反面教師 – Day 50

今日で50日目。半分終わった。この上の引用は「人生とは何かの予定を立てているときに起こるもの」という意味だけど、私は50日毎日書いている間にも人生は過ぎていった。そして今も過ぎ続けている。

普段はソーシャルメディア上での私の投稿には全く反応しないのに、自分の都合のいいときだけ親友のように振る舞いたがる人がいる。私達は皆毎日忙しくて全ての人の全ての投稿に目を通すことなどたいてい不可能なのはわかるが、いいねとか、シェアが欲しいときだけすりよってくるような人にはなりたくないと常日頃思っている。

何度も過去に書いていることだけど、私は日本語の反面教師という言葉ほど勉強になるものはないと思う。

嫌なことをされたら、仕返しをするのではなく、同じことを他人には絶対にしまいと心に刻むのだ。

今日はそれだけ。

夢の実現を邪魔する力 – Day 49

Turning Proの、いちばん好きなページ

私はスティーブン・プレスフィールドの大ファンだ。最初に彼のことを知ったのは、友人のマイク・バーディの家に行った時のこと。Turning Proの本を偶然見かけて、面白いタイトルだったのでどういう本なのか聞いてみたのがきっかけだった。親切にもマイクはその本を私にくれ、家に帰って読んでとても感銘をうけた。残念ながらこの本は日本語になっていないようだが、シンプルな英語で書かれているのでぜひ読んでみて欲しい。Turning Pro以外にも、The War of Art (邦題「やりとげる力」)と The Authentic Swingを読んだ。どれも素晴らしく、とても影響を受けたライターの1人だ。

なので偶然Marie TVにスティーブンがゲストででているのを見てとても嬉しかった。マリー・フォーレオは女性に大人気のビジネスコーチで、著名人をインタビューする「マリーTV」でよく知られている。私は彼女をフォローしていないので、偶然スティーブンが出ている回をみつけて思わず保存してしまった。そして今日ようやくそのビデオを観ることができた。

スティーブンの哲学で良く出てくる概念が、Resistanceというものだ。直訳すると「抵抗」という意味だが、これをスティーブンは夢の実現を邪魔するネガティブな力と定義している。例えば、本を書こうとパソコンに向かった時に「今日はやっぱりやめておこう」「ビーチに行こうかな」「飲みに行こうかな」「私は何様のつもり?」「すでに誰かが同じようなものを書いてる」など、頭に浮かんでくるネガティブな考えのこと。「夢が木だとしたら、Resistanceは影のようなもの。木が育つと同時に、影もできる。」というスティーブンの例えはまさにその通りだと思う。

そしてスティーブンは、このResistance を乗り越えることが才能よりも大事だという。これは聞いていて本当に心強かった。だって私は自分が才能あるライターでないことくらいは分かっているから。この100日プロジェクトを始めたのも、文章が上手くなりたいからだが、毎日書くのも疲れるし、エゴが邪魔をして、誰も読んでくれていないとがっかりし、全く上達していないことにもいらいらする。もう止めてしまいたいと思うことさえある。

それこそがまさにResistanceなのだ。そしてこれは止むことは無い。

このビデオの中でスティーブンとマリーはコツコツと続けていくことの大切さについても語っている。Turning Pro、プロになるというのはつまりそういうことなのだ。そして、それこそがResistanceに打ち勝つ唯一の方法だという。

Boom.

これらは全てスティーブンの本に書かれていることなので、私はすでに一度学んでいることだけど、毎日書くことに疲れ果て、忘れかけていたので、このビデオがよいリマインダになって良かった。ぜひ観てみて欲しい。

【1000冊紹介する 016】1 Hour Photo – Day 48

テツロウ・シゲマツとの友情は2015年まで遡る。彼の1人芝居Empire of the Sonのチケットを偶然サイレントオークションでゲットしたのが事の始まりだ。当時はテツロウのことは知らなかったし、この芝居のことも全く知らなかった。ポスターをみて、何かのバンド?と思ったくらいだ。

私の予想は全く間違っていて、オットと一緒に2015年の秋にEmpire of the Son を観に行って私は打ちのめされた。Empireは、テツロウと彼の父親のストーリーで、日本人の父と息子の話、そして同時に後悔と哀しみの話でもある。私は芝居の大部分で泣いてばかりだった。

テツロウは素晴らしいライターで、名前をつけることができない感情を書き表すことに素晴らしく才能のある人。翌年に再演された時には、もう一度観に行ったくらいだ。今でも、私の中でナンバーワンの芝居である。

私は素晴らしいパフォーマーが大好きで、テツロウのように心のなかに特別な場所があるアーティストが何人かいる。Ivan Coyote やAlexandra Tatarsky もその中に入る。もっと簡単な言い方をすると、私は才能のあるアーティストの大ファンということ。

今ではテツロウを友人と呼べることに感謝している。よくテキストメッセージで会話するし、執筆について、暗記の仕方について、そして彼の制作中の次の芝居について、家族について、よく話をする。

去年、テツロウの最新作、1 Hour Photoを観に行った。今回の芝居は、マス・ヤマモトの人生が語られる。マスの娘、ドナ・ヤマモトは女優で、この芝居をプロデュースしたVACT(Vancouver Asian Canadian Theatre)のアーティスティック・ディレクターだ。

先日、テツロウが親切にも1Hour Photoの書籍版を送ってくれた。芝居でみたものを読み返して再度ストーリーを追体験できたのはとても良かった。

1 Hour Photoでは現在でもバンクーバーで健在なマス・ヤマモトの数奇な人生が語られる。マスの人生は第2次世界大戦中に日本人が強制的に収容所に送られたことで、一時停止させられてしまう。マスと彼の家族はレモン・クリーク収容所に送られ、父を早くに亡くしたマスは、家計を支えるためにりんご農園での仕事をしなければならず。他の友達のように大学に通うことができなかった。

しかしマスが普通の人と違うところは、その回復力だ。収容所から開放されたあと、マスは北極での仕事を取る、その後3つの大学の学位を7年かけて取得し、政府の研究員になる。そしてその後はJapan Cameraという北米の大きな写真屋チェーンで1 Hour Photoのフランチャイズを始めるのだ。

先日この本がテツロウから届いた日のブログにも書いたが、この本の巻頭にある写真家の引用が、まさにマスにぴったりだった。

“Character, like a photograph, develops in darkness” 

性格は、写真と同じように、暗闇の中でつくられる。

彼の青年時代は日系カナダ人にとって非常に暗いものだったが、それが彼の回復力の強さを育てたのだろう。この本を読んでいて、芝居を見た時と同じことを思わずにいられなかった。それは、私はこの人生をめいいっぱい生きているだろうか?そして、どうすればマスのような並外れた人生を送ることができるのだろうか?ということ。

その答えはわからない。たぶん私はまだ人生の1章の途中なのだろう。

雪の日 - Day 47

ビクトリアでは雪は滅多に降らない。年に1,2回というところだろうか。だから、ちょっとでも雪が降ると、みんなパニックになる。

金曜日に、5センチほど雪が積もった。土曜日はティーフェスティバルを手伝い、日曜日はダウンタウンで仕事だった。その間少し雪は残っていたけど、道路の雪は溶けており、運転には支障は無かった。

そして今日(月曜日)、またまとめて雪が降った。

今これを書いている最中も、外は雪が降っている。あっというまに車も雪で被われてしまった。学校は休校になり、長男が通っている大学も、午後の授業はキャンセルになった。

幸い私は出かける予定が無かったし、オフィスに出ていない人が多く(運転に慣れておらず危険なので、休んだ人や休みになった職場も多数)メールもほとんど来なかったので、窓の外の雪を眺めながら読書をして過ごした。

ちょっとの雪でみんながパニクるのはコミカルといえばそうだが、慣れていないものは仕方がない。こんな日は車で出かけたりするのは危険なので、おとなしくしているに限る。

少し哀しいのは、昔に比べて雪がそんなに嬉しくなくなってきたこと。綺麗だけど、雪かきしなきゃとか、車を使う用事はどうするかとか、雪が溶けて再度凍ると道が滑りやすくて危ないとか、そういう面倒なことばかりを考えてしまうのは、大人になったからだろう。

それでも、雨風をふせげて暖房のある家に住めているだけでも幸運だと思わなければいけない。こんな天気の日にホームレスだと死んでしまう。シェルターもこういう日は大忙しだ。みんな安全でいて欲しいと思う。

雪の日には、大好きな絵本「ゆきのひ」を思い出す。雪の日が魔法みたいに思える、誰にでもあるであろう子どもの頃の思い出。

チャンスかリスクか – Day 46

昨日の打ち上げででてきた話。

私は時々、海外のビジネスから連絡をうけ、日本の商品を海外で売りたいのだけどどうすればいいか、とか、日本のこの商品を買いたいのだが、などというコンサルティング案件を受ける。例えば、日本の特別な品種の小麦粉を購入したいので、その会社に連絡してくれ、と言われて通訳をしたり、または日本のこれこれこういう商品を探している、といわれればリサーチもやる。

そしてそういう時、海外とのビジネスに消極的な日本の会社というのをみかける。

以前、とある海外のブティックから、日本のあるブランドの洋服、雑貨などが彼らのブランドにとてもマッチしているのでぜひ海外でも売りたい、という旨の相談を受けた。日本の会社に連絡して、状況を説明し、まとめて洋服を購入すること、また先払いすることも伝えたが、最終的な答えは「ノー」だった。

クライアントにそのことを伝えると、 「I don’t understand. 何か私達間違ったことしたのかしら?」と聞くので、「そんなことはないですよ。彼らはただ、海外とビジネスすることに興味ないようです。」というと、「Why?」とまた聞かれたが、「I have no idea.」としか言いようがない。

この現象について、昨夜その場にいた人達と話してみたのだが、こういった経験をしているのは私ひとりではなかった。日本のお茶を輸入している友人も、取引してもらえるまでにものすごく時間がかかるし、ノーと言われることも多いそう。ちなみに彼は白人だが、日本語はぺらぺらだ。

色々話した結果、恐らく(もちろんこれはかなり一般化された意見で、全ての人がそうであると言っているわけではないけど)日本人の多くは海外とのビジネスをリスクと捉える人が多いのだろうという結論に達した。逆に、海外の会社は自国以外でビジネスを展開することをチャンスと捉える向きが多いと思う。

自社の商品に自信があるなら、海外でも売りたいと思わないのだろうか?と私などは疑問に思うのだが、多くの日本人はそうは思わないようだ。これは私の推論だけど、コントロールの問題でもあると思う。あと結構あるのが「めんどくさい」という概念。外国語だし、わからないし、と。

もちろんリスクを慎重に計算しないですべてにイエスというのもどうかと思うが、成長するにはある程度の「めんどくささ」は必要だと思うのは私だけなのだろうか?石橋を叩いて渡るというのが典型的な日本人なのかもしれないが、叩いて渡らない人が多すぎる気もする。

私はどちらかというとリスクを取る人間で、飛べばネットが出てくると思っているフシがある(それでももちろんネットが出てこない時もある)のでなかなか理解しがたいが、リスクを犯さずに一体どうやって成長できるというのだろうか?

ティーフェスティバル – Day 45

今日は、マーケティングとPRを手伝ったビクトリアティーフェスティバルで1日出ていた。今年一番の寒波プラス停電になるほどの強風だったが、思ったより多くの人が来てくれて本当に嬉しかった。 各ブースでは様々な種類のお茶、コンブチャ/ジュン、ハーブティー、お茶を使ったノンアルコールカクテル、マサラチャイ、盛岡リンゴの試食そしてティーリーフ占いが提供された。また、裏千家の茶道のデモンストレーション、プーアール茶の保存法、ジュンの作り方、そして福岡から招き入れた茶葉栽培家の方のお話などのトークも。

お茶というのはワインと一緒で、ものすごく奥が深い。イベントの手伝いで参加しただけでも色々なお茶の専門家と親しくなって、横で話を聞いているだけでも多くの学びがある。

このイベントは草の根レベルで、多くの素敵な人達に出会えるので手伝うのが楽しいイベントだ。

今日はさすがに電池切れ気味なので、写真をいくつか。

太平洋の橋 - Day 44

今日はビクトリアの姉妹都市である盛岡からのお客様のために通訳を。ビクトリア市と盛岡市とお仕事をするのはとても好き。みんな優しくてとてもフレンドリーだ。事情をよく知らない人は、姉妹都市関係なんて税金の無駄使いだという人もいるけれど、過去5年程、両都市の姉妹都市関係に関わってきてみて思うのは、こういう関係はうわべだけでなく重要なものだということ。違う文化の人達と、実際に会ってみて話をすることの大切さを実感させられる。

ご存じない方のために説明すると、ビクトリアと盛岡の姉妹都市関係は、盛岡出身の新渡戸稲造がビクトリアで客死したことによる。「我太平洋の橋とならん」と言った新渡戸博士の言葉は、彼の死後65年たった今でも、姉妹都市の会では必ず口にされる。

今回の盛岡市の訪問の理由は、最新のカナダへの輸出品、盛岡リンゴの PRのためである。品種はフジらしいのだが、盛岡リンゴはビクトリアのそのへんのスーパーでみかけるフジリンゴとは違い、大きくて濃い赤色だ。昼食会ではこのリンゴを作っているという農家の方とお話ができて、とても興味深かった。農家の方というのは、国を問わず、知識豊富な方が多い。今日伺った話では、フジリンゴというのは世界でもっとも普及している品種らしいのだが、盛岡にその原木があるのだそうだ。すごい。

参加者にはひとつづつリンゴをお土産にいただいた。先ほどオットとデザートにいただいたのだがこれが噂通り美味しい。フルーツナイフで切るのが難しいくらい大きく、二人で半分づつ食べてお腹いっぱいになった。味自体は親しみのあるフジだが、丁寧に育てられた特別なリンゴというのがよく分かる。そして実にびっくりするくらい果汁が含まれていて、一口噛むたびにじゅわっとリンゴジュースが口の中に広がる。これは本当に美味しかった。

ビクトリアではふじやさんで購入できるそうなので、気になるかたはぜひ。

この5年で沢山の盛岡からのお客様にお会いする機会があったが、みなさん素敵な方ばかりだ。九州出身の私はまだ盛岡に行ったことがないので、ぜひ一度近いうちに行きたいと思っている。

Trader Time – Day 43

今日は息子とオットとでIvan Coyoteの Trader Timeを観に行ってきた。昨日と同じく OUTStagesというクイアシアターフェスティバルの一環だ。Ivanはユーコン出身のカナダを代表するスポークンワードアーティストで、私は数年前にIvanの Tomboy Survival Guide を観て打ちのめされて以来のファンだ。なので新しいショウでツアーをしていると聞いた時には、必ず観に行かなくてはと思った。

Ivanがでてきて最初の言葉を発した瞬間に、いかにIvanが好きかを忘れていたことに気が付いた。この人はいつもいたずらっぽくニコニコしていて全然威圧感というものはないのに、言葉を発すると信じられないようなオーラがでてくる。そしてこちらはそれを黙って聴くしかできないのだ。

タイトルのTrader Timeとはユーコンで今でも放送されているラジオ番組で、地元の人が電話してきて物を売ったりトレードしたりする番組らしい。そしてこのショウはIvanが生まれ育ったユーコンとそこに住む人々の話で溢れている。 Ivanはストーリーテリングの天才なので、多くの話は笑い転げるくらい可笑しいが、その他の話は心温まり、涙を誘う。特に女の子として生まれたけど男の子として育ててくれた愛する母に捧げた賛歌では涙が止まらなかった。 そして全てのストーリーがSarah McDougallの美しい音楽と可愛らしいアニメーションで綴られている。

プロのスポークンワードアーティスト兼ライターを自分を比べてどうするんだと思うけど、どうやったらIvanのような素晴らしい文章がかけるのかと思う。同じような文章を書きたいわけではなく、ただ、いい文章を書きたいだけだけど。最近、自分はこの行き先の分からない旅に出ているような気になるけど、ゴールよりはまだまだずっとスタートに近いことに焦りを感じる。答えは、きっと書き続けることにしかないと分かっているのだけど。

ひとりだけ – Day 42

もう10年来仲良くしている友達がいる。いつも助けてくれる友達。英語で “give you the shirt off his back”という表現は、「着ているシャツを脱いで困っている人にあげるくらい良い人」という表現だが、彼はまさにそういう人だ。私を助けていない時は、誰か他の人を助けている、そんな人。過去10年の間に2回引っ越ししたが、どちらも彼が手伝ってくれた。

今日は夫と、今ビクトリアでやっているクイアシアターフェスティバルのショウを観に行くことになっていたのだが、前もって予定していたベビーシッターがキャンセルになってしまった。次男は10歳なので赤ちゃんではないが、かといって一人で家に置いていくわけにもいかない(カナダの法律では一人で留守番させられるのは11歳から。日本とは大違いだ)ので、微妙な年頃である。ギリギリになっても決まらないので焦ってFacebookに投稿したら、彼からテキストが来て、どうせ仕事しないといけないから君のうちでやらせてもらうよ、との連絡。彼は市の反対側に住んでいるし、今日は寒波でかなり寒いのでわざわざ来てもらうのも悪いと思っていると、本当に気にしないで、と言う。なのでショウに行っているあいだ家に来てもらった。彼が仕事をしている間次男はゲームをしていたそう。

おかげで素晴らしいクイアインディジェネスシアターを観ることができた。帰宅して、「本当にありがとう、今度ランチおごるね」と言うと、「いいよ、That’s what a friend is for!」といつものように明るく帰っていった。

彼のような素晴らしい友達を得るとは私は前世でどんな良い行いをしたのだろうかと思う。いつも彼にお世話になりっぱなしで、私にはもったいない友人だ。

スコットありがとう。あなたのような友達はこの広い世の中にもひとりだけです。

村上氏のアドバイス - Day 41

今日も例によって何を書いたら良いのか途方にくれる日だった。

FacebookやTwitterやnoteやMastodonをうろうろしてネタを探すも何も見つからず。

そんなときにふと、昔どこかで村上春樹氏のエッセイで読んだことを思い出した。

私は13歳の時に初めて「ノルウェイの森」を読んだ。感動した、という記憶はないが、きっと気に入ったのだろう、なぜならそれ以来かれこれ30年、彼の本は殆ど読んでいるから。今思い返してみると「ノルウェイの森」の内容は13歳には向いてない気もするが。

「ノルウェイの森」は今でも好きで、もう何回読み返したかわからない。でも一番好きなのは「ダンス・ダンス・ダンス」と「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」かな。最近出た「騎士団長殺し」も好き。

カナダに引っ越してきた時に彼の本はいくつか処分したけど、それでも今でも沢山彼の本を持っている。英訳されていない昔のエッセイとか。

そういったエッセイの中でー残念ながらどのエッセイか全く覚えていないのだけどーものを書く時にどうするかというような話があったと記憶している。全くのうろ覚えなので、間違っていたら申し訳ないけれど、村上春樹氏は、ものを書く時はとにかく机に座っていつでも書ける準備をしなさいと言っていた気がする。30分ほどしても全く何もインスピレーションが湧かない場合は仕方がないけど、とにかく毎日机に向かうことが大事なのだと書かれていたと思う。

今日はそんな日だった。全くアイデアが浮かばないままパソコンに向かって、今これを書いている。明日は明日の風が吹くので、明日何か良いものが書けるといいけど。

村上春樹氏といえば、大昔、まだネットやメールがまだそこまで普及していなかった頃に、編集者さんを通じてファンレターのようなものを出せた時代があった。私の長男の日本語名は村上春樹氏から取ったのだけど、いちどそれをご本人にメールで伝えたことがあった。当時はまだメールを出してくる人も今ほど多くなかったのだろう、彼から「ご出産おめでとうございます。きっと健康で、忘れっぽい男の子になるでしょう。」という返信が来た。