Facebook COOのシェリル・サンドバーグは女性がもっと積極的に仕事に進出することを薦めて書いた 『Lean In 』で有名ですが、2015年に夫のデイビッド・ゴールドバーグ氏を突然亡くしたことでも大きなニュースになりました。今日紹介する本『Option B』にはその夫の死後、彼女がいかにして強さを—いえ、それは「強さ」ではないかもしれませんが—いかにして最愛の伴侶の死という大きなトラウマから立ち直っていったかが書かれています。
タイトルの意味はシェリルのFacebookポストに書かれていました。デイビッドが亡くなったあと、父親が参加するイベントに、友人が代わりに参加してくれるよう予定を立てていたのですが、ふと” But I want Dave. I want Option A” と泣く彼女に“Option A is not available. So let’s just kick the shit out of option B.” と彼が言ったことからつけたタイトルだそう。
この本は彼女の親しい友人で心理学者のアダム・グラント(著書に”Give and Take”など)との共著です。私のお気に入りのポッドキャストにOn Beingという番組がありますが、この番組にシェリルとアダムがゲストで呼ばれたエピソードもここにシェアしますね。シェリルとアダムはアダムがデイビッドが当時CEOだった会社、サーベイモンキーで講演をして以来の友人だそうですが、デイビッドが亡くなった際、すぐに飛行機で駆けつけたのもアダムだったそう。
死や病気などの辛い出来事があった場合、 ”It’s going to be OK(きっと大丈夫)”といったあいまいな慰め方をしてくる人が多い中、「若い時に親を亡くした子供達でも立ち直って幸せな大人になっているという例は沢山ある」と、データや研究に基づいた意見をアダムから聞くことにどれだけ救われたか、シェリルはOn Beingでのインタビューでも語っていました。
シェリルは夫の死後30日を過ぎた時に投稿したFacebookポストにも触れています。シェリルは彼女の宗教であるユダヤ教では配偶者の裳に服す期間は30日なのに、30日経っても全く哀しみが癒えないことに絶望してこのFacebookポストを書き、「こんなの、絶対に投稿できない」と決めて最初はそのまま寝てしまったらしいのですが、翌日「これ以上状況が悪くなるわけもない」と思い直して投稿し、多くの人々の共感を呼び、これは4千万回以上もシェアされました。
誰かが大切な人を亡くしたとき、癌などの深刻な病気になったとき。人は間違ったことを言ってしまうのではないかということを恐れて、結局なにも言わないことが多いと思います。シェリルも、夫が亡くなった後、誰もデイブのことを口にしなくなったことを”Elephant in the room(見て見ぬふりをされている問題”)と言っています。かといって、 “How are you?” と普通に聞かれても、「私の夫は死んでしまったのよ。元気なわけないじゃない!」と叫びたくなったというシェリル。でも、皆が間違ったことを言うことや、傷つけることを恐れて大切なことを口にしなくなった時、問題の当事者はさらに傷つくのだとシェリルは言います。病気で息子を亡くした作家のMitch Carmody は“Our child dies a second time when no one speaks their name— 人が私達の子供の名前を口にしなくなった時、彼等はもう一度死ぬことになる” (P33) と言っています。愛する人を亡くした人達は、彼等のことをいつまでも覚えていたいのですよね。
そして実際にトラウマを経験した人には代わりのあいさつとしてHow are you today? と聞くのはどうだろうか、そして今では、辛いことが起こった人には、何も言わないのではなく、”I know you are suffering, I am here.”と言うようになったと話していて、実際の生活でとても役に立つエピソードだと思いました。
また心理学者のマーティン・セリグマンによると、愛する人の死やレイプなど、大きなトラウマを経験した際、3つのPが立ち直りを防いでしまうのだそうです。その3つのPとは:
(1) Personalization—トラウマの元となった出来事は自分のせいだという考え
(2) Pervasiveness—その出来事が自分の人生の全ての面に影響するという考え
(3) Permanence—出来事の影響は永遠に続くという考え
だそうで、これをいかにして取り除くかがカギとなっているそうで、これもとても役に立つ情報でした。
アダムは心理学者なので、シェリルが「最愛の人が亡くなってしまって、もうこれから一生幸せなんて感じることはない」と打ち明けた際も、アダムは「それはPermanence という罠だよ。それにデイビッドが死んだのは自分のせいだと思うのもPesronarization という罠。罠を避けて、君が回復しないと、君の子供達も絶対に回復しない」と言われ、子供達が立ち直るためなら何だってする、と積極的に立ち直りへの道を歩むようになったのだとか。またこのような研究に基づく証拠を示してくれたことでとても心強かった、と話しています。
また、トラウマから立ち直る際役に立ったことが、意外にも「最悪の状況を想定する」ことだそうで、シェリルは「愛する夫を亡くして、これ以上ひどいことなんてあり得ない」と思っていたものの、アダムに「それよりひどいことはあり得る。例えばデイブが発作を起こした時、二人の子供を乗せて車を運転していたらどうなっていた?」と聞かれ、瞬時に「私にはまだ子供達がいる。私はなんてラッキーなんだ」というGratitude(感謝の気持ち)が湧いてきたといいます。最悪の状況を想定することは、一見逆効果のように見えますが、実はこれが、立ち直りに必要な感謝の気持ちを産むものなんですね。
それにしても、この本のテーマが「いかにしてトラウマから立ち直るか」なので当たり前といえば当たり前なのですが、この本には辛い経験をした人達が沢山でてきます。レイプの犠牲者、息子を亡くした親、二人の子供を乳母に殺された親。。。それぞれの状況を読む度に胸が痛みますが、みな、辛い経験を糧にして立ち直った人ばかりで、希望をもらえます。
トラウマを経験した人にどう接するか、の他にも、トラウマを経験したあとそこから学んで成長することは可能なのか?というトピックにも触れられています。英語ではPost-Traumatic Growthとなっていますが、このセクションでも、多くの辛い経験を経てさらに成長した人達の話に、きっとインスパイアされるでことでしょう。
とても感動的だったのが、家族でいつも遊んでいたボードゲームを思い切って子供達とプレイすることにした話や、デイブが好きだったGame of ThronesのTV番組を見るようになった、というくだり。デイブが好きだったものをいつまでも避けているのではなくWe take it backと宣言して、彼が好きだったものをもう一度楽しむ姿に感動しました。そして、喜びを感じることに罪悪感をもたないこと。サバイバーズ・ギルトというのはよく知られている心理学用語ですが、デイブの死後、嬉しいこと、楽しいことを感じる許可を自分に与え、喜びを感じることに罪悪感を持たないこと、そして、その日あった嬉しいことや感謝することを寝る前にメモするようになったとも書かれていました。
最後に、おそらくこの本の中で私が個人的にもっともインスパイアされた部分は、老いていくことは生きている私達だけにもたらされた特権であるということ。
シェリルは今まで、誕生日が来る度に、年取るのは嫌だな、とか、誕生日なんてたいしたことじゃない、と特に何もせずに過ごしてきたらしいのですが、デイブが50歳を目前にして亡くなった今、年を取るということがなんと恵まれたことなのか実感したとシェリルは言います。We either grow old or we don’t. 私も、1日でも長く生きれることに感謝したいと思いました。
この本に出てくる多くの人がトラウマから立ち直る姿に、きっと勇気をもらえるはずです。