自分自身でいることが、荒野に立ち向かうこと。[1000冊紹介する-010]

ブレネー・ブラウンの最新刊、彼女の4冊目の本、Braving the Wildernessが今月発売され、さっそく購入して読みました。今回の本はそこまで厚くないので、結構さらっと読めます。

Braving the Wildernessとは、どういう意味でしょうか。Wildernessとは荒野や野生という意味ですが、Braveを動詞として使ってあるので「荒野に立ち向かう」などと言った意味になります。

一体どういう内容なのか、ほとんど予習をせずに購入し読み始めたのですが、とりあえずこれまでのおさらいをすると、ブレネーのこれまでの本のテーマは、以下のようになっています。カッコ内は邦題です。

The Gifts of Imperfection (「ネガティブな感情」の魔法)- Be You. 自分自身であれ。

Daring Greatly本当の勇気は「弱さ」を認めること)- Be all in. 全力でやろう。

Rising Strong (立て直す力)- Fall. Get up. Try Again. 倒れたら起き上がってまた挑戦しよう。

というメッセージでした。

それでは今回の4冊目の本は、どんな本なんでしょうか?

ひとことで言うと、Belongingに関する本です。

Belong、とは、何かに属すること。何かの一部になることですよね。クラブの会員になったり、会社の一員になったり。

著者のブレネーは、「何かの一部になっていると感じることは人間にとって不可欠なもの」であると過去の著書にも書いています。学校や部活で仲間にいれてもらえなかったりして辛い思いをした人も少なくないのではと思います。

何かに属しているという感覚は欠くことのできないもの、と信じていたブレネーは、マヤ・アンジェロウのインタビューを見て、ショックを受けます。

マヤ・アンジェロウは有名なアメリカの活動家、詩人、作家、女優ですが、1973年のTVインタビューでこんなことを言っていたそうです。

You are only free when you realize you belong no place – you belong every place – no place at all. The price is high. The reward is great.

自分がどこにも属さないと分かって初めて人は自由になるものです。ー全ての場所に属してーどこにも属さない。代償は高いわ。でも大きな報いがある。

これを初めて聞いた時、ブレネーは「それは違う」「どこにも属さない世界なんて」「彼女は属することのパワーを知らない」と思ったそう。そしてこのあと20年近く、この言葉が引用される度に怒りを覚えるようになったのだとか。

怒りの理由は二つ、一つは、ブレネーが尊敬するマヤ・アンジェロウが自分と正反対の意見を持っていることが許せなかったこと、そして、ブレネー自身にとって、「どこにも属さない」ことが辛い経験であったことです。

子供時代引っ越しを多くしたため、ただでさえどこか一つの学校、クラブ、コミュニティに属することが難しかったというブレネーですが、高校生の時にベアカデッツ(話を簡単にするために、チアリーディングのようなものと考えて下さい)にどうしても入りたかった彼女の辛い体験談が書かれています。両親の仲が悪化している時で、キラキラした衣装に身を包んで、沢山の友達とダンスをすることが、一種の救いのように感じていたブレネーは、これまで何かをこんなに求めたことはないというくらいベアカデッツに入りたかった、と書いています。ベアカデッツの女の子達はなんでも一緒にやり、行動するのでベアカデッツは、まさに「所属感を擬人化したようなものだった」と。

ダンスは得意だったので、転校したばかりの学校で、一人で(まだ一緒に行くほど親しい友達が居なかったため)オーディションに参加したブレネーは、学校について唖然とします。

オーディションに参加した子達は全てメイクをばっちりして、派手な衣装に身を包んでいました。ブレネーと言えば、すっぴんで、黒いレオタードにグレーの短パンをはいていたそう。オーディションには思いっ切りドレスアップして挑むものだと、誰も教えてくれなかったのです。

それでも何とか気を取り直してオーディションを終え、夕方、結果発表のため、祖父母の家に行く途中で家族全員が乗った車で学校に行ったブレネー。

ドキドキしながら結果表を見ると、、、、彼女の番号は乗っていませんでした。合格して喜びの声をあげる友人達をあとに、絶望して車に戻りました。両親は、彼女はに全く一言もかけてくれなかったそうです。沈黙がナイフのように心に刺さったというブレネー。彼女の両親はどちらも若い頃は人気者で、父親はフットボールのキャプテン、母親もチアリーダーだったとか。両親は自分のことを恥じている、と感じたブレネーは、自分はどこにも属さない、そして、ついに、自分の家庭にも居場所がない、と感じたのだそうです。

今振り返って見ると、ブレネーはこれはもしかすると自分で創り出したストーリーだったかもしれない、と書いていますが、もしこのとき、彼女の両親が、オーディションに受からなかったことを慰めてくれて、挑戦しただけでも偉いと言ってくれたら、または(本当はこれが彼女が希望していたことですが)彼女を合格させなかったチームはひどい、あなたは合格する資質がある、と言ってくれていたらーこの話は彼女ののちの人生の軌跡を定めるような話になってはいなかっただろう、と書いています。でも、実際にはそうなってしまった。

他人事なのに、読んでいて胸が痛くなる話ですね。

この話を本に書くことは思った以上に辛かったというブレネー。当時の練習曲をiTunesで聞いて思わず涙してしまったそうですが、それは、チームに入れなかった悔しさというよりも、当時、何が起こっていたのか分からなかった若い自分を慰めてくれる人が居なかったことへの涙だと言います。彼女の両親は当時は娘の痛み、そしてヴァルネラビリティに対応するためのツールもスキルも持ち合わせていませんでした。両親はその後離婚してしまいましたが、幸い、家族で勇気、ヴァルネラビリティ、そして真に何かに属するとはどういうことかを学ぶことができたので、この事件は彼女たちの未来に悪影響を及ぼすことはなかったと言います。

家族の中に居場所がないと感じることは最も危険な痛みで、これは3つの結果につながるとのこと:

1.ずっと傷つきつづけ、その心の痛みを麻痺させるか、または他人にその痛みを負わせてしまう

2.痛みを否定し、否定することで周りの人や子供達に引き継いでしまう

3.痛みを自分のものとして認める勇気を見つけ、自分や他人に対する思いやりを育て、世間で起こっている痛みをユニークな目でみつけることができる

2013年にブレネーはオプラ・ウィンフリーのSuer Soul Sundayという番組に出演することになります。そして同じスタジオに、長年尊敬してきたマヤ・アンジェロウが居る、会ってみたいか、とオプラに聞かれるのです。

この出会いのシーンはとても感動的なので、ネタバレしないでおきますので、本を読んでみるまでのお楽しみ。

そしてさらにそれから数ヶ月後、講演活動をしていく中で様々な出来事があり、やはり「自分はどこにも属していない、居場所がないのだ」とがっかりするブレネーは、ようやくアンジェロウの言葉の本当に意味に気が付くのです。

それでは真に属する(true belonging)とはどういうことでしょうか?

英語でfit inという表現がありますが、これは日本語でいう「迎合」に近いと思います。思春期にブレネーのような経験をした人は沢山いると思うのですが(私も含め)、どこか、何かに属したいがために自分を曲げたり取り繕ったりして迎合してしまう人も多いでしょう。でも、ブレネーは迎合することは属することの全く正反対だと言います。

自分に属する、ということは、誰がなんと言おうと自分の考えに忠実であること。それができてこそ、本当に自由になれるし、どこにも属さない。まるで一種の逆説のようで、最初読んだ時は私も「??」という感じでしたが、何度も読み返してみると、確かにその通りだと思いました。

自分の意見に忠実であれば、世間から非難されたり、後ろ指をさされることもあるかも知れません。ブレネーの夫のスティーブは小児科医で、抗生物質を処方しないことで親から非難を受けたりすることもあるそうですが、彼自身は「それはこの子供に必要ないものなので、誰に非難されても自分の意見を突き通す」というたとえ話をしています。

詩や文学、音楽の世界で、野生というものは広く恐ろしく危険な環境としてよく使われるメタファーです。ブレネーはこの野生/荒野/大自然というメタファーは、自分の考えに忠実であることと同じであると言います。それは孤独で、感情的で、スピリチュアルで、広大なものだからです。完全に自分に属しているということは荒野に一人で立ち向かうことと同じなのです。恐ろしく、危険な場所で、結果をコントロールできない環境ですが、この野生の場所こそが、もっとも勇敢で、神聖な場所と言えるでしょう。

真に属するとは自分を変えることではなく、自分自身でいること。 

この本では、それでは勇敢に荒野に向かっていくために、何か必要なのかを一つづつ説明していきます。2016年の大統領選以来、波乱を極めるアメリカと世界の社会の中をいかにして進んでいくか。3章以降でその方法が詳しく説明されています。

私自身は、これまで彼女の本を読んできた経験から、自分自身をさらけだすこと(ヴァルネラブルである)こと、勇気を出して挑戦することには少しは慣れてきたと思っていましたが、この本では、自分1人に属するには、他人とも繋がらなければいけない、と説かれていて、これにはもう少し練習が必要なようです。

アメリカの大統領選以来、私達は自分と似た意見の人達とばかり固まるようになってしまいました。研究によると、そのように自分達を分けてしまうと寂しさが増えてしまう傾向にあるそうです。また、自分の味方でないならそれはすなわち敵である、というような偽の二極論を展開してしまいがちです。

ブレネーは、そのような二極論を止め、自分と意見の違う人の話をしっかり聞き、同意できない場合でも礼儀正しく接することの大切さを説いています。

この本の後半で、特に感動的なのが、私達は実は他人と密接に繋がっているのだ、そしてその繋がりを強めることによって、荒野に立ち向かうことができるのだと説かれている部分です。

私自身も、1人で公共の場にいる際、ついスマホだけをのぞいてしまい、タクシーの運転手さんと話をしなかったりすることがあります。昨今では、マンションのご近所同士でも殆ど話をしないことなどが普通になってしまっていますよね。

ブレネーは「人は近づくと嫌いになりにくいもの。もっと人に近づこう。」と言っています。どの政党を支持するかによって「共和党支持者はバカばっかり」などと言ってしまうこともありますが、1人1人をしっかり見ていくと、言うまでもないことですがみんなが悪人やバカな訳はありません。1人1人に近づき,その人を理解することが大切です。また、知らない人と手を繋ごう。という章では、スポーツや教会などでみんなが一体になることのパワーを説明し、ハリー・ポッターの映画を見て感動した人達が劇場で示したジェスチャーや、チャレンジャー爆発事故の際、ハイウェイで車を停めた人達など、集合体として、感動や哀しみを分かち合った時の様子がかかれています。

「自分に属すること」が荒野に立ち向かっていくことというのは、最初はなかなか理解しがたいコンセプトかも知れませんが、非常に大切なことだと思いました。

日本語訳はおそらく来年あたりに出版されるかと思いますが、それまで、この本について語ってみたいと言う方は、ぜひFacebookのグループへもどうぞ。

子供の目線を貫き通した モーリス センダック[eigoehon#002]

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モーリス・センダックといえば「かいじゅうたちのいるところ」が最も有名な20世紀を代表するアメリカの絵本作家ですが、私は「かいじゅう〜」に出会って以来、15年ほど彼の絵本を集めています。独特の美しい画風と、彼自身がいつまでも子供であるような、突飛なストーリーが大好きです。

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子供の頃のせつなくてはかない心情を、いつまでも忘れなかったセンダック。大人にはちょっとぎょっとするようなストーリーでも、すんなりと入っていける子供も多いようです。
今日は、そんなセンダックの本をいくつかまとめてご紹介します。

あなはほるもの おっこちるとこA Hole Is to Dig(1952)

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これはルース・クラウスが書き、センダックはイラストのみを担当していますが、子供のためのイラスト辞書のような感じで、「ちいちゃいこどもたちのせつめい」と邦訳版にはサブタイトルがついています。素朴な絵で子供のまわりのものを定義しています。

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「てはつなぐもの」「うではだきしめるもの」「はなはこすりあわせるもの」「おしろはすなばでつくるもの」など、癒やされる説明ばかり。何度読んでも、子供の目線の説明に飽きることがありません。おすすめ。

かいじゅうたちのいるところWhere the Wild Things Are(1963)

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センダックのもっとも有名な本で、2009年に映画化もされました。最初の邦訳は1966年でしたが、1975年に神宮輝夫氏の訳で「かいじゅうたちのいるところ」という新しいタイトルで再度発行され、現在ではこちらの訳の方がより定着しています。
いたずらっ子のマックスが、お母さんに晩ご飯抜きのおしおきを受けた夜、彼の不思議な旅がはじまります。センダック独特のかいじゅう達がとても良い味を出しています。エンディングも大好き。これは暗記してしまうほど我が家でもなんども読み返している本です。

まよなかのだいどころIn the Night Kitchen (1970)

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夜中に物音を聞いて「うるさいぞ しずかにしろ!(Quiet Down There!)」と叫んだミッキー。あっというまに、3人のパン職人のいる台所に迷い込みます。あやうくパン生地の中に入れられて焼かれてしまいそうになるミッキーですが、機転をきかせて脱出します。

IMG_4929ありえん!というレベルのストーリーが逆に楽しい。コミックのような画風も良い。

まどのそとのそのまたむこう Outside Over There (1981)

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ゴブリンに連れ去られた赤ちゃんの妹を取り戻すためにまどのそとのそのまたむこうへ後ろ向きに落ちていくアイダ。美しくも少し不気味なイラストに、惹きつけられる人も多いようです。実際に起こったリンドバーグの息子誘拐事件をもとに書かれたそうです。

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ミリー―天使にであった女の子のお話Dear Mili(1988)

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1983年9月28日に、グリム兄弟の一人、ヴィルヘルム・グリムが一人の少女に宛てた手紙が発見されました。手紙にはこの少女にあてたお話が書かれており、150年ものあいだ家族に保管されていたものがセンダックのイラストによって蘇りました。5年の月日をかけて完成されたイラストはすべてが精密でため息が出るほど美しいものばかり。

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母親と二人暮らしだったミリ。ある日、村にいくさが近づいたため、母親はミリを森の奥へ逃がします。森の中で不思議な老人の家にたどり着いたミリは、食事を作って恩返しをするのですが。。。神秘的なお話です。

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60年間にわたって子供のための本を書き続けたセンダック。2012年に亡くなってからも、彼の本を愛し続けるファンは後を絶ちません。ぜひ読んでみて下さい。

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クリエイティブな人生のススメ: Big Magic [003]

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前回のブログ「人生でやるべきことが見つからない人へ」でも紹介した「食べて、祈って、恋をして」の著者、エリザベス・ギルバートの最新作「Big Magic: Creative Living Beyond Fear」を読み終えました。

彼女のかつての最初のTEDトークは、「創造性をはぐくむには」というタイトルで、私もこれはとても好きなトークのひとつですが、このBig Magicもその創造性ーCreativityに関する本です。

ギルバートは今までにも小説を書いたり、「食べて、祈って、恋をして」のような自分の経験に関するノンフィクションを書いたと思ったら、前作は「The Signature of All Things」というタイトルの、植物学者に関する小説だったりで、なかなかバラエティに富んだ作品を送り出している人ですが、今回のBig Magicも、自分の経験に基づいた話が沢山紹介されているノンフィクションです。

私自身、2015年の言葉の一つを「Create」と決めて、今年は様々な創作活動に力を入れることにしていたので、なかなかタイムリーなトピックです。

一体どんな内容なのかと思って読んでみると、各章の中がとても短い(時には1ページのみ)トピックでまとめられており読みやすく、真っ先に頭に浮かんだ感想は「これって、スティーブン・プレスフィールドじゃん」ということ。

プレスフィールドもいわゆる自己啓発系(これは日本では必ずしもポジティブな言葉ではないかもしれませんが)の作家の中では非常に有名な作家で、「自己啓発系」だからといっておざなりにするにはもったいない作家です。有名な著書に「The War of Art」(邦訳版は「やりとげる力」)「The Authentic Swing」などがあり、これらは私も個人的に超お勧めですが、それはさておき。

創造性(クリエイティビティ)とはいったい何でしょうか?

巻頭に、こんな質問が載っています。

Q. What is creativity? 

A. The relationship between a human being and the mysteries of inspiration. 

ギルバートは、人は全て心の奥深くに埋められた宝石のような創造性をもっており、それを掘り出して何かを創り出すことが必要であると説いています。

最初の章で、リズ・ギルバートは、ニアミスだったものの結局は会うことのなかった同じ名字のジャック・ギルバートという作家について触れています。大学で教える傍らひっそりと自分の小説を書いていたジャック・ギルバートは、生徒達にクリエイティブな人生の勧めを常に説いていたそうです。

ジャック・ギルバートはとある詩のクラスのあとで一人の生徒を呼び出しました。とてもよく書けている、と彼女の作品を褒めたあと、彼女は将来何をしたいのか聞いたそうです。生徒は、ためらいながらも作家になりたいと伝えました。するとギルバートは「そのための勇気はあるかい?作品を前に出していく勇気が。君の中には宝物が隠されていて、君がきっと”Yes”と言ってくれるのを待っているのさ」と伝えたそうです。

ここでいう「創造」とは、必ずしも絵画や彫刻のような「美術」的なものとは限らず、音楽、クラフト、執筆、イラスト、アクセサリー創り、ガーデニング、写真、演劇、料理、スポーツなどなんでも良いのです。

でも、多くの人が、たくさんのことを怖がっています。あえてクリエイティブな人生を送らないのは、怖いから。

何が怖いかというと:

ー自分は才能が無いのではという恐れ

ーせっかく作品を世に出してもそれが受け入れられなかったり、反発されたり、嫌われたり、無視されるのではという’恐れ

_自分の創造性が活躍できる場所がないという恐れ

ー他人の方が自分よりうまくできるという恐れ

ーすでに他人は似たようなことをやっているという恐れ

ー誰もまじめに受け取ってくれないという恐れ

ー成功しないのではという恐れ

_恥ずかしいという恐れ

ーきちんとしたトレーニングや教育を受けていないという恐れ

ー誰かのマネをしているだけだと言われる恐れ

ー周りの人になんと言われるかという恐れ

ーすでにピークを過ぎてしまったのではという恐れ

ーすでに年を取り過ぎているという恐れ

ーまだ若すぎるという恐れ

ー一度大成功したので今度はうまくいくはずがないという恐れ

ー今まで一度も成功していないので何故いまさら挑戦する必要があるのかという恐れ

etc etc…

もう、怖いことばっかりですね。

著者のギルバートも、以前は怖がってばかりの少女だったといいます。でも、そのうち、恐怖というものはつまらないものだと気がついたといいます。何かを恐れて何も行動を起こさずにいると、もちろん何も起こらないので、ひどく退屈だというのです。また、あなたが感じている恐怖は他のみんなも感じている恐怖であり、まったくオリジナリティがありません。自分のなかに、ひっそりと、またふつふつとわき上がる「これやってみたい」「面白そう」という好奇心は、人それぞれ違っており、オリジナリティのかたまりのようなものです。

二章目のEnchantmentでは、クリエイティビティ、そしてインスピレーションがどのような動きをするのかについて書かれています。TEDトークでも紹介されている詩人のRuth Stoneの話が再度この本でも紹介されており、インスピレーションは突然降ってくるもので、「それ」がやってきたら急いでペンをつかみ、なんとしてでもそのしっぽを捕まえなければいけない、というのは私も特に好きなエピソードです。

そしてタイトルの通り、ときにインスピレーションと創造性は、まさに魔法のような働きをします。ここに書いてしまうとネタバレなので書きませんが、ちょっと信じられないような逸話が紹介されています。

第三章は「許可」について書かれており、クリエイティブな人生を送るのに、誰の許可もいらないんだよ、ということが説かれています。また、クリエイティブなことをするのに「世界を救うため」「人を助けるため」などという大それた理由も必要ないと言います。ただ、自分がやりたいから、絵を描く。本を書く。スケートを習う。料理する。家のペンキを塗る。手紙を書く。歌のレッスンを取る。写真を撮る。それで良いんです。

第四章はPersistence、粘り強く続けることについて書かれています。この章は主に著者の作家としてのキャリアについて書かれており、なかなか興味深い逸話が載っています。

第五章は「信頼」、Trustについて書かれています。前回のブログでご紹介した「情熱vs好奇心」の話はここに書かれています。著者の前作の植物学者を題材にしたThe Signature of All Things、という本も、今までとはちょっとジャンルが違って面白いなあと思っていたのですが、この本を書くことになった経緯も、好奇心がもとだったそうです。

また、失敗から立ち直る方法として、とにかく、なんでも良いからやってみる、失敗にこだわりすぎず、気分転換に何か他のことをやる、などが紹介されています。私もこの数週間ちょっとスランプ気味ですが、開き直って、編み物などやっています。すると、自分の中の別のチャンネルが開いてくるような気がするのが不思議です。

内容的には、そこまでま新しいことが書かれているわけではありませんが、著者独特の軽くユーモアに満ちた語り口で、スイスイ読めます。

最近右脳を使うクリエイティブなことをやっていないなという方、人生をもっとクリエイティブに生きてみたい方は是非いちど読んでみて下さい。

 

Rising Strong(3): 助けることと、助けを求めること

IMG_4356ブレネー・ブラウンの最新書、Rising Strongの紹介を3回にわたって書いています。パート1 パート2


本書の後半は、様々なケーススタディとして、プライベートでまたは仕事で傷ついたり、失敗したりした人達がいかにして力強く立ち上がっていったかを紹介しています。アルコール中毒なのに助けをもとめようとせず、両親とも話そうとしない姉をもった女性の話や、仕事の大きなプロジェクトで自分の意見を言わなかったがためにチームに大きな負担をかけた男性の話など、まさにFace downで突っ伏した状態から、いかに勇敢に立ち上がっていったか、本人談とともに紹介されています。

失望と期待、哀しみ、許しなどがキーワードとなり、このような様々な感情からいかに回復するかが詳しく説明されています。

第8章では、とくに助けを請うこと、特権(Privelege)、一方的な判断を下すこと(Judgment)などについて書かれています。これは、特に私にも個人的にぐっと来た内容でした。著者はホームレスの人達と目をあわせることなく、自分は充分な手助けをしていないと感じ、恥(Shame)を感じます。

私にも全く同じ経験があります。
ビクトリアは気候が温暖なため、ホームレスの人達も多いようです。ダウンタウンを歩いていると、道ばたで小銭を集めている人達を沢山みかけます。ダウンタウンでなくても、車を運転していると信号待ちのたびに手作りのサインをもった人達が小銭をくれと言ってきます。

著者と同じように、私もできるだけの手助けはしているつもりでした。小銭があれば渡し、グラノーラバーやガムなどをいつも持ち歩いて、小銭と一緒に渡すこともあります。ホームレスのシェルターでボランティアしたこともあります。
それでも。

小銭をあげた時は、もっとお金をあげられない自分に対して。
お金をあげる、という行為に関して。自分の特権に関して。
そしてお金を渡せないときはそのときで、ホームレスの人達にかまってあげられない自分が冷たい人間のような気がして。

私も必ず、毎回恥を感じていました。助けてあげても助けなくても、毎回恥を感じていたのです。

この章では、著者自身の 半年以上にわたる特権(Privilege)と助けを求めることに関してのRumbleが詳しく描かれています。
著者がたどり着いた結論は、自分が助けを求めることが弱いことであったり、またそのことに関してネガティブなイメージを持っているからこそ、恥を感じていたのだというもので、これも私自身、はっとしたことでした。

人を助けることは簡単です。でも、助けを求めることはとても難しい。なぜなら、助けを求めることは弱さを認めること、また喜ばしくないものだと、一方的に決めつけているからではないでしょうか。

困っている人を助けるのが苦にならない人は、沢山いるでしょう。困っている人達に対して、「面倒なやつだ」「弱い人間だ」と思う人はあまりいないのではと思います。それではなぜ自分が助けを求めることがそんなに大変なのでしょうか?

助けることに価値を見いだしている人は、助けを求めている人をジャッジしてしまっていることになる、という著者の研究結果には納得すると同時に反省もさせられました。
また、著者の研究グループでも、「どのような人を信頼するか」という問いに関して、最も多かった答えが「助けを求めて来る人」という結果がでたそうです。

最近みた著者のビデオの中でも、「人に助けを求めない人を信用できない。それは自分を愛していない人が私にI love youと言ってくるのと同じだから」という言葉があり、これも本当にそうだな〜と深く頷いてしまいました。

3) Revolution

Rising Strongプロセスの最後はレボリューション、革命です。

これまで学んだRising Strongプロセスを、プロセスのままで終わらせず、学んだことを実行(Practice)してこそ、力強く立ち上がることができるのだと最後は締めています。

最後にはManifest for Brave and Brokenheartedというマニフェストも載っています。

これまで読んできたプロセスも、ただ読んで納得するのではなく、日々の生活に実際に使っていくこと。

そして初めて、心からの生き方を実践できるのではないでしょうか。

どこから翻訳書がでるのか気になりますが(まだ決まっていないなら私翻訳したい。。。)是非手に取ってみて下さい。

★★★★★

自分を少しでも変えたい、という方にオススメの本です。

本書に関して話したい〜という方のコメント、メール歓迎です。

Rising Strong (2):勝手に造り上げているストーリーを発見する

IMG_4357前回はブレネー・ブラウンの最新作Rising Strongにて、勇気を出して挑戦した時に、それでも前のめりに倒れてしまった場合にどうやって立ち上がるか、そのプロセスの第一歩をご紹介しました。

まずはReckoning、位置確認をして自分がどんな感情を体験しているのかを自覚します。怒っているのか、恥を感じているのかなど、自分の感情に好奇心をもって正面から向き合います。

Rising Strongプロセスの第2歩はRumbleです。

2)Rumble

Rumbleとは日本語に訳すと「ぶるぶる震える」とか「轟音を立てる」といった意味ですが、ここでは前のプロセスのReckoningで発見したものをさらに揺さぶってその真実を発見するといった意味です。

著者はまずSFD(Shitty First Draft)という、編集の入らない思いっきり正直な心の内を書き出すことを勧めています。他人に読まれるものではないので、文法なども気にせずにとにかく正直に、自分の中で何が起こっているのか書き出します。

ここでおそらく本書のなかで最も重要なポイントが出てきます。人間というものは元来物語が必要な種であることを説明した著者は、私たちはたびたび自分の頭の中で勝手にストーリーを創り出してしまうのだと言います。限られたデータと想像されたデータをブレンドして筋が通り感情的に満足できるストーリーをなんと呼ぶでしょうか? 陰謀説です。

先に書いた「トラビス湖での話」でも、著者は夫に無視されたと感じたあと、泳ぎながら自分の頭の中で勝手なストーリーを創り出してしまいます。「私のこと水着が似合わないって思ってるんだわ」「なんて冷たい夫なの」など。

このSFDを書くときに、「The story I’m making up is..(私が創り出しているストーリーは。。。)」という問いかけは、非常に便利です。本書に出されている例をひとつ挙げると、著者はアメリカの退役軍人をささえるチャリティ団体 Team Red, White and Blue(Team RWB)を勇気ある挑戦と心からの生き方をするべくサポートしてきたそうなのですが、この団体の役員の一人は、「私が創り出しているストーリーは」を知って非常に役立っていると言います。

まだ比較的新しい非営利団体の最初のスタッフとして、この役員の男性は常にできるだけ倹約するようにしていました。ある程度団体が大きくなり、財政が安定してきた今でも、古い癖が抜けず、会社のクレジットカードで自分の食事代を払ったりはせずにいたそうです。ある日、ワシントンDCに出張に行った際、チームメンバーの一人が話をしたいと言ってきました。何かあったのかと問いかけると、彼は「出張の時は会社のクレジットカードで食事代を払ってもらえませんか」と言ってきました。何故かと問いかけると、「だって、私が創り出しているストーリーは、私が自分の食事代を会社のカードで払うたびに、あなたは私のことを非難しているからです。」この男性はもちろんそんなことは夢にも思っていなかったのでとてもびっくりしたそうですが、このツールを使うと、お互いに勝手なストーリーを造り上げることを防ぎ、正直な会話ができると思うのです。こういうことって、普段の生活でも誰にでもあることだと思います。

Reckoning、RumbleというRising Strongプロセスを紹介したあとは、ケーススタディとも言える逸話が数章にわたって紹介されています。

「ストーリーテラー研究者」と自称するだけあって、著者の逸話はいつも面白いのですが、面白いなかにも正直で、時には胸が痛くなるようなエピソードが綴られています。
特に、第6章で紹介されているエピソードでは、講演先での失敗とそこで出会った人との経験(ネタバレはしませんが、楽しい話ではないです)を通して、とても大切な質問を投げかけています。
「一般的に言って、世間の人達は彼らなりのベストを尽くしていると思いますか?」

本書を読んでもらえればわかると思いますが、この質問にどう答えるかによって、「心からの生き方」にどのくらい近いのか、参考になると思います。
この章は私も読みながら思わず涙してしまったくらい、心に響くものがありました。私にも思い当たる節があったからです。

(パート3に続きます)

Rising Strong (1):失敗や傷心から力強く立ち上がるには [002]

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2013年にTEDトークで有名なブレネー・ブラウンの「Daring Greatly (邦訳:「本当の勇気は「弱さ」を認めること」を読んでとても感銘を受けました。(そのとき書いたブログはこちら

著者が目指すところのWholehearted Living (邦訳では「偽りのない生き方」と訳されていましたが、翻訳書が出る前に私が書いたブログでは「心からの生き方」と訳しています)をするためには、心がもろく、弱く、傷つきやすい状況(将来に関して不安に思うこと、自分の作品を世に発表すること、自分の意見を正直に伝えること、等々)に、どんなに怖くても勇気をだして挑戦することが必要不可欠だと著者は書きました。セオドア・ルーズベルトの有名なスピーチにあるように、沢山の聴衆が見守る中、顔中血と砂まみれになって倒れたとしても、大切なのはそれを笑うような人間ではなく、倒れたとしてもまず挑戦をした人間の方だと。

Daring Greatlyではとにかくまずは「アリーナ(競技場)」に出て行き、本当の自分をさらけだすことを説いています。これは、必ずしも人前に出ていくことだけを指しているのではなく、「がんを宣告された妻と遺言の準備をすること」「浮気をしていると打ち明けること」「破産したと夫に告白すること」などという、普通なら怖くて、やらずに逃げ出したくなるようなことから「子供を亡くした友人に電話をすること」「離婚後初めてのデートに行くこと」など、普段の日常でのちょっとした勇気が必要なことまで、怖かったり、苦手でつい避けてしまうようなことをも含むメタファーです。

最新書の「Rising Strong」ではそれでは勇気を出して「アリーナ」に出ていき、本当の自分をさらけだしたときに、ルーズベルトのスピーチのように倒れてしまったら。そしてその際どのようにして起き上がるのか、について語った本です。

この本は意図せずに3部作の最後になっており、

Gift of Imperfection(邦題:「ネガティブな感情」の魔法: 「悩み」や「不安」を希望に変える10の方法 ) – Be You.

Daring Greatly – Be all in.

Rising Strong – Fall. Get up. Try Again.

というのがテーマになっています。

このRisign Strongに私もとても感銘を受け、思わず2回通して読んでしまいました。

英語のことわざに「Jump and the net will appear」というものがあります。「勇気を出して飛べばたいていの場合受け止めてくれるネットが表れるものだ」という意味で、私も好きなことわざですが、人生必ずしも毎回ネットがでてくるわけではありません

勇気をだして行動を起こしたのに、思いっきりコケてしまったとき。何かがきっかけで気がついたら恥ずかしい状況に陥ってしまったとき。著者はこのような状況をルーズベルトのスピーチのたとえを使って「Face down(突っ伏した状態)moment」と呼んでいます。

本に書かれている例をあげてみましょう。「勇気ある挑戦」「アリーナに出て行くこと」は自分の意見を言ったり行動を起こすことだけにあてはまるのではなく、喜びや感動を感じた時にそれを恥ずかしがらずに表現することも含まれます。

著者のブラウン氏はテキサス出身ですが、子供時代の夏をすごしたトラビス湖に、夫と子供達を連れて夏の休暇を過ごしに行きました。

夫と二人で早朝湖を向こう岸まで泳いでいる時に、折り返し地点についたとき、ふと彼女は喜びと感動に圧倒されました。喜びや感謝を表現するのって、時には照れくさかったりして、実はとても勇気がいることだったりしますよね。これも、Vulnerabilityのひとつです。長年「心のもろさ」を研究してきた著者は、こういうときにVulnerableになって自分の本当の気持ちを表現することが、「心からの生き方」をするために必要不可欠だと知っているので、いったん休憩をする夫に向かって、「ねえ、ここに来ることにして本当に良かったわ。なんて美しいの」と夫に話しかけました。普段は、彼女よりも感情を表すことが得意な夫なので、きっと同じような感動の返答を期待していたのですが、夫が言ったのはそっけない「ああ、水も良い感じだ」の一言だけ。

自分と同じテンションになってくれると思った夫のあまりにもそっけない返事に、最初は「私が言ったこと聞こえなかったのかしら」と思う著者。次第に、恥ずかしさがこみ上げてきます。

引用すると:

One poetic bid for connection was already outside my comfort zone—but reaching out again felt scary and possibly stupid. But I knew Steve would do it.

せっかく勇気を出して胸のうちを打ち明けたのに、素っ気ない対応をされ、そのうえもう一度挑戦するのは怖くて、しかもバカみたい、と感じた著者。でも長年まさにこの研究をしてきた自分に「もういちど勇気をだしてみよう」と励まします。

「なんて素晴らしいの。ここにこれて本当に良かった。あなたにも近くなれた気がする。」

二度目の語りかけにも、夫のスティーブ氏は「うん。良い泳ぎだ。」とだけ言い残すとさっさと泳いでいってしまいました。

著者はこの時に最初の反応を “This is total horseshit” と書いています。訳すのは難しいですが、「はあ?何それ?」っていうリアクションだと思って下さい。「屈辱を感じればいいのか敵対心を感じればいいのかわからなかった」とも書いています。

その後反対側まで泳ぎながら、著者は頭のなかで様々なストーリーを創作します。「私が着てる水着が似合わないからだわ」「25年前に比べたら年食ったなって思ってるに違いない」

こういう経験がある人は沢山いると思います。せっかく勇気をだして心を開いたのに、相手がそれを受け止めてくれなかった時。ひどい場合には誤解されたり、笑われたりすることもあるでしょう。

話の結末だけを先に話すと、夫のスティーブさんはけしてブラウン氏をないがしろにしていたわけではなく、彼には彼なりの理由があったのですが、それは本を読んでみて下さい。

この実話は、何度も本書の中で「トラビス湖での話」として出てきますが、このストーリーを例にとって、著者は、いかに「face down」の状態から「力強く立ち上がるか」を教えてくれます。

このRising Strong プロセスは三つの課程をたどります:

1)The Reckoning

海事用語で、Dead Reckoningというと船位計算、つまり現在位置の確認ことですが、まず倒れたら、一体何が起きたのかを確認すること。自分の感情に好奇心を向け、どんな感情を体験しているのか確認すること。

−何が起こっているのはわからないけど、とにかく隠れたい。

−誰かを殴りたい。

ーとにかくオレオが食べたい。それもたくさん。

ー残念に思う、後悔している、傷ついている、混乱している、怖がっている、心配している。。。など

先ほどの「トラビス湖の話」を例に出すと、著者のReckoningは「スティーブに心を開いたのに無視された。怒りと恐れの混じった感情」となります。

まず、自分の感情の位置確認をすること。そして、何故自分がそう感じているのか、好奇心をもって調べること。これが、プロセスの1番、レコニングです。

パート2では次のプロセスを説明します。

 

 

 

A Tale for the Time Being

英語で本を読む事のチャレンジに関しては色々なところで書いていますが、なんだかんだ言って唯一長続きしている趣味でもあります。毎年、年初めには「もっとエクササイズする」とか「家でもっと日本語を使う」とかいう抱負に必ず「◯册以上本を読む」というものが加わるのですが、読んだ本と册数を記録することだけは何故か毎年続いています。

今回読み終えたのはこれ。

A Tale for the Time Being by Ruth Ozeki A Tale for the Time Being by Ruth Ozaki

著者のRuth Ozekiは日系アメリカ人で、数年前に、当時の義理の母から彼女の「My Year of Meats」をプレゼントされたのがきっかけで知りました。アメリカでの牛肉生産のありかたを問うやや政治的な本でしたが、とても面白く読めました。
その後、本好きの友人が、Ruthと友達であることを知り、なんと彼女はここビクトリアからさほど遠くない島に住んでいるということを知りました。

日系人ということで親近感もあったのですが、彼女の新作、A Tale for the Time Beingは有名なブッカー賞にノミネートされたと聞き、これはすぐにでも読まなければと早速買ってきました。

小説家のRuthはある日ビーチを散歩している際に打ち上げられたジップロックバッグを見つける。ゴミだろうと、自宅に持って帰って捨てようと拾うRuth。帰宅してみて開けてみると、中に入っていたのはゴミではなく、キティちゃんのお弁当箱の中にはマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」をカバーにしたノートブックで、中には日本に住む15歳の少女、ナオの日記などが入っていた。。。という話です。

Ruthは日系人なので、少しづつナオの日記を翻訳しながら夫と読み進めて行くのですが、ナオの学校生活、残酷ないじめ、ブルセラオークション、彼女の104歳になる曾祖母、特攻隊で戦死した大叔父、鬱病の父親など、ナオの人生が日記を通して少しづつ浮き彫りになってきます。

その一方で、この日記がどうやって自分の住む島の海辺に流されて来たのか調べようとするRuth。東日本大震災の津波のせいなのか?それとも。。。?

物語はRuthの語りと、ナオの日記の章が交代で進む形になっています。ナオの章にはしょっちゅう日本語が出てきて、注釈がついているのですが、「これは使わないよ〜」という不自然な日本語が出てきて苦笑する場面も多く、今ひとつ入り込めませんでした。また、ナオの日記には、104歳になる曾祖母の人生を書く、と最初に書かれているのですが、結局それが書かれずじまいで残念でした。Ruthの章は、著者自身を主人公にして、夫とのやり取り、小さな島のコミュニティの人々との会話、彼らの性質(ゴシップ好きであるとか、それぞれ秘密の牡蠣取りの浜を知っているとか)などの島での生活の様子は、私が住んでいる州の話、ということを抜きにしても興味深かったです。嵐が来るとすぐに停電になるのでジェネレータは必須であるとか、郵便局が人々の情報交換の場所であるとか。。。とてもそんな辺鄙なところには住めない、と思いつつも、ちょっと住んでみたい気になったりもします。またRuthの作家としての苦悩も正直に書かれていて、会う人会う人に「新作の進み具合、どう?」と聞かれてうんざりするのは、作家でない私でもわかるなあ〜と同情してしまいました。

何世代にも渡って繰り広げられるストーリーは、いくつもの層で出来ています。話が進むにしたがって、絡み合った糸を解くように少しづつナオの日記の背景が見えてきます。最後の方では量子物理学の話がでてきて、ちょっとSFぽくなり、リアリズム小説だと思って読んでいたので違和感のあった私も、「ほう、こう来るか」と気分を変えて読み進めたら、そこまで気にならなかったです。

戦争の残酷さ、いじめの現実、鬱や自殺願望などのメンタルヘルスに関する問題など、心が痛む内容が多いのは事実ですが、禅の教えなどもあり、色々と考えさせてくれる、読み応えのある作品に仕上がっています。

ブッカー賞発表は数日後の10月15日。日系の作家として、是非応援したい本です。

「1万円起業」で世界征服を目指せ

一万円起業 クリス・ギレボー著

世界征服サミットについてはこちらで以前にも紹介していますが、その世界征服サミット(WDS)の主催者、クリス・ギレボーの2冊目の本の日本語訳が出ました!
クリスの一冊目の本は「The Art of Non-Conformity(邦訳は『常識からはみ出す生き方』」で、私もとても感銘を受けた本ですが、2冊目は「The $100 Startup」で、ビジネスを始めるのに大金なんて要らないんだよ、という本で、北米で発売になる前に、クリスに見本を送ってもらいました。

The $100 Startup

今回の邦訳版ではタイトルが、日本人にもわかりやすいようにか、「1万円起業」となっています。

さっそく読ませていただきましたが、やっぱり、日本語だとスイスイ読める〜。

一度読んだ本を、二度読み返す時間はなかなかありませんが(英語の本だと特に)二回目、日本語で読んで、この本のメッセージをさらによく理解することができました。

世界征服サミットにもよく出てくるテーマですが、この本のテーマも、「自由と価値」。一度しかない人生を、いかに自由に、自分の思うままに生きるかというのはクリスが前作の「常識からはみ出す生き方」で詳しく話してくれたことですが、この本では、そんな生き方には欠かせない、「仕事」をどうするかについて書いています。

気になる内容ですが、1500人のマイクロビジネスの「予期せぬ起業家」へのインタビューをもとにした、非常に具体的な実例集となっています。 第一部では、ポートランドで、今では有名な自転車でのマットレス売りをやることになったマイケルさんなどの、予期せずに起業家になった例を紹介。

従来の常識は忘れよう。マイクロ起業を成功させるには、必ずしも特定の分野の第一人者である必要はない。

と説いています。 立ち上げに必要な「たった3つ」のこととは?にも触れています。

第2部はもう少しつっこんで具体的なビジネスの始め方、どんなビジネスを始めるべきか、ビジネスプランはどういったものを書けば良いのか(ヒント:Twitter、リサーチの仕方など。
特に、考えすぎずにとにかくスタートさせることの大切さ、というのは私にもよくわかります。
そして「断れないオファー」を作るまでの完全ガイドも載っています。

クリス自身が、すでに何度も自分のサイトで情報商材をローンチさせている経験が豊富なので、この章での売り上げのサイクルや宣伝の仕方などは、非常に興味深いものとなっています。

第3部はビジネスを実際に始めたあと、いかにして利益を増やしていくか、ビジネスのツイーク(Tweak)のコツが紹介されています。また、ビジネスをやっている人なら一度は体験したことのある「アウトソーシングするべきか否か」という普遍のテーマにも触れていて面白いです。

自分のことにあてはめて空白を埋めて行く形式のワークシートも沢山あり、各章の最後にはまとめのキーポイントも載っていてとても便利。

私も聞いているポッドキャスターのGrammarGirlのミニョン・フォガーティや、Evernote Essentials のブレット・ケリーなど、私でも知っているオンライン起業家のエピソードが載っていて、「知ってる知ってる!」と親近感も。

自分でビジネスや副業を初めてみたいけど今ひとつ最初の一歩が踏み出せない、という人には必読本です。

余談ですが2014年のWDSのチケットセールスも開始されています。この本を読んでクリス・ギレボーってどんな人?彼の本を読んでいる人達ってどんな人達?と気になる方は是非チケットを購入みては。