人の幸せを喜べるか – Day 64

今日は他人の成功を喜ぶことについて書いてみようと思った。嫉妬というのとは少し違う。私はもともと嫉妬深いタイプではないが、若いころ、この世で一番嫌な感情は、という質問で、嫉妬心と答えた記憶がある。40過ぎた今ではそれはもう私の中の真実ではないので、若い頃なぜそう思っていたのか、思い出せない。その根拠はなんなのか、若い頃の自分に聞いてみたい気がする。

それでは今同じ質問をされたら、最も嫌な感情は、今ならviolatedというだろう。訳が難しいことばだけど、犯される、侵害されるといった意味になる。

数年前、車のドアを開けて運転席に座ったら、シートの上に車のダッシュボードにある小銭入れ用のちいさな引き出し(のようなもの)が置いてあって、びっくりしたことがある。どうやら、車の鍵を閉め忘れていたらしく、誰かが車の中の小銭を盗んでいき、引き出し部分が取れてしまったのをシートの上に置きっ放しにされていたのだ。

車の鍵が開いていたのは不幸中の幸いで、窓も割られたりしていなかったし、貴重品も置いてなかったので取られたのは小銭だけだったが、あのsense of violationというのはなかなか忘れ去ることができない。

もちろん、知り合いの中には実際に泥棒や強盗の被害に会った人もいるし、さらに酷い、身体的被害を被った人もいる。一生心に残る傷だと思う。

嫉妬心や人をうらやましいと思うことに話を戻すと、私は普段は他人の成功を喜べるタイプだと思うけど、もしそれが自分が本当に欲しくてたまらないものだったらどうだろう。例えば、自分が歌手になりたかったとして、誰かが弁護士になれたことは心から喜べるかもしれないが、誰かがレコード会社と契約したら、同じくらい喜べるのかは疑問だと思う。

自分でも、他人の成功や幸せには素直に喜べる人でいたいと思っているけど、ひたすら努力のしづめで結果がでない時、他人の為にだけ何かをしている気がしているとき、周りの人に棚ぼた的なラッキーなことが起こった時には、なかなか素直に喜べる余裕がない気がする。easy come easy goという言葉があるので、あまり真剣に取らないようにはしているけれど。

真実を語る人 -Day 63

Photo credit: CHRIS WATTIE/REUTERS

今日はアメリカでもカナダでも重要な政治的公聴会があった日だったが、私はカナダでの事件にのみ触れることとする。

ジュディ・ウィルソン・レイボールド氏はもと弁護士で、カナダ初の先住民の政治家である。2015年から法務相そして復員軍人相として勤めてきたが今年に入り急に辞任。

辞任の理由に関しては固く口を閉ざしていた彼女が、今日証言をした。数ヶ月に渡り、内閣府、枢密院事務局、財務府などからカナダ最大の建設会社SNCラバランの賄収疑惑に関して、裁判に持って行かないよう圧力をかけられていたというものである。

ウィルソンレイボールド氏の(イニシャルを略してJWRと呼ばれることが多い)今日の証言による、ジャスティン・トゥルードー首相との個人ミーティングでの証言は以下。

I was quite taken aback. My response – and I remember this vividly – was to ask the PM a direct question while looking him in the eye – I asked: “Are you politically interfering with my role / my decision as the AG? I would strongly advise against it.” The Prime Minister said “No, No, No – we just need to find a solution.”

「私はとてもびっくりしました。私の返答は−鮮明に覚えているのですが – 首相の目をまっすぐに見ながら直接質問することでした、「私の法務長官としての役目、そして私の決断に政治的に介入されるつもりでしょうか?そうなさらないことを強く願いますが。」すると首相は「No, No, No – ただ解決法を見つけなければいけないだけだ。」と言いました。

自分が全く何も悪いことをしておらず、正しいことをしたとしても、大勢の人の前で真実を語るのは、時に恐ろしいことだと思う。

彼女は法務長官として正しいことをしたと思う。彼女の証言の最後の方で

「私は自分にとって大切な価値観や主義に正直であれ、誠実に行動しろと教えられ育ちました。これらは私の両親、祖父母そして私のコミュニティから学んだことです。」そして、「私は真実を語る者です。」と言っていたのも印象的だった。

自分の考えを正直に述べる事は時に怖い。しかしそれでも証言したJWRの勇気、彼女の落ち着いた態度に拍手したい。

万引き家族 – Day 62

ようやく、是枝裕和監督の「万引き家族」をみることができた。カナダに住んでいると日本の映画に飢えているのだが、ようやくビクトリアにもやってきた。是枝監督の映画は「そして父になる」「海街Dairy」「海よりもまだ深く」と続けて見てきているので、今回の「万引き家族」も心待ちにしていた。リリー・フランキーと樹木希林も大好きなので、最初の回に早々と行ってきた。

ストーリーは日本ではすでに多くの方がご覧になっただろうと思うので必要ないかもしれないが、タイトル通り、万引きをして生活する家族の話だ。私が是枝監督の作品が好きな理由は、彼の映画はおもしろおかしく、時に哀しいから。そして世間の端っこに生きている人達を描いた作品が多いから。

シネマトグラフィーも秀逸で、女の子のつまさきがぶら下がっている様子、そして見えない花火のシーンなどは特に印象に残り、いったいどうやったらこんな画を撮ることを思いつくんだろうと感心してしまった。

「万引き家族」はHodge Podge(ごたまぜ)の家族だけどつつましく、幸せに街の片隅で生きていた家族だったが、何事かが起こる。もちろん起こる。

この作品はカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したことで話題になったが、やはり他の作品に比べて、人の心に訴えるものが大きかったのは、この作品でカバーされたトピックが私達は最近ニュースでよく見る問題だからだろう、独居老人、孤独死,児童虐待、貧困。。。胸が痛むと同時に、ひっぱたいてやろうかと思うくらい頭にくるシーンもあった。

TVやニュースサイトで読む事件の真相を私達は本当に知っているのか?血の繋がった家族だけは本当の家族なのか?

深く、衝撃的な話で、いろいろと考えさせられる作品だった。

ビクトリアではCinecentaにて明日、明後日と上映しているのでぜひ観に行ってみて欲しい。

バンクーバー朝日 – Day 61

カナダに住んでいる人なら、誰もが見たことがある、Heritage Minutesという60秒の番組がある。コマーシャルの時間に流れ、カナダの歴史を説明したものだ。

最新のHeritage Minutesは、バンクーバーの朝日野球チームについて。

バンクーバー朝日は1914年から1941年まで、バンクーバーで活動していた、主に日系カナダ移民の二世を中心とした野球チームだ。当時は、働きものの日本人がカナダ人の仕事を奪っているとして、反日感情も高まってきていたが、朝日チームはかなり強かったらしく、1919年にはマイナーリーグで優勝もしている。日本でも2014年に「バンクーバーの朝日」という映画になっている。

その後1941年に真珠湾攻撃のあと、日本人そして日系カナダ人は強制的に敵国の外国人とされ、収容所に送られた。これらの日系カナダ人の多くはカナダで生まれ、日本に行ったこともなく、英語しか話せなかったのに。

Heritage Minutesの冒頭も”We were born in Canada. We spoke English.” というところでハッとさせられる。

日本で生まれ育ち、カナダに移民としてやってくるまでは(そういう意味では私も『一世』である)、戦時中の日系カナダ人の強制収容(英語ではInternentと言う)のことなど全く知らなかった。学校で学んだ記憶もない。

しかし、カナダに来て20年経ち、強制収容のことを知れば知るほど、2万2千人の日系カナダ人たちがいかに大変な思いをしてきたのかと、胸が詰まる思いだ。今これを読んでいる人で、Internentのことを知らない人がいたら、ぜひ様々な資料があるので、手に取ってみて欲しい。バンクーバーには日系博物館があるし、オタワのCanadian Museum of History、またウィニペグのCanadian Museum of Human Rightsにも日系人の収容に関する展示がある。

今私や私の下の若い世代の日本人がカナダに自由に移民できているのは、戦時中の日系カナダ人の方たちの苦労の賜物だと思わずにはいられない。

スター -Day 60

我が家にはケーブルテレビというものがない。Netflixしかないのに困ることは殆どないが、唯一ケーブルテレビがあったらなあと思うのは、ライブイベントがあるときだ。

今日はアカデミー賞授賞式があった。うちのオットがレッドカーペット中継ならオンラインで見れることを発見して、二人で親友のように、ベッドに座ってiPadでレッドカーペット中継を見た。

最後にこういった授賞式イベントをライブで見たのはいつだか思いだせないくらい昔のことだ。授賞式系イベントは嫌いではないのだが、前述のとおりケーブルテレビがないので、よっぽど、どうしてもみたいものでない限り、オンラインのライブストリームなどを探すこともない。誰がどの章を受賞したのか、どんなドレスを着ていたのか、あとで見るのは好きなんだけど。

でも今日オットとレッドカーペットを見ていたら、Cattyなコメントの出てくること出てくること。「何着てんのこの人?!」「ちょっとこれはもう少し若い人が着るものじゃないの?」「この人、トシ取ったね〜」など、意地悪なコメントばかりオットと言い合っていて、自分で自分がちょっと怖くなった。何故有名人になら、好き勝手言っても許されると思うんだろう。何でこんな酷いこと言えるのか。

そのうちレッドカーペットからの中継は終わり、オットは授賞式自体はライブストームしていないことにぶつぶつ文句を言っていたが、私は正直少しホッとした。また同じようにTVで見るスターに色々文句言いたくなかった。ジャッジメンタルな自分になりたくなかった。

スターはグラマラスで眩しい。まさに星だと思うけど、時に彼らは私達の中の最も汚い感情を引き出すような気がする。

プリスクールとツキノコン – Day 59

今日は忙しい日だった。昔からお世話になっている先生が、日本語のプリスクールをオープンされたのでそのお祝いに。Craigflower Schoolhouseという、BC州で最も古い校舎を借りてやっているそう。子どもたちはものすごく可愛い。懐かしい日本人の方たちにも久しぶりに会えて嬉しかった。まるで同窓会のよう。

夕方からはビクトリア大学で開催されていたツキノコンというアニメコンベンションでボランティア。思っていた以上に大規模なもので、自分達が作ったものを売っている人達がこんなにいるのか、とびっくり。コスプレしている人も多く、面白かった。私達のブースでは福笑いを提供。福笑いって、シンプルなのに、すごく楽しい。

どちらのイベントでも沢山の人達を話をした。疲れることもあるが、私は人と話すとそこからエネルギーをもらったり、新しいアイデアが浮かんだりする。今日もその例にもれず、新しくコラボする話などもあった。何もしないで家に籠もることは簡単だけど、外に出ていろんなに人に会うと刺激をうけることも多く、ほぼ毎回、行って良かったと思えるのだ。

【おすすめポッドキャスト004】Getting Curious with Jonathan Van Ness – Day 58

今日おすすめするポッドキャストは、Getting Curious with Jonathan van Ness。Getting Curiousとは 好奇心を持つという意味だけど、実は初めてこのタイトルを聞いたとき、私はこれはLGBTQ関連のポッドキャストかと思ってしまった。というのも、Bi-CuriousとかGay-Curiousとは「ゲイ/バイとカミングアウトしてないけど自分はそうかもしれない、またはちょっと体験してみたい」などというニュアンスでよく個人広告などで使われるフレーズなので。でも実際聞いてみると、全くLGBTQに偏っておらず、タイトルどおりあらゆるトピック−「スンニ派とシーア派でどう違うの?(これまさに第1回のトピック)」「歴史上最初のクリスマスってどんな感じだったん?」「インターネットセキュリティって何?」「生理カップって何?」「ロマノフってどういう人達だったの?」「摂食障害って何?」「性同一性って何?」「銃規制に関してどうすればいいの?」「アメリカで黒人として生きるってどういう感じ?」「ブラジルで一体何が起こってるの?」などなどなど、とにかくありとあらゆるトピックで、その道の専門家をゲストに招いて語るという番組。

ホストはNetflixで放送されているリアリティ番組Queer Eye でヘアケアスペシャリストとして出演しているにジョナサン・ヴァン・ネス。通称JVN。Queer Eyeはもともとは2003年に、おしゃれなゲイ5人組(Fab 5)が、冴えないストレートの男性にファッションやインテリア、料理などのアドバイスをするという番組だが、2018年に新メンバーで復活、ジョナサンはその新Fab 5 の一人というわけ。ジョナサンはそのロン毛とトークの面白さで爆発的に人気がでた。

ジョナサンは中西部のイリノイ州出身。かなりコンサバティブなエリアということもあり、高校の頃はゲイということでいじめられたらしいが、なんとチアリーダーの奨学金をもらって大学へ進んだらしい。

その後は美容師の学校に行き、ロサンゼルスに出てきて美容師として働いてたが、ゲーム・オブ・スローンズ(GOT)が大好きで、お客さんとGOTをネタに盛り上がっていたらあまりに面白かったためFunny or dieと言うサイトでGay of Thrones というパロディウェブシリーズをやって欲しいとスカウトされ、一部の人の間ではそれなに有名だったのだそう。その後Queer EyeのFab5にオーディションで選ばれ、誰でも知っている有名人になった。

ジョナサンはポッドキャストのタイトルどおり本当に様々なことに興味があるようで、ポッドキャスト自体もともと一人で始めたもの。

皮肉なことに、Queer Eyeで爆発的に人気が出る直前に、当時のポッドキャストネットワークから、番組打ち切りを言い渡されるが、どうしてもポッドキャストを続けたかったため、現在のEarWolfネットワークに移動して番組は続いている。彼の番組を打ち切りにした最初のポッドキャストネットワークは、今頃後悔してもしきれないのでは。。。

ジョナサンの人気の理由は、話が面白いというのもあるが、単にはでやかで話が面白いゲイの男性というのは結構どこにでもいる。ジョナサンの魅力は、やはり様々なことに好奇心を持っているところ(政治にもけっこう詳しい)、独特のボキャブラリー(Itで済む単語はまず間違いなくShe/Herになる。Gorgeousの代わりにGorge! と言う。Yas Queenとか、Hunny とか、いわゆるオネエ言葉なのだが新しい言い回しが多くずっと聞いていると自分もつられてしまう)がまた楽しい。そして彼はジェンダーノーム(一般的な性別の範囲)を大きく超えたファッションで、私は大好き。彼はロン毛で髭をはやしているけど髪をお団子にしたり、三つ編みにしたり、スカートをはいたり、ヒールやブーツを履いたりする。最近フィギュアスケートのレッスンを始めたらしく、彼のインスタグラムにはよくスケートの動画がアップされている。性別の枠を超え、従来の「男らしさ」を根底から覆す自由な彼の大ファンだ。

そして最近までFab 5のメンバーはQueer Eyeシーズン3の撮影の為、日本に数週間滞在していた模様。日本からアップされたこれらのインスタ写真も大好き。

ポッドキャストでは分からないことは正直にわからない、説明して、と言っている彼に好感が持てるし、ブレネー・ブラウンやヴァルネラビリティについてもちゃんと読んで理解しているところもすごいと思う。とにかく、一度聞くと彼のトークに引き込まれること間違いなしなので、ぜひ聞いてみて欲しい。

(写真は全てインスタグラムから)

忘れてないよ – Day 57

今日は、いろんな方向から物を投げられて、やらなければいけないことがどんどん増えていくような日だった。検診の日を再調整し、子供はプレイデートがあり、出さなければいけないメール、買わなければいけないチケット、発行しなければいけないニュースレター、配信しないといけないポッドキャスト、そして各方向にださなければいけない問い合わせ。

バタバタと忙しく、気になっている友達にreach outできなかった。元彼にひどいことをされている友達や、脳しんとうを起こした友達(スクリーンから離れているのでメッセなども送れない)、もうすぐ引っ越しする友達、家族が病気している友達、ちいさな赤ちゃんのいる友達、そしてたくさんの、メンタルヘルスの問題を抱えている友達。

みんなに連絡できなくて申し訳なく思うし、少しづつ時間を見て、直接連絡しようと思っているけど、今日みたいな日は、ちょっと休みが必要っぽい。でも、みんなのことを忘れているわけではないよ。それだけは忘れないで欲しいなと思う。

【1000冊紹介する017】The Return of a Shadow – Day 56

今日読み終えた本は、山岸邦夫さんによるThe Return of a Shadowという本。山岸氏はバンクーバー島に在住の方で、何度かお目にかかったことがある。日本人の方が英語で書かれた小説ということで、ちょっと珍しい本といえるかもしれない。

読む前に知っていたことは、第二次世界大戦中のカナダでの日系人の強制収容に関して書かれているということくらいで、それ以外は殆ど何も知らずに読んだ。

日本人のオサダ・エイゾウは日本に妻と三人の息子を残して、単身カナダに出稼ぎに出る。最初はバンクーバー島で伐採業に就くがそのうち戦争が始まり、真珠湾攻撃後、日本人そして日系カナダ人は敵国の外国人として強制的に収容されてしまう。エイゾウは収容所で辛い日々を送り、妻子とも連絡が取れなくなってしまうのだが、ようやく終戦を迎えたあとは敗戦した日本に戻るより、カナダに残って仕事を続けた方が妻子の生活の助けになるだろうとカナダに留まる。そしていつのまにか40年ほどが過ぎ、ようやくエイゾウは日本に帰ることになる、というストーリー。

最初予想していたよりも読み進めやすい展開だったが、戦時中の日本人男性のエイゾウの考え方に、読んでいてときにイライラしてしまうこともあった。エイゾウは日本の家族に手紙を書き続けるが、そのうち日本からの返信が途絶えてしまう。一体、何が起こったのか?

エイゾウはカナダで定年を迎え、ついに日本に帰国し、彼がカナダにいた間に日本で何が起こったのかを知ることになる。謎が少しづつ明らかになっていく。

全体的なトーンはシリアスで暗い。でも戦時中、インターネットも安い国際電話もない時代を知らない私には、エイゾウの行動を一方的にとがめることはできない。この本の中で語られる一連の不幸な出来事は、その当時ならではの問題だったのではと思う。

本のトーンは全体的に暗いのだが、最後の方で思いがけない展開になり、びっくりした。最終的にはやはり哀しい話といえると思うが、それは必ずしもネガティブな意味ではなく、興味深い本だと思った。日系人の強制収容について何も知らない人は一読すべき重要な本だと思う。

Fuck Politeness – Day 55

今日、週一で配信しているポッドキャスト「はみだし系ライフの歩き方」のステッカーが届いた。クリエイティブディレクターのゆうこさんにデザインしてもらい、一緒にポッドキャストをやっているみかちにBASEで売れるようにセットアップしてもらったのだが、北米用にと私にも送ってくれたのだ。

ポッドキャストのキャッチフレーズFuck Politenessは、私の好きなポッドキャスト My Favourite Murder (MFM)からもらった。なぜなら、私達女性は幼いときから人に失礼にしないようにと育てられるから。誰か(この場合男性が殆どだが)に誘われたり、頼み事をされた時、私達女性にはつい断ってはいけない、相手を傷つけてはいけない、という妙な親切心が働く 。だから興味の無い人にデートに誘われてもはっきりと断れないし、強引に食事や飲み会に誘われても、一度くらいなら、、、とつい誘いに乗ってしまう。断るのは失礼だ、とすりこまれているから。

私は日本で育っているので、女性は静かで上品で綺麗でいなくてはいけないという暗黙のルールを教わってきた。カナダに来て、だいぶ独立できたと思うが、三つ子の魂百までというか、なかなか古い癖が抜けないことがある。

以前、玄関のベルが鳴るのでドアを開けたら若い男性が居て、その人が玄関に入ってきたことがある。家の中に入ってきて初めて、その人が泥酔していることに気が付いた。暴力を振るわれる危険は感じなかったが、自分がどこにいるかも分からないほど泥酔していて、「You need to leave now」と言っても聞かないので、ほとんど押し出すようにして追い出した。後でオットにその話をすると「一体何で家の中に入れたんだ!?」と言われたけど、答えられなかった。反射的に、ドアを開けてしまっていたのだ。平和な日本の田舎で育っている私には、知らない人にドアを開けないという、都会人の常識が無かったのだ。それに、困っているようだったので、つい招きいれてしまった。今ではもうそんな間違いは犯さないけど。

MFMのポッドキャストを聴き進めるにつれて、いかに多くの女性たちが、この親切さ、やさしさを逆手に取られて暴力を振るわれたり、殺されたりしているかを知った。そのうち、ポッドキャスト内で”Fuck Politeness”というのが合い言葉になっていった。全く知らない人にいい顔をする必要なんてない。それより、自分達の身を守ることの方が大切だ。

数週間前、息子を朝学校に送り届けたあと、スーパーに行った。まだ朝早かったので、駐車場はガラガラだった。車を停めて、私はしばらくスマホをいじっていたら、若い男性が私の車に向かって歩いてくるのが見えた。

これが昔の平和ボケしている私だったら、ウィンドウをあけて、「何か?」と聞いていたと思うが、用心深くなっている私は窓を閉めたまま、何の用かと彼を見た。すると彼は、窓越しに「何か今ぶつけなかった?」と聞いてくる。窓越しに私は「What?」と怒鳴った。

彼は「車のうしろ、何かにぶつけたみたい」と車の後方を指さしている。

私は何もぶつけてないと自信があった。早朝の、ガラガラの駐車場で、何にぶつけるというのだ。大体、何かに当たれば自分で気づくはず。これが昔の私なら、「え?どこ?!」とすごく驚いて車から降りていたはずだ。でももうそんなことはしない。

私は少し前に駐車場でバックしてきた車にぶつけられたことがあり、私の車の後方にはちょっとしたへこみがある。

なので、「知ってる。前にぶつけたから」と答えた。

すると男はしつこく「ホント?ホントに今何もぶつけてない?」と聞いてくるので「何もぶつけてないって。I’m good.」と言い、会話は終わったというシグナルを送った。

この時点で、私は彼の様子がおかしいと気づいていたし、現金を手に握りしめていたのも怪しい。ハイだったのかもしれない。

男が立ち去った後も、私は車内に残って彼の行方を見守っていたが、彼は駐車場に停められた他の車の周りをうろうろしていて、やはりあきらかに怪しいやつ。

Fuck Politenessして親切にしなかったため、変な目に会わずに済んだ。

Fワードが使われているにもかかわらず私達がこのフレーズを選んだのは、多少、他人に対して失礼でも良いから女性たちに安全でいて欲しいからだ。知らない男性から誘われたり、断りにくい頼み事をされても自分が安全と感じない場合は相手になんと思われても良いのでNOという勇気を持って欲しい。

ステッカーにはポッドキャストのタイトルとFuck Politenessの他に#黙らない女たち も入っている。このメッセージに賛同して、ポッドキャストをサポートして頂ける方はぜひBASE でご購入ください。カナダ、アメリカの方には送料込み$5でお送りしています。または、Apple Podcastにでて☆とレビューを付けて下さった方には無料でお送りしますのでご連絡を。