Rising Strong (1):失敗や傷心から力強く立ち上がるには [002]

IMG_4287

2013年にTEDトークで有名なブレネー・ブラウンの「Daring Greatly (邦訳:「本当の勇気は「弱さ」を認めること」を読んでとても感銘を受けました。(そのとき書いたブログはこちら

著者が目指すところのWholehearted Living (邦訳では「偽りのない生き方」と訳されていましたが、翻訳書が出る前に私が書いたブログでは「心からの生き方」と訳しています)をするためには、心がもろく、弱く、傷つきやすい状況(将来に関して不安に思うこと、自分の作品を世に発表すること、自分の意見を正直に伝えること、等々)に、どんなに怖くても勇気をだして挑戦することが必要不可欠だと著者は書きました。セオドア・ルーズベルトの有名なスピーチにあるように、沢山の聴衆が見守る中、顔中血と砂まみれになって倒れたとしても、大切なのはそれを笑うような人間ではなく、倒れたとしてもまず挑戦をした人間の方だと。

Daring Greatlyではとにかくまずは「アリーナ(競技場)」に出て行き、本当の自分をさらけだすことを説いています。これは、必ずしも人前に出ていくことだけを指しているのではなく、「がんを宣告された妻と遺言の準備をすること」「浮気をしていると打ち明けること」「破産したと夫に告白すること」などという、普通なら怖くて、やらずに逃げ出したくなるようなことから「子供を亡くした友人に電話をすること」「離婚後初めてのデートに行くこと」など、普段の日常でのちょっとした勇気が必要なことまで、怖かったり、苦手でつい避けてしまうようなことをも含むメタファーです。

最新書の「Rising Strong」ではそれでは勇気を出して「アリーナ」に出ていき、本当の自分をさらけだしたときに、ルーズベルトのスピーチのように倒れてしまったら。そしてその際どのようにして起き上がるのか、について語った本です。

この本は意図せずに3部作の最後になっており、

Gift of Imperfection(邦題:「ネガティブな感情」の魔法: 「悩み」や「不安」を希望に変える10の方法 ) – Be You.

Daring Greatly – Be all in.

Rising Strong – Fall. Get up. Try Again.

というのがテーマになっています。

このRisign Strongに私もとても感銘を受け、思わず2回通して読んでしまいました。

英語のことわざに「Jump and the net will appear」というものがあります。「勇気を出して飛べばたいていの場合受け止めてくれるネットが表れるものだ」という意味で、私も好きなことわざですが、人生必ずしも毎回ネットがでてくるわけではありません

勇気をだして行動を起こしたのに、思いっきりコケてしまったとき。何かがきっかけで気がついたら恥ずかしい状況に陥ってしまったとき。著者はこのような状況をルーズベルトのスピーチのたとえを使って「Face down(突っ伏した状態)moment」と呼んでいます。

本に書かれている例をあげてみましょう。「勇気ある挑戦」「アリーナに出て行くこと」は自分の意見を言ったり行動を起こすことだけにあてはまるのではなく、喜びや感動を感じた時にそれを恥ずかしがらずに表現することも含まれます。

著者のブラウン氏はテキサス出身ですが、子供時代の夏をすごしたトラビス湖に、夫と子供達を連れて夏の休暇を過ごしに行きました。

夫と二人で早朝湖を向こう岸まで泳いでいる時に、折り返し地点についたとき、ふと彼女は喜びと感動に圧倒されました。喜びや感謝を表現するのって、時には照れくさかったりして、実はとても勇気がいることだったりしますよね。これも、Vulnerabilityのひとつです。長年「心のもろさ」を研究してきた著者は、こういうときにVulnerableになって自分の本当の気持ちを表現することが、「心からの生き方」をするために必要不可欠だと知っているので、いったん休憩をする夫に向かって、「ねえ、ここに来ることにして本当に良かったわ。なんて美しいの」と夫に話しかけました。普段は、彼女よりも感情を表すことが得意な夫なので、きっと同じような感動の返答を期待していたのですが、夫が言ったのはそっけない「ああ、水も良い感じだ」の一言だけ。

自分と同じテンションになってくれると思った夫のあまりにもそっけない返事に、最初は「私が言ったこと聞こえなかったのかしら」と思う著者。次第に、恥ずかしさがこみ上げてきます。

引用すると:

One poetic bid for connection was already outside my comfort zone—but reaching out again felt scary and possibly stupid. But I knew Steve would do it.

せっかく勇気を出して胸のうちを打ち明けたのに、素っ気ない対応をされ、そのうえもう一度挑戦するのは怖くて、しかもバカみたい、と感じた著者。でも長年まさにこの研究をしてきた自分に「もういちど勇気をだしてみよう」と励まします。

「なんて素晴らしいの。ここにこれて本当に良かった。あなたにも近くなれた気がする。」

二度目の語りかけにも、夫のスティーブ氏は「うん。良い泳ぎだ。」とだけ言い残すとさっさと泳いでいってしまいました。

著者はこの時に最初の反応を “This is total horseshit” と書いています。訳すのは難しいですが、「はあ?何それ?」っていうリアクションだと思って下さい。「屈辱を感じればいいのか敵対心を感じればいいのかわからなかった」とも書いています。

その後反対側まで泳ぎながら、著者は頭のなかで様々なストーリーを創作します。「私が着てる水着が似合わないからだわ」「25年前に比べたら年食ったなって思ってるに違いない」

こういう経験がある人は沢山いると思います。せっかく勇気をだして心を開いたのに、相手がそれを受け止めてくれなかった時。ひどい場合には誤解されたり、笑われたりすることもあるでしょう。

話の結末だけを先に話すと、夫のスティーブさんはけしてブラウン氏をないがしろにしていたわけではなく、彼には彼なりの理由があったのですが、それは本を読んでみて下さい。

この実話は、何度も本書の中で「トラビス湖での話」として出てきますが、このストーリーを例にとって、著者は、いかに「face down」の状態から「力強く立ち上がるか」を教えてくれます。

このRising Strong プロセスは三つの課程をたどります:

1)The Reckoning

海事用語で、Dead Reckoningというと船位計算、つまり現在位置の確認ことですが、まず倒れたら、一体何が起きたのかを確認すること。自分の感情に好奇心を向け、どんな感情を体験しているのか確認すること。

−何が起こっているのはわからないけど、とにかく隠れたい。

−誰かを殴りたい。

ーとにかくオレオが食べたい。それもたくさん。

ー残念に思う、後悔している、傷ついている、混乱している、怖がっている、心配している。。。など

先ほどの「トラビス湖の話」を例に出すと、著者のReckoningは「スティーブに心を開いたのに無視された。怒りと恐れの混じった感情」となります。

まず、自分の感情の位置確認をすること。そして、何故自分がそう感じているのか、好奇心をもって調べること。これが、プロセスの1番、レコニングです。

パート2では次のプロセスを説明します。

 

 

 

見えない光で繋がっているーAll The Light We Cannot See [001]

allthelight-209x300

Lifehacking.jpの堀さん、「みたいもん!」のいしたにさんが読んだ本1000冊紹介するというプロジェクトに取り組んでいらっしゃるので私も遅ればせながら勝手に参加させていただくことにします。

今年初の長編は、「洋書ファンクラブ」の渡辺由佳里さんが紹介されていた「All the Light We Cannot See」です。

第二次世界大戦中のヨーロッパ。パリに住む盲目の少女Marie-Lureと、ドイツの孤児院に妹と住むWerner。Marie-Lureの父親はパリの国立自然博物館の鍵技師ですが、目が見えなくなってしまった一人娘のために、住んでいるパリの街角の模型を作ってくれ、Marie-Lureはそれを毎日指でなぞっては地形を頭に叩き込みます。いっぽうWernerはある日、偶然見つけた壊れたラジオを修理して、妹のJuttaと二人でパリから届くラジオ放送を聴き、見知らぬ世界に夢を馳せます。
戦火が激しくなった1940年、Marie-Lureと父親はパリを離れ、やがて親戚のいるフランス北西部ブルターニュ地方にあるサン・マロの街に到着します。Marie-Lureの父親は、身の回りの品だけでなく、博物館からとある貴重な宝石も持たされていました。。。

1934年から始まり、70年代まで語られる、Marie-Lure, Wernerそして彼らの人生を取り巻く人たちの物語です。
このAll The Light We Cannot Seeというタイトルは、Wernerがラジオを通して偶然見つけた謎の老人の科学番組で、「数学的に言うと、すべての光は目に見えないと言える」、と話していたことにもとづきます。盲目の少女と、ラジオ(ラジオの電波も目に見えない光のひとつですね)に惹かれる少年、、、この二人の人生が、まさに目に見えないものに導かれるようにいつしか交差します。

個人的にはサン・マロという街にとても興味を持ちました。ウィキペディアで街の様子を見ることができますが、要塞化された港町で第二次世界大戦でほぼ壊滅状態になったものの、今は観光地として栄えているとか。いつか是非行ってみたい!

このお話は絵になるシーンもとても多いので、近いうちに必ず映画化されると思うのですが、どうでしょう?映画化、して欲しい!
1ページほどの短い章でほぼ交互にWernerとMarie-Lureのストーリーが語られるのですが、時間が行ったり来たりするので気をつけていないと混乱するかもしれません。戦争と欲がいかに人の人生を翻弄するか、という少し切ないお話です。

この本のサイトを見ていたら、この本に関して著者のAnthony Doerr自身が語っているビデオがありましたので興味がある方は見て見て下さい。