あなたはどのタイプ?異性の心を上手に透視する方法 [1000冊紹介する: #007]

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国際結婚コンサルタントの塚越悦子さんとは、WDS(世界征服サミット)で知り会い、以来仲良くさせていただいている「同士」です。最近は一緒にブレネー・ブラウンのLiving Brave Semesterのコースを一緒に取ったりしています。その悦子さんから「異性の心を上手に透視する方法(プレジデント社)」を送って頂きました。悦子さんは「国際結婚一年生」という本を出版されていますが、今回は初めての翻訳本とのことで、興味深く読ませていただきました。

私自身は再婚して今年で4年目ということもあり、婚活をしている訳でもないので「異性の心を透視」する事がそこまで重要とは思えなかったのですが(苦笑)、これが読んでみると非常に興味深く、「ひえー」と思いながら読んでしまいました。

タイトルだけ見るとパートナーや恋人を探している人のみに向けた本のように思われる方もいるかもしれませんが、すでにパートナーが居る人でも十分に参考になる情報が沢山詰まっていました。
原題は”Attached”というこの本はアミール・レバインとレイチェル・ヘラ−両氏による共著ですが、心理学の愛着(アタッチメント)理論を元にした科学的な恋愛ストラテジーの本です。

本の最初で紹介されるのがアタッチメント・タイプ(愛情タイプ)です。すべての人は3つの愛情タイプのどれかにあてはまるそうです。その3つのタイプとは:

Sタイプ(Secure:安定型):相手と親密になることは自然なことだと思っている人。

Nタイプ(Anxious:不安型): パートナーとの親密さは無くてはならないもので、時には相手に夢中になりすぎたり、相手が愛してくれないのではと不安になる人。

Vタイプ(Avoidant:回避型): 親密さは自由の喪失を意味するので、交際している相手がいても、常に距離を置こうとする人。

となっています。自分が一体どのタイプにあてはまるのかは本文中のテストで見極めることができますが、私が一番ショックだったのは、自分がVタイプだと発見したことでした。ガーン。
でも確かに言われてみるとあてはまることばかり。さすがに「飽きた」という理由でつきあっていた人と別れたことはありませんが、愛情表現を沢山されると鬱陶しいと思ってしまうんですね。これは、相手と親密になりすぎないようにする「離別ストラテジー」というものなのだそうです。さすがに結婚している今は、オットを突き放して別れようとしたり(汗)はしませんが、つい素っ気なくしてしまうのですね。Vタイプの人は自由を求め、自立がもっとも大切なことと信じる人が多いそうで、本当の「自立」の意味を勘違いしている人も多いとのこと。Vタイプについて説明した章の始めに、私がとても影響をうけた映画「荒野へ(Into the wild)」のことが書かれてます。主人公クリスは自立に憧れ、アラスカの自然に一人で向かい、最終的には亡くなってしまうのですが、彼が日記に残した「Happiness only real when shared.(幸福は誰かと分かち合ってこそ本物になる)」という一言に、深く頷いてしまいました。Vタイプの人は他人から寄せられるサインを読むのが苦手というのも、耳が痛い(苦笑)指摘でした。でも、本文中にでてくるジョン・グレイ博士(「ベスト・パートナーになるために:男は火星から、女は金星からやってきた」)ももとはVタイプだったそうですが、奥さんとのトラブルの上Vタイプの弱点を知り、その後Sタイプに近づく努力をしているそうです。なのでNタイプやVタイプの人でも、努力してSタイプに変わることだって可能なのです。

ちなみに、うちのオットはSタイプです。愛情表現を出し惜しみしないタイプですね。だからかろうじて(汗)上手くいっているのかも。

この本にはNタイプ、Vタイプの人へのアドバイスの他、Sタイプに近づくにはどうすればいいか、そして「最悪の組み合わせ」からいかにして抜け出すか、そして本の後半は「相手に気持ちが伝わる5つの習慣」や「けんかを乗り切るための5つの習慣」など、パートナーとの幸せな関係を長続きさせるコツが色々と載っていますのでぜひ参考にして下さい。

*悦子さんからこの本を一冊頂いていますので、興味のある方は9月4日までにコメントでお知らせ下さい。複数の方からコメントがあった場合には抽選で選ばせて頂きます。(北米在住の方に限らせて頂きます。ご了承下さい。)

下流の宴 [1000冊紹介する #6]

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私は林真理子氏のエッセイが大好きで、 「ananを後ろから読む女」とはまさに私のこと。彼女のエッセイ集「美女入門」シリーズはほぼ全巻持っているし、週刊文春のほうのエッセイ「夜更けのなわとび」他、単行本になると必ず買っています。

小説のほうは、エッセイほどマメに読んでいるわけではなくて、時々見つけては読み、という程度です。今回はビクトリアの図書館で「下流の宴」を見つけたので読んでみました。

「下流社会」なんて本も昔ありましたが(読んでません)この「下流の宴」はなんとかして「上流」に行こうともがく人々を描いています。主人公の由美子は医者の娘で、国立大を卒業したもののメーカー勤務の夫と結婚した2児の母で、プライドが高い。「下流」の人達を「あっちの人達」などと呼んで、自分とは別のクラスの人間だと信じている。長女の可奈は見栄っ張りで、名門女子大に入ってからはなんとかして金持ちの男と結婚しようと目を光らせている。
次男の翔は母や姉とは違って野心もなく、高校を中退して漫画喫茶でアルバイトをすることになり、母の由美子をやきもきさせます。

ストーリーは由美子、可奈、翔の「福原家」と、翔がゲームを通じて知り合い同棲するようになった沖縄出身の珠緒の「宮城家」の話が章ごとに交代に語られるのですが、「下流」に対する偏見がひどくて(もちろん著者は意図しての事だと思うが)あまり良い気分になる本では無かったかな。。。
特に沖縄出身で両親が離婚して母親が飲み屋をやっているということでの由美子の偏見がひどい。自分の息子を絶対に「あんな女」とは結婚させないと息巻く由美子の様子がこっけいでもあり不気味でもあり。

「ここまで世間体や体裁を気にする見栄っ張りな人、いるの?」と思わず疑ってしまいましたが、やっぱり、居るんだと思います。幸い、私の周りにはいませんが。

格差社会の実情を描いて風刺しているのだろうけど、今ひとつピンと来なかったというのが本音です。

下流の宴

空白を満たしなさい[1000冊紹介する#005]

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読んだ本1000冊紹介するシリーズ、5冊目にして日本語の本を初めて紹介します。

実はこの本の著者の平野啓一郎氏、私は全く知らなくて、毎日新聞での連載小説「マチネの終わりに」をnoteでも掲載していたのを読んで初めて知りました。海外に住んでいると誰の本が売れているか、等ということにとんと疎くなってきますね。

自分の好きな作家の本、又は電子書籍がでている作品ばかり読むようになってしまう上、週刊誌やテレビからの情報というのがまず入ってこないので、好みがだいぶ偏ってきます。

私はSFなどよりも、人の何気ない日常の美しさ、儚さなどを描いた作品が好きで、そういう意味では「マチネの終わりに」はとても好きな作品でした。話がそれますが、先日リース・ウィザースプーン主演で映画化されたシェリル・ストレイドの「Wild」(邦題は「わたしに会うまでの1600キロ」)という作品も、母が亡くなったことで心に傷を負って一人でバックパックを背負ってひたすらアメリカの国立公園を歩く女性の心の旅を描いたものでしたが、私はとても感動して素晴らしい作品と思ったのに、友人は「Nothing Happens!」と憤っていました。こういうのは好みの問題なのでどうしようもないですが。「マチネの終わりに」はいわゆる「ボタンの掛け違い」のような、ほんの一瞬で行き違ってしまった男女の運命のお話で、とても美しく描かれていたと思いました。

なので、ちょうど「マチネ〜」を読み終わったあと、とある友人が「空白を満たしなさい」を薦めていたのをみて、すぐに電子版を購入して読み始めました。

一度死んだのに何故か生き返った「復生者」、徹生の物語。

電子版では上・下に別れていますが、上巻は物語のペースが早く、ちょっとミステリーっぽいので、先が気になりあっという間に読み終えてしまいました。ネタバレはしませんが、下巻では徹生が生き返って、周りの生活に馴染んでいく様子、そして他の「復生者」と知り合ったり、人間の他者との関係を深く考えたりする様子が描かれています。著者の平野氏は「私とは何か」というノンフィクションを出されていることもあり、「分人」のコンセプトについても「空白を満たしなさい」の中でも詳しく説明されています。

結論からいうと、上巻で煽られた期待が下巻で実を結ばずがっかり。「これはこういうストーリーだろう」と勝手に思っていたものが、読み進めるうちに「あれ?」となり、「もうページ数ないよ?どうやって結論つける?」という焦りに変わり、最後は「。。。」となってしまいました。もちろん、薦めてくれた友人は絶賛していたので、この作品が好きな人は沢山いると思うのですが、私には予想と違った結末で、ちょっと残念でした。もちろんこれは私がミステリーという勝手な憶測で読み進めたからであって、「空白〜」はつまらない作品という訳ではないと思います。個人的に、私も「死」について考えることは良くあるので、じっくり考えてみたい人にはお勧めです。そして、タイトルが秀逸で素敵。

当たり前の事ですが、自分が好きな作家の作品の中でも気に入った作品とそうでない作品があるのですから、これに懲りずに、平野氏の他の作品も読んでみたいと思いました。

空白を満たしなさい
私とは何か 「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

Everybody Writes/コンテンツ・マーケティング64の法則[004]

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今日ご紹介する本はEverybody Writes (邦訳版タイトルは「コンテンツ・マーケティング64の法則」)です。邦題を見ると、コンテンツ・マーケティングの本か、と思う人が多いかと思いますが、原題はEverybody Writes。小説家やジャーナリストでなくても、ブログ、ソーシャルメディアの投稿、企画書など、今はみんながものを書く時代ですよね。これは読み手に意図がしっかり伝わるものの書き方を伝授してくれる本です。

著者のアン・ハンドリーMarketingProfsというコンテンツマーケティングの会社のCCO(コンテンツ最高責任者)で、私もソーシャルメディア上でのお友達ですが、とっても良い人です。ソーシャルメディア上の影響力リストでは常にトップに名前が載る人ですが、偉ぶったところがなく、コンテンツマーケティングでは右にでるものがいない、いわゆる業界のリーダー的存在です。

この本は英語版ではものを書く際のヒントが74項目入っているのですが、なぜか日本語版では64になっています。私の勝手な推測ですが、いくつかの章は英語でしか通用しないルールだったりしたからかな?

私の手元には英語版しかなく、ちょっと日本語版を見てみましたが、章ががかなりちがって分けられており、どの章といっても日本語版を読む方には全く意味ないものになってしまうので、「法則」だけに注目して書くと、「ライティングはアートではなく習慣である」「最も重要なことを最初に書く」「読者の身になって書く」など、初心者むけアドバイスから「どのような単語を避けるべきか」「文法の基礎」「意味を間違って使っている可能性がある単語」「説教くさくなるな」まで、必要に応じて拾い読みできるようになっています。

ハンドリーは前作の「Content Rules /お客が集まるオンライン・コンテンツの作り方(C.C. Chapmanとの共著)」にて良いコンテンツを作る際、ストーリーテリングがいかに大切かを説いていますので、このへんがおさらいで含められているのも便利。またオンラインで物を書く際の基本(出典をきちんと表示する、著作権の問題)からブログなどのマーケティング素材はどのくらいの長さが適当か、Twitter、Facebook、Linkedin、Eメール、サイトのランディングページなどそれぞれのメディアへの書き方とヒントが詳しく書かれています。最後の方では、物を書く際に使える様々なツールのリストが載っており、これだけでもかなり便利です。巻末に索引があるので「あれなんだったけ?」という時に後で調べることもできるようになっています。

英語で物を書く機会がある方は是非英語版を読まれることをオススメします。

コンテンツ・マーケティング64の法則

お客が集まるオンライン・コンテンツの作り方―御社のサイトがキャッシュマシンに変わる ニッチ市場

クリエイティブな人生のススメ: Big Magic [003]

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前回のブログ「人生でやるべきことが見つからない人へ」でも紹介した「食べて、祈って、恋をして」の著者、エリザベス・ギルバートの最新作「Big Magic: Creative Living Beyond Fear」を読み終えました。

彼女のかつての最初のTEDトークは、「創造性をはぐくむには」というタイトルで、私もこれはとても好きなトークのひとつですが、このBig Magicもその創造性ーCreativityに関する本です。

ギルバートは今までにも小説を書いたり、「食べて、祈って、恋をして」のような自分の経験に関するノンフィクションを書いたと思ったら、前作は「The Signature of All Things」というタイトルの、植物学者に関する小説だったりで、なかなかバラエティに富んだ作品を送り出している人ですが、今回のBig Magicも、自分の経験に基づいた話が沢山紹介されているノンフィクションです。

私自身、2015年の言葉の一つを「Create」と決めて、今年は様々な創作活動に力を入れることにしていたので、なかなかタイムリーなトピックです。

一体どんな内容なのかと思って読んでみると、各章の中がとても短い(時には1ページのみ)トピックでまとめられており読みやすく、真っ先に頭に浮かんだ感想は「これって、スティーブン・プレスフィールドじゃん」ということ。

プレスフィールドもいわゆる自己啓発系(これは日本では必ずしもポジティブな言葉ではないかもしれませんが)の作家の中では非常に有名な作家で、「自己啓発系」だからといっておざなりにするにはもったいない作家です。有名な著書に「The War of Art」(邦訳版は「やりとげる力」)「The Authentic Swing」などがあり、これらは私も個人的に超お勧めですが、それはさておき。

創造性(クリエイティビティ)とはいったい何でしょうか?

巻頭に、こんな質問が載っています。

Q. What is creativity? 

A. The relationship between a human being and the mysteries of inspiration. 

ギルバートは、人は全て心の奥深くに埋められた宝石のような創造性をもっており、それを掘り出して何かを創り出すことが必要であると説いています。

最初の章で、リズ・ギルバートは、ニアミスだったものの結局は会うことのなかった同じ名字のジャック・ギルバートという作家について触れています。大学で教える傍らひっそりと自分の小説を書いていたジャック・ギルバートは、生徒達にクリエイティブな人生の勧めを常に説いていたそうです。

ジャック・ギルバートはとある詩のクラスのあとで一人の生徒を呼び出しました。とてもよく書けている、と彼女の作品を褒めたあと、彼女は将来何をしたいのか聞いたそうです。生徒は、ためらいながらも作家になりたいと伝えました。するとギルバートは「そのための勇気はあるかい?作品を前に出していく勇気が。君の中には宝物が隠されていて、君がきっと”Yes”と言ってくれるのを待っているのさ」と伝えたそうです。

ここでいう「創造」とは、必ずしも絵画や彫刻のような「美術」的なものとは限らず、音楽、クラフト、執筆、イラスト、アクセサリー創り、ガーデニング、写真、演劇、料理、スポーツなどなんでも良いのです。

でも、多くの人が、たくさんのことを怖がっています。あえてクリエイティブな人生を送らないのは、怖いから。

何が怖いかというと:

ー自分は才能が無いのではという恐れ

ーせっかく作品を世に出してもそれが受け入れられなかったり、反発されたり、嫌われたり、無視されるのではという’恐れ

_自分の創造性が活躍できる場所がないという恐れ

ー他人の方が自分よりうまくできるという恐れ

ーすでに他人は似たようなことをやっているという恐れ

ー誰もまじめに受け取ってくれないという恐れ

ー成功しないのではという恐れ

_恥ずかしいという恐れ

ーきちんとしたトレーニングや教育を受けていないという恐れ

ー誰かのマネをしているだけだと言われる恐れ

ー周りの人になんと言われるかという恐れ

ーすでにピークを過ぎてしまったのではという恐れ

ーすでに年を取り過ぎているという恐れ

ーまだ若すぎるという恐れ

ー一度大成功したので今度はうまくいくはずがないという恐れ

ー今まで一度も成功していないので何故いまさら挑戦する必要があるのかという恐れ

etc etc…

もう、怖いことばっかりですね。

著者のギルバートも、以前は怖がってばかりの少女だったといいます。でも、そのうち、恐怖というものはつまらないものだと気がついたといいます。何かを恐れて何も行動を起こさずにいると、もちろん何も起こらないので、ひどく退屈だというのです。また、あなたが感じている恐怖は他のみんなも感じている恐怖であり、まったくオリジナリティがありません。自分のなかに、ひっそりと、またふつふつとわき上がる「これやってみたい」「面白そう」という好奇心は、人それぞれ違っており、オリジナリティのかたまりのようなものです。

二章目のEnchantmentでは、クリエイティビティ、そしてインスピレーションがどのような動きをするのかについて書かれています。TEDトークでも紹介されている詩人のRuth Stoneの話が再度この本でも紹介されており、インスピレーションは突然降ってくるもので、「それ」がやってきたら急いでペンをつかみ、なんとしてでもそのしっぽを捕まえなければいけない、というのは私も特に好きなエピソードです。

そしてタイトルの通り、ときにインスピレーションと創造性は、まさに魔法のような働きをします。ここに書いてしまうとネタバレなので書きませんが、ちょっと信じられないような逸話が紹介されています。

第三章は「許可」について書かれており、クリエイティブな人生を送るのに、誰の許可もいらないんだよ、ということが説かれています。また、クリエイティブなことをするのに「世界を救うため」「人を助けるため」などという大それた理由も必要ないと言います。ただ、自分がやりたいから、絵を描く。本を書く。スケートを習う。料理する。家のペンキを塗る。手紙を書く。歌のレッスンを取る。写真を撮る。それで良いんです。

第四章はPersistence、粘り強く続けることについて書かれています。この章は主に著者の作家としてのキャリアについて書かれており、なかなか興味深い逸話が載っています。

第五章は「信頼」、Trustについて書かれています。前回のブログでご紹介した「情熱vs好奇心」の話はここに書かれています。著者の前作の植物学者を題材にしたThe Signature of All Things、という本も、今までとはちょっとジャンルが違って面白いなあと思っていたのですが、この本を書くことになった経緯も、好奇心がもとだったそうです。

また、失敗から立ち直る方法として、とにかく、なんでも良いからやってみる、失敗にこだわりすぎず、気分転換に何か他のことをやる、などが紹介されています。私もこの数週間ちょっとスランプ気味ですが、開き直って、編み物などやっています。すると、自分の中の別のチャンネルが開いてくるような気がするのが不思議です。

内容的には、そこまでま新しいことが書かれているわけではありませんが、著者独特の軽くユーモアに満ちた語り口で、スイスイ読めます。

最近右脳を使うクリエイティブなことをやっていないなという方、人生をもっとクリエイティブに生きてみたい方は是非いちど読んでみて下さい。

 

Rising Strong(3): 助けることと、助けを求めること

IMG_4356ブレネー・ブラウンの最新書、Rising Strongの紹介を3回にわたって書いています。パート1 パート2


本書の後半は、様々なケーススタディとして、プライベートでまたは仕事で傷ついたり、失敗したりした人達がいかにして力強く立ち上がっていったかを紹介しています。アルコール中毒なのに助けをもとめようとせず、両親とも話そうとしない姉をもった女性の話や、仕事の大きなプロジェクトで自分の意見を言わなかったがためにチームに大きな負担をかけた男性の話など、まさにFace downで突っ伏した状態から、いかに勇敢に立ち上がっていったか、本人談とともに紹介されています。

失望と期待、哀しみ、許しなどがキーワードとなり、このような様々な感情からいかに回復するかが詳しく説明されています。

第8章では、とくに助けを請うこと、特権(Privelege)、一方的な判断を下すこと(Judgment)などについて書かれています。これは、特に私にも個人的にぐっと来た内容でした。著者はホームレスの人達と目をあわせることなく、自分は充分な手助けをしていないと感じ、恥(Shame)を感じます。

私にも全く同じ経験があります。
ビクトリアは気候が温暖なため、ホームレスの人達も多いようです。ダウンタウンを歩いていると、道ばたで小銭を集めている人達を沢山みかけます。ダウンタウンでなくても、車を運転していると信号待ちのたびに手作りのサインをもった人達が小銭をくれと言ってきます。

著者と同じように、私もできるだけの手助けはしているつもりでした。小銭があれば渡し、グラノーラバーやガムなどをいつも持ち歩いて、小銭と一緒に渡すこともあります。ホームレスのシェルターでボランティアしたこともあります。
それでも。

小銭をあげた時は、もっとお金をあげられない自分に対して。
お金をあげる、という行為に関して。自分の特権に関して。
そしてお金を渡せないときはそのときで、ホームレスの人達にかまってあげられない自分が冷たい人間のような気がして。

私も必ず、毎回恥を感じていました。助けてあげても助けなくても、毎回恥を感じていたのです。

この章では、著者自身の 半年以上にわたる特権(Privilege)と助けを求めることに関してのRumbleが詳しく描かれています。
著者がたどり着いた結論は、自分が助けを求めることが弱いことであったり、またそのことに関してネガティブなイメージを持っているからこそ、恥を感じていたのだというもので、これも私自身、はっとしたことでした。

人を助けることは簡単です。でも、助けを求めることはとても難しい。なぜなら、助けを求めることは弱さを認めること、また喜ばしくないものだと、一方的に決めつけているからではないでしょうか。

困っている人を助けるのが苦にならない人は、沢山いるでしょう。困っている人達に対して、「面倒なやつだ」「弱い人間だ」と思う人はあまりいないのではと思います。それではなぜ自分が助けを求めることがそんなに大変なのでしょうか?

助けることに価値を見いだしている人は、助けを求めている人をジャッジしてしまっていることになる、という著者の研究結果には納得すると同時に反省もさせられました。
また、著者の研究グループでも、「どのような人を信頼するか」という問いに関して、最も多かった答えが「助けを求めて来る人」という結果がでたそうです。

最近みた著者のビデオの中でも、「人に助けを求めない人を信用できない。それは自分を愛していない人が私にI love youと言ってくるのと同じだから」という言葉があり、これも本当にそうだな〜と深く頷いてしまいました。

3) Revolution

Rising Strongプロセスの最後はレボリューション、革命です。

これまで学んだRising Strongプロセスを、プロセスのままで終わらせず、学んだことを実行(Practice)してこそ、力強く立ち上がることができるのだと最後は締めています。

最後にはManifest for Brave and Brokenheartedというマニフェストも載っています。

これまで読んできたプロセスも、ただ読んで納得するのではなく、日々の生活に実際に使っていくこと。

そして初めて、心からの生き方を実践できるのではないでしょうか。

どこから翻訳書がでるのか気になりますが(まだ決まっていないなら私翻訳したい。。。)是非手に取ってみて下さい。

★★★★★

自分を少しでも変えたい、という方にオススメの本です。

本書に関して話したい〜という方のコメント、メール歓迎です。

Rising Strong (2):勝手に造り上げているストーリーを発見する

IMG_4357前回はブレネー・ブラウンの最新作Rising Strongにて、勇気を出して挑戦した時に、それでも前のめりに倒れてしまった場合にどうやって立ち上がるか、そのプロセスの第一歩をご紹介しました。

まずはReckoning、位置確認をして自分がどんな感情を体験しているのかを自覚します。怒っているのか、恥を感じているのかなど、自分の感情に好奇心をもって正面から向き合います。

Rising Strongプロセスの第2歩はRumbleです。

2)Rumble

Rumbleとは日本語に訳すと「ぶるぶる震える」とか「轟音を立てる」といった意味ですが、ここでは前のプロセスのReckoningで発見したものをさらに揺さぶってその真実を発見するといった意味です。

著者はまずSFD(Shitty First Draft)という、編集の入らない思いっきり正直な心の内を書き出すことを勧めています。他人に読まれるものではないので、文法なども気にせずにとにかく正直に、自分の中で何が起こっているのか書き出します。

ここでおそらく本書のなかで最も重要なポイントが出てきます。人間というものは元来物語が必要な種であることを説明した著者は、私たちはたびたび自分の頭の中で勝手にストーリーを創り出してしまうのだと言います。限られたデータと想像されたデータをブレンドして筋が通り感情的に満足できるストーリーをなんと呼ぶでしょうか? 陰謀説です。

先に書いた「トラビス湖での話」でも、著者は夫に無視されたと感じたあと、泳ぎながら自分の頭の中で勝手なストーリーを創り出してしまいます。「私のこと水着が似合わないって思ってるんだわ」「なんて冷たい夫なの」など。

このSFDを書くときに、「The story I’m making up is..(私が創り出しているストーリーは。。。)」という問いかけは、非常に便利です。本書に出されている例をひとつ挙げると、著者はアメリカの退役軍人をささえるチャリティ団体 Team Red, White and Blue(Team RWB)を勇気ある挑戦と心からの生き方をするべくサポートしてきたそうなのですが、この団体の役員の一人は、「私が創り出しているストーリーは」を知って非常に役立っていると言います。

まだ比較的新しい非営利団体の最初のスタッフとして、この役員の男性は常にできるだけ倹約するようにしていました。ある程度団体が大きくなり、財政が安定してきた今でも、古い癖が抜けず、会社のクレジットカードで自分の食事代を払ったりはせずにいたそうです。ある日、ワシントンDCに出張に行った際、チームメンバーの一人が話をしたいと言ってきました。何かあったのかと問いかけると、彼は「出張の時は会社のクレジットカードで食事代を払ってもらえませんか」と言ってきました。何故かと問いかけると、「だって、私が創り出しているストーリーは、私が自分の食事代を会社のカードで払うたびに、あなたは私のことを非難しているからです。」この男性はもちろんそんなことは夢にも思っていなかったのでとてもびっくりしたそうですが、このツールを使うと、お互いに勝手なストーリーを造り上げることを防ぎ、正直な会話ができると思うのです。こういうことって、普段の生活でも誰にでもあることだと思います。

Reckoning、RumbleというRising Strongプロセスを紹介したあとは、ケーススタディとも言える逸話が数章にわたって紹介されています。

「ストーリーテラー研究者」と自称するだけあって、著者の逸話はいつも面白いのですが、面白いなかにも正直で、時には胸が痛くなるようなエピソードが綴られています。
特に、第6章で紹介されているエピソードでは、講演先での失敗とそこで出会った人との経験(ネタバレはしませんが、楽しい話ではないです)を通して、とても大切な質問を投げかけています。
「一般的に言って、世間の人達は彼らなりのベストを尽くしていると思いますか?」

本書を読んでもらえればわかると思いますが、この質問にどう答えるかによって、「心からの生き方」にどのくらい近いのか、参考になると思います。
この章は私も読みながら思わず涙してしまったくらい、心に響くものがありました。私にも思い当たる節があったからです。

(パート3に続きます)

Rising Strong (1):失敗や傷心から力強く立ち上がるには [002]

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2013年にTEDトークで有名なブレネー・ブラウンの「Daring Greatly (邦訳:「本当の勇気は「弱さ」を認めること」を読んでとても感銘を受けました。(そのとき書いたブログはこちら

著者が目指すところのWholehearted Living (邦訳では「偽りのない生き方」と訳されていましたが、翻訳書が出る前に私が書いたブログでは「心からの生き方」と訳しています)をするためには、心がもろく、弱く、傷つきやすい状況(将来に関して不安に思うこと、自分の作品を世に発表すること、自分の意見を正直に伝えること、等々)に、どんなに怖くても勇気をだして挑戦することが必要不可欠だと著者は書きました。セオドア・ルーズベルトの有名なスピーチにあるように、沢山の聴衆が見守る中、顔中血と砂まみれになって倒れたとしても、大切なのはそれを笑うような人間ではなく、倒れたとしてもまず挑戦をした人間の方だと。

Daring Greatlyではとにかくまずは「アリーナ(競技場)」に出て行き、本当の自分をさらけだすことを説いています。これは、必ずしも人前に出ていくことだけを指しているのではなく、「がんを宣告された妻と遺言の準備をすること」「浮気をしていると打ち明けること」「破産したと夫に告白すること」などという、普通なら怖くて、やらずに逃げ出したくなるようなことから「子供を亡くした友人に電話をすること」「離婚後初めてのデートに行くこと」など、普段の日常でのちょっとした勇気が必要なことまで、怖かったり、苦手でつい避けてしまうようなことをも含むメタファーです。

最新書の「Rising Strong」ではそれでは勇気を出して「アリーナ」に出ていき、本当の自分をさらけだしたときに、ルーズベルトのスピーチのように倒れてしまったら。そしてその際どのようにして起き上がるのか、について語った本です。

この本は意図せずに3部作の最後になっており、

Gift of Imperfection(邦題:「ネガティブな感情」の魔法: 「悩み」や「不安」を希望に変える10の方法 ) – Be You.

Daring Greatly – Be all in.

Rising Strong – Fall. Get up. Try Again.

というのがテーマになっています。

このRisign Strongに私もとても感銘を受け、思わず2回通して読んでしまいました。

英語のことわざに「Jump and the net will appear」というものがあります。「勇気を出して飛べばたいていの場合受け止めてくれるネットが表れるものだ」という意味で、私も好きなことわざですが、人生必ずしも毎回ネットがでてくるわけではありません

勇気をだして行動を起こしたのに、思いっきりコケてしまったとき。何かがきっかけで気がついたら恥ずかしい状況に陥ってしまったとき。著者はこのような状況をルーズベルトのスピーチのたとえを使って「Face down(突っ伏した状態)moment」と呼んでいます。

本に書かれている例をあげてみましょう。「勇気ある挑戦」「アリーナに出て行くこと」は自分の意見を言ったり行動を起こすことだけにあてはまるのではなく、喜びや感動を感じた時にそれを恥ずかしがらずに表現することも含まれます。

著者のブラウン氏はテキサス出身ですが、子供時代の夏をすごしたトラビス湖に、夫と子供達を連れて夏の休暇を過ごしに行きました。

夫と二人で早朝湖を向こう岸まで泳いでいる時に、折り返し地点についたとき、ふと彼女は喜びと感動に圧倒されました。喜びや感謝を表現するのって、時には照れくさかったりして、実はとても勇気がいることだったりしますよね。これも、Vulnerabilityのひとつです。長年「心のもろさ」を研究してきた著者は、こういうときにVulnerableになって自分の本当の気持ちを表現することが、「心からの生き方」をするために必要不可欠だと知っているので、いったん休憩をする夫に向かって、「ねえ、ここに来ることにして本当に良かったわ。なんて美しいの」と夫に話しかけました。普段は、彼女よりも感情を表すことが得意な夫なので、きっと同じような感動の返答を期待していたのですが、夫が言ったのはそっけない「ああ、水も良い感じだ」の一言だけ。

自分と同じテンションになってくれると思った夫のあまりにもそっけない返事に、最初は「私が言ったこと聞こえなかったのかしら」と思う著者。次第に、恥ずかしさがこみ上げてきます。

引用すると:

One poetic bid for connection was already outside my comfort zone—but reaching out again felt scary and possibly stupid. But I knew Steve would do it.

せっかく勇気を出して胸のうちを打ち明けたのに、素っ気ない対応をされ、そのうえもう一度挑戦するのは怖くて、しかもバカみたい、と感じた著者。でも長年まさにこの研究をしてきた自分に「もういちど勇気をだしてみよう」と励まします。

「なんて素晴らしいの。ここにこれて本当に良かった。あなたにも近くなれた気がする。」

二度目の語りかけにも、夫のスティーブ氏は「うん。良い泳ぎだ。」とだけ言い残すとさっさと泳いでいってしまいました。

著者はこの時に最初の反応を “This is total horseshit” と書いています。訳すのは難しいですが、「はあ?何それ?」っていうリアクションだと思って下さい。「屈辱を感じればいいのか敵対心を感じればいいのかわからなかった」とも書いています。

その後反対側まで泳ぎながら、著者は頭のなかで様々なストーリーを創作します。「私が着てる水着が似合わないからだわ」「25年前に比べたら年食ったなって思ってるに違いない」

こういう経験がある人は沢山いると思います。せっかく勇気をだして心を開いたのに、相手がそれを受け止めてくれなかった時。ひどい場合には誤解されたり、笑われたりすることもあるでしょう。

話の結末だけを先に話すと、夫のスティーブさんはけしてブラウン氏をないがしろにしていたわけではなく、彼には彼なりの理由があったのですが、それは本を読んでみて下さい。

この実話は、何度も本書の中で「トラビス湖での話」として出てきますが、このストーリーを例にとって、著者は、いかに「face down」の状態から「力強く立ち上がるか」を教えてくれます。

このRising Strong プロセスは三つの課程をたどります:

1)The Reckoning

海事用語で、Dead Reckoningというと船位計算、つまり現在位置の確認ことですが、まず倒れたら、一体何が起きたのかを確認すること。自分の感情に好奇心を向け、どんな感情を体験しているのか確認すること。

−何が起こっているのはわからないけど、とにかく隠れたい。

−誰かを殴りたい。

ーとにかくオレオが食べたい。それもたくさん。

ー残念に思う、後悔している、傷ついている、混乱している、怖がっている、心配している。。。など

先ほどの「トラビス湖の話」を例に出すと、著者のReckoningは「スティーブに心を開いたのに無視された。怒りと恐れの混じった感情」となります。

まず、自分の感情の位置確認をすること。そして、何故自分がそう感じているのか、好奇心をもって調べること。これが、プロセスの1番、レコニングです。

パート2では次のプロセスを説明します。

 

 

 

見えない光で繋がっているーAll The Light We Cannot See [001]

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Lifehacking.jpの堀さん、「みたいもん!」のいしたにさんが読んだ本1000冊紹介するというプロジェクトに取り組んでいらっしゃるので私も遅ればせながら勝手に参加させていただくことにします。

今年初の長編は、「洋書ファンクラブ」の渡辺由佳里さんが紹介されていた「All the Light We Cannot See」です。

第二次世界大戦中のヨーロッパ。パリに住む盲目の少女Marie-Lureと、ドイツの孤児院に妹と住むWerner。Marie-Lureの父親はパリの国立自然博物館の鍵技師ですが、目が見えなくなってしまった一人娘のために、住んでいるパリの街角の模型を作ってくれ、Marie-Lureはそれを毎日指でなぞっては地形を頭に叩き込みます。いっぽうWernerはある日、偶然見つけた壊れたラジオを修理して、妹のJuttaと二人でパリから届くラジオ放送を聴き、見知らぬ世界に夢を馳せます。
戦火が激しくなった1940年、Marie-Lureと父親はパリを離れ、やがて親戚のいるフランス北西部ブルターニュ地方にあるサン・マロの街に到着します。Marie-Lureの父親は、身の回りの品だけでなく、博物館からとある貴重な宝石も持たされていました。。。

1934年から始まり、70年代まで語られる、Marie-Lure, Wernerそして彼らの人生を取り巻く人たちの物語です。
このAll The Light We Cannot Seeというタイトルは、Wernerがラジオを通して偶然見つけた謎の老人の科学番組で、「数学的に言うと、すべての光は目に見えないと言える」、と話していたことにもとづきます。盲目の少女と、ラジオ(ラジオの電波も目に見えない光のひとつですね)に惹かれる少年、、、この二人の人生が、まさに目に見えないものに導かれるようにいつしか交差します。

個人的にはサン・マロという街にとても興味を持ちました。ウィキペディアで街の様子を見ることができますが、要塞化された港町で第二次世界大戦でほぼ壊滅状態になったものの、今は観光地として栄えているとか。いつか是非行ってみたい!

このお話は絵になるシーンもとても多いので、近いうちに必ず映画化されると思うのですが、どうでしょう?映画化、して欲しい!
1ページほどの短い章でほぼ交互にWernerとMarie-Lureのストーリーが語られるのですが、時間が行ったり来たりするので気をつけていないと混乱するかもしれません。戦争と欲がいかに人の人生を翻弄するか、という少し切ないお話です。

この本のサイトを見ていたら、この本に関して著者のAnthony Doerr自身が語っているビデオがありましたので興味がある方は見て見て下さい。