ウィメンズマーチ - Day 24

今日はウィメンズマーチの日だった。実はすっかり忘れていて、今朝偶然ニュースを見て思い出した。急いで着替えて、一人でダウンタウンへ向かった。

州議事堂にみんなで集まり、スピーチを聞いてから、市役所のあるダウンタウンのセンテニアル・スクエアまで歩く。

集まったのは何人くらいいたのか、ちょっと見当がつかないけど、数百人はいた。スピーチは残念ながらよく聞こえなかったけど、ファースト・ネイションズ(カナダの先住民)の女性だった。

州議事堂からセンテニアル・スクエアまでは普通に歩けば10分程度だけど、数百人で歩くので、その分時間がかかった。幸い天気は良くなり、日も差して美しい。周りは知らない人ばっかりだったけど「良いお天気になったね」などと皆でニコニコ。写真を録ったり、ビデオを録ったりしている人も大勢いた。

センテニアル・スクエアに到着後もしばらくみんな写真撮影したり、面白いプラカードの写真を撮ったり、何かの活動をしている人はそのビラを配ったりしていた。

最初とは別の先住民の女性のスピーチでは、「私は65になるけど去年は10回以上逮捕された。一人で外を歩く時も、若い女性のようにいつ襲われるかびくびくしていなければいけない。実際に襲われたこともある。先住民への差別は今すぐ止めるべきだ。It’s not women’ march if you don’t include indigenous people」と言っていたのが印象的だった。

男性や子供も沢山いた。いくつかあったブースでは、女性に対する暴力に対して声をあげる男性の団体もあり、多くの男性が聞き入っていて頼もしかった。

偶然、職場のマネージャーにも会った。彼女はレズビアンなんだけど、こういったアクティビズムの場で会うのは初めて。彼女も1人で来たらしく、「私メンタルヘルスの問題があるので(これは今日初めて聞いた)こういうイベントに参加するのが辛いこともあるけど、このイベント(ウィメンズマーチ)はみんなインクルーシブで、特に対立とかも無いし、温かい感じですごく良いと思う。アクティビズムに参加するのは私にとって大切なことなので、1人だけど来たの」と言っていて、私も激しく同感であった。これまでは彼女とは職場で一緒に仕事をして、時々冗談を言い合う仲だけど、こうやって仕事の外のアクティビズムに関して話す機会があって、少し彼女と親しくなれた気がして嬉しかった。

トランスジェンダーの女性。トランスの女性もウィメンズマーチには歓迎される

私も1人で来たけど、きっと知り合いに会うだろうと思っていたし、もし誰も来てなくても、周りの人達がいつも良い人なので、緊張しない。

私は英語のSolidarity (結束)という言葉が好きだ。

ウィメンズマーチに来ると、いつもこの言葉を思い出す。

世界を変えるのは女性だといつも思っているし、今日はその良いリマインダになった。

行き詰まったら – Day 23

何度も経験していることだけど、また停滞期ぽい感じ。こういうのはサイクルだと思うので、最近はそこまで真剣に落ち込んだりはしないけど、やはり「はあ〜(ためいき)」となる。

しかしさすがにこれまでの経験で少しは学んでいるので、そういうときは自分から外に出て人に会うことが大切だと思っている。

RPGゲームでも、行き詰まったらとりあえず外にでて人に話すと、新しい情報やアイテムが得られるのと同じ。

今日はたまたま企画中のイベントに関するミーティングがあった。イベントのオーガナイザーと、彼が経営するカフェで話していると、一見さんのお客さんが入ってきた。いかにも西海岸のヒッピー・バックパッカーという恰好の彼は、「ここ初めて来てちょっと緊張してるんだけど、君たちジャッジメンタルじゃなさそうだから、色々教えて?」と言ってきた。私も「私はスタッフじゃないですよー。ただのお客さん。私もお茶のこと素人ですよ」などと話が弾んだ。日本に住んでいたころの自分だったら、絶対に「何この人、変。関わらないでいようっと」と思っていたタイプの人だ。

昔の私は、超オープンな人、積極的な人、英語でいう”In your face(押しの強い)”人はすごく苦手だった。笑ってごまかすことが多かった。

ブレネー・ブラウンの本を読んだ今なら、過去の自分をみてわかる。苦手だったのは、積極的な人はわたしをヴァルネラブルな(もろい)気分にするからだ。同じテンションで返すことができないので、どう対応していいのか分からず、恥ずかしく(Shame)なるのだ。

ブレネーの本を読むようになってからは、何が自分のShame トリガーかと言うのが分かってきたので、テンションの高い人や、押しの強い人に出会った時、または逆にカリスマのある人や初対面の人など、自分が緊張してしまい、思わずShameに走りそうになるときは、心の中で、自分に Be open. Be open.と言うようにしている。

自分の知らないネタを振られて、対応できずに恥ずかしい時、

自分よりテンションの高い人に話しかけられて、焦る時、

自分よりずっと才能のある/尊敬する人に会って、ドキドキしてしまう時

いつも、自分に、Be open. Be openと言う。

隠れないで、ありのままを見せること。深呼吸して、その人をそのまま受け入れること。オープン。

この日も、カフェのオーナーとイベントについて2人で話し込んでいた時に入ってきた彼は結構テンションが高かったのだけど、心を閉じて「私達ミーティング中なので。。。」などという閉じた対応をせず、心を開いて、彼が言っている話をちゃんと聞いて、話をした。

そのうち、彼はお茶を選び、自分の席に座ったので、私とカフェのオーナーは、イベントのミーティングに戻った。イベントの宣伝のために写真とかビデオ、簡単なので良いから撮らない?お客さん減ったらパパッと私のiPhoneで撮ろうか、という話をしていたら、先ほどの彼が私達の方にやってきた。

「これ僕の名刺なんだけど、僕まだビクトリアに来て日が浅くって。写真とビデオの仕事をしてるんだ。」

というので、思わず私達二人は顔を見合わせた。

ちょうど、ビデオ撮ろうという話をしていたので。

彼は「悪いけど話の内容聞こえてたから、何かできることあったらと思って。。。これ僕の写真」とインスタグラムの写真を見せてもらったけど、ポートレートが好きらしく、ホームレスの人の写真など、はっとするような鋭い写真だった。

なんでも彼はトレイラーに住み、旅をしながら写真を録り、ビデオを録り、バンドもやっているそうで、その場でイベントのチームに入ってもらった。

こういうのを縁っていうのかな。

彼がカフェに入ってきた時に、心を閉じて会話をしていなかったら、起こっていなかった展開だ。

もらった名刺に載っている彼のメールアドレスを見たら、最初の部分が

Beseen@…

となっていた。

Be seen.

隠さずに、ありのままの自分を見せること。

こういうことがあるから、行き詰まったら外に出るに限る。ほぼ毎回100%の割合で何か起こるから。

Be seen.

でも答えはきっと -Day 22

今夜は最近知りあったばかりのすごくカリスマティックなアーティストのイベントへ行ってきた。

ただのアートオープニングではなく、みんなで輪になって座りアーティストの話を聞いたあと、自由に意見交換。

先住民のアーティストだったのだが、彼はここ(ビクトリア)出身ではないので、自分の出身でない場所で創作を続けることについて色々話してくれた。

ある女性は、アメリカ出身、ナバホ族の先住民だがカナダに住んで7年になるとかで、自分の土地でない場所で先住民アーティストとして創作することに関して、いろいろと葛藤があると話していた。

ふと考えてみると、私だって日本人で日本語でブログを書いたりポッドキャストを作ったりの創作活動をしているけれど、私が住んでいるここは私の土地ではない。

色々考えさせられた。

アートはやはり多くの人の人生にとって大切であるということ。

アーティストはみんな様々な葛藤を抱えているということ。

自分の造ったものが気に入られなかったらどうしよう。

というか気に入られようと思うこと自体多分だめなんだろう。

自分の土地でない場所で製作をする権利があるのだろうか。

自分の造っているものは価値のあるものなのか。

みんな考えている。

でも答えは、きっと、造り続けること。









メンタルヘルスデイ- Day 21

昨夜は遅くまで起きていてあまりよく眠れず、今日はぐったりして起きた。息子が風邪をひいて2日も学校を休んでいるのだけど、今日まで休ませることに。

うつというわけではないけど、今日はうんざりすることがあった1日だった。自分が小さく思え、誰も自分のことを気にかけてくれず、自分がやっていることは無意味に思える、そういう日。疲れているのもあったので、メンタルヘルスデイを取ることに。

でも数日前に書いたように、少しづつこれまでよりは考え方が進歩しているような気もする。うんざりするし、嫌なんだけど、それでも「これは嫌だし大変なんだけど、なんとかやってみよう。辛いけど、できるはず。物事を個人的に取らず、できるだけ人に聞いて、ベストを尽くそう」と思えた。

なので、今日1日特に何を達成したわけでもないけど、自分はそれでも「充分 (Enough)」だといたわり、今日はゆっくりやすむことにする。最終的にはこれはwinだと自分では思っている。

今日聴いたポッドキャストで良かったのは老舗ポッドキャストRadiolabの最新の “Punchline” というエピソード。スター選手でもなく、ケンカ担当のNHLプレーヤーが、ひょんなことからオールスターゲームに選ばれるという嘘のような本当の話。アンダードッグ(敗残者)の話、大好き。

トキシック・マスキュリニティ(有害な男性性)とリスク – Day 20

剃刀のジレットのToxic Masculinityに関するCMが物議を醸しています。Toxic Masculinityとは有害な男性性のことで、競争主義、暴力主義そして男尊女卑の考えなどがその主たるもので、最近では#metooムーブメントのおかげで、Toxic Masculinityに女性も声をあげるようになってきました。

ジレットのコピーはこれまで長いことThe Best a Man Can Get「男にとっての最高のもの」といった意味で、業界トップの剃刀ブランドでしたが、今回の新しいCMではThe Best A Man Can Beなり得る最高の男」といった意味のコピーで、これまで「普通」とされてきた男性性ー女性に道端で声をかける(キャットコール)、ケンカをする、弱い者いじめをする、女性に手を出したり、もしくは女性をネタにした下品なジョークを言う、、、などのToxic Masculinityは果たしてベストの男のありかたなのか?を自問しています。

CMの後半では、今までずっと使われてきた言い訳「Boys will be boys」などが、ようやく最近になって変わってきたことを示し、ドラマ等で人気の俳優テリー・クルーズ(私も彼は大好き)が「我々は、男性(がやったこと)の責任を追求しなければだめだ」と言っているクリップや、キャットコールをする友達を止める男性、ケンカする子供を止める父親、娘に「私は強い」と教えている父親など、ポジティブな男性性を示しているシーンを見せ、これが「我々がなり得るベストな男の姿なのだ」としめています。CMの最後には、そういった「ベストな男の姿」をみる小さな男の子達の姿。そう、彼らが今の男性達を見て学び、大人になっていくのだから。

私は素直に感動しました。

もちろんこれが結局はCMで、感動させる為に作ったものだというのもわかります。ジレットの親会社のP&Gはオリンピックのたびに、オリンピアンの選手を支えてきた世界中の母親達をテーマにしたCMを作り私も毎回泣かされています。

CMって、そういうものでしょう。

でも今回このCMが配信されて、意見は真っ二つにわかれました。「ただでさえ男の立場が危ういのに、こんなCMを作るとは何事か。2度とジレットの商品は買わない」とボイコットを表明する男性陣が続出しました。

ジレットは大企業なのでこのCMの企画の時点で充分このような反応も予想していたでしょう。顧客の半分をこのCMのおかげで失うリスクがあったとしても、それでも決行したジレットによくやった、と言いたい。

ブレネー・ブラウンのRising Strong立て直す力)の中に

Integrity is choosing is courage over comfort, choosing what is right over what is fun, fast and easy. という文章があり、私も大好きな部分です。誠実さとは、快適さよりも勇気を選ぶこと。楽しくて、早くて簡単なことより、正しいことを選ぶことだ、という意味です。

今回ジレットは、顧客を失うとわかっていても、あえて正しいことーtoxicでない、最高の男でいようーと声を挙げたのです。私はできるだけリスクを取る側でいたいと思います。いつまでも守りではやっていけないから。リスクを取る勇気のある人を応援したい。

Toxic Masculinityでもうひとつ。今日ちょうど聞き終わったポッドキャストのシリーズが、元アメリカNFLプレーヤーで殺人事件を犯し最終的に逮捕されたものの自殺してしまっアーロン・ハーナンデスを題材にしたGladiatorというポッドキャストでした。

近年、フットボール選手が暴力事件を起こすことが問題になっていますが、このポッドキャストでは、ハーナンデスがいかにToxic Masculinityに脅され、常に一番タフな男でいないといけないと強迫感にとらわれていたこと、そして度重なる頭部への打撃による脳への障害について語っています。アメリカではフットボールはともすると宗教ともいえるほど人気のあるスポーツですが、スター選手としての地位と名声とお金と引き替えに、脳に障害を受けるのは、私にはあまりにもリスキーな気がします。上で私は常にリスクを取る側にいたいと書きましたが、健康をリスクにするのはやりすぎだと思うのですが、そう思ってしまう私は偽善者なのかしら?

価値観を知ることがその人を知ること – Day 19

引き続き、ブレネー・ブラウンのDare to Leadを読んでいるのですが、価値に関してさらに興味深い内容が。

自分の価値感とは、自分にとって最も大切なもので、それを最大でも二つに絞ることでブレない人生を送れる、というものですが、ここに来て、自分の親しい人(配偶者とか、友達とか)の価値を知っていることも非常に大切だ、とあります。あなたは、自分のパートナーや子供達、友達の価値観を知っていますか?

この本はまだ邦訳がでていないので英語版のみですが、本文208ページから引用すると、(太字は私がつけました)

Another example of how value sharing strengthened a relationship was with my friend Chaz. To be honest, We’ve know each other for so long, I wasn’t sure that any more connecting was possible. But when he left his job as CFO at a very successful ad agency to come work with me, there were some difficult shifts. During our values exercise, I learned that one of his values is financial stability. Now, you’re probably thinking, That makes sense- he’s your CFO and one of your closest confidants. But honestly, I had no idea. And when I wanted to take big risks or make large investments in new business, I made up the story that he was pushing back and asking a million questions because he didn’t trust me, or because he thought his job was to talk me out of stuff. When I learned the it was his value-not just his job- I wanted to cry. In that moment it became one of my favourite things about him. I trust him so much I could cry just writing about this. We don’t fully see people until we know their values.

とあります。要約すると、ブレネーはとても親しい友人で有名な広告代理店のCFOをしていたチャズを自分の会社に呼ぶのですが、新しく同僚として仕事をしてみるとぎくしゃくすることが多かったそう。でも彼の最も大切な価値が「財政の安定」であると知ったとき、思わず泣きそうになったと言います。何故かというと、ブレネーは新しいプロジェクトに投資したい時やリスクを取りたい時、チャズが反対するのは彼がブレネーを信用していないから、もしくは彼がブレネーに反対するのが彼の仕事だと思っているに違いないと勝手にストーリーを造り上げていたからです。

経済的な安定がもっとも大切なことであるのなら、チャズが慎重になるのも理解できます。自分で勝手にストーリーを造り上げてしまうことの怖さはブレネーの本、Rising Strong(邦題は「立て直す力」)で学び、私もブログに書きました。とても重要なレッスンだと思うので興味のある方はぜひ本を読んでみて下さい。

私もみなさんにとって重要な価値観を知りたいです。その人の価値観を知ることイコールその人を知ることだと思うからです。価値観のリストはここからダウンロードできます(英語)。以前のブログでも書きましたが、沢山あって迷うかもしれませんがこのなかから、最大でも二つに絞れるまでじっくり考えてみてください。二つに絞れたら、それが何かコメント欄で教えて下さいね。

いつも見守ってくれてる – Day 18

今日は父の7回忌でした。もう7年も経つのか、と少し驚くとともに、自分は何も変わっていないなあと、成長していない自分に気づいたりして。

父が亡くなった時のことは、英語ブログで書いています。

父が亡くなったあと、2014年の9月27日に起こったことをお話しますね。

その日、私は友人のアリスが主催するベリーフィットのダンスイベントに観客として参加していました。その日は朝からLadies Leaning Codeという女性のためのプログラミングのイベントにも参加したので、正直かなり疲れていたのですが、取りあえず、友達のイベントなので、顔だけでもだそうと会場へ向かいました。

ステージではベリーダンスやバングラやボリウッドなどの楽しいダンスが繰り広げられ、私は疲れも忘れて見入っていました。

休憩時間に、久しく会っていない友人のリンジーに会いました。久しぶりなのでハグして、最近どうしてるの?などという他愛のない話をしていたのですが、突然彼女が、「ちょっと個人的なこと言ってもいい?」と聞いてきました。急に改まった口調のリンジーにびっくりしつつも、なに?と聞くと、「あなたのうしろにお父さんが居るのを強く感じる」と言われ、そこで私は涙が止まらなくなってしまいました。

私は霊感などほとんどなく、誰かや何かを「感じる」ことはまずないのですが、リンジーによると、「あなたのすぐ後で見守るようにしているのが感じられる」と言われ、確信しました。

だって、私のお父さんだもん。

いつも見守ってくれてるよね。

ありがとう。

笑顔のひと – Day 17

今日は、古い友人を偲ぶ会でした。いつも笑っている人でした。よく、彼女の家で髪を切ってもらって、その間、いろんな話をしました。私より年上だった彼女には、つらい時期に、いろいろと相談に乗ってもらったこともあります。でも本当に、いつも笑っている人でした。

私は、都合があう限り、お葬式やお別れの会には参加するようにしています。そんなに親しくなかった人でも、敬意を表して、必ず行くようにしています。愛する人を失った哀しみはそう簡単に癒えないと思いますが、故人にお別れをしにいくのが最低限私にできることだと思うので。

そして、そういうのってやっぱりみんな覚えているんです。私も父を亡くしているので、誰が来てくれたか、誰が声をかけてくれたか、誰が手伝ってくれたか。そういうご恩は私は絶対忘れません。

英語のブログに書いたのですが(何故かこのトピックでは日本語には書いていない)、おめでたい時、つらい時、友達のところにshow upするのって本当に大事だと思います。

Show upって、簡単に訳すと、姿を見せること、ですが、本の出版記念パーティに行くとか、お葬式にでるとか。

実際に行くことで、サポートの意思表示になっていると思うんですよね。私は2018年のまとめにも書きましたが、小さなコミックブックショップの奥の小部屋で生まれて初めての水彩画展をやったとき来てくれた友達は、絶対忘れません。私にとって大事なことを、彼女、彼らもわかってくれていた、というのが伝わったので。

そして、show upしたら、さっさと帰ったりしないで、できるだけ時間を過ごすのも大事。

今日の会では懐かしい友達にも久しぶりに会えて嬉しかったです。今日来ていたみんな、彼女を通したご縁で集まったんだよね、としみじみ思いました。きっと、どこかからニコニコして見てたよね。

あなたが虚しく過ごしたきょうは -Day 16

友達と新年会をしてワイワイ楽しんだあとに帰宅して今これを書いていますが、お酒も飲んでいないのに今日はなんだかしんみりした日でした。哀しいわけではないのですが。

SNS上で繋がっていた知り合いが、癌で亡くなりました。数年前、カンファレンスで一緒になって以来、Twitterでフォローしあっていた人ですが、友達をいつもサポートする、素敵な人でした。亡くなる数日前までTwitterで普通につぶやいていました。We will all miss you.

他にも、今週末は感情的になるイベントが続けてあるので、今から少しそわそわしています。いろいろ、思うことがあります。それは、また後日。

まだ1月の11日なので、新年の抱負ハイのようなものにまだとりつかれているのかも知れないけど、今まで大変だったことが、今年になって、ようやく理解できた気がします。

今までは、大変なことが起きると、慌てたり、心配したりしていましたが、今年は、何故か悟りの境地(?)で、これもすぐに去る、と落ち着くことができるのです。

「あなたが虚しく過ごしたきょうという日は、 きのう死んでいったものが、あれほど生きたいと願ったあした」という言葉がありますが、今日がどんなに辛くても、少なくとも私達はまだ生きています。それがようやく理解出来た気がします。

帰宅してメールを見ると、今度プロジェクトを一緒にさせていただく、ある尊敬する方からメールが来ていました。

このプロジェクトは短編映画なのですが、普通の映画のエキストラとは違い、ギャラがでません。そう、ボランティアなのですが、この監督さん、以前お仕事をした時から惚れ込んでしまうくらい尊敬できる人です。まず、エキストラの人物全員に名前を聞いて、名前を実際に覚えてくれます。そして、指示するときは名前で呼ぶ。

それだけです。それだけなのに、惚れましたw

それだけ、そんな簡単な事をしない人が他に多いということでしょう。

なので、数週間前に、「ギャラは出せないけど、○○監督がボランティアで参加してくれる人を探している」というメールが来た時、私はすぐに飛びつきました。いわゆる、ソーシャルカレンシーというのでしょうか。「この人のプロジェクトだったら喜んでボランティアする」と思わせてくれたのです。

通常、エキストラの仕事をするときは、台本もまず見せられませんし、言われたことを指示通りにやるだけです。

今日監督から来たメールでは、これがどういう映画なのか、何故彼が低予算でも自費でこの映画を製作したいと思ったのかが綴られていました。私は、こういう人になりたい。うーん、なれるのだろうか。

人生は短い。だから好きなことをして思いっきり生きます。

もう黙らない。 - Day 15

#metooムーブメントのおかげで、セクハラや女性蔑視に声を上げる女性が増えてきましたが、日本は海外の女性に比べてもさらにひどい扱いを長年耐えてきました。会社のマスコットからタブロイド紙まで、日本は女性をモノとして扱う現象にあふれ、女性側としてもある意味麻痺してしまっている状態です。

ポッドキャスト はみだし系ライフの歩き方でも、フェミニズムに関する問題は何度も取り上げています。いくつか例をあげると:

第2 回 レディーファーストと「旅館おひつ問題」: 旅館にいくと何故か必ずおひつが女性の前に置かれるのは何故か。

第3回 どう思う?女人禁制と男女共有トイレ: 大相撲で緊急時に土俵に上がった女性に「女性は降りて下さい」とアナウンスした件。ビデオをみると、男性はなにもせずにみているだけのところ、女性がてきぱきと対応しているだけによけいムカつく。

第6回 カナダバツイチ家庭事情とセカンドレイプ : セカンドレイプというのは和製英語ですが、TOKIOの山口達也が高校生を部屋に連れ込んだ事件で、「ついていった方が悪い」と女子高生を責める世論が多かった件。WTF。

第14回 「日本の秘められた恥」、性暴力: これは2018年のエピソードの中で私も個人的に一番印象に残った回。ジャーナリストの伊藤詩織さんのレイプ告白が最終的に不起訴処分になった件ですが、BBCが 「日本の秘められた恥」 としてドキュメンタリーにしました。

第19回 東京医大女子差別問題と、私たちにできること: 東京医科大学で女子生徒を不合格にしていた事件、この回で「こんなことは以前からあった」とする女性達に、そういう意見が女性蔑視、性差別を助長しているのだと怒りを覚えました。下にも書いていますが、「前からあった」うんぬんというコメントは「だから何?」「じゃあなんでなにもしなかったの?」「なんで何も言わなかったの?」と怒りしか覚えません。

こうリストに挙げていくだけでもふつふつと怒りが蘇ってきますが、ほんとうに、ポッドキャストのネタになる事件が多すぎます。ほぼ毎週、何か怒れる事件が起こる日本ってどうよ。

そして今週も、2件怒れる案件が。

最初は週間SPA!で発行された女子大に関する記事について。これも「あんなのタブロイドなんだから向こうのいちいち怒ってられない」とか「無視」という意見はもう言っていられないと思うのです。

もう一つはNGT48の山口真帆さんが暴行を受けたのにマネジメントが何も対応しなかったとのこと。NGT48というグループも、山口さんのことも今まで知りませんでしたが涙ながらに訴える山口さんをみていて本当に辛い。

これだけでもひどいのに、なんと山口さん本人がライブで謝罪したとか。はあ?被害者が謝罪って、、、、、ありえない。

NGT山口真帆さん謝罪にネットで疑問の声 元NGT北原里英さんも「絶対に間違ってる。もう本当に悲しい」(Buzzfeed)

ネットではマネジメントの辞職を訴える署名運動も始まっています。

いろいろと頭にくる案件ばかり紹介しましたが、それでも望みはあります。

TwitterでKazuさんのこのビデオを見て、若い世代にはどんどん声をあげていってほしいなと嬉しくなりました。

応援しています。

そして、私もビデオを投稿しました。

お友達のエミコさんも投稿してくださいました。ありがとうございます。

昨日収録した、「はみだし系ライフの歩き方」でもこの件に関して話しているので、アップされたらココにも載せますね。(今編集中)

日本の女性のみなさん、黙っているのはもうやめませんか。

差別されたら、セクハラされたら、声をあげましょう。そうしないと、何も変わりません。

#黙らない女たち #StandUpJapanで、サポートお願いします。