頭のなかの自分

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この数日間、ちょっと落ち込んでいました。

自分が常に人に言っていることが、思いっきりブーメランで自分に返ってくることがあります。
「他人の言っていること、やっていることは気にするな。自分のことだけに集中しろ」と。
良い意味でわがままになれと。

でもこの数ヶ月、ちょっとしたスランプ状態だった私は、仕事で大成功している友人や、素晴らしい大舞台に立っている友人を見て「私はとてもじゃないけどあんなにはなれない」と感じていました。何故自分はあんなに活躍できてないのか、と自己嫌悪に陥ってしまったり。

これが自分の心にグサっと突き刺さるときと、かすり傷程度で済むときがあります。

この数日は、かすり傷ではすまない方でした。

「何故私は他の人のように普通の仕事ができないのか」「いい年していつまでも何をやっているのか」

などという、「頭の中の自分」に叱責されたことがあるのは、私だけではないと思います。

そうして思わずFacebookで弱音を吐いてしまったのですが、沢山の友人や、尊敬している先輩に暖かい励ましをいただいて、思わず涙ぐんでしまいました。

中でも特にはっとしたのが「停滞は飛躍の前の準備期間」「ジャンプをする前にいったんかがむようなもの」というコメント。自分でも知らず知らずのうちに焦って、空回りをしていたんですね。

私が敬愛するブレネー・ブラウンがよく書いている「欠乏感」というものと同じです。

朝起きて最初に思うことは「睡眠が足りない」そして「時間がない」そしてそれが「お金が足りない」「運が足りない」「幸せが足りない」となり、きりがありません。

私も、そのような欠乏感と焦りにとらわれ、それがさらにいらだち、自己不信などに繋がっていっていたようです。

このような場合の一番の対処法について、ブレネーは「Give Gratitude」つまり感謝の気持ちを持つことが大事であると説いています。私も、自分はなんと素晴らしい友人や先輩に恵まれているのだ、と気づき、思わず目頭が熱くなったのでした。

この日、ほんとうに偶然なのですが、エリザベス・ギルバートのFacebookページにて、Rayya Eliasという作家(二人は親友らしいのですが、Rayaaの名前は私も今回初めて知りました)と共にシドニーのオペラハウスでやった対談のビデオを見ました。ギルバートは「食べて、祈って、恋をして 」の世界的ベストセラー作家ですが、その後も不完全ながらも人間らしく生きよう、と読者やファンに語りかけ続け、圧倒的な人気を未だに誇っていて、私も大ファンです。私は彼女が創造性について語ったTEDトークが大好きで、今でもよく見返しています。

Rayyaは実はドラッグ中毒者という過去があるそうで、その当時のことを書いたメモワールを出版し、今は作家として成功している人だそうですが、ビデオの始めの方で、彼女が書いたエッセイを朗読しています。ビデオ自体一時間近くあるので、全部見る時間がないという人はせめて彼女のエッセイを聞いてみて下さい。(4分10秒あたり)

Dear Head、で始まるエッセイは、Rayyaが自分の頭に対して語りかけるという手紙形式を取っています。「あんたの頭の中に居るのは、どんな危険なエリアを夜一人で歩くよりも最悪だった。特に私が一人の時は。」「なぜならあんたの頭の中にいるということは、どんな事をしてでも、自分はこの皮膚の中に存在する価値がないくだらない負け犬だと自分を説得することを意味したから」どこに居たって、他の人たちは常に自分より頭が良く、教育もあり、才能のあるアーティストやミュージシャンで、自分だけが誰よりも劣ってると感じていたというRayaa。

ドラッグにはまり公園のベンチで寝泊まりしていた時にお姉さんが助けに来てくれ、ホテルに泊まったそうなのですが、彼女の「頭」が「自分は助けられる価値のない人間だ」と自分を説得したため、お姉さんが寝ている間にホテルを抜け出したというエピソードを正直に語っています。

その後ドラッグをやめ、音楽や芝居をプロデュースし、本も出し、一見すると平和で幸せな人生のようですが、Rayaaはそれでも「頭」のネガティブな語りは続くと言います。シドニーのオペラハウスでトークのイベントの招待が来たときも「私はこんなイベントに招待されるにふさわしい人間なのか」「尊敬する友人とステージに立つなんてできるのか」と不安がよぎったと言います。
他の人のことはわかんないけど、こういうことは私にはしょっちゅうあるの」というRayaa(私も!)。

頭の中のネガティブな語りというのは誰にでもあるものだと思います。このRayyaのエッセイでとても良かったのは、最後の締めが「今となってはあんた(Headのこと)からの挑戦を受ける準備はできているわ。Remember, Head, I &%$king own you.」 となっているところ。ネガティブな語りは簡単に止めることはできないと思いますが、少なくとも、それに反抗する勇気があれば充分だと思うのです。ネガティブな考えが頭をもたげてきたら「そうかしら?あなたが正しいとどうして言えるの?」と問いかけましょう。それが最初の一歩。そして、愛する友人や家族の励ましの言葉を思い出して下さい。こんなに沢山友人がいる人が、「生きる価値のないくだらない人間」であるはずがないでしょう?

このあとのトークも「恥の文化」や「創造性」についてとても興味深い、正直な話が続きます。人は誰でも、クリエイティブであると私は信じています。創り出すものはなんでも良いのです – 音楽、アート、文章、写真、社会活動など。 If you’re not creating something, you are destroying something. Usually yourself. (「何も創造していないということは、同時に何かを破壊しているということ。たいていの場合自分自身。」)というくだりもとても印象に残りました(34:00ごろ)

自己不信に陥ったり、頭の中の自分に叱責されたりするのは、誰にでもあることです。
そういうときは、信頼できる友人や家族に正直に悩みを打ち明けるのも良いと思います。でも、「自分の弱い部分や、胸の内をさらけだすなんて、とてもできない」と思う人もとても多いと思います。
でも、愛する友人や家族が何かに対して恥じていたり、自信をなくしている時、人と比較してしまっているとき、決して彼らに同意するということはないと思います。きっと「何を言ってるの、あなたはこんなに素晴らしい人なのに!」と褒めるでしょう?
でも、それが自分の問題となると、とたんに自分に厳しくなりますね。
これをブレネー・ブラウンは「心のもろさ(Vulnerability)のパラドックス」と呼んでいます。
もろさとは、他人を見る際に最初に探すものであるが、自分の中では絶対に見つけて欲しくないもの
ブレネーは、そんなときこそ、「Be seen」、つまり勇気を出して自分をさらけ出して本当の自分を見せてみようと言っています。私も何回か挑戦して、少しづつ上手になってきました。上に書いたFacebookでの弱音も、意図したものではありませんでしたが、最終的には Be seenされた結果と言えると思います。

少しづつ、一緒に練習してみませんか。

Daring Greatly: 挑戦する勇気

あっという間に2013年も最初の2週間を過ぎようとしています。ご挨拶が遅れましたが、今年も宜しくお願いしますね。

私の周りには新しい仕事、新しいプロジェクト、新しく子供が産まれる人などが沢山居て、巳年らしく、脱皮して新しい事にチャレンジするぞーというエネルギーがみなぎっています。私ももうすぐ新しいプロジェクトが始まるので楽しみです。(詳細は後日)

さて、新年というと、いろいろと目標を決める人が多いと思うのですが、何か決めましたか?私の周り(オンラインでもオフラインでも)では「毎年新年に目標決めても数ヶ月経つと忘れちゃうんで意味無し」という人や、「新年だからって何故新しい目標を決めなくちゃいけないの?思いついた時にやれば良いのよ」という人も居て、最近のトレンドとしては、「1年の抱負」というのはあまり人気がないみたいですが、やはり新年を大切にする日本人としては、何か抱負、目標を決めたいなと思う私です。

私もいくつか目標を決めましたが、今日はその中でも今年一番フォーカスしたいものについてお話します。
年末に、TEDTalkで非常に有名なブレネー・ブラウン(Brené Brown)氏の最新著書Daring Greatlyを読み、非常に感銘を受けました。少なくとも、この数年で読んだ本の中では、最も重要な本だと思います。日本語訳がいつ出るのかわかりませんが(注:翻訳版は「本当の勇気は「弱さ」を認めること」)、彼女のTEDトークはここで見れます。(日本語訳付き)

彼女は今では様々なカンファレンスに引っ張りだこのスピーカーで、北米では今更彼女の紹介をするまでも無いのですが、彼女の本職はテキサスの大学の研究者で、主に人間の弱さと恥について研究している人です。私は彼女のTEDトークを見てとても感動して、彼女のブログを読んだり彼女の本を読んだりしていましたが、この最新刊にはまさにうちのめされました。

彼女の話す「弱さ」—英語ではVulnerabilityと言いますが—とは私たちが日常で生活して行く上で誰もが経験する、「不安感」や「もろさ」の事です。その弱さとは一体どういうことなのか、例をあげると:

—助けを求めること

—ノーということ

—自分のビジネスを立ち上げること

—夫や妻をセックスに誘うとき

—ガンにおかされた妻と遺言状の準備をすること

—子供を亡くした友人に電話をすること

—離婚後初めてのデート

—仕事をクビになること

—恋に落ちること

—彼氏を初めて親に紹介するとき

—怖がっていると認めること

—人のうわさ話をしている人をとめること

—許しを乞うとき

—新しいことを始めるとき

−3回の流産のあと また妊娠すること

—公共の場でエクササイズするとき

…きっと誰でも経験あると思います。私だって、パーティで知らない人ばかりの時、Vulnerableに感じます。学校で、授業について行けていないときに先生にあてられないかドキドキすること—それもVulnerabilityです。
ブラウン氏は、こういった弱さに勇気を出して立ち向かうことこそが、Wholehearted Livingへの近道だと言います。それでは、Wholeheartedとは一体どういうことでしょうか?
日本語に訳すると「心からの生き方」と言えるでしょうか。ブラウン氏による、Wholehearted Livingのガイドの一部を紹介すると、
—他人がどう思うかを気にしないこと
—完璧であることに執着しないこと
—確かさを求めないこと
—人と比べないこと
—心配性を克服すること
—自分を疑わないこと
—自分をさらけだすこと

などだそうです。

本の内容についてはいくらスペースがあっても書ききれないので、是非本を読んでみてください。タイトルのDaring Greatly というのは、セオドア・ルーズベルトのスピーチから取ったそうで、ちょっと長いですが抜粋すると:
“It is not the critic who counts: not the man who points out how the strong man stumbles or where the doer of deeds could have done better. The credit belongs to the man who is actually in the arena, whose face is marred by dust and sweat and blood, who strives valiantly, who errs and comes up short again and again, because there is no effort without error or shortcoming, but who does actually strive to do the deeds; who knows great enthusiasms, the great devotions, who spends himself in a worthy cause; who at the best knows in the end, the triumph of high achievement, and who at the worst, if he fails, at least he fails while daring greatly…”

「重要なのは批評家ではない: 強い男がつまづいたことを指摘したり、もっと良くやれたはずだと言う人間ではない。称賛に値するのは実際にアリーナの中で、塵と汗と血で汚れた顔で勇敢に奮闘し、何度も何度も間違いを犯し、目標に及ばないものの—何故ならあらゆる努力は失敗と欠点無しにはあり得ないからだ—それでも行動を起こす人間である;熱心さと情熱を持ち合わせ、価値のある信念に自分を費やし—最良の場合には最後には勝利の達成を、そして最悪の場合には、少なくとも 勇敢に挑戦しながら失敗したと知っている。。。」

失敗しても、恥をかいても、それでも勇敢に挑戦する人間の方が、それを指差して批評したり笑ったりする人間よりもずっと「心から」生きている人間なのだ、というブラウン氏のこの本には、ある意味人生変わっちゃうくらい感銘を受けました。なので、私の2013年の目標の一つは「Practice Wholehearted Living – 心からの生き方を実践する」ということです。

まずはぜひ上のビデオを観てみてください。日本ではまだまだ人間の弱さに関する対話が少ないと思うので、このブログででも、ソーシャルメディア上でも、興味のある人と色々話せたら良いなと思います。