視聴者とリアルタイムで交流できるビデオアプリ、Periscope

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(このポストの英語版はこちらです。)

先週、ツイッターから新しリリースされたビデオストリーミングのアプリ、Periscope。SXSWにて大いに話題になったものの、実際の人気は空回りしているMeerkatのライバルアプリとして注目を浴びています。

私も両方のアプリをダウンロードしましたが、私は断然Periscope派。

現在の時点ではiOSのみで使えるアプリですが、Twitterでログインして、すぐに誰でもその場でストリーミングができるということで、新しいニュースソースにもなるのでは、と話題になっています。

Meerkatも、SXSWで一気に知名度が上がり、これは次のヒットアプリになるのでは?と憶測する記事も多く見られましたが、これも先日のelloやTsuのような、ハイプで終わりそうな感じです。

さてこのPeriscope、何故私が注目しているかというと、次のヒットアプリになるとかそういうことではなくて、単に面白い、楽しいから、です。

2013年にVineが出てきたときにも書いていますが、特に何の問題解決をしていなくても、ユーザーが楽しい、と思えるアプリなら成功する可能性は充分あります。Pinterestなどがその良い例でしょう。

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2015年世界征服サミットの最終チケット販売開始

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WDS(World Domination Summit-世界征服サミット)に関しては、このブログでも何度も取り上げていますが、最終ウェーブのチケットが今日販売開始になりました。

こちらから購入できます。

現在の時点では225枚のチケットがあり、これが売り切れた時点でもうチケットの追加販売などはありませんので、どうしようか迷っている方はお早めに!

今年で5周年を迎えるWDS、例年にまして盛り上がると思うので、とても楽しみです。

チケット販売が終わったあとで、すべてのスピーカー、アクティビティ、またアカデミーと呼ばれるセミナーの内容が発表されるようですが、現在の時点で公表されているスピーカーはKid President! 2013年に大統領の格好をしてすべての人に送る応援メッセージの動画で世界中で大ヒットしました。

もうひとり、私は個人的に超〜楽しみにしているスピーカーがJames Altucher。彼はもともとヘッジファンドの人で、日本では「ヘッジファンドの錬金術」という本が出ているようですが、20近いビジネスを起ち上げ、そのうち半分以上失敗しているけどもそれでもチャレンジをやめない、すごい人です。私は彼の最近の著作「Choose Yourself!」(これ、日本語訳出てないみたいですけど、訳してみたい。。。)を読んでとても感銘を受けて以来のファンです。典型的な天才タイプで、ちょっと普通の人なら思いつかないような事をいつも書いています。

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型にはまった世の中で、いかにして素晴らしい人生を生きるか?

がテーマに担っている世界征服サミット。年々日本から脱出して参加される方も増えています。

ポートランドでお会いしましょう!

頭のなかの自分

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この数日間、ちょっと落ち込んでいました。

自分が常に人に言っていることが、思いっきりブーメランで自分に返ってくることがあります。
「他人の言っていること、やっていることは気にするな。自分のことだけに集中しろ」と。
良い意味でわがままになれと。

でもこの数ヶ月、ちょっとしたスランプ状態だった私は、仕事で大成功している友人や、素晴らしい大舞台に立っている友人を見て「私はとてもじゃないけどあんなにはなれない」と感じていました。何故自分はあんなに活躍できてないのか、と自己嫌悪に陥ってしまったり。

これが自分の心にグサっと突き刺さるときと、かすり傷程度で済むときがあります。

この数日は、かすり傷ではすまない方でした。

「何故私は他の人のように普通の仕事ができないのか」「いい年していつまでも何をやっているのか」

などという、「頭の中の自分」に叱責されたことがあるのは、私だけではないと思います。

そうして思わずFacebookで弱音を吐いてしまったのですが、沢山の友人や、尊敬している先輩に暖かい励ましをいただいて、思わず涙ぐんでしまいました。

中でも特にはっとしたのが「停滞は飛躍の前の準備期間」「ジャンプをする前にいったんかがむようなもの」というコメント。自分でも知らず知らずのうちに焦って、空回りをしていたんですね。

私が敬愛するブレネー・ブラウンがよく書いている「欠乏感」というものと同じです。

朝起きて最初に思うことは「睡眠が足りない」そして「時間がない」そしてそれが「お金が足りない」「運が足りない」「幸せが足りない」となり、きりがありません。

私も、そのような欠乏感と焦りにとらわれ、それがさらにいらだち、自己不信などに繋がっていっていたようです。

このような場合の一番の対処法について、ブレネーは「Give Gratitude」つまり感謝の気持ちを持つことが大事であると説いています。私も、自分はなんと素晴らしい友人や先輩に恵まれているのだ、と気づき、思わず目頭が熱くなったのでした。

この日、ほんとうに偶然なのですが、エリザベス・ギルバートのFacebookページにて、Rayya Eliasという作家(二人は親友らしいのですが、Rayaaの名前は私も今回初めて知りました)と共にシドニーのオペラハウスでやった対談のビデオを見ました。ギルバートは「食べて、祈って、恋をして 」の世界的ベストセラー作家ですが、その後も不完全ながらも人間らしく生きよう、と読者やファンに語りかけ続け、圧倒的な人気を未だに誇っていて、私も大ファンです。私は彼女が創造性について語ったTEDトークが大好きで、今でもよく見返しています。

Rayyaは実はドラッグ中毒者という過去があるそうで、その当時のことを書いたメモワールを出版し、今は作家として成功している人だそうですが、ビデオの始めの方で、彼女が書いたエッセイを朗読しています。ビデオ自体一時間近くあるので、全部見る時間がないという人はせめて彼女のエッセイを聞いてみて下さい。(4分10秒あたり)

Dear Head、で始まるエッセイは、Rayyaが自分の頭に対して語りかけるという手紙形式を取っています。「あんたの頭の中に居るのは、どんな危険なエリアを夜一人で歩くよりも最悪だった。特に私が一人の時は。」「なぜならあんたの頭の中にいるということは、どんな事をしてでも、自分はこの皮膚の中に存在する価値がないくだらない負け犬だと自分を説得することを意味したから」どこに居たって、他の人たちは常に自分より頭が良く、教育もあり、才能のあるアーティストやミュージシャンで、自分だけが誰よりも劣っている、と感じていたというRayaa。

ドラッグにはまり公園のベンチで寝泊まりしていた時にお姉さんが助けに来てくれ、ホテルに泊まったそうなのですが、彼女の「頭」が「自分は助けられる価値のない人間だ」と自分を説得したため、お姉さんが寝ている間にホテルを抜け出したというエピソードを正直に語っています。

その後ドラッグをやめ、音楽や芝居をプロデュースし、本も出し、一見すると平和で幸せな人生のようですが、Rayaaはそれでも「頭」のネガティブな語りは続くと言います。シドニーのオペラハウスでトークのイベントの招待が来たときも「私はこんなイベントに招待されるにふさわしい人間なのか」「尊敬する友人とステージに立つなんてできるのか」と不安がよぎったと言います。
他の人のことはわかんないけど、こういうことは私にはしょっちゅうあるの」というRayaa(私も!)。

頭の中のネガティブな語りというのは誰にでもあるものだと思います。このRayyaのエッセイでとても良かったのは、最後の締めが「今となってはあんた(Headのこと)からの挑戦を受ける準備はできているわ。Remember, Head, I &%$king own you.」 となっているところ。ネガティブな語りは簡単に止めることはできないと思いますが、少なくとも、それに反抗する勇気があれば充分だと思うのです。ネガティブな考えが頭をもたげてきたら「そうかしら?あなたが正しいとどうして言えるの?」と問いかけましょう。それが最初の一歩。そして、愛する友人や家族の励ましの言葉を思い出して下さい。こんなに沢山友人がいる人が、「生きる価値のないくだらない人間」であるはずがないでしょう?

このあとのトークも「恥の文化」や「創造性」についてとても興味深い、正直な話が続きます。人は誰でも、クリエイティブであると私は信じています。創り出すものはなんでも良いのです – 音楽、アート、文章、写真、社会活動など。 If you’re not creating something, you are destroying something. Usually yourself. (「何も創造していないということは、同時に何かを破壊しているということ。たいていの場合自分自身。」)というくだりもとても印象に残りました(34:00ごろ)

自己不信に陥ったり、頭の中の自分に叱責されたりするのは、誰にでもあることです。
そういうときは、信頼できる友人や家族に正直に悩みを打ち明けるのも良いと思います。でも、「自分の弱い部分や、胸の内をさらけだすなんて、とてもできない」と思う人もとても多いと思います。
でも、愛する友人や家族が何かに対して恥じていたり、自信をなくしている時、人と比較してしまっているとき、決して彼らに同意するということはないと思います。きっと「何を言ってるの、あなたはこんなに素晴らしい人なのに!」と褒めるでしょう?
でも、それが自分の問題となると、とたんに自分に厳しくなりますね。
これをブレネー・ブラウンは「心のもろさ(Vulnerability)のパラドックス」と呼んでいます。
もろさとは、他人の中に最初に探すものであるが、自分の中では絶対に見つけて欲しくないもの
ブレネーは、そんなときこそ、「Be seen」、つまり勇気を出して自分をさらけ出して本当の自分を見せてみようと言っています。私も何回か挑戦して、少しづつ上手になってきました。上に書いたFacebookでの弱音も、意図したものではありませんでしたが、最終的には Be seenされた結果と言えると思います。

少しづつ、一緒に練習してみませんか。

見えない光で繋がっているーAll The Light We Cannot See [001]

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Lifehacking.jpの堀さん、「みたいもん!」のいしたにさんが読んだ本1000冊紹介するというプロジェクトに取り組んでいらっしゃるので私も遅ればせながら勝手に参加させていただくことにします。
今年初の長編は、「洋書ファンクラブ」の渡辺由佳里さんが紹介されていた「All the Light We Cannot See」です。
第二次世界大戦中のヨーロッパ。パリに住む盲目の少女Marie-Lureと、ドイツの孤児院に妹と住むWerner。Marie-Lureの父親はパリの国立自然博物館の鍵技師ですが、目が見えなくなってしまった一人娘のために、住んでいるパリの街角の模型を作ってくれ、Marie-Lureはそれを毎日指でなぞっては地形を頭に叩き込みます。いっぽうWernerはある日、偶然見つけた壊れたラジオを修理して、妹のJuttaと二人でパリから届くラジオ放送を聴き、見知らぬ世界に夢を馳せます。
戦火が激しくなった1940年、Marie-Lureと父親はパリを離れ、やがて親戚のいるフランス北西部ブルターニュ地方にあるサン・マロの街に到着します。Marie-Lureの父親は、身の回りの品だけでなく、博物館からとある貴重な宝石も持たされていました。。。
1934年から始まり、70年代まで語られる、Marie-Lure, Wernerそして彼らの人生を取り巻く人たちの物語です。
このAll The Light We Cannot Seeというタイトルは、Wernerがラジオを通して偶然見つけた謎の老人の科学番組で、「数学的に言うと、すべての光は目に見えないと言える」、と話していたことにもとづきます。盲目の少女と、ラジオ(ラジオの電波も目に見えない光のひとつですね)に惹かれる少年、、、この二人の人生が、まさに目に見えないものに導かれるようにいつしか交差します。
個人的にはサン・マロという街にとても興味を持ちました。ウィキペディアで街の様子を見ることができますが、要塞化された港町で第二次世界大戦でほぼ壊滅状態になったものの、今は観光地として栄えているとか。いつか是非行ってみたい!
このお話は絵になるシーンもとても多いので、近いうちに必ず映画化されると思うのですが、どうでしょう?映画化、して欲しい!
1ページほどの短い章でほぼ交互にWernerとMarie-Lureのストーリーが語られるのですが、時間が行ったり来たりするので気をつけていないと混乱するかもしれません。戦争と欲がいかに人の人生を翻弄するか、という少し切ないお話です。
この本のサイトを見ていたら、この本に関して著者のAnthony Doerr自身が語っているビデオがありましたので興味がある方は見て見て下さい。

日系カナダ人強制収容への抵抗を描いたKiri’s Piano

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先日、日系文化協会での年次総会があり、総会後の特別イベントとして、「Kiri’s Piano」という映画を見てきました。

監督はFrance Benoit(フランス・ベノワ)というイエローナイフ在住の女性ですが、この日は監督本人にも来ていただいて、いろいろとお話を伺うことができました。

Kiri’s Pianoは、カナダのフォーク歌手、James Keelaghan(ジェームス・キリガン)の有名な曲で、キリ・イトウという日系カナダ人女性と彼女のピアノのことを歌っています。(曲を聴いてみたい方はこちら

第二次世界大戦中、カナダ政府は、真珠湾攻撃の後、敵国である日本人を強制的に収容し、Internment Camp(収容所)と呼ばれる場所に移動させました。家や車、土地などの財産も押収され、収容された人数は約二万二千人に上るとされています。このうち多くの人たちはいわゆる一世、二世と呼ばれるカナダ人でした。

ベノア監督は、今は亡きご主人と鉄道旅行をしている最中にKiri’s Pianoのことを初めて知ったそうです。旅行の途中で立ち寄ったウィニペグでデイヴィッド・スズキの講演を聴きに行き、強制収容所の話を涙ながらに話していたスズキ氏を見て感動し、電車に戻ったあと、ご主人の「彼の話を聞いてジェームス・キリガンのKiri’s Pianoを思い出したよ」との一言からこの曲のことを知り、その曲のもとになった話を聞いて彼女もまた大変感銘を受けたとのこと。

BC州西海岸のとある漁村に住んでいたキリ・イトウは暇があればピアノを弾きその美しい音色で子供たちや近所の人たちを楽しませていました。ところが軍事色が濃くなり、夫の漁船は取り上げられ、遠く離れた地へ労働のため送られてしまいます。

子供たちと家を一人守るために残されたキリのピアノの音色は、以前とはうって変わって不安に満ちたものに変わっていきました。やがてキリの家も持ち物も没収されることになり、子供たちと一緒に収容所へ向かうキリ。

キリたちが去っていたあと、隣家の男性が残されたものをオークションに出そうとキリの家に向かったところ、キリの大切なピアノだけがそこから消えていた。。。というストーリーです。トレイラーはこちら。

11分という短い映画ですが、台詞はほとんどなく、ほとんど隣家の男性のナレーションで話が進みますが、このナレーションはそのままキリガンの曲の歌詞を利用しています。

曲を知っている人なら結末はすぐにわかると思うのですが、キリは愛するピアノを守るために、海に落としたというのです。

キリガンの曲の最後の部分の歌詞はこのようになっています。

So many years have come and gone since Kiri’s relocation
I look back now upon that time with shame and resignation
For Kiri knew what I did not that if we must be free
Then sometimes we must sacrifice to gain our dignity

キリが居なくなってもう何年も経つ 今では当時のことを恥と後悔とともに思い出す

キリは私が知らなかったことを知っていた 尊厳を得るためには時として犠牲を払わなければいけないということを

愛するピアノを他人の手に渡して売り払われるよりは、いっそ自分で処理しようというキリの静かながら強い抵抗の念が感じられます。この抵抗ーDefiance というのは私もとても好きな言葉です。

このキリという女性は実在したそうなのですが、ベノア監督によると、沢山の呼びかけにも関わらず彼女に関する情報は全く見つからなかったとのことで、これはおそらく本人が名乗り出たくないか、またはこれは謎として残る運命にあるのだろう、そしてもしそうであればそれはそれで良いじゃないか、というのが監督の意見だそうです。

キリの話は音楽と映画だけでなく、画家のClaire Kujundzicにも影響を与えたらしく、このような絵も見せていただきました。

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キリを演じた女性はトロントの日系ピアニスト、リサ・タハラさん、演技の経験は全くないそうですがピアノは実際にご自分で演奏されて、映画にも使われています。

撮影はすべてイエローナイフで行ったとのことで、イエローナイフの日本人コミュニティにはとてもお世話になったと言っていました。

ベノア監督のお話でひとつ印象に残ったことは、「『日系人の強制収容なんて、この先二度とあり得ないよ』という人が居ますが、本当にそうでしょうか。現在世界で起こっているニュースを見ていると、私にはとても過去のこととして片付けてしまうことができません。歴史は繰り返すとも言いますしね。」

監督のご厚意でDVDをいただきましたので、ビクトリアでこの映画を見たいという方はご連絡下さい。

 

TEDトークをまとめたポッドキャストTED Radio Hour

最近ポッドキャストにはまっていて、暇があるといろいろ聞いています。特に気に入っているのがアメリカの公共ラジオNPR(日本のNHKのような感じでしょうか)。This American LifeなどはNPRの看板長寿番組でこちらもおすすめですが、今日ご紹介するのはTEDトークをトピックごとにまとめて紹介するTED Radio Hour。先日聞いて特に心に残ったのが年末に放送されたJust a Little Nicerというエピソード。

5人のTEDスピーカーの話をクリップで紹介しつつ、各スピーカーとのインタビューも交えた構成ですが、これが毎回深く考えさせられる内容で、とてもいいんです。

この日のエピソードはCompassion(思いやり)。
最初に登場するSally Kohnの仕事は保守寄りで有名なFOXニュースのコメンテーター(現在は主にCNNのようです)ですが、保守層の視聴者が多いFOXでリベラル、しかも同性愛者、プラス女性であることから、視聴者からの意地悪なコメントは後が経たないと言います。「頭悪いんじゃない」など、普通なら面と向かっては絶対に言わないようなことをネットでは平気で言う人が沢山いるそうです。
彼女のTEDトークでは、よく使われるPolitically Correctness(政治的、道徳的に正しいこと)ではなく、Emotional Correctnessが大事であると説いています。何を言うのかでなく、どう言うのか、が相手を説得する際に非常に重要だというのです。彼女はリベラルですが、時として自分以外の意見について否定的だったり、独善的だったりすると反省しています。ところが、政治的には彼女と正反対の意見の保守派の人たちは、一転して、ものすごくいい人が多いのだそうです。
彼女が一緒に仕事をしている保守派の有名なコメンテーター、ショーン・ハニティは、政治的には(彼女から言うと)99%間違っていると思える人ですが、Emotional Correctnessがものすごく高いため(空いた時間にはスタッフをブラインドデートにセットアップしたり、何か困ったことがあれば真っ先に助けてくれる)、そういう人だからこそ、たとえ自分と正反対の意見でも、とりあえず意見を聞こうという気になる人が多いのだと説明しています。

全く反対の意見に対して、あなたの主張は間違っている、と伝える場合でも、誠意を持って会話をすることが可能だ、そしてそれは必要なことであると彼女は言います。

彼女には沢山のヘイトメイルが届くそうですが、中にはとても心温まるメッセージも来るとか。特に嬉しかったのは「あなたの政治的意見には反対だけど、私は人としてのあなたの大ファンです。」というもの。それは彼女が何を言ったかでなく、どういうふうに言ったかが彼の心に響き、だからこそ彼女の話を聞こうという気になってくれたのでしょう。だからこそ、会ったこともないこの視聴者と、通じ合えることができたのだと。

Our challenge is to find the compassion for others that we want them to have us, that is emotional correctness.

自分に対して持って欲しい思いやりを相手に対して持つこと、つまりエモーショナル・コレクトネスを持つことが私たちの課題です。

I’m not perfect. But what I am, is optimistic.

私は完璧ではありませんが、希望は持っています。

思いやりとは何か

二人目のスピーカーは公共ラジオ・ポッドキャストのOn Beingという番組のホスト、Krista Tippett。実は私もこのエピソードがきっかけでクリスタの番組を聴くようになり、大ファンになったのですが、その話はまたの機会に。

クリスタのTEDトークは、Compassion(思いやり)について。

普段から常に人間であるとはいったいどういうことなのか、というテーマで多くの人にインタビューしているクリスタですが、Compassionという言葉には、新聞の『ちょっといい話』欄に載せられる感傷的なものや、または一般の人にはとうてい真似できないような英雄に使われるものというイメージがあると言います。

それではコンパッションを私たちに理解できる言葉で解釈するといったい何になるでしょうか。

クリスタはコンパッションは親切さ(Kindness)と言い換えられると言います。親切さというとあまりにもありふれたもののように思えますが、これは、毎日の生活の中で培われる美徳の副産物であり、またとても簡単に人を喜ばせることができるものであると言います。

コンパッションはまた好奇心が強い(Curious)ことであるとも。思い込みを捨てて、相手を知ろうとすることですね。

共感、許し、和解、そして存在ーその場に居てあげること、姿を見せること(Showing Up)もまた、「思いやり」の表現だと言います。

また面白いのが、思いやりとはまるで語学の習得のように実際に練習することができ、実践すればするほど身についてくるものなのだとクリスタは説いています。

思いやりの科学的背景

科学ライターのRobert Wrightは科学的な見地から、思いやりについて語ります。自然淘汰やゼロサム/ノンゼロサムゲームというゲーム理論に関して彼のTEDトークで触れています。人間というものは、自分に親しい人、自分に有利になる人にまず親切にするようにデザインされているので、他人に思いやりをもつことは簡単ではないと説いていますが、テクノロジーの発達よって、「親しい人」の定義がどんどん広くまた複雑になってきていると言っています。

黄金のルール

元修道女のKaren Armstrongは17歳で修道院に入り、あまりにもそこでの生活か惨めだったためオックスフォード大学でで文学を勉強するために修道院を辞めました。今では宗教の歴史家として活躍しているカレンですが、かつてはかなり毒舌だったそう。「あなたって誰のことも良く言わないのね」と指摘されたこともあるそう。

宗教から切り離されたあとで思いやりを発見したというカレンは、世界中の宗教を研究し始めて、どの宗教も黄金のルールというものを説いていると説明します。「自分がして欲しいことを、他人にしなさい」そしてその反対バージョンの「自分がして欲しくないことを、他人にしてはいけない」。ですが、今でもこのルールを守るのは時にはとても難しいと彼女も認めています。

この黄金のルールは、幼稚園の子供たちに教えるようなルールですが、世界中にはまだ沢山の戦争や対立に満ちあふれています。それはなぜかというと、心優しくなるよりも、正しくあることが重要であると思う人が多いからだそうです。宗教を自分のアイデンティティを強めるために利用している人が多いと。

こころの知能指数

心理学者のDaniel GolemanはEmotional Intelligenceという言葉を作り出した人として最もよく知られています。日本では「EQこころの知能指数」というタイトルで出版されています。

彼のTEDトークは、Empathyについて。

北米では、道ばたでホームレスの人たちがお金を集めているのは珍しい光景ではありませんが、彼らに小銭をあげる人たちはごく一部です。

ダニエル自身はほぼ毎回お金を恵んでいるとのこと。そして彼の質問は、お金をあげない人たちは、何故ホームレスを無視しているのか?ということです。

神学校に通う生徒たちを対象にクラスの半分にはGood Samaritan(善きサマリア人)、つまり見知らぬ人を助けてあげることの大切さ、そして残りの半分の生徒にはランダムな講義を聞かせ、その後別の校舎に向かう途中で、道で苦しんで居る人に出会うとどうなるか、というプリンストン大学の実験があります。結果は、サマリア人の講義を聞いたかどうかと苦しんでいる人を助けるかどうかには全く因果関係はなく、その生徒が急いでいるかどうかが鍵だったと言います。

ダニエル自身も同じような経験があるとのこと。ニューヨークの地下鉄で、苦しんで倒れている人を見かけたそうなのですが、周りの人たちはいっこうに気にとめず、歩き続けていたとのこと。ですがダニエルがその男性に声をかけた瞬間、周りに居た人たちが一斉に助けに集まったそうです。この男性は英語を話せず、お金がなかったため空腹で倒れたのだとわかるとすぐにジュースやホットドックを持ってくる人たちがいました。

ダニエルは、ホームレスの人々は多くの人々の周辺視野になってしまっている、大事なことは彼らに気づくことだと言います。

いちど気がつきさえすれば、上の例のように助けの手をさしのべる人たちは沢山いるのです。

また興味深いポッドキャストがあれば紹介していきますのでお楽しみに。

2014年レビューと2015年の言葉

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この数年、毎年年末にその年を振り返り、翌年の抱負をブログに書く、ということを英語ブログのほうでは続けているのですが、こちらの日本語ブログには書いていなかったので、これを機に始めたいと思います。

毎年、その年の抱負(Resolution)を決める人は多いと思いますが、10日も過ぎると忘れてしまったり、ゴールがはっきりしないために(ダイエットする、など)結果がわかりにくいものもあり、特に私の周りでは「もう、抱負は決めない」とする人も多いです。

私も、その年に達成したいことや、変えるべき生活スタイルなどを挙げ出すととても長いリストになってしまうのですが、単にリストを作っても、達成できないと何の意味もないということで、この数年は1−3つのキーワードを設定して、フォーカスするようにしています。これはブログには書かずに自分の手帳に書いていたのですが、2014年の言葉はStyleでした。スタイルとは、ファッションだけでなく、その人の生き様などにもつかう言葉ですが、自分のスタイルとはどういうものなのか、いろいろ自分なりに考えた1年でした。

2015年の言葉を紹介する前に、世界征服サミット(WDS)の主催者、クリス・ギレボーがやっている年間レビューを私も今年から始めることにしました。WDS同志の堀さんが詳しい説明をブログに書かれていますが、その年にうまくいったこと、いかなかったことを書き出して、翌年へ続ける、というものです。早速ですが、私も書き出してみました。

2014年、うまくいったことは?

うまくいったこと:いろんな場所へ旅していろんな人に出会うことができた

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3月には全日空のバンクーバーー羽田便就のプレスとして東京へ。3日間だけのトンボ帰りの旅でしたが、たくさんの人にランチ会に集まっていただいてとても嬉しかったです。

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4月には夫とワシントン州へロードトリップ、7月には世界征服サミットでオレゴンのポートランドへ行きました。この世界征服サミットで同志の塚越悦子さん、堀正武さん他多くの日本人の友人に再会できたのも今年のハイライトでした。

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撮影:@Mehori

8月にはGeekbeat TVのジョンとカリに会うために初のダラスへ。テクノロジーを使って世界中の人たちとつながっている二人にいろいろ学んできました。

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9月にはバンクーバーにて日系カナダ人団体の年次総会に出席してきました。カナダで生まれ育った日系カナダ人の方々の話を聞き、彼らの抑圧された歴史を学ぶことは、100%日本人、かつカナダへの移民として生活している私にも大きなインパクトを与えました。国籍にこだわらず、日本人を祖先に持つカナダ在住者みんなで協力していくことが大切だと学びました。

うまくいったこと:たくさんの良いご縁にめぐまれたこと

2013年に引き続き、今年もたくさんの良い出会い、または以前から知っている人でもさらにつながりが強くなった方もいて、本当にありがたいです。もともと友人には恵まれている方なのですが、これに甘んじず、謙虚に関係を育んで行きたいと思います。

うまくいったこと:ほとんど病気をしなかった

2014年は殆ど病気で寝込むということがなく、ありがたかったです。ただ寝込むほどではないものの、肌あれや、アレルギー?というような症状があり、健康管理は大事だなと実感。

うまくいったこと:精神面での成長

私は特定の宗教を信仰しているわけではありませんが、毎朝お祈りをするようにして、感謝の気持ちを忘れないようにするという習慣を2013年半ばから始めたおかげでストレスがぐっと減りました。この習慣は2014年は毎朝365日欠かさず続けることができ、悪いことや心配事ばかり考えて夜眠れない、ということも以前はありましたが、今年は殆どそういったことを経験せずにすみ、本当にありがたいと思っています。

それでは第2の問いへ。

2014年、うまくいかなかったことは何か?

うまくいかなかったこと:全体的な仕事の見直し

2014年は自分のビジネスや書き物、パートタイムでの仕事など2,3の仕事を掛け持ちしてましたが、「自分は何をする人なのか」という軽いアイデンティティクライシスに陥り、なかなかフォーカスできませんでした。やりたいこととやらなければいけないことのバランスがとれず、経済的にも苦労しました。幸い2014年後半に軌道修正をして来年以降どのような活動をしていくのかということはわかってきましたが、同じトラップにはまらないよう気をつけたいと思います。

うまくいかなかったこと:人間関係の見直し

幸いにも人数は多くありませんが、今年は数名の友人との関係がぎくしゃくし、距離を置くことになりました。誰にでもあることだとは思いますが、やはりその最中はショックだったり悲しかったりするのです。しかし時間が経つと、実はこれでよかったのだ、と思えるのが不思議です。心の傷は癒えましたが、とても勉強になった出来事でした。

うまくいかなかったこと:行動に起こせなかったこと

やりたいことはたくさんあるのに、実際に行動に起こせなかったことが今年もたくさんありました。本を書く、というのもその一つです。大きなプロジェクトを任されていたにも関わらず、この時期になっても終わらせることができず、とても心残りになっていることもあります。来年は本当にやりたいことだけに集中できるようがんばりたいと思います。

2015年のワード・オブ・ザ・イヤー

2015年の言葉は、数週間前シャワー中に降ってきましたw (私はお風呂に入っている時によくアイデアが浮かんだりするのです。2014年はSTYLEでしたが、2015年はCREATE。

本も書きたいし、ブログももっと書きたい。新しく始めたいと思っているショウもあるので、「もう計画は充分。あとは行動あるのみ」という意味を込めて、ふさわしい言葉だと思います。

実は2015年には二つのおまけワードもあり、それはCOMPASSIONCOOKING。

この二つはメインのCREATEほど重大ではないですが、思いやりと料理はいくらあっても足りないものではないと思うので、この二つもたくさんクリエイトしていけたらと思います。

2014年も本当にお世話になりました。このブログを読んで下さっているみなさんに、すばらしい2015年が訪れますように。

どうせなら、楽しく生きよう


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Twitterで知り合って、この数年仲良くさせていただいている渡辺由佳里さんはライターとしても、女性としても尊敬している大先輩です。本が大好きで「洋書ファンクラブ」というサイトを運営するかたわら、「ジャンル別 洋書ベスト500」「ゆるく、自由に、そして有意義に──ストレスフリー•ツイッター術」などの本も出版していらっしゃいます。

そんな由佳里さんの最新刊が、「どうせなら、楽しく生きよう」という本。最初は電子書籍で発行され、私も読ませていただいた際、「!!!」と、言葉にならない感動を感じたのを覚えています。同じように感動したのは私だけではないようで、このたび、紙媒体でも発行されました。

マサチューセッツ州ボストン在住の由佳里さんのツイートは、毎日のジョギングで見かけるキノコや鹿の写真、現在読んでいる洋書の感想、ご主人と世界中を旅する様子、そして時にはアメリカの社会、政治問題に関するコメントなど幅広いのですが、感情的になることがなく、みんなに公平でいつも明るい由佳里さんに、私は嫉妬ではないものの、「幸せで恵まれた生活をされているようで、良いなあ」という漠然としたあこがれを抱いていました。ねたみや嫉妬ではなく、かといって「恵まれている人は良いわね」という見下した感情でもありませんでしたが、全体的に「いつも明るい、ハッピーな方」というイメージがありました。私も将来は由佳里さんのようになりたいなあ、なんて。

そんな彼女の、「恵まれた人」というイメージが、本書を読んで一変しました。ぜひみなさんに読んで欲しい本なので詳しい内容は書きませんが、家族との葛藤や、メンタルヘルスの面でも非常に大変な経験をされたというのです。

「出世していく夫へのわだかまり」

「真っ黒な海藻がいくつも絡みついてくるような感覚」

「私は、多くの人びとにとって『常識はずれ』のダメ人間でした。」

これらは由佳里さんの体験談のごく一部で、本を読んでいただければ詳しい内容は理解していただけると思いますが、本当に大変な苦労をされたようです。でも、今では「生きるのが楽しい」という由佳里さん。 一体、何が変わったのでしょうか。由佳里さんなりのアドバイスが、15章に渡って紹介されています。 ここで、私の心に特に響いた章をご紹介します。

常識を押しつける人から離れる
私も、由佳里さんのように日本を離れて海外に住んでいる人間ですが、「もう日本には戻れないなあ」と思うことの理由のひとつが、「常識」を押しつける人が少なくないということもあり、この章では多いに同意させていただきました。

助けてくれるのは「常識」にこだわらない人たち

これまでに四つの異なる国に住み、四十カ国以上を訪れましたが、ひとつだけ断言できることがあります。 どこの誰にでも通用する「常識」なんか存在しない、ということです。

このブログでもたびたび紹介しているクリス・ギレボーの最初の本も「常識からはみ出す生き方」というタイトルでしたが、他人の常識に従って生きる理由なんて、どこにもないんですよね。

「勝ち負け」へのこだわりを捨てる
この章では、発売直後から北米で非常に話題になった、「タイガー・マザー」ことエイミー・チュアの本にも触れられています。チュアは「一番になること」を「成功」とみなしているようで、娘たちが学校の成績でA以外の成績をとることを「許さない」と書いて、話題になりました。この章では、由佳里さんは「勝つことにとらわれすぎると不幸になる」と、注意を促しています。

前向きに諦める
この章では母親の目線から、娘さんの体験にも触れられています。特に、娘さんの水泳クラブに関する葛藤は、子を持つ親としては、思わず涙せずには読めませんでした。追い詰められていても、「水泳をやめる」という選択肢があるとは思わなかった、と振り返る娘さんの体験談を読んで、自分の子供だけでなく、全ての子供たちがこのような不安を持つことなく、自分から夢中になれることを見つけて欲しいと願わずにはいられません。

嵐が去るのを待つ
の章でも、思わず胸がいっぱいになってしまいました。どんなにがんばっても、生きるのがつらくて仕方がない時期というのは誰にでもあるようです。かくいう私も、この数年間の間だけでも、本当に辛くて仕方がないという時期がありました。 チャーチル首相の言葉に、「If you’re going through hell, keep going」というものがあります。数年前、父が亡くなってとても辛い思いをして居た頃、ある友人がこの言葉を思い出させてくれました。地獄の中を進んでいる時は、立ち止まらずにひたすら前に進むこと。そうすればいつか必ず通り抜けることができます。暗くて孤独なトンネルの中を、どちらに向かっているのかもわからないような状態で歩いている時でも、ひたすら足を一歩ずつ前に出していけば、いつかかならずトンネルの向こうに光が見えてきます。

本書の取材で知り合った人たちと私の共通点は、「どんなにつらくても、死にたくなっても、生きるのをやめなかった」ということです。生きるのをやめなかったから、後で「ああ、幸せだ」と思えるチャンスに出会うことができたのです。

この他の章にも、宇宙飛行士のアラン・ビーンさんのお話や、糸井重里さん、ご主人のデイヴィッドさんのお話など盛りだくさんです。

そして、やはり涙なしには読めなかったのがつらすぎる人間関係を切るの章に掲載されている、由佳里さんのお手紙です。身近な人とわかりあえないことほど辛いことはないと思いますが、それでも、最後は自分を選んだ由佳里さんに、心から拍手を送りたいと思います。

この本は、いわゆる、「自己啓発本」ではありません。「誰でもできる」「簡単なステップ」が紹介されているわけではないですし、この本を読んだからといって奇跡的に成功したり、幸せになれるという保証はありません。でも、あえて全ての人に読んでもらいたい本だと私は思っています。なぜなら、由佳里さんの体験談は、私たちに生きる勇気を与えてくれるからです。 今、生きるのがつらいひと、暗闇と戦っているひとこそ、ぜひ手にとってみてください。

あなただけのクエストとは?:Happiness of Pursuit

Happiness of Pursuitこのブログでも何度もご紹介しているクリス・ギレボーの待望の新刊が出ました。日本語版のタイトルは未定ですが、原書のタイトルはThe Happiness of Pursuit。ちょっと前に、Pursuit of Happinessという映画がありましたが、これは「幸せの探求」ではなく、「探求の幸せ」といった意味ですね。
クリス・ギレボーは、World Domination Summit/世界征服サミットの仕掛け人、また$100 Startup/一万円起業の著者として日本では知られていると思いますが、それ以前に、北米では「世界中のすべての国に旅する」という偉業を成し遂げたヤツ、としても有名です。

世界中の国193カ国すべて回るのに、10年近くかかったそうですが、このHappiness of Pursuitでは、そのようなクエスト=探求/冒険について書かれています。
それでは、クエストの定義とは一体なんでしょうか?
クリスによると、以下のようになっています。

  • クエストには具体的なゴールと明確な終了地点がある
  • クエストには何らかの犠牲がともなわれる
  • クエストは多くの場合使命感によって動かされる
  • クエストには多くの小さなステップがあり少しづつゴールに向かって進む

例えば「ダイエット」「禁煙」「借金返済」などはすべてとても有意義なゴールではあるのですが、人生をかけて挑むクエストではないのでは、とクリスは書いています。

この本にはそれぞれのクエストに挑んだ人達の実例も沢山紹介されています。
トルコ、またアメリカ(!)を徒歩で横断した人達、世界を単独で航海した16歳の少女、1年間に250(!)のマラソンに挑戦した人、世界一巨大なオーケストラの演奏を実現した人、、、と書くとスケールの大きな挑戦ばかりのようですが、必ずしもそうではありません。

オクラホマ在住のSashaは、子供の頃海外で過ごした経験があるものの、今ではすっかりアメリカでの快適な生活に慣れきってしまっていました。娘にも世界の文化を知って欲しいという願いもあり、彼女は毎週、世界各国の料理を作る、というクエストに挑みます。
記念すべき最初の国はアフガニスタン、次はアルバニア、と、毎週それぞれの国の料理に関してリサーチをし、料理を作り、その国の音楽をかけながら時には友人を招いて食事を楽しむ、という形のSashaのクエストは、その後反響を呼び、同じようなクエストを始める人達もでてきました。

このように、自分の住んでいる街から一歩も外へでなくても、クエストは可能なのだ、とクリスは説いています。別の例では、編み物好きが高じて「帽子を1万個編む」というクエストに挑戦しているRobynも紹介されています。彼女のサイトでは、編み物の図案を紹介したり、編んだ帽子を寄付したりするプロジェクトも行っているようです。このように、自分一人で始めたクエストに、賛同者が集まり、コミュニティができていくことも珍しくはないようです。

感動的だったのは、韓国で英語を教えている時に知り合ったアダムとミーガン。二人はその後結婚するのですが、哀しいことに、ミーガンは病気で命を失います。悲しみにうちひしがれていたアダムですが、ミーガンが残した「人生でやり遂げたいことリスト」を、ミーガンの代わりに一つ一つ達成することを、彼自身のクエストとして始めます。ミーガンが行けなかったトロント・ブルージェイズの試合を観に行き、今までより真剣にランニングにも力を入れ、ミーガンの目標だったハーフ・マラソンも完走します。ゆっくりとではありますが、縫い物や編み物も習っているというのです。

このように、クエストに挑戦する人には、「人生は短いものなのだ」という意識がある人が多いとクリスは書いています。

また、インタビューをした多くの人達に共通していたのが「これをやらなかったら、絶対に後悔する」というフレーズが何度も登場したということ。アメリカを歩いて横断したNateは「クレイジーなアイデアなんだけど、実行するまで2年間どうしても頭から離れなかったんだ」と語っています。

この本の中には、そんなクエストに挑戦した人達(中には、失敗した人もいます)から学んだレッスン、そして同じようなクエストに出たい人のためのアイデアが沢山詰まっています。また、Dispatchと称したミニエッセイでは、クリス自身の旅の思い出、そして失敗談なども載っていて、十分に読み応えのある一冊です。

この本を読んで、私も、私のクエストは一体何なのか、思わずじっくり考えてしまいました。自分の本を出したいという夢はありますが、これは果たしてクエストと呼べるのか?まだその答えは見つかっていませんが、時間をかけて考えてみたいと思っています。

あなたのクエストは一体なんでしょうか? ぜひこの本を読んで考えてみて下さい。

コワーキングスペース SpaceStation

日本でもコワーキングスペースというのは珍しくなくなっていると思いますが、ここビクトリアにもいくつかコワーキングスペースがあります。この日は「ビクトリアBCスタートアップ」というミートアップのために、SpaceStationというコワーキングスペースに行ってきました。 spacestation 場所はダウンタウン中心のLangley Street。1階にはSpaceBarという規模の小さいコワーキングスペースがあるのですが、SpaceStationはもう少しアップスケールな感じで3階にあります。入るとすぐ目にはいるのがこのサイン。 spaceboadroom こちらはボードルーム。現在では4つのスタートアップがこのSpaceStation内にオフィスを構えていますが、メンバーになればコワーキングスペースとして個人でも利用できます。定住デスクが欲しい人は月$325からレンタル可能だそうです。 spacestation2 こちらは先日ご紹介したFlytographerのオフィス。左側に見える白いデスク3つほどをレンタルしているそうで、右側のデスクはまた別の会社が使っているそうです。 私は基本的に家で仕事をしているのですが、やはりちょっとした世間話をしたり、コラボしたり、気軽にアイデアを出し合ったりできるオフィススペースというのは気になります。 spacestation3 この日はスタートアップのミートアップだったので、4つのスタートアップの代表に、成長のコツなどについて語ってもらいました。 spacestation4 この電気がなんかイイ感じ。 spacestation5 現在このスペースには急成長中のモバイルゲーム会社も入っているのですが、そのお隣にはなんとビーンバッグチェアを置いた特別ゲームエリアまでありましたw SpaceStationについての詳細はサイトをご覧下さい。 日本語でのお問合せはお気軽に私までどうぞ。