代の前から行われていましたが、60年代に最も頻繁に行われたため、そして生まれたばかりの子供を母親からScoop(すくう)したため、こう呼ばれました。当時カナダ政府は白人社会向けに「先住民の子供を養子に取ろう」という政策を打ち出しており、TVコマーシャルまで流していたそうです。

Sixties Scoopに関する絵で、ポッドキャスト中でもでてくるのかカナダのクリ−系アーティストのケント・モンクマン(素晴らしいアーティストなのでぜひサイトをチェックしてみて下さい)による絵のThe Screamです。RCMP(Royal Canadian Mountain Police – 王立カナダ騎馬警察)、司祭そして修道女が、先住民の子供達を連れて行こうとしています。泣き叫ぶ子供達と、母親。観ることがつらい1枚です。

The Scream by Kent Monkman 2016

クリスティーンは兄ジョニーや姉クリオ達と6人兄姉でサスカチュワンで育ちましたが、子供の頃に、ソーシャルワーカーがやってきて母親を残して連れ去られました。その後グループホーム(いわゆる児童養護施設のようなもの)に入れられたあとそれぞれ別の家庭に里子に、そしていずれは養子に取られました。

クリスティーンはネットなどを利用して散り散りになった兄姉を探し出し、今では連絡を取り合っていますが、唯一行方が分からないのが長女のクリオ(クレオパトラ)だそうで、CBCのコニーに「私の姉を探して欲しい」と連絡を取りったのがこのポッドキャストの始まりです。

長男のジョニーはアメリカの家庭で養子に取られ、カナダに戻ることはありませんでした。ジョニーは今ではペンシルバニアに住んでいます。ジョニーはソーシャルワーカーに「クリオは養子に行く先が決まったので、さよならを言うように」と言われたのが彼女の姿を見た最後だと言います。当時ジョニーは13歳、クリオは8歳か9歳くらいでした。

それ以外にクリスティーンやジョニーが知っているのはクリオが11歳の時に亡くなったということのみ。どういう経緯で亡くなったのか、一体クリオに何が起こったのか、クリスティーン達は答えを探しています。

クリスティーン、ジョニー、そしてその他の姉妹、過去の里親、時には政府組織に連絡を取りながら、コニーはクリオの行方を探します。

クリオは一体どこに行ったのか?どうして亡くなったのか?クリオは何故母親から引き離されたのか?最初は分からないことばかりですが、少しづつ謎が解けていきます。ネタバレはしませんが、このシーズンはシーズン1と違ってドラマティックな結末があります。かなりショッキングな結末ですが、カナダのSixties Scoopが先住民の子供達にどんな影響を与えたのか、私達にはこのポッドキャストを聴いて、彼らのストーリーを知る義務があると思うのです。

この数年、北米ではTrue Crimeという犯罪もの、殺人ものジャンルがとても人気で、このおすすめポッドキャストシリーズでもTrue Crimeのポッドキャストを紹介していこうと思っていますが、このMissing & Murderedは単なる調査報道ものではなく、カナダの暗い歴史という社会問題にスポットをあてているという点で注目されるべきポッドキャストだと思います。カナダだけでなく、世界中で現在話題になっています。ぜひ聴いてみてください。









【おすすめポッドキャスト#001】This American Life

本の紹介も少しづつ、ゆっくりやっていますが、これから、おすすめのポッドキャストも紹介していこうと思っています。ポッドキャストは大好きで、絵を描いている時、キッチンに立っている時、運転中、散歩中、常に何か聴いています。

最初に紹介するポッドキャストはこれ。

アメリカでは知らない人はいないというほど有名なポッドキャスト、This American Life. 私の中でも恐らく好きなポッドキャストTop5にはいります。

1995年から20年以上続いているシカゴ公共ラジオの番組ですが、ポッドキャストとしても世界中で親しまれています。ホストはユダヤ系アメリカ人のIra Glass。ラジオ業界では神(それは大げさか)のような人ですが、うちの夫いわく「聞いているとリラックスして下手すると眠くなる」ような独特の声で知られています。ラジオに興味がある私にとっては、一生のうちに一度会ってみたい人物の一人です。

毎週テーマにそってエピソードを作成。時には政治的な問題(難民問題、米国憲法修正第一項、左右極端に分かれるアメリカ国民など)に全エピソードを捧げることもありますが、通常は2から4つのセグメント(お芝居の様にAct1, Act2と呼ばれています)に分かれ、取材を元にしたストーリーや、時には詩やエッセイの朗読もあります。

私はポッドキャストとしてiPhoneで聴いていますが、毎週日曜日の夕方6時に新エピソードがリリースされるので、それを聞きながら夕食の準備をするのが私の習慣になっています。

一番最近の、先週のエピソード646のタイトルは「Secret of my Death」で、すでに亡くなった人たちにまつわるストーリー。

第1幕、Act 1はドラッグで姉を亡くした女性がディーラーにむけて書いた手紙、”Dear Dealer” です。”Did you even call her by her name? Or was it “lady” ? Or maybe you had a nickname for her, like “purple” the color of her car, the one she was found in” 「彼女を名前で呼ぶことなんてあったのかしら?それとも単に”lady”?もしかしたらニックネームを使ってたかもね、彼女が死んでるところが見つかった車の色にちなんで、「パープル」とか」ドラッグ問題を抱えていた姉は、車の中でオーバードーズして死んでいるところが見つかりました。亡くなった姉の携帯には、様々な人達から、ドラッグのディールに関するテキストメッセージが残されていました。姉を薬物中毒で亡くした妹の、誰にも向けることができない怒りに、胸が痛みます。

第2幕は、「メメント・モリ」ならぬ「コメント・モリ」。ある日突然昏睡状態になった男性。目を覚まさない日々が続き、家族はついに生命維持装置を切ることを決めます。その日の夜、生命維持装置を切るということがFacebookにて家族や友達に知らされると、何百という友人達からコメントが寄せられました。ところが、2週間後に。。。ネタバレになるのでここでやめておきますね。続きが知りたい方はぜひエピソードを聴いてみてください。

http://mickey11042.blog.fc2.com/blog-entry-118.html

毎週、面白い話、怖い話、感動的な話と様々なストーリーを聴かせてくれるThis American Life、お気に入りのエピソードは数多くありますが、日本人としてもっとも心に残ったエピソードはエピソード597 “One Last Thing Before I Go” というエピソード内のAct1, “Really Long Distance” です。岩手県大槌町にある、東日本大震災で亡くなった、もしくは行方の知れない家族にメッセージを送れる公衆電話「風の電話」に関するエピソードですが、 NHKの番組で紹介されていたとのことですので、日本で観た方もいるかもしれません。この番組のプロデューサーの一人、Miki Meekは日本に家族がいるとのことで、NHKの許可を得て風の電話のストーリーをシェアしてくれました。私自身はこのポッドキャストで初めて知ったので、聴いたときは思わず涙してしまいましたが、何度聴いても、涙が止まりません。日本語で話されている部分がそのまま放送されていますので、ぜひ一度聴いてみてください。

これからもどんどんおすすめポッドキャストをご紹介していきますのでお楽しみに。

 









クリエイティブなことを続ける

前回のブログからすっかり時間が経ってしまいました。あっという間に5月、2018年もあと一月で半分ですね。

この5ヶ月の間何をしていたかというと、今年の3つのキーワードを念頭に置き、様々なクリエイティブなことに挑戦していました。

1.水彩画

2017年から本格的に始めた水彩画。もともと絵を描くことは好きでしたが、大人になって絵の具を買ったきっかけは、2016年にオンラインで取っていたブレネー・ブラウンのコースでした。そのコースでもクリエイティブなこと、アーティスティックな表現は大切とされていて、コースの一部で絵の具を使って描くエクササイズがあったのがきっかけです。

コース終了後も暇をみつけては絵を描き、インスタグラムに投稿していましたが、去年の春に#the100dayprojectというプロジェクトをインスタグラムで発見しました。絵に限らず、何かしらクリエイティブなことを100日続けてインスタグラムに投稿するというものですが、100日はおろか、30日ブログチャレンジなども過去に失敗している私は、あまり期待はせず、とりあえずやるだけやってみようと思い、始めました。

子供や夫が起き出す前の静かな時間に一人早起きしてコーヒー片手に絵を描く、これが日課になるまでそんなに長くはかかりませんでした。自分自身のストレス解消にもなるし、とにかく絵を描くのは楽しい。そして信じられないことですが100日無事に終えることができました。

その後、水彩のオンラインショップ「水彩屋」をEtsyにオープンし、絵を買って頂いたり、特別オーダーなどもいただくようになりました。

今年は、私にとって2回目の #The100dayprojectに再度参加し、現在38日目です。


また、先週は、生まれて初めて、自分の絵の個展(!)というものを開かせていただきました。友人が経営しているコミックブックショップの奥にある小さな小部屋でのアートショウですが、オープニングの日には沢山の方に来て頂きました。ビクトリア在住の方は、今月一杯は展示されているので、ぜひ観に行ってみてください。

2.ラジオ

私は数年前にYouTubeでのビデオ番組もやっていたことがありますが、最近はポッドキャストをよく聴くようになり(ほぼ毎日、1日中聴いています)、ラジオ番組への関心が高まってきました。ビクトリア大学には、CFUVというコミュニティラジオ局があり、そこでは大学の生徒はもちろん、一般市民でもボランティアをすると無料でトレーニングが受けられるので、去年の秋から早速ボランティアをしています。まだまだ自分1人で番組を持つレベルではありませんが、番組のホストとして出演したり、またラジオ劇番組で始めて声優の経験もすることができました。私はどちらかというと音楽番組よりもストーリーテリングのできるポッドキャストや報道プログラムに興味があるので、引き続きボランティアを続けて行きたいと思っています。

3.ポッドキャスト

ラジオ局で放送のためのトレーニングを受けつつ、個人ではネットで簡単に配信できるポッドキャストも始めました。私が普段聴いているポッドキャストは99%英語なので、日本語で、自分が興味ある分野(フェミニズム、レイシズム、カルチャー、アート)などについて語るポッドキャストがあれば、、、と思っていたのですが、見つからなかったので自分で作ることにしました。福岡在住で、いつも仲良くしてもらっているライターの須藤美香さんをパートナーにお迎えして「はみだし系ライフの歩き方」というポッドキャストを始めました。

Facebookページを基本のハブにしていますので、ページを「いいね」してくださるととても喜びます。

週に1回の更新ですが、今のところネタが切れることもなく、現在の時点で6話リリースしています。noteの方で詳しい解説も載せています。

また、こちらは最近配信が滞っていますが、夫と一緒に英語でのポッドキャストも始めました。こちらもよかったら聴いてみてください。

4.映画のエキストラ

これもひょんなところから飛んできた案件なのですが、去年2日ほど某映画の背景のエキストラとして仕事をしました。セリフなし、本当に背景でちょろちょろしているだけの仕事で、ほぼ1日拘束されますが、とても楽しかったので今年も同じ映画の続編がビクトリアで撮影されると聞き、応募してみました。

なんと今回の映画ではただの背景ではなく、映画の一部として結構重要な「脇役」を仰せつかり、特殊メイクあり、衣装あり、カツラありのすごい事に。セリフはないのであくまでエキストラの1人ですが(セリフがあると時給もぐっとあがり、「キャスト」に格上げされるらしい)、1週間ほど毎日12時間以上労働で(映画の撮影なので待ち時間がものすごく長い)したが、他のエキストラの皆さんとも仲良くなり、映画制作に関しても勉強になることばかりで、とても良い経験になりました。ビクトリアはバンクーバーほど映画の撮影が多くないので(これでも増えてきているほうですが)、フルタイムでエキストラをやっていくのは大変そうですが、これからも機会と時間があれば続けたいと思っています。

とりあえず今のところこれだけですが、まだ正式に発表はできないものの、舞台関係の次のプロジェクトの案件もまわってきています。

「はみだし系ライフの歩きかた」でも少し話しましたが、私は「見切り発車」型です。水彩の個展でも、まだまだ初心者なのに個展のオファーに「YES」と言ったのは「Brave(勇気がある)」だと沢山の人に言われました。特に日本人は謙遜の文化なので、「私なんてとても〜」と遠慮してしまいがちですが、私はあえて「もちろん何十万ドルで作品が売れるプロのアートのレベルでないことは分かっているけど、自分の作品を世に送り出すことが大事」だと思っています。

今年の3つのキーワードの一つは”Move”ですが、やはり、このようにして様々な場所で創造活動を続け、人に会っていくと、自然にフラグが立ち、新しい道が開けたり、オファーが来たりするものです。

こちらもポッドキャストで紹介した(ブログでも紹介しました)エリザベス・ギルバートのBig Magicのように、人は創造するために生きているのだと私は思うのです。これからも、創造し続けていきたいと思っています。









2017年まとめと2018年の3つの言葉

明けましておめでとうございます。 

もう年が明けてしまいましたが、2017年の振り返りと、毎年決めているその年の3つのキーワードをここに記しておきます。英語版ブログはなんとか大晦日にアップできていますので、オリジナルはそちらをご覧下さい。

2017年は色々大変なこともありましたが、全体的にはいい年だったと思います。オリンピック選手とお仕事をさせてもらったり、通訳で裁判所に通ったり、オタワでカンフェレンスに出席したりと、様々な方との出会いがありました。その一方で仕事の厄年?のような年でもありました。でも全て、学びと思えば納得できます。

大晦日には毎年やっている「ハピネス・ジャー(幸せの瓶)」を開けました。ハピネスジャーに関してはインスタグラムに投稿したら反響があったので、ここに去年書いたブログを貼っておきますね。

ハピネス・ジャー(幸せの瓶)の習慣、はじめませんか

今年も、すっかり忘れていた嬉しいこと(誰かに言われた嬉しい一言)や面白かったこと(息子の面白語録)などがよみがえってきて、なんと素晴らしい1年だったのか、と感謝の気持ちでいっぱいになりました。

ハピネスジャーを開けたあと、これらのメモはどうするのかというと、私はここ10年近く使っているほぼ日手帳に貼り付けています。

左が2017年のほぼ日手帳、右が2018年のもの。2017年のものにはハピネスジャーのメモを始め、映画やお芝居の半券、頂いたカードなどを貼り付けているので分厚くなっています。ちなみに2018年の手帳はほぼ日手帳の英語版、Planner(シュタイフ版)です。

2017年も学びが多い年でしたが、特に大きかったのは以下の3つです。

1) クリエイティブなことを続ける

2017年の最も大きな変化は、水彩画を始めたことです。過去の水彩の経験は、学校での美術の時間程度だった私ですが、ふとしたことで絵の具を手に入れ描き出すと、俄然面白くなり、今ではキッチンの片隅に小さな「スタジオ」をもうけるまでになりました。そんな時に偶然インスタグラムで”#The100dayproject”(クリエイティブなことを100日続ける)というものを知り、とりあえずやってみることに。

今まで日記でもブログでも運動でも、三日坊主が殆どで、まず続いたためしのないこの私が、なぜか100日間毎日水彩画を描き続けるができたのは、SNSでのみなさんのコメントや反応が大きかったと思います。そして同時に、水彩というアートが自分にとって好きなこと、面白いことだったから、続けることができたのかなと思っています。

水彩に関する興味は一時的なもので、100日が終わったら熱が冷めるのでは、と実は心配していたのですが、幸い今でも続いており、クリスマスの時期には今年は手描きカードを送りました。来年は、早めに取りかかって、販売できたらと思っています。2018年には、オンラインまたは通える場所で水彩のクラスを取り、スキルを上達できたらと思っています。

2) 人生は短い

これはどこでも言われているありきたりの事かも知れませんが、2017年には多くの知り合いが亡くなりました。直接知らない人でも、友人達も多くの友達や家族を亡くしており、胸が痛みます。20代の始めに、年を取ると言うことはそれだけ他人の死に多く接することだと実感して以来、毎年、この数は増えてきています。また病気をしている人も知り合いに増えてきました。

人生は短い。それだけに、もうネガティブな人や意地悪な人とつきあう時間はありません。その代わり、本当の友達を大切にし、長年会っていない人とはどんどん会うようにする、社交辞令じゃなくて、マジです。

3) 自分にしかできないことをする

今年の半ば頃、やってくる仕事やボランティアを全て受け入れ、あっぷあっぷしていた時期に、友達に言われた一言ではっとしました。「でもそれって、誰にでもできる仕事だよね」

上の 2)にも繋がりますが、それ以降、何かを頼まれて迷ったら、「これは自分にしかできない仕事か?」ということを自問するようになりました。他の人にできる仕事だったら、あえて自分がする必要ないですよね。

2017年の振り返りは以上ですが、2018年の3つのキーワードは以下です。

この数年、友人のChris Broganの例にならい、私も毎年フォーカスする言葉を3つ考えています。

2015年は Create, Cooking, Compassion

2016年はCuriosity, Courage, Believe

2017年は Faith, Create, Joy

2018年の言葉は、MOVE, STORY, そして COMMUNICATEです。

MOVE

2017年はオタワやバンクーバーに出向いて様々な方と出会うことができました。やはり自分が動かないと新しい出会いも、面白いプロジェクトもないということで、MOVEを選びました。これにはもちろん運動しろという意味も込められていますw とりあえず、2018年最初のプロジェクトは、日本でのビデオ撮影旅行なのでキーワードに沿っています。

STORY

2017年半ばからポッドキャストやラジオを聴くことが断然増え、そのうちそれぞれのラジオプロデューサーに興味を持ち始め、年末には地元のラジオ局でもボランティアも始めました。なぜ自分がそんなにラジオに惹かれるのか?と考えていたのですが、それは私の好きな様々な番組がストーリーを聴かせてくれるからです。ストーリーテリングも大好きですし、もちろん本でも映画でも、ストーリー性のあるものに惹かれます。2018年は、いかにして人を惹きつける、意味のあるストーリーを語るか、が鍵になっています。

COMMUNICATE

3つめのキーワードが一番考えつくのが難しいと自分では思っているのですが、これは残りの様々な、私がやりたいことー「書く」ことや「聞く」ことーをまとめたキーワードになっています。書くこと、アウトプットすること、人の話をしっかり聞いて、インプットすることーこれらは全てコミュニケートという言葉で総括できると思います。一昔前にはエンゲージメントという言葉がバズワードでしたが、バスワードで終わらないよう、しっかりとみなさんと対話していけたらと思っています。

長くなりましたが、今年最初のブログでした。

本年もどうぞよろしくおねがいいたします。